第一章 とある神社の裏の世界
気になる彼女は巫女さんでした
世界は幸福に満ちている――果たして本当だろうか?
光があるから影がある様に、幸福の裏にはいつでも不幸が潜んでいる。
誰かが幸福になれば、その分、誰かが不幸になる。
それは、偶然ではなく必然。
人が当たり前のように生きている中で、知らない場所では殺し合いをしている。
表と裏。それは異なるようで結局、同じ一つの世界。
そして、表の人間は裏を知らない。
何せ裏は人が目を背けた悪意の集まる場所なのだから。
それを話したところで多くの人間は「それがどうした」と一言で切り捨てるだろう。
それは、自分には関係ないことで、ただの非日常だと。
では、非日常とは人と本当に関係ないのだろうか?――否、『事実は小説より奇なり』とはよく言うもので、非日常に人は幾度となく遭遇する。
それもまた必然。
幸いと言うべきか、葛木柊真は「異世界に転生して――」とか、「空から可愛い女の子が降ってきて――」何て厨二チックなことを今まで考えたことはなかった。
本来、個人個人の目線で言えば変化こそが非日常であり、いずれ日常になるのだと柊真はそう考えていたからだ。
しかし、この時ばかりは案外、創作上に置ける非日常も、自分が知らないだけで現実として存在しているのかもしれないと本気で考えてしまっていた。
なにせ、今、柊真の目の前で起きていることは、“非日常”という言葉で片付けられる範疇を超えていて、非日常というよりかは白昼夢と言われた方がまだマシに見えるのだから笑えない。
あり大抵に言うなら超常現象。あるいは、怪奇現象。
目の前の光景は、まさにそう言い表すのが相応しいものだった。
――Gurooom!
悪魔。ドッペルゲンガー。いや、妖怪だろうか?
人型をした黒い何かが、ジリジリと柊真を追っていく。
スピードは決して速くない。
だからこの一年、禄に体を動かさず、体力も落ちている柊真でさえ距離を詰められずに逃げている。
だが、それは、黒い影にとって、速い必要がないからであった。
黒い影は柊真の身体を絡め取るつもりなのか、立ち止まったかと思うと柊真に向けて無数の影を伸ばした。
その影は地面から這い出し、まるで実体を持っているかのように柊真へと迫る。
黒い何かから放たれた影が迫るにつれ、柊真の視界は段々と黒く塗りつぶされていった。
実は魔眼の持ち主だったとか、「ふっ、喧嘩を売る相手を間違えたな」なんてセリフが言えるような超能力を持ち合わせていれば良かったのだが、そんなものを持っているはずもなく、柊真には対抗する手段がなかった。
厨二病な奴であれば冷静でいられただろうか?なんてくだらないことを考えつつ、柊真は尻もちをつき、迫る影を見やる。
(このまま喰われるのか……)
そんな考えすら柊真は言葉にする事も出来ず、その時を待つかの様に覚悟を決め、そっと目を閉じた。
別に目標を――夢を失った柊真にとってやり残した事など何一つない。
ずっと打ち込んでいた剣道も遠に捨てた。
ただ一つ贅沢を言うならば、憧れの彼女と一度でいいからまともに話してみたかった……ただ、それだけだった。
(……)
そう思いながら、喰われる瞬間を待っていると、心なしか迫っていた緊張感が和らいだ気がする。
そんな都合がいいことが起きるわけないかと思いつつ、それとも悪夢から覚めようとしているのかと考えるも、やはり、それも希望的観測に過ぎないと思い直す。
(……?)
