File.2 IN IDEAL PURPOSE ON A FAR DAY

序章

Operation Code:A-1[The wish which left it in the rubbish]


《頼み……が、ある…………二つ、だけ…………僕……の身体……………無事、な所…………彼女に…………せめて………一部……………細胞………でも……………》


 真っ黒な雨に打たれながら、男は遺す。

 本願を前に、上手く回らない言語野をフル回転させ、脳間無線に懸命に信号を送り続ける。

 叶うかどうかなんて心配はしない。

 この男なら果たす、と確信しているから。


《どうか、彼女を……》


 消え入りそうな男の主張に、黒い長髪が寄り添う。


『ほら、やっぱりだ』


 悪態の裏に感じて来た温もりの正体を見た気がして、男は遺す言葉を結ぶ。

 頷かない事に、不満はなかった。


《任……せ、た》


 失われた肉体も、刈り取られていく意識にも、感謝しかない。

 死の意味さえも灰塵に帰した真っ暗な街で、そんな感情を懐ける事すら奇蹟なのだと知っているから。

 彼等以外の全ての人々は、皆になってしまったから。

 空を覆う黒煙も、今は只の雲にしか感じない。

 だから、モノクロに覆われたこんなにも不幸な景色が、状態が、最愛のものにすら感じる。


『ああ、やっとだ』


 ならば遠慮などせず、堂々と誇らしく、もう動かない微笑みを魅せ付けてやろう。

 やっと誇れるものが出来たのだから。

 だからもう――


 真っ黒な雨に打たれながら、男は逝った。

 呆れる程満足気な微笑みと、笑える程細やかな想いを遺して。


「何が“任せた”だ……やだよ、馬ぁ鹿」


 咥えていたフィルターを吐き捨てつつ、拳を握る。

 気持ち悪い微笑みを刻んだ男の顔を、黒いグローブが潰した。

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