第1話



 その医者は、というかその病院は、なんというか、色々と予想外だった。



 見かけは普通の病院だった。少なくとも待合室までは、いつも見るような静かで清潔で消毒液っぽい匂いの漂う、私のよく知る病院そのものだったのだ。両親をそこへ置いて、私は一人、のっそりと冷たいソファから立ち上がる。

 けれど診察室に入った瞬間、私の体は固まることとなった。

 なぜなら医者が、興味津々、と言った顔で私の目の前に顔を近づけてきたからだ。


「……あの」


 じり、と後ずさりをすると、「ああ!」と合点がいった顔で医者はひょいっと私から離れた。

「ごめんごめん、近かったかな?」

「はい、少し」

 医者は私から離れると、今度は鼻歌交じりにデスクの引き出しからなぜかティーポットとティーカップを取り出し、紅茶を注ぐと、皿に乗せて私に差し出した。

「まず言っておこう。僕は、君を治すつもりは、一切ない!」

「……はあ」

 私はとりあえずそれを受け取り、椅子に座った。

 こういう病院もあるのだなあ。

「じゃあ、何するんですか。医者なんでしょ」

「いい質問だ!」

 同じく椅子にかけた医者は、得意げに微笑み、私に向かってビシッと指を突きつけた。

「僕は、君を!」

「ヒミツケッシャ?」

「そうだ。『秘密結社マルチプル・パーソナリティー・ディスオーダー』。通称MPD。それが我々のグループ名だ」

「地下アイドルでもあるまいに」

 紅茶をすすりながらボソッと呟いたら、ばきっと音がして頭に鈍い痛みが走った。どうやらカルテを投げられたらしく、ツーっと頬に血が伝った。

 こんな医者もいるのだなあ。

「で、だ。はっきり言って、僕らの活動目的は金儲けなのだが」

「はあ」

 医者は別のカルテをめくりながらハッハッハと笑った。

「つまり、金を儲け、パーっと使い、ゲラゲラ笑うことが至上命題なのだ」

「じゃあ、私には向いてないかもしれません」

 困惑の意味で、私はかすかに首をかしげた。ぽたっ、と血がカップに落ちる。

「私、あまり笑うの、うまくないですし」

「なあに、心配することはない。君は笑えなくとも、『彼』の方は笑えるだろう」

「『彼』?」

 すると突然、フッと意識が遠のく感覚を覚えた。消えゆく意識の中で最後に聞いたのは、医者の謎めいた台詞だった。

「まあそうカッカするなよ。このご時世、にはなかなか出会えないのだから」

 

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