第3話

昼の京阪電鉄の各駅停車は乗車客もまばらで、陸はゆったり座りながら昨日の流れを思い返していた。

「模試の直しと違うんやから今さら克明に思い出してもしゃーないけどな」

自虐気味の声が思わず漏れてしまい、陸はすかさず周囲を目で見渡した。


一番近くに座っている営業マンらしきスーツの男性はイヤホンをつけているし、その向こうのおばさんはうつうつと居眠りをしている。

ホッと胸をなでおろした途端また昨夜の記憶が流れ込んで来た。


夜の七時にスタートした合コンは大いに盛り上がり、女の子達はみんなよく笑い大いに食べて飲んで実に楽しそうだった。

二次会のお誘いも当然のようにOKで、終電ギリギリまで粘ったバーでも周りのグループよりは断然盛り上がっていたし、陸の投げかけるトークにも三人揃って手を叩いて大笑いしていた。


大阪人の血のせいか、場を盛り上げることに使命感を持ってしまうきらいはあるが、そこは初対面の女の子相手ということで若干抑えつつも程よく笑いを取れていたし、特に自分の正面に座った萌とは話が合い最高潮に盛り上がったと陸は思っていた。


終電直前に女の子達を京阪電鉄の三条駅まで送った後、三人で駅前のラーメンをすすり、菊人のマンションまで歩いた。

マンションは鴨川沿いの川端通りに面していて、ベランダに出ると二条飛び石がすぐ下に見える。

名前の通り鴨川を横断するように川中に石が配置され向こう岸に渡れるようになっており、夏場の休日などは子供達の格好の遊び場になっている。

陸は菊人の部屋に時々泊まるようになってからは面白がって何度も渡っていたのだが、雪がうっすら積もった飛び石で滑って氷水のような鴨川にダイブしてからはきちんと二条大橋を渡るようになっていた。


近くのコンビニでつまみと酒類を買い込んで部屋に上がり込んだ頃には、合コンメンバーのグループラインに続々と女の子達からのメッセージと写真が送られて来ていた。


「今日はホントにありがとう!ご馳走様でした」

「楽しかったー」

「こんなに笑ったの久しぶり!」

「また集まりたいね!!」


顔文字やハートを散りばめた台詞がスマホの画面に並び、楽しそうに笑う写真がアルバムに収まっていった。

ひとしきりグループラインでの会話が落ち着いた頃には、陸たちの中でも誰が誰を誘うかの取り決めも完了していた。

同時にメッセージを送るのは示し合わせたようなので、時間差で行くことにしてジャンケンの結果、先陣は隆斗、次に菊人、しんがりが陸という順番になった。

隆斗が一番賑やかで華やかだった彩香にお誘いラインを送って七分後にOKの返事が来た。


「よし来た!けどこの七分って微妙だよなー、大喜びで即OK!じゃないけど、まぁいいかなってとこか」

親指を立てる隆斗に陸が恨めしそうな目を向けた。

「贅沢やなー、オーケーもらっといて」

「陸ちゃんも今日はぜってー大丈夫だろ、すげー盛り上がってたじゃん」

陸は合コンの時のハイテンションとは真逆のローテンションで、どーかなぁと呟くと菊人に目を向けた。


「ほんなら次、菊人な」

ふーんと息を吐き、だるそうな菊人が今回の連絡係で、よく気が回る上に三人の中では一番可愛らしいミコに送ったラインは陸が心配になるくらいあっさりしたものだった。

それでも、画面を覗き込んでいた陸が瞬きをするほどの間に既読が付き、その数秒後には「すごく嬉しい!」「また会えるの楽しみ」の吹き出しがポンポンと表れた。


「早っ!スマホ握りしめてたんかなー。もう一時半やのに」

陸はいつものことながら菊人の実力に舌を巻いた。

「はい!ハットトリック!ハットトリック!」


囃し立てる隆斗を張り倒して笑っていたものの、陸の内心は心臓が踊り狂っていた。

意を決して、ついさっきまで一緒に笑い合っていた萌にメッセージを送信した。

その後は三人でグダグダと明け方近くまで飲んで喋っていたが、ラインの着信音は鳴らず画面は未読のままだった。


「寝落ちだろ」

「うん、これは寝ちゃってんねー。陸ちゃんが先鋒で行けばよかったなー」

二人は寝落ち説を力説し、陸はスマホを無造作に放ったままでことさらに興味が無さげに振舞った。

こたつで昼前に目覚めた陸は手に取ったスマホの画面にメッセージが出ているのを見て心臓が小さくトクンと跳ねた。

菊人と隆斗はまだ寝ている。


「おはよー!昨日は本当に楽しかったねー」

「いつの間にか寝ちゃってて返信遅れちゃってごめんね」

「お誘いありがとう!二人にも話したんだけど、また六人で遊びに行きたいなーって言ってるの」

「菊人君と隆斗君の予定も聞いてみてもらってもいいかなー?」

「またみんなで会えるの楽しみにしてまーす」


陸はこのパターンを今までにも何度か経験していた。

またいつものように笑いながら道化になりきればいいと頭で思いつつ、陸の身体は全く別の行動を取った。

なるべく静かにこたつを抜け出し、ダウンジャケットをかかえるとそっと部屋を後にしたのだ。

ふと我に返ると次は千林〜千林〜と間延びした車内アナウンスが流れていた。

陸は大阪に帰って来たことで、安心にも似た感情を自分が抱いているのに気づいて苦笑しがら電車を降りた。

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