いつもと違う朝
本当に一体何が起こったというのだろうか…?
朝、目が覚めた柊真は、ベッドの上で額に手を当て天井を見る。
いつも通りの光景、いつも通りの朝。
違うことと言えば一睡も出来なかったことだろう。
何せ彼、葛木柊真は突然ながら、憧れていた彼女と婚約者なんて関係になってしまったのだ。
普通であれば「イヤッッホォォォオオォオウ!」って喜ぶところなのだろうが、柊真は素直に喜べずにいた。
『不本意かも知れないけどね』――彼女は確かにそう言った。
嫌われるようなことをした覚えが柊真にはなかったが、婚約者と言われて「はい、わかりました」と言えるほど親しい仲という訳でもない。
となれば、玲央那の反応は至極真っ当なものと言えるだろう。
自身の行いが原因で許嫁となってしまった以上、玲央那と会うのは気不味いなと柊真は思ったのだ。
取り敢えず、柊真は部屋の隅に立てかけておいた刀に手を伸ばす。
――霊刀・
漆黒の刀身に白銀の刃。まさに、夜空と月明かりを思い起こさせる刀だ。
柊真は暫くの間、刀を見つめ、やがて鞘へと戻す。
「ま、抜けるのは当たり前か……
というより、今更夢と言われても困るんだけどね」
柊真は手にした刀を異空間へと収納する。
そう、異空間に。
これは、換装と呼称されている特殊技能の一つ。
習得条件は霊格を持つ装具と契約を結ぶこと。
桜満神社においては、玲央那の鉄扇と柊真の刀がこれに該当する。
そして、右手の甲には意識を集中させることで発光する徴が刻まれる。
(いつでも出せるように持ち歩け――か。
言われた時は『どうやって?』って思ったけど、こういう力があるなら持ち歩けるのも当然かな)
柊真は徴が消えたことを確認して部屋の外に出る。
少しプレハブ小屋に顔を出してから朝食を食べに向かった。
「おはようシュウ。朝ごはんは机の上のものを適当に食べて」
「おはよう母さん。じゃあ、先に食べ始めてるね」
柊真がリビングに着くと、母の和枝が弁当の準備をしていた。
葛木家の朝は比較的早く、朝ごはんはある程度用意されたものを、それぞれで適当に食べるという風にしている。
柊真の父親はもっと早い時間に食べて家を出ているため、朝ごはんが重なるのは休日くらいだ。
「そう言えばシュウ。朝からプレハブ小屋に顔を出していたみたいだけど、また剣道を始める気にでもなったの?」
「なんで知ってるの?」
「お父さんが珍しいこともあるもんだって言ってたから」
誰もいないだろうと思って立ち寄った柊真だったが、どうやら近くに父親はいたらしい。
偶然にも見られてしまい、母親にも知られてしまったのだ。
とはいえ、隠すようなことでもない。
「別に、昔みたいに剣道を始める気になったって訳ではないんだけどね。
でも、いつまでも目を逸らす訳にもいかないかなって……」
半分は本当、半分は嘘だった。
桜満家と関係を持ち、霊刀・月詠を渡された以上、一昨日のような怪奇と対峙することは今後もあるだろう。
その時、何も出来ませんでしたなんて情けないことはしたくないと、柊真は思ったのだ。
刀と竹刀では色々と違うところもあるだろうが、素振りをしないよりはマシだろうと考えてのことだった。
「そう言えば、父さんもお祖父ちゃんのところで剣道やってたんだよね?」
「ええ、そうよ。なんで?」
「いや、剣術みたいのはなかったのかなって思って。
ほら、居合術とか継承している人とかたまにいるでしょ?
お祖父ちゃんもそういうのあったのかなぁって……」
実際にはあったらしいが、本来であれば、師範しか継承しないものだとすると、娘である母親も知らない可能性があった。
逆に祖父の下で剣道を習っていた父親なら何か知っているのではないかと、柊真は考えたのだ。
「流石に聞いたことはないわね。
ただ、確かに居合斬り何かは得意だったみたいよ?
