姫とHIME -かぐや姫-

nobuotto

第1話

*地球*

 竹取の翁は今日も竹林に入って行きました。早春の穏やかな日々が続いていましたが、その日は朝から真夏のように太陽が輝いていました。季節外れの暑さで流れ出る汗をぬぐいつつ、まぶしそうに太陽を見上げた時です。

 太陽の中から小さな塊が現れ、それがどんどん大きくなって竹林の中に落ちていきました。何事かと塊が落ちた方へ行くと、そこには輝く節を持つ竹が生えていました。その節を恐る恐る割ってみると、そこには翁の手の中にすっぽり入るくらいの小さい女の子がいました。大きな黒い瞳で翁をじっと見ています。

「なんとまあ、これはこれは可愛らしい女の子じゃ」

 翁はこの女の子を屋敷に連れて帰りました。妻の媼も「お天道様からの授かりものじゃ」と喜びました。そして、二人は「かぐや姫」という名前をつけ大切に育てることにしました。


*惑星*

 アンドロイドSG10の実験環境をスコット博士とジェシーは監視用モニターで見ていた。原始感情の集積と分析をテーマとする研究室は、床、壁、天井、そしてエッグと呼ばれている感情共感カプセル2台、全てが白かった。

 博士は20年近くここに篭って研究を続けていた。当初は研究所の中でも大規模な研究室であったが、年を追うごとに人員が削減され、この10年は博士一人で研究を続けていた。こんな「廃止間近」の研究プロジェクトに新人のジェシーが赴任してきた。

 ジェシーは博士の娘と言っていいほど年が離れていた。決して美人とは言えないが、聡明な顔立ちであり、配属されて間もなく全ての研究装置に習熟する高度な専門性と知性を備えていた。

 博士は地球の様子をみてジェシーに言った。

「実験開始になります。ただ地球人が高齢ですね。十分なデータ集積前に死ぬ可能性があるので、ジェシーさんSG10の成人化を早めてくれますか」

「了解しました」と言ってジェシーは監視用モニター横にあるコンピュータでプログラムの変更を行った。機械のような正確な指使いで操作をしつつジェシーは博士に聞いた。

「博士。これまでのアンドロイドは全て成人型でしたが、今回は何故小児型としたのでしょうか」

 博士は白い天井を見上げた。まるでそこに答えが書いてあるかのように天井を眺めてから答えるのが癖であった。

「今回は、小児における原始感情抽出も対象としました。また、共生開始がスムーズに進むことも狙いです。これは成功でした。地球人は非常に好意的です」

 媼が大事そうにSG10を抱きかかえている様子を監視モニターは写していた。

「地球人はSG10をかぐや姫と命名したようですね。ジェシーさん、『姫』とは、地球人が高貴な女性につける名称です。私達もこのアンドロイドをHIMEと呼びましょう。その方が私達も愛着が湧くかと思います」

「博士、愛着というのは原始感情で…」

 博士はジェシーの話を遮るように、HIMEの養育資金転送の作業に取り掛かるようにと言った。ジェシーは何か言いたそうであったが、指示された作業を開始した。 


*地球*                              

 かぐや姫は3ヶ月で成長しました。肌は透き通るほど白く髪は長く漆黒で、その髪は月夜の晩になると月より輝くと村では評判でした。しかし、翁と媼はかぐや姫が心配でたまりませんでした。それは、かぐや姫に喜怒哀楽の感情がなかったからです。

 赤ん坊の時から今まで、大きな黒い瞳で周りをじいっと見ているだけです。感情が全くない美しいかぐや姫は魔物の化身だという噂が村に広がりました。竹林に行く度に袋一杯の金銀を手にいれ今ではすっかり裕福になっていた翁は、かぐや姫の将来のため村を出て都で暮らすことに決めました。


*惑星*                          

 「廃止間近」となっているプロジェクトに若い優秀な研究者が配属された。その理由は博士にもわからなかった。朝の会議で研究プロトコルに対してジェシーが質問をする。

「実験の最後でエッグによる原始感情共有を行いますが、必要なのでしょうか。研究結果として定量評価ができない項目は意味がありません。データ分析だけで十分ではないでしょうか」

 博士は、天井を眺めてから話し始めた。

「文明の進歩を妨げる要因となる原始感情を排除することでこの国は発展しました。これは文献に記載されています。しかし、そもそもの原始感情自体についてはどこにも記載されていません。原始感情の定式化と評価が難しいからです。しかし、原始感情とは何か、対象について知ることはデータ分析と同様に重要と考えています」

