桜満の刀
今日一日ずっと知りたかったことが分かる。
そう考えるだけで、モヤモヤが晴れるような気分に柊真はなった。
しかし、ことはそう簡単なものではない。
桜満の者たちにとって、秘匿事項を知ってしまった柊真は邪魔な存在でしかなく、普通であれば記憶を消して表の世界へと帰すものだからだ。
だが、柊真は知らぬ間にその力に抗ってしまった。
術に抗えるだけの素質を持っているのは珍しく、その素質を持っているだけで神社や教会から勧誘が来るのだと泰三は言う。
そして、既に柊真の存在は知られてしまった。
桜満神社に来ずとも、いずれ早かれ遅かれ他の神社の者や教会の者が柊真の下を訪れるだろう。
つまり、選択肢はそもそも一つしかなかったのだ。
まるで脅しだ――と柊真は思ったが、他の神社に強引に勧誘されるくらいなら、ここで桜満神社の軍門に下ってしまった方がいいのではないかと考えた。
まず、桜山市には桜満神社以外にこういった組織の本拠地はない。
これは泰三がそう言うのだから間違いないのだろう。
他の組織に所属することになった場合、本拠地は他にあるため、状況次第で柊真は桜山市を離れることになる。
これ以上の心配を親に掛けたくない柊真としては、桜山市から出ることは可能な限り避けたい。
勿論、厄介ごとも――
「ここでしっかりと記憶を消して、日常に戻るなんてことは出来ないんですか?」
「出来ないことはないが、おすすめはしないよ」
「何故ですか?」
「柊真君の術に対しての抵抗力は非常に強い。
一般人には術による影響が出ないようにするため、比較的弱い力で使用するんだ。
普通の人ならば綺麗さっぱり忘れる。抵抗力が多少ある程度なら、変な夢を見たと思うだけではっきりとは覚えていない。誰が居たかも、何があったかもだ。
黒い影を見た――そのくらいしか覚えてないものなんだ。
分かりやすく言い換えるなら悪夢を見たみたいな感じかな」
精神に直接作用する先の法術は記憶を操作する類のもの。
残念ながら影響が全くないと言うわけではないのだ。
「だが、柊真君は全てを、正確に、はっきりと覚えている。
これは、幼少期から訓練を受けていなければ普通あり得ないんだ。
それだけの精神力を秘めた君の記憶を操作するとなると、その後を保証できない。
影響が大きすぎる。最悪の場合、完全な記憶喪失になる可能性だってあると私は考えている」
もはや、逃げ道は存在しなかった。
ならば、今更迷う必要など何処にもない。
柊真は覚悟を決めた。
非日常を日常として受け入れる覚悟を……
「分かりました。お誘いを受けます」
「そうか。脅迫のようになってしまって申し訳なく思っているが許してくれ。
その代わり、君の私生活を最大限バックアップすることを約束しよう」
「私生活ですか?」
「そう、私生活。玲央那を見ていれば分かると思うが、我々とて常に裏にいるわけではない。
確かに古くはずっと裏側に生きたそうだが……今時、そんな組織は存在しないだろう」
「何故ですか?」
「法術による記憶操作が出来るようになったからだよ」
曰く、警察や政府組織にもこちら側の間者はいるもので、昔と違って隠蔽工作が簡単になったのだそうだ。
神社同士は上手くやっているらしく、仲が悪いと言うこともないらしい。
教会とは歪みあってはいないが、別に仲がいいと言うわけでもないという、何かあれば協力し合うそんな関係。
「それに、異変というのは表に居ないと気づかないものなんだよ。
だからこそ、協力者はそこら中にいる。
我々、本部の人間と言えばただの処理班さ。
普段は協力者から情報が提供されるのを待つだけの一般人だよ」
泰三自身は長として色々と事務作業などがあるそうだが、実働部隊である玲央那や他の面々は特にやることがないのだそうだ。
成る程、日常をサポートするというのは要するに、他の組織からの勧誘を未然に防ぎ、休息の時間である日常を壊されないようにしてくれるということか――と柊真は理解する。
確かに、表側で色々と絡まれては面倒だ。
今後は光の追求も逃れられないだろうと柊真は明日からのことを憂いつつ、桜満のバックアップに期待することにした。
「ああ、それとコレも渡しておこう」
そう言ってポンッと泰三から柊真へと渡された――というより、押し付けられた――のは一振りの刀だった。
