わたくし、ドキドキです

 とうとう婚約式の日が来てしまいました。早朝からしっかりコルセットを締められて、わたくしは息も絶え絶え。馬車に乗っているだけでも、苦痛です。今日は指輪交換と誓約の確認だけで、教会の戸口で式は終わり。我慢です。本当に大事なことは、その後なのです。

 石畳が途切れて土の地面が露わになってきました。ヴァロウ領は隙間なく小さい家が並んでいたのに、ペルトン領は大きな小屋がまばらに見えるだけ。田舎と聞いていましたが、想像より寂しい所です。わたくしも心細くなってきました。雲ひとつない晴天が、灰色に見えます。同乗の家族ーー両親と義弟は、楽しそうに何か話していました。わたくしは口を開けませんでしたが、皆は緊張のせいと納得したようです。

 

 教会の戸口で初めてアレクセイ伯爵にお会いした時、わたくしの心臓が飛び跳ねました。ーーなんて格好いいのかしら。他の男性より頭半分背が高くて、物腰も穏やかで。しなやかな筋肉が服の下からも分かります。髪と同じ色の礼服も、不吉に感じません。白い肌に馴染んでいて、落ち着きがあります。

 降ろし髪のわたくし、ますます子供っぽく見えないかしら。肌の露出が全くないドレスは手袋までもが白で、余計に平坦な体つきに見えます。

 

 うわの空の間に婚約式が終わって、わたくしはアレクセイ伯爵の出方を待ちました。すっかり日が高くなって、皆さま暑そうにしています。お義母様は日陰で扇子を扇いでいて、お義父様は義弟と馬車に避難。もう帰るのかもしれません。アレクセイ伯爵のご両親も馬車に乗ろうとしています。

 どうしましょう。あの手紙、届かなかったのかしら。ここで恥をしのんで「庭園を案内してください」と頼んでみましょうか。


 わたくしが悶々と思いあぐねていると

「皆さま、今からペルトン家の庭園においでくださいませんか? 新作のお茶を用意しております。是非召し上がりください」

アレクセイ伯爵の「天の声」が降りてきました。この機会、逃すものですか!

「お義母様、ヴァロウ家の今後のためペルトン伯爵家に行きとうございます。嫁ぎ先の名産品について、今からもっと知っておきたいのです」

 わたくし、「ヴァロウ家の今後のため」を強調しました。お義父様と義弟は馬車の中から渋い顔を向けましたが、幸いお義母様はご機嫌です。

「屋敷はここから目と鼻の先です、ご安心ください。長くお引き止めは、いたしません」

アレクセイ伯爵の低い声は、甘い毒薬のよう。わたくし思わず聞き惚れてしまいました。お義母様まで、ぼうっとしています。

 根負けしたお義父様は、ご招待を受けました。ああ、これでアレクセイ伯爵と相談できそうです。


 

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