第46話 舞踏会 後編

 舞踏会は滞りなく進んでゆき、俺達もダンスを踊りきった。


 最近は研修で鍛えていたからなんとか耐えられたが、これが鍛える前だったらと思うとガクブルだ。


 ダンスの順番は結局、お姉ちゃんが2番目でアルティアは3番目だった。


 エリーからお姉ちゃんに変わるとき、ホールの端に勇者が倒れていたような気がした。


 ヴァスタフから逃れてきて、力尽きたのかもしれない。


 まあ、スペック高いヤツだしどうにでもなるだろう。


 そう言えば、ダンス中、お姉ちゃんが必要以上に近寄ってきた。


 隣で踊っていたパートナー達がびっくりするくらい。


 ごめんね、弟君。私ステップとるの苦手なんだ。とか言っていたが、その割には離れたときの動きはベテランのそれだった。まぁ、お姉ちゃんだしいいかと思いながらリードされていた。


 お姉ちゃんは相変わらず男前だった。


 アルティアはエリーに似たダンスだった。優雅というか品があるというか。


 しかしずっと目を合わせてきていたので、非常に目のやり場に困った。直視すると超美形さんなのでこちらが参ってしまう。


 後から考えると、牛乳瓶発言を謝っていなかったことに気付いた。この直視攻撃は仕返しだったのだろうか?


 そしてダンスを踊り終えて、俺達はホールの端で一休みしていた。


 周りでは男貴族の連中が、お姉ちゃんやアルティアに声を掛けたそうにしているが、踏み込めないみたいだ。エリーには畏れ多いという感じかもしれない。

 

 そして、宴もたけなわという頃合いで、異変が起きる。


 ホールの隅っこ暮らししていた勇者が俺に向かってきた。


 そして、俺の前に立ち止まると、指を指して言った。


「ナツメ! 勇者である僕を差し置いて、研修を終わらせ、挙句の果に王女を誑かせて近くにいるなどおこがましいにも程がある!」


 その大声にどうしたどうしたと野次馬が寄ってくる。


 エリーは非常に不機嫌そうだ。それはそうだろう王族をディスっているのだから。


「しかも、幼馴染のアンナにも手を出すなんて同郷の友人として断固、君を糾弾する!」


 俺はお姉ちゃんに幼馴染なの? と聞くと、知らないわよ! って言われた。


「そんな2人を騙した上に、まだ女性を騙そうとするなど、勇者として黙っていられない!」


 アルティアは騙されているらしい。元パーティーメンバーだというのに、酷い言い草だ。


 アルティアも憤慨している。この聖女が怒るなんて初めて見た。


 しかし俺が騙しているというのは、どういう事なのだろうか?


「君に決闘を申し込む! 君が勝てば僕の全財産を譲ろう! さあ、どうする!?」


 決闘っ!? 俺は3人を見た。やっぱり俺と同じ様に驚いている。


 ーー 一般的に決闘は1対1の果たし合い、一騎打ちだ。


 後に禍根を残さないために、賭けるものを宣言して行う。


 場合によっては金銭であったり、物品であったり、精神的な向上(名誉や家名)を目的とする。


 要するに理由は様々だ ーー


 そんな決闘を勇者から申し込まれた俺は、どう反応して良いのか分からなかった。


 しかも自分の賭けるものだけを宣言している。


 お前、こっちが何を賭けるのかとか言ってないやん。


「じゃあ、聞くけど俺が賭けるものは何だっていいのか?」


 かなりイラッとして聞いてしまった。


「決まっている。その女性たちを解放し、僕のパーティーに入ってもらう。そのほうが彼女たちも幸せだ!」


 その言葉に3人は腕を擦っている。寒いよね、鳥肌がたっているのだろう。


 こいつがどれだけの金額をかけるのかは知らないが、人の意思を賭け事のテーブルにのせるのは許せない。少し痛い目を見てもらうことにする。


「じゃあ、決闘はどうやって行う?」


「僕は素手で戦う。君は持っている物全てを使っていい」


 ふむ、素手での決闘。俺は持っているものを全て使える、ね。


 俺はエリーを見る。エリーは少し頷く素振りを見せる。


「そっか、じゃあやろう」


 俺は決闘に応じることにした。勝利確定の賭けとか勇者は何を考えているのか?