 ジェシーは、明らかに納得していないようであった。

「ところで、ジェシーさん。あなた達の世代は、生まれて直ぐに親元から離れて共同生活を行い、16歳になると結婚相手も国から指定されます。研究上での質問ですが、本政策について、あなたはどうお考えですか」

 博士の質問意図は不明であるが、という前置きをしてジェシーは答えた。

「原始感情の発生原因を排除するのですから正しい政策と言えます。博士は、この政策に問題があるとお考えなのでしょうか」

 博士の研究目的が反政府的であるという疑いもあり、そのため充分な予算もつけられていないことをジェシーは知っていた。今回ジェシーがこの研究室に配属されるにあたり、このプロジェクトの状況をつぶさに国家管理局に報告するように言われていた。

 この質問には答えず博士が聞いた。

「これも研究上での質問ですが、ジェシーさんは両親に会いたい、または婚約者に特別な感情を持つということがありますか」

「原始感情が私にあるかという質問でしょうか。ということであれば、そうした感情を持ったことはありません」

「そうですか」と言って、博士は天井を長いあいだ見ていた。


*地球*

 見目麗しい娘がいるとても裕福な家族が来たという話は一気に都に広がりました。毎日毎日、多くの若者がかぐや姫をのぞき見に来ては恋に落ちました。求婚する若者も後を絶ちません。

 翁と媼はその中でも人柄も家柄もよい三人の貴公子を夫候補として選びました。そしてかぐや姫との結婚条件をこの三人に言いました。それはかぐや姫から喜怒哀楽の感情を引き出すことができた者が妻にすることができるというものでした。貴公子達は国中から軽業・曲芸、奇術、幻術、人形まわしの多くの芸人を集めました。その中のよりすぐりの芸人を貴公子が順番にかぐや姫に披露することになりました。

 この”求婚の儀式”は三日三晩翁の屋敷で行われました。翁の計らいで、都の誰もが屋敷に入りこの儀式を見学することができました。

 最初の貴公子が披露したのは軽業師です。大男三人が支える板の上で、端正な少女のような顔立ちをした少年が宙を舞います。宙高く舞う少年に屋敷中驚きの歓声に包み込まれました。

 二人目の貴公子は幻術師です。幻術師が出し続ける恐ろしい影はまるで生き物のように屋敷中を走り回りました。それを見ていた子供達は泣き出しました。

 最後の貴公子は滑稽踊りの芸人を披露しました。人間と人形が入り混じる滑稽踊りに屋敷は笑い声で一杯になりました。

 三人の貴公子に選ばれなかった芸人達は、屋敷の周りで好き好きに芸を披露しました。屋台も出て花火も打ち上げられ、一足早い夏祭りの賑になりました。かぐや姫は休む暇もなく共感し続けました。しかし、いくら共感してもかぐや姫自身が感じることはありませんでした。

 結局、貴公子は誰もかぐや姫を妻とすることはできませんでした。

*惑星*

 ジェシーは監視モニターでこの様子をみていた。

「博士、地球人の行動の意味が私には理解できません」

 博士は天井をみあげてから、ジェシーに微笑んで言った。

「そうですか。これまでの感情共鳴からか私は少しは理解できました。いや、勿論原始感情は私も持っていませんが。それにしても、ここ数日で感情抽出も一気に進んできましたね」

 感情データベースを見るとHIMEの許容量の半分にまで達していた。


*地球*

 この三日三晩のお祭りの話は帝の耳にも入りました。

 長らくの間豪族同士の争いが絶えなかったこの地に当然現れ、その類まれな頭脳と強靭な体で豪族達を倒し帝まで上りつめたそうです。帝が治めるようになってから平和が訪れ商売も繁盛しました。国中の誰もが帝を慕い尊敬していました。

 帝はある月夜の晩に何人もの家来がかつぐ神輿で屋敷にやってきました。家来達も屈強の若者でしたが、神輿から降り立った帝はそれは大きく、彼らが子供に見えるほどでした。その体に合う衣装もないのでしょうか、一枚の紫の布を頭だけすっぽり出して服代わりに羽織っていました。顔は紫の頭巾で覆われていました。今まで誰も帝の顔を見たものはいませんでした。