しかし、いくら待っても次が来ない。
不思議に思った柊真は静かに目を開けた。
すると、そこには一人の少女が刀を構えて立っていた。
スラッと伸びた身体。年齢に対して決して小さくはない胸。黒くて艶やかな長い黒髪。その目は大きく、まるで人形のような少女。
見間違えるはずもない――憧れの彼女だった。
「すぐに終わりますから、下がっていてください」
今日は日曜日で休みだ。柊真は当然、制服を着て来ていない。
多分、同じ学校だということに、彼女は気付いていないのだろう。
目立たないよう、ひっそりと生きてきたのだから当然だ。
顔を見ただけで分かるはずもない。
目の前に堂々とした佇まいで立つ彼女を、柊真はただ見惚れていた。
凛とした表情と、黒い何かを見つめる目。
その目には確かな意志が宿っているように見える。
どこか儚げに席から外を見ている彼女とは大違いだった。
そして、柊真にはもう一つ気になる点があった。
コスプレ趣味――というわけではなさそうだが、彼女は何故か巫女さんの姿をしていることだ。
(そういえば、噂に聞いた程度だけど……確か神社の娘さんだったような?)
それにしたって、都会に住む神社の娘が、コスプレにしか見えないような巫女服を、危険を冒してまで着るだろうか?
目の前の怪奇を他所に、そんな事を考えているのだから本当に憧れだけなのかは些か怪しい。
そんな自覚すらない柊真は意識を現実へと戻し周りを見る。
彼女の目線の先には柊真を追いかけていた黒い何かが蠢いていた。
すぐさま害を為すようには見えないが、纏っている雰囲気が普通ではない。やはりどこか不気味だ。
よく見ると伸びていたはずの影は、途中でプツンと切れている。
彼女が刀を手にしていることから、和真が目を瞑っている間に、あれで伸びていた影を切り捨てたのだろう。
もっとも、彼女自身は刀の扱いに慣れていないようだが……
剣道をしていた柊真から見れば足捌きはバラバラ。体幹も悪い。基本の型もなく振り回しているようにしか見えない。
彼女自身、その事を自覚しているようで、基本的に刀はしまっていて殆ど使う素振りを見せない。
どういう効果があるのか、影は刀を嫌がっているように見える。
実際、柊真の目にはかなりの業物に見えた。
模擬刀くらいしか持ったことのない柊真から見ても、あの刀の美しさは肌で感じるものがある。
それに眩しいほどの光を放っていた。
だが、それと同じくらいに輝きを持ったものがある――
彼女の持つ鉄扇だ。
黒い何かから飛んでくる影を、一つ、また一つと残らず撃ち落とす。
畳んだ状態で一つずつはたき落とすようにすることもあれば、広げながら横薙ぎに一閃し纏めて斬り伏せることもある。
荒れ狂う風と光の奔流。
しかし、その光は不思議と柊真の心を安心させる。
まるで、光に導かれるように、逃げもせず、その場で成り行きを見守っていた。
やがて影は分が悪いと感じたのか、柊真を置いてそのまま去って行った。
残された柊真と彼女の間に静寂が訪れる。
先に口を開いたのは彼女だった。
「ここで見たことは白昼夢だとでも思って忘れてください」
「……え?」
最初、柊真は彼女の言っていることが理解出来なかった。
口封じをされるのかと思いきや、忘れろという。
だが、どう考えてもこれだけのものを見て、忘れられる人間がいるとは思えない。
(たしかに白昼夢みたいなものだったけど、この状態を忘れるのは正直、無理――かな……)
短い戦闘だったが、常人ではあり得ない力を発揮していたのだ。
地面は窪み、壁にも大穴が空いている。
コレを忘れろと?
やはり、土台無理な相談だった。
対人能力が皆無な柊真は考えていることが顔に出やすいようで、彼女はため息を付いた後、すぐさま行動を起こした。
「忘れる気がないのなら、代わりに私が忘れさせて上げます」
――チリン
鈴の音が聞こえる。
いつの間にか彼女の手には鈴が握られていた。
奉納神楽に使用するものと酷似したそれは、先程の黒い影とはまた別の――彼女が持っていた刀や鉄扇と似たような雰囲気を放っている。
――チリン
このままではマズいと頭では分かっていても、和真は段々と意識が鈴へと向かう。
なんだか眠くなってきたような気もする。
遂に耐えられなくなった柊真は、眠気に誘われるように無言で目を閉じた。
そして、そのまま意識が暗転した。
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