わたくし、ドキドキです2
ペルトン伯爵家はお屋敷も敷地も広うございました。庭園だけでヴァロウの屋敷が、10軒は入りそうです。よく手入れされた植木が、庭園を迷路のようにしています。通されたガゼボも大きくて、小さなサロン一部屋分はありそうです。ヴァロウ家4名とペルトン家3名が中に入っても、窮屈さはありません。ニ家の召使い達は、主人につかず離れずの距離で控えています。
メイドが恭しくお茶を運んで来ました。白い華奢なカップに、ピンクのお茶。芳醇で蜂蜜のような香りが漂います。わたくしも、いただきましょう。
「新作のお茶は、お気に召していただけましたか?」
アレクセイ伯爵はわたくしの隣に座って、声をかけてくださいました。
「大変美味しくいただいています。なんとも言えない甘さが、後を引きますが、清涼感、もあって」
変です……呂律、回りません。
「その甘さは……です。申し訳……が、少し眠って……ください」
言葉、も聞き取れない……アレクセイ伯爵、笑うと、目尻が下がって……若く見え……
皆さま、机に突っ伏し……だらし、ない……わたくしもう、限界……
「フランシス伯爵令嬢、目を覚ましてください」
男性の強い声が、上から聞こえてきます。確か、眠くなってガゼボで眠ってしまってーーいけません、目を開けないと。
「嫌っ!!」
草むらの上。
離れた所からわたくしの顔を見下ろす、心配そうな黒い瞳。
アレクセイ伯爵!
「ここはどこですか? 皆さまはどちらですっ?」
早く体を起こさないと。立ち上がらないと。周りには、アレクセイ伯爵以外誰もいません。
「ここは庭園の奥です。皆さまは数時間眠っているだけで、体に害はありません」
「どうして」
「失礼は謝ります。貴女をここまで運んでくるのに、人目につかないよう気を配ったのです。誓って、それ以上のことはしていません。落ち着いてください」
そういえば、コルセットがきついままです。ドレスも下着も乱れていません。土汚れも無し。伯爵の服も乱れた様子はありません。信用していいのかもしれません。
「私は貴女の『お話』を伺いたいだけです」
彼は、わたくしと一定の距離を保っています。落ち着いて。驚きのあまり、冷静さを欠いてしまったようです。
「手紙で『会いたい』と申し上げたのは、わたくしの方です。取り乱して、失礼いたしました」
「お話は、落ち着いてからで構いません」
狂っていると思われそうですがーーと言葉を繋いで、わたくしはこれから起こる未来を話しました。婚約公示期間に入ると、公娼になってしまうこと。婚約解消後アレクセイ伯爵はマリエン男爵令嬢と結婚すること。その2つを何度も訴えました。
「ですから。明日までになんとかして、婚約解消していただきたいのです」
伯爵は何やら考え込んでいましたが、突然笑い出しました。何がおかしいのかしら。わたくし何日も眠れぬ夜を過ごしましたのに。
「ああ、申し訳ありません。貴女を笑ったのではなく、貴女の勘違いが可笑しくて」
「勘違い? どういう意味ですか?」
「小説『フロースーー愛する貴方と』はブリテ革命の後、出版されたものだからです」
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