 帝もかぐや姫を一目みただけで心が動いたのが、それから度々かぐや姫の屋敷にやってきました。帝はいつも月の輝く夜に屋敷を訪れました。かぐや姫とともに月を見て、かぐや姫の話を帝は聞くだけでした。

 帝と会うたびに包みこまれるような暖かな感情をかぐや姫は共感していました。と同時に、何か静かな悲しみをいつも共感していました。不思議なことにかぐや姫は帝にはなんでも話すことができました。かぐや姫は自分は地球の者でないこと、地球人の持つ感情というものを自分は持てないことなど全てを話しました。

 その話しを聞いても帝は驚く様子もなく、いつも黙ってかぐや姫の話を聞いていました。こうして度々会ううちに、かぐや姫は帝と一緒にいたいと思うようになりました。これは共感でなく、自分の中から沸き上がってきたものです。これが感情というものなのかどうか、かぐや姫にはわかりませんでした。ただ、いつまでもこうした日々が続くことを願うようになっていました。


*惑星*

「博士。HIMEの感情データベースの蓄積量がMAXに近付いてきました」

 赤、青、茶色など原始感情の種類で蓄積量を表している画面には空白がなくなっていた。

「充分な量です。ジェシーさん、それではHIMEを回収しましょう。HIMEへも帰還日時を伝えて下さい」


*地球*

 帝と出会ってから日々かぐや姫の表情が豊かになっていくのをみて翁と嫗は喜んでいました。しかし、最近は悲しそうにため息ばかりをついています。翁と媼はその理由をかぐや姫に問いました。かぐや姫は真実を二人に話しました。話しを聞いた翁と嫗はかぐや姫を守るために国中から兵士を集めました。この話は帝にも伝わりました。

 帝がかぐや姫に会いにいくと、かぐや姫は惑星に戻ったら自分はどうなるかわからない。翁、嫗そして帝と別れたくないと言いました。

「あなた自身の感情ですね」帝は静かに言いました。

 そして、八月十五日の満月の夜がやってきました。十五夜の月の中から小さな塊が現れ屋敷に近づいてきます。兵士達はその塊に一斉に矢を放ちました。あまりに多くの矢であったため、月明かりは矢の壁で遮られて辺り一帯真っ暗になりました。


*惑星*

 ジェシーはHIME回収のために地球に向かっていた。

「博士、HIMEの屋敷に多くの地球人がおり、彼らの武器で本船へ攻撃をしてきます」

 監視モニターからこの様子をみていた博士が言った。

「モニターの解析結果では2000以上の地球人です。武器は無力ですが念のため無力化光線で対処してください」

「了解しました」

 少し間をおいてジェシーの独り言のような声が聞こえてきた。

「しかし、HIME1体のために、なぜこれほどの地球人が集まるのか。私には理解できません」

 研究室からの返事はなかった。


*地球*

 小さい塊から発せられた光は屋敷全体を包み込みました。翁も嫗も兵士達も、その光を浴びると身体中の力が抜け、立っていることさえできなくなりその場に座り込みました。そして屋敷に近付いてくる塊を呆然とみていました。月が見えなくなるほど大きくなった塊の中から出た白い光がかぐや姫を包み込みました。その時かぐや姫の声がしました。

「お父様、お母様、短い間でしたが、本当に本当にありがとうございました」

 その時、塊に向かって大きな矢が飛んできました。他の兵士の何倍もある大きな矢です。帝が塊に向けて矢を放っていたのです。矢は塊にあたっても弾かれるだけでしたが、帝はなんども矢を放ち続けました。

 がむしゃらに矢を放ち続ける帝の顔の頭巾がまくれ上がりました。そこには、燃えるように怒る帝の目がありました。そして帝の顔には沢山のひびが入っていました。まるで壊れた陶器のようでした。

「我々はお前達の道具ではない」

 帝がそう叫んだ時に船から光がでてきて帝を包み込みました。光が消えると帝もいなくなっていました。かぐや姫だけでなく帝をも失った翁、嫗、そして兵士達は嘆き哀しみました。数千人もの嘆きの感情を共感したHIMEは船の中の回収ボックスの中でガタガタ震えていました。


*惑星*

 HIMEとエッグを接続したあと博士とジェシーはそれぞれエッグの中に入っていった。

 二人が中央に立つと静かにドアが締り、HIMEの感情データがエッグ内壁全体から二人の体に注ぎ込まれていった。地球でHIMEが共鳴してきた感情が順番に博士とジェシーの中に入り込んでいく。博士のエッグのスピーカーにジェシーの笑い声、叫び声が聞こえて来た。

「ジェシーさん、大丈夫ですか。初めての共鳴体験としては今回の原始感情は強すぎるようです。辛いようでしたら実験を中止しても結構です」

「あっ。はい、博士大丈夫です。これはモニターでみていた祭りの原始感情のようです」 

 しばらくの時間が過ぎた。ジェシーが博士に話してくる。

「博士、この静かで深く体全体に染み混んでくるような感情、この体全体を押しつぶすような原始感情は何なのでしょうか」

「これが愛情の原始感情です。私達が感じている理性的な愛情とは違うものです」

 感情抽出が終了し二人はエッグから出た。初めて感情共鳴を体験したジェシーは、エッグから出た後も体が小刻みに震えていた。

「HIMEの感情蓄積成果は期待以上でした。ジェシーさん、初めての経験で疲れたでしょう。データの分析は明日にしましょう」

 研究室から出ようとしたときに、アンドロイドの格納BOXが全部埋まっていることに博士は気づいた。行方がわからなくなっていたアンドロイドが格納されていた。

「このアンドロイドは、以前地球に配置したSG3ですね」

 まだ、体が震えているジェシーは声を絞り出すように答えた。

「はい、無力化光線を受けたにも関わらず攻撃を続ける地球人がいました。分析してみるとアンドロイドだったためHIMEと一緒に回収しました」

「そうですか、ここにSG3もいたのですか。ジェシーさんは、今日は帰って下さい。SG3からの感情共鳴実験は私がやっておきます」

 博士は、格納BOXからSG3を移動させエッグに接続しその中に入って行った。

 博士が次の日に研究室に行くとジェシーが青ざめた顔で立っていた。 

「どうしましたか、ジェシーさん」

「博士済みません。私はどうしてもこの二人を地球に戻したいという感情が抑えきれませんでした。やはり、原始感情は判断を誤らせる原因となります。折角技術的な成功を収めたアンドロイドだったのに済みません。今から回収にいきます」

 博士はうなだれているジェシーに寄り添うように近づいて言った。

「回収は結構です。あなたが”二人”、そう”二人”ですね、地球に戻さなくても、私が同じ事を行っていたでしょう」

 そして天井を少し見てからジェシーに向かって行った。

「本研究を継続するかどうかこれまでも考えていたのですが、SG3との感情共鳴で辞める決心がつきました。この研究はこれで終わりです」

 そして博士は監視モニターをながめた。

「そうですか、二人は地球に戻ったのですね」

 そこには都の人々に迎えられる帝とHIMEが写っていた。心からの笑顔で翁と媼と抱き合っているHIMEがいた。帝も頭巾をとっていた。顔のヒビが無くなっている。

「ジェシーさん、SG3ですが…」

「かなり、壊れていましたので、これから地球で暮らすには不便かと思い修理しました」

「そうですか」と博士は嬉しそうに言った。

「実は昨晩私もこれまでのデータ全てとエッグの設計書を公開してしまいました。これでこの国の誰もが原始感情を共感できるようになるはずです。アンドロイドでさえこれだけ豊かな感情をもっています。私たち人間が持っていけないはずはありません」

「博士、それでは本当に反政府運動者となってしまいます。この研究が終わりになるどころか博士の身が危なくなります」

「そうですね。だから原始感情は撲滅しないといけない」

 博士は愉快そうに笑った。ジェシーは大きな声で笑う人を生まれて初めてみた気がした。

「そろそろ、国家管理局がこの研究室に来るでしょう。ジェシーさんは何も知らなかったことにして家に戻って下さい」

「博士は、これからどうされるのですか」

 心配そうにジェシーが聞いた。

「今後、この国で生きていくのは大変そうですね」

 監視モニターに映っている地球を博士は見た。

 ジェシーが研究室から出ようとした時に後ろから博士の声がした。

「ジェシーさんは、これからどうされますか」

「今は、混乱していて考えがまとまりませんが、少し落ち着いたら両親を捜して会いに行こうかと思います。また、HIMEのように婚約者と話しをしてみようかと…」

「そうですか」

 博士はまた高らかに笑った。

「私の20年の研究は無駄ではありませんでした。ジェシーさんありがとう」

 博士は宇宙船へと向かっていった。

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