エピローグ



 他の多重人格の奴らがどうなのかは、知らない。

 けれど俺の場合は、確固たる「仕事」を持って、この世に生まれてきた。

 俺の仕事は、この世界では何が「正常」で何が「異常」なのか、リアに代わって見極め、判断することだった。

 けれど俺は、ここにきて、その行為の荷の重さに、打ちひしがれそうになっている。

 

「……」


 麗美、というミレの中の同族嫌悪女人格を気絶させてしまうと、アヤセと名乗ったユウの別人格は、「ふわああ。さて、もう一度寝直そーっと」と言ってソファに入ってしまった。そしてリアが状況に耐えきれず意識を手放したので、入れ替わりに俺が表に出てきた。

 この状況は、一体なんなんだ。

「……意味わかんねえよ」

 俺は思った。

 もしこのまま朝目覚めて、目覚めた時の人格がミレとユウであったなら、この夜の乱闘は、二人にとって一切なかったものになるのだろう。おそらくミレ自身は、己の中に、同族嫌悪から人を殺そうとし、そしてあろうことか敵対する秘密結社SSMに所属している人格が存在するだなんて、気がついていないはずだ。明らかにさっきの「麗美」という人格は彼女の中で強い支配権を持っているようだったし、そもそもミレからはそんなに賢い印象を受けなかった。ミレはきっと半分諦めているのだ。己のどうしようもない精神構造について。

 そしてユウの方は、おそらくアヤセのことを知っている。知っていなくとも、薄々勘付いてはいるはずだ。己の中に、さらに凶暴で凶悪な女人格がいることを。ユウはただでさえ有能で賢い殺し屋と言われていた。その彼が、違和感に気づかぬはずがないのだ。

 そしてリアは、自分の正常さについては、どこまでも他人の判断に従う性質だ。だから、二人から「昨日の夜は普通に眠っていた」とだけ言われれば、自分の見たものも全て夢だったと思い、何事もなく過ごすに違いないのだ。

「……参ったな」

 俺は、迷っていた。

 この組織にいることが、リアの幸せに繋がるのか、わからなくなったのだ。


 リアは、ずっと一人ぼっちだった。


 だから、同じような立場にいる人間となら、もしかしたらうまくやっていけるかもしれない。絆というものを築けるかもしれない。俺ははじめは、そう思っていた。事実、あんなに楽しそうに夕食を食べるリアを、俺は初めて見たのだから。


 けれど、今夜のようなことがまた起こったとしたら。


「どうしたらいいんだよ……」

 困り果てた俺は、ソファのところまで行って、ユウの寝顔を眺めた。

 そもそも全ては、こいつが俺たちの両親を殺してしまったことから始まるのだ。

「ていうか、お前は本当に、殺してくれたのか……?」

 ユウの乱れた髪に触れ、なんとなく直していると、すっと何かが指に触れた。「ひっ!?」と慌てて指をひっこめたが、よく見てみるとそれは涙の雫で、それからユウの、小さく呟く声が聞こえてきた。

「俺を……見つけてくれ」

「は?」

「頼むから、俺を、見つけてくれ……」

「お、おい、ユウ、どうし、」

 悪夢にうなされているのかと、俺は慌てて揺り起こしたが、次の瞬間、ハッとなった。

「あれ、どうしたのリアちゃん……もしかして夜這い?」

 ゆっくりと目を開けて微笑んだユウは、また、全くの別人になっていた。

 俺は一言二言言いたかったが、結局何も言葉が出ず、ため息をついた。

「いや……そんなんじゃねえよ。おやすみ」

「ああ、おやすみ」

 奴が再び眠ってしまうと、もう何をする気力も起きなくて、ただ、窓の外を眺めた。夜空には、立派な満月が浮かんでいる。

「……もう少し、様子を見るか」

 ため息と共に、一人そう呟いた。我ながらどうかしているとも思ったけれど、でもなぜだか、それがリアの望みであるような、そんな気がした。

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