第4話 桜満神社の神主

 その日の授業は出席こそしたものの、どこか上の空だった柊真。

 無理もない。

 放課後のことを思えば、落ち着きを保てと言う方が難しい。

 どこかソワソワした柊真を見て、夏菜がムスッとしていたのは言うまでもないが、柊真がそれに気づくはずもなく、光はそんな二人を見てため息をつく。

 そのまま何も起きないまま、ただ時間だけが過ぎていった。


 ――放課後

 

 時間というのは楽しい時ほどあっという間に過ぎ、嫌な時や待ち遠しいと欲する時ほど長く感じる。

 柊真に至っては後者で、この時間を待ち望んでいた。

 今の柊真は剣道から遠のき、何かに関心を持つということがなかったためだ。

 柊真は夏菜のしつこい追及を何とか逃れ、一人、桜満家の裏手の公園へとやってきた。

 光も来たがっていたが、内容が例の怪奇に関してなので、柊真は適当にはぐらかした。

 ただ、夏菜ほどの追及が光から来なかったのは柊真にとっても意外なことだった。

 桜満神社が私有地にあるという情報が本当なら、余程の理由があるのだろうと察してくれたのかもしれない。

 光は多くの噂話を収集するが、本人が嫌がることをしない。確信の持てないものは情報として提供しないというものを信条としている。

 むやみに踏み込むのは得策ではないと判断したのだろう。

 少し迷いながらもたどり着いた公園には、遊具らしいものが一つもない。

 展望台のある見晴らしのいい広場というのが、柊真が抱いた感想だ。

 そっと、足を展望台へと向け歩く。

 展望台の上に立てば、目の前に広がるのは桜山市の家々だ。

 山の中腹にある公園ではあったが、十分によく見える。

 黄昏時たそがれどき逢魔時おうまがとき

 日の沈み始めの夕暮れはやはり綺麗だと、柊真はその景色をしばしの間見下ろす。

 そこへ不意に一つの足音が近づいてきた。


(公園の利用者かな?)


 この公園だけは一般に開放されている。

 柊真が入れたのもそのお陰だ。

 これだけの景色が見えるのに人がいないのは、一般開放されているとはいえ、あくまで桜満家の私有地だから遠慮しているのかもしれない。

 自分のことを棚に上げ、珍しいなと思いつつ振り返る柊真だったが、そこには探し人がいた。


「よかった。ここに居たのね」


「え? うん。

 桜満神社って調べても出てこないし、噂によればここらへんにあるんじゃないかって聞いたから……」


「その噂がどこから出ているのかは気になるけど――ここの近くに桜満神社があるのは事実よ。

 それにしても私も軽率だったわ。世の中から秘匿されている神社の名を漏らしてしまったんだから」


「秘匿?」


 桜満神社は形式として神社を模ってはいるが正式にはただの神社ではない。

 そもそも私有地に立っていて一般公開されていない神社なのだから、何かしらあるのは当然なのかもしれない。

 神社全体の内、一部だけ非公開というのなら普通に存在するが、丸々全部が非公開な上、地図にも載っていないというのは異常なようにも感じる。


「桜満神社は昨日のような現象を解決する組織みたいなもの。

 そうね……教会で言うところの祓魔師のような存在かしら?」


「そうなの? 正直、昨日の見てるとそのまんま祓魔師のような気がするけど……」


「知らない人になんと言っても分かって貰えないのは重々承知してるつもりだけど、やっぱり私達と祓魔師とではやっていることが全然違うのよ」


 祓魔師とは字のごとく、魔を祓う者たちのことを指す。

 しかし、玲央那たちはまた別のことをしているのだ。


「私達が昨日見たものは人の奥底に眠るもので、負の感情が具現化したものなの。

 それは、憎悪や嫉妬、怠惰などなど多岐に渡り、それらの感情を鎮め正常な状態に浄化するのが私達の仕事」


「ごめん。やっぱり違いがいまいち分からない」


「つまり、私達は悪魔が好む鎮めて、悪魔が活性化しないようにするのが仕事で、祓魔師は退治することが仕事というわけ」


 神社側が頑張れば頑張るほど、祓魔師側は悪魔を退治しやすくなる。

 予防なのか実力行使なのかという違いというわけだ。


「さて、そろそろ日も暮れてしまいそうだし、目的地へ行きましょうか」


「目的地?」


「父様が桜満神社で待ってるの。

 今回の件、色々と気になることもあるし、貴方も色々と知りたいことがあるでしょう?」


「そりゃあ、まぁ……」


 実際、昨日から不思議な事ばかりだ。

 ひたすらに剣の腕を磨いていた柊真にとって、魔法みたいなもの、儀式とかなんとか、更に超常現象となると、考えるまでもなく非科学的であり、少しもその存在を認識することはなかった。

 だが実際に、この二日間で奇妙なことに何度も触れれば認めざるを得ない。

 だからこそ、これらの現象が何なのかを柊真は知りたかった。

 一度夢を失った柊真にとって、この出会いが新たな夢への一歩となる。

 本当に何となくではあったが、そんな気がして柊真は歩みを進めた。


 † † †


 玲央那に付いて歩いて数分。それは姿を現した。

 神社にたどり着くまでには、幾つかの門を超え、長い階段を更に上り、ようやくたどり着く。

 木が生い茂る中に続く石の道。

 長い石の階段を見た後ではあったが、存在感は十分にある。

 小さい神社かと思いきや、しっかりとした造りで桜満家の私有地の広さを疑いたくなるくらいには大きかった。

 そして、石畳みの先には神社の象徴とも言うべき鳥居が建つ。

 鳥居をくぐれば目の前には本殿があり、今回、柊真を呼び出した張本人、桜満神社四十五代目神主・桜満おうま泰三たいぞうが立っていた。

 周りにはここの住職なのか、他にも多くの者が控えていた。


「よく来たな少年。私の名前は桜満泰三。

 桜満神社四十五代目の神主をさせて貰っている。よろしく頼むよ」


「いえ、こちらこそご丁寧に。

 私は玲央那さんの隣のクラスに在籍している葛木柊真と申します。よろしくお願いします」


 今回の面会は、全て柊真のために行っているもの。

 それをよく理解していた柊真は深々と頭を下げる。

 表側と違うとは言え、桜満神社も神社であることに変わりはない。

 礼儀作法を重んじる彼ら神社の関係者にとって、柊真の態度、対応は非常に好ましいものに映った。

 だが、柊真からすればこのくらいは普通のことだ。

 なにせ、幼少期より真太郎の下で剣道を習っていたのだ。


――礼に始まり礼に終わる


 もう一年も身を引いているとは言え、武道を修めていた者。

 礼儀作法では非の打ち所がない。

 何か納得したかのように頷いた泰三は柊真に声を掛けた。


「柊真君は何か武道を修めていただろう?」


「え? はい。

 もう一年ほど離れてはいますが、剣道を祖父の下で修めていました」


「剣道か……。もしや、一年前に取り壊された剣道場の師範、葛木真太郎さんの親戚の方かな?」


 柊真は驚いた。

 真太郎は確かに近所ではそれなりに知名度があったが、あくまであの一帯に関しての話だ。

 同じ街とは言え、街の名主とも言うべき人間に知られているような由緒正しい道場というわけでもない。


「確かに真太郎は私の祖父に当たりますが……」


「へぇ、真太郎さんのお孫さんか」


 これも何かの縁かもしれないな――と小声で泰三は呟く。

 その声は柊真にも玲央那にも聞こえることはなかった。


「祖父のことを御存知で?」


「ああ、よく知っているとも。なにせ、私の恩師だ。

 私も昔はあの道場に通っていたんだよ」


 これまた意外な事実が発覚した。

 どれほど前の話なのか、柊真には分からなかったが、名主家の人間を育てたというのは十分に自慢できる内容だ。


「あの道場にですか?」


 泰三は柊真の質問を肯定した。


「私は桜満家の入婿なんだ。

 桜満家は代々、女が鉄扇を持ち、男が刀を持つ。

 私も刀を持たされることになったんだが、当時は陸上部だったものだから刀なんてからっきしでね。

 真太郎さんの下で剣を習ったんだよ」


「剣道ではなく剣ですか?」


「そう、剣術だよ。もっとも、私は特殊な立場だったからね。

 真太郎さんも快く面倒を見てくれたのさ。

 本人は剣術の継承を良しとしていなかったからね」


 柊真自身も知らなかったことだが、葛木家は剣道を営む傍ら師範となった者のみが継承してきた剣術があるのだそうだ。

 それの一部を、泰三は教えて貰っていたのだ。

 当然、継承したわけではないため、我流が混じり独自の進化を遂げている。

 純粋な葛木家の剣術というわけではないそうだ。


「さて、葛木柊真君。君はこの世の裏側を知る覚悟があるかい?」


 柊真は知りたかったことを知りえる機会を手に入れる。

 人生を大きく変えてしまう可能性のある大きな選択を柊真は迫られた。

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