刃のついた刀も持ってたみたいだし」
やはり、詳しくは知らないらしい。
これは父さんも知らないかな?と柊真は思ったが、そのうち聞くだけ聞いてみようと思い直し席を立つ。
今日も柊真の出る時間は早い。
玲央那に会うためだ。
いくら気まずいとはいえ、このまま放置する訳にもいかない。
などと考えつつも、足が重いと柊真は感じながら先を急いだ。
坂を下り住宅街に入ったところで、柊真の予想通りというか何というか、玲央那が昨日出会った場所で待っていた。
「おはよう。葛城くん」
「え? うん、おはよう桜満さん」
いきなり玲央那から挨拶されたため、柊真は驚きしどろもどろになりながら返す。
昨日の怒気がまるで嘘のようだった。
「どうしたの? そんな素っ頓狂な声あげて」
「いや、だってね……昨日、あんな感じで帰っちゃったから、挨拶してもらえないんじゃないかと思って」
「昨日ね――あれは、ごめんなさい。私も少し気が動転してて」
「無理もないよ。僕と違って色々と知ってる訳だし、桜満家の長女なら尚の事ね」
「そう? そう言ってくれると私も助かるわ」
昨日とは違い、二人並んで歩く。
「桜満さんはいつもこの時間に?」
「大体そうよ。そういう葛木くんはもう少し遅い時間なんじゃなくて?」
「そうだね。この一年はもう少し遅く来てたよ。
でも、今日からはこの時間に来るようにするよ」
「なんで?」
「いや取り敢えずコレ預かっちゃったし、まともに振れないと恥ずかしいからね。朝練でも再開しようかと思って。
そうすると、早起きすることになるし、この時間に来れば桜満さんに会えるなら好都合かなぁって」
玲央那は一瞬コレが何を指しているのか気付かなかったが、柊真が言うと同時に右手の甲を見せていたので察した。
「よかったの?」
「何が?」
「私はとっくの昔に覚悟を決めているからいいけど、葛木くんは昨日聞いたばかりなのに、こんな危険なことに関わる気あるの?」
玲央那の意見はもっともだ。
確かに秘密を知ってしまった柊真は完全にただの表の人間という訳にはいかない。
だが、冷静になった今になって考えてみれば、別に実働部隊として動く必要はない。
泰三も言っていたが、表側の協力者として桜満神社に情報を流すと言った仕事を担うことも厳密には出来た。
だからこそ、玲央那は問うた――本当にそれでいいのかと。
「今からでも遅くない。私がお父さんに――」
「大丈夫だよ」
「え?」
「うーん。正確に言えば、桜満さんさえ良ければこのまま関わらせて欲しいかな?」
「私が良ければ?」
「そう。僕がコレの所有者である以上、桜満さんの婚約者であることに変わりはない訳でしょう?
僕は折角出来た縁だし、桜満さんのこと、もっと知りたいなぁって思うけど、桜満さんがお前なんか嫌だって言うなら、泰三さんに無理言ってでもコレを返すよ。
多分、あの人のことだから、僕たちが上手くいかなくて返しに来ることも想定内なんだろうし」
「うっ……さもありなんだわ」
「でしょ?」
柊真に指摘され玲央那も納得した。
確かにあの父親のことだ。きっと、私たちが上手くくっ付けばラッキーくらいにしか考えていないんだろうと玲央那は思い決断した。
「分かったわ。これからよろしくね。柊真くん」
いきなり下の名前で呼ばれて、一瞬硬直してしまったが、彼女の意図を汲み取る。
「うん。こちらこそよろしく。玲央那さん」
まずは一歩ずつお互いに踏み込むことを決意した二人だったが、如何せん場所が不味かった。
複数人の生徒たちに見られていたことに、二人は気付いていなかった。
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