見間違いようがない。
「これは、玲央那さんの所持物では?」
柊真が手に持つ刀は昨日の一件で、玲央那自身が実際に振っていたものだ。
かなりの業物に見えるこの刀をポンッと渡すとは、普通に考えればありえないと柊真は感じていた。
何か裏があるのではないかと。
そして、その想像は間違いではなかった。
ガシャン――そんな音が聞こえて柊真が音のする方へと視線を向ける。
「な、ななっ、なんでそれを!?」
そこには、二人が話し込んでいるうちに社務所へお茶を取りに行った玲央那が戻ってきていた。
その様子を見てこれから何が起こるか悟ったのか、住職たちが散り散りに逃げていく。
そして、お茶が落ち玲央那の足元にガラスの破片が散らばっている。
「ん? これのこと? なんか、泰三さんがくれるって言うから……」
「あげるって、お父さん!? どういうつもり!」
玲央那の様子がおかしいと柊真は思ったが、どうやら柊真が刀を持っていると何かまずいらしい。
でなければ、父様がお父さんになることはない。
「んん~、どうやら柊真君はまだこういう駆け引きとかは苦手みたいだね」
「どういうことですか?」
イマイチ話について行けていない柊真は首をかしげる。
玲央那は何を焦っているのか、腰に下げた鉄扇に手を伸ばしている。
「その刀は桜満家の次期当主が持つものなのよ! それを分かってて貰ったの!?」
「いや、とても良く出来た刀だったから何も考えずに受け取っちゃった……」
「馬鹿っ!」
柊真は思いっきり叩かれそうになった――鉄扇で。
さすがに、扇子ならまだしも鉄扇なので危険だと感じた柊真は刀の鞘でそれを受ける。
若干、険悪気味の玲央那を他所に、最初に口を開いたのは一連の騒動の原因である泰三だった。
「う~ん。母さんと初めて会った時を思い出すねぇ。
まぁ、私は武術の心得なんかなかったから思いっきり昏倒しちゃったんだけどね」
一体何の話だ!と二人は心の中でツッコんでいたが、理由はすぐにわかった。
「これは柊真君にかなりの期待を持てそうだ」
「期待?」
「そう、鉄扇も刀も使用者を選ぶからね。まずはその刀を抜いてもらわないと」
泰三曰く、剣が認めなければ鞘から刃を引き抜くことは出来ないらしい。
そして、母親似の玲央那と対等に渡り合える柊真はきっと泰三に似ているだろうと。
それに私の弟弟子なんだから余裕でしょ?と、泰三は他人事のように柊真に言う。
「まぁ、抜けるかどうか試さないと話しが進まないわけですし、取り敢えず、抜いてみますね」
「うん、思いっきりいっちゃって」
「ちょ、ちょっと――」
玲央那が何か言い掛けていたが、泰三がゴーサインを出したので、柊真は勢いよく刀を抜いた。
(やっぱり綺麗だ)
柊真の手には昨日も目にした美しい刀身が姿を現した。
「あ、あぁ……」
玲央那はどこか諦めたかのように項垂れている。
(あれ? なんかやらかした?)
柊真は何をやらかしたのやらと首をかしげたが、その理由もすぐに分かった。
「お、やっぱり抜けたね。よかった、よかった。
というわけだから、これからよろしく頼むよ婿殿」
「へ?」
「へ? じゃないの! 認められてしまったのよ!!」
「認められた?」
「その霊刀の使用者として刀に認められたのよ!
そ、それはつまり――私の婚約者に……」
「……」←泰三
「……」←玲央那
「……え?」←柊真
ポカーンという擬音は柊真のこの顔を表現するために存在するのだろう。
ことの重大さに理解が追いついていない柊真はどこか気の抜けた間抜けな返事をしていた。
「僕はさっき桜満の人間は何を持っているって言った?」
「持ってる?」
「そう、男女はそれぞれ何を持っているって?」
「確か女は鉄扇を、男は――」
そこで柊真は気付いてしまった。
目の前にいる神主は桜満家の入婿であること。
桜満家の男は刀を持たされるということ。
それはつまり……
「本当に? 僕が? 桜満さんの婚約者?」
「そうよ、不本意かも知れないけどね」
その日、玲央那の顔が見たことがないほどに怒気を帯びていたことは言うまでもない。
だが、柊真は気付いていない。この怒気が何に対して向けられたものなのかを……
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