「馬鹿め! 行くぞ!」


 ルシフェルは、かかったとばかりに突進してきた。最初から奇襲をかける気だったのだ。


 周りには野次馬がいて、言質をとったと言うことなのだろう。


 しかし、それは俺にとっても言質をとっていると言う事でもあるのだ。

 

 加速して突っ込んでくるルシフェル。確かに俺の勝てる要素はそのまま(・・・・)だとないな。


 しかし、ルシフェルは持っているものを使って良いといった。


 ルシフェルはあと数歩で俺に到達する。既に勝利を確信している目だ。


 研修場での俺のことはよく知っているはずだから、力量も把握しているのだろう。


 そして、拳の届く範囲まで到達したルシフェルは渾身の右ストレートを放つ。


 パシィという衝撃音。


 ルシフェルは目を見開いている。俺は微動だにしていない。


 ルシフェルの拳は、掌で止められていた。


 エリーによって。


「温い拳ですね」


「……」


「力量はブロンズランクといったところでしょうか? 素質はあるようですのでもう少し訓練なさったほうがいいですよ」


「ど、ど、どうして、貴女が?」


「貴方が言ったのではありませんか? ヤクモ様は持っているもの(・・)を全てを使えるのですよね?」


「それだと貴女は関係ないはずだ……」


 その時、エリーはルシフェルに近づき何かを喋った。震えるルシフェル。


 その瞬間、エリーのハイキックがルシフェルの顔の側面を打った。


 ドレスのスカートから一瞬、美しい絶対領域が姿を現すが、何もなかったように戻る。


 無駄のない動きがなせる技だ。


 そのまま、キリモミしながら横に吹き飛び、ゴロンゴロンと転がり動かなくなるルシフェル。


 これではしばらく起き上がれないだろう。


 決着がついたので、アルティアに回復魔法をかけてもらい、ルシフェルを起こす。


 ルシフェルは真っ青な顔で座った。正座だ。


 ルシフェルは、全財産をかけたので、ギルドカードをお互いに合わせる。


 淡く光り、それが収束すると、金額を確認する。……1000万マルクだ、と?


 これはパーティーとエリーに均等分配だね。ジュリアスとリアナの結婚資金になるといいね。


 ギルドカード内の資金は頂いたが、これだけでは全財産とは言わない。


「ルシフェル、全財産というのはお金だけではないんだ」


「な、なんだ、と?」


「今、着ている服があるだろう?」


「ナツメ? お前は鬼か!? 服がなくなったら……」


「知るか! さぁーて、貴族の女性のみなさ〜ん!」


「!?」


 その呼ぶ声を聞いて、貴族の女性の皆さんがやってくる。そこには弱々しいルシフェルの姿。


 そのシチュエーションに貴族の女性達は歓喜する。


「そこのルシフェル君の服をぜーんぶ剥ぎ取っちゃってくださーい!」


 その後、百貨店の特売コーナー並の混雑が起こり、凄まじい争奪戦が始まった。


 そして、ホールに絶叫が響き渡った。


 この舞踏会で親しくなったアイリーン王女ことエリーにお姉ちゃんとアルティアが聞いていた。


「ねえ、エリーあの時、ルシフェルになんて言ったの?」


「内緒」


 恥ずかしそうに、俯くエリー。


 俺の戦う意思に反応してくれたエリーはこう答えたはずだ。


「持っている者ならば、わたくしの事も入ります」ってね。

 

 流石は王女様、後から言い訳はどうとでもできるからね。俺に借りを返したって事。


        ☆


ーー アイリーン視点


 ヤクモは気づいてくれたでしょうか? わたくしがルシフェルに言った言葉を。


 