気になる彼女との再会

 果たしてあれは夢だったのだろうか?

 朝、起床した柊真が最初に考えたのが、昨日体験した――と思われる――出来事についてだ。

 柊真は気付けば駅前のベンチに座って寝ていた。

 どう考えても不自然な現象だ。

 それに、忘れていなかったのだ。


――忘れさせてあげます


 彼女は確かにそう口にしたが、今の柊真は昨日の黒い何かと出会ってから、彼女に助けられるまでの全てを事細かに記憶していた。

 考えられる可能性は三つ。


一、昨日経験したと思い込んでいる一連の出来事は、駅前のベンチで寝ていた柊真の夢であった。

二、歩いている最中、暑さにやられて白昼夢を見た。

三、彼女が最後にした儀式みたいなものが失敗した。


 二はまずないはずだ。

 一よりも可能性がありそうに見えなくもないが、最後、ベンチで寝ていたということの説明がつかない。

 柊真は考え込む。一と三。どちらだったのか――

 しかし、そこで判別方法があることに気付いた。

 本人に接触すればいいのだ。

 どうせ、学校は同じ。少し早めに行って上手いこと接触すればいい。

 そもそも会ったことのない人物を相手に、よくそんな都合のいいことを考えられるというものだが、思いついたら即行動というのは真太郎の教えであったために、柊真は何一つ躊躇いを見せず実行することにする。

 そう決め、いつもよりも早い時間に家を出ることにした。

 着替え終わった柊真は、部屋を出てリビングへと向かう。

 その途中、柊真の目に一つの建物が入った。

 自宅と隣り合わせに建てられたプレハブ小屋だ。

 一年前まではここで剣道の自主稽古をしていた。

 ふと昨日のことを思い出し足を向ける。

 引き戸を開けてみれば、随分と綺麗にされていることに気づく。


(母さんか?)


 柊真がここを使わなくなってから一度も掃除をしていない。

 掃除は使っていた張本人、柊真の仕事であったために埃っぽくなっているだろうと思っていたのだ。

 中を確認すれば竹刀なども全て丁寧に手入れされている。

 不快感を覚えるかと思えば、不思議とそういう風に感じることもない。

 満足がいくまで確認をした柊真は再びリビングへと向かう。

 用意されていた朝食を掻き込んだ頃、本来の目的を思い出し足早に家を出た。

 朝早く出たのには、いくつかの理由があった。

 実は学校まではそれなりにある。

 柊真の家から歩いて三十分ほどかかるのだ。

 直線距離的にはさほどないのだが、坂を下ってから登らないといけないため、実際の移動距離は意外と遠い。

 武道を習っていた者として、柊真には基礎体力があったが、流石に体力があるのと早く上り下り出来るというのは、歩いている上では大きく変わることはない。

 そして、もう一つの理由が目立ちたくないから。

 今から有名人に会おうとしているのだから、他の人の気を引かないようにしなければ変に目立ってしまう。

 それを避けるために早く出たのだ。

 柊真がどうやって接触しようかと考えながら坂を下りきった所だった。

 大通りを抜け、住宅街に入り込む。

 ひと気は……柊真と同じ学校に通う生徒がチラホラ。

 柊真の通学路は学校の裏側であるために、利用する生徒はそれほど多くない。

 皆、考え事をしているのか心あらずな感じで歩いている。

 柊真もその一人だった。

 学校に行けばクラスメイトと多少は話すし、授業もある。

 何も気にせず考え事が出来るのは通学の時くらいなものだ。

 だから、気付かなかった。

 一軒家の立ち並ぶこの通学路は細い道から続々と――という程ではないが、利用している生徒が合流してくる。

 その一人に柊真は当たってしまったのだ。


「ごめんなさい」


 柊真が慌てて謝ると、ぶつかった相手もビックリしたのか慌てて返してくる。

 ぶつかったまた、柊真と同様に考え事をしていたのかも知れない。


「いえ、こちらこそよく前を見てなくて――っ!?」


 お互いに固まってしまった。

 事実は小説より奇なり。とは言うが、そんなに毎日毎日「奇」に当たるものなのだろうか?

 柊真が驚いたのは、ぶつかった相手が昨日の彼女だったからだ。


「えっと……」


 先に口を開いたのは、昨日と違い柊真だ。

 どうせ接触するつもりだったのだ。

 予定が少しどころか大幅に早まっただけで。


「お、おはよう桜満おうまさん」


 今まで面識はなかった二人だが、柊真は彼女の名前を知っている。だからこそ、当り障りのないように挨拶をした。

 だが、それは失敗だったのかもしれない。

 柊真が桜満と呼んだ彼女は警戒してしまった。

 無理もない。

 昨日の出来事が実際にあったのだとすれば、助けた相手が自分の名前を知っているということ自体、異常事態なのだから。


「なんで、私の名前を?」


 桜満自身は自覚がないようだが、誰もが振り向く容姿をしていれば、学園で噂されるのも当たり前のことだ。

 柊真も彼女の噂は色々と聞いている――というよりも、嫌でも耳に入ってくる。それくらいに話題に上がる人物なのだ。

 もちろん、それだけではないが……


「同い年で成績優秀、容姿端麗ともなれば流石にクラスでも話題になるよ?」


 自覚なかったの?という意味を込めて柊真は聞いてみれば、やはり自覚がなかったようだ。

 何か目立つようなことをしたかしら?と本気で首を傾げている。


「そんなに噂されてるの? あまり目立たないようにしてたつもりなのに……」


「いやいや、入学以来、主席に君臨し続けることは十中八九、目立つと思うよ……」


 加えて全教科ほぼほぼ満点というおまけ付きだ。

 柊真からすれば「なんでウチの高校にいるんだ?」ってレベルの才女。それが、彼女。桜満おうま玲央那れおなだ。


「ところで……」


 普通にお話していた二人だが、玲央那は何かを思い出したかのように柊真に問いかける。


「最近、不思議な経験をしなかった?」


 玲央那は柊真が聞く前に回答を言ってしまった。

 つまり、昨日体験したと思われる一連の出来事は三に該当したのだ。


「経験したよ。夢だったのかと思ってた出来事を今、桜満さんに肯定されてしまったからね」


 それだけで、意味は通じたようだ。

 昨日の戦闘に関しては、その場にいた黒い何かと柊真と玲央那しか知らない。


「やっぱり、昨日の術が効いてなかったのね……」


「術?」


「鈴を鳴らしていたでしょう? あれは、法術と言って漫画風に言うと儀式魔法みたいなものなの。

 詳しい説明は省くけど、一般人であればあの法術で綺麗さっぱり忘れているはずなのよ」


「だけど、僕は全て覚えていると」


 確かに不思議な話だ。

 実際、柊真は昨日の法術とやらで眠ってしまっている。

 にも関わらず、肝心の忘却に関しては全く影響がなかったのだ。


「何にしても、昨日のことは他言無用でお願い。

 それと、放課後に桜満神社へ来てちょうだい」


 そう残して彼女は来た道を戻っていく。

 やはり神社なのかと思いつつ、柊真は一つ疑問に思ったことを聞く。


「学校行かないの?」


 柊真が遠ざかる背に声を掛けると


「今のこの状況で行けるわけないでしょう?」


 と返ってきた。

 どうやら、柊真を本当であればそのまま連れて行きたかったようだが、何かと準備が必要らしく他言しないのであれば学校に行っても良いということだった。

 柊真は成績が悪いわけではないが、決して良いわけでもない。

 学校を休むのは得策とは言えないだろう。

 唯でさえ、剣道をやめて心配かけている両親を更に心配させる必要もあるまい。

 柊真はそう思って色々聞きたいのを切り上げ、学校へと向かった。

 しかし、学校に来てから気付いたことがある。


(ヤバいなぁ……桜満神社の場所なんか知らないよ?)


 せめて連絡先でも聞いておけばよかったと、柊真は今更ながらに後悔した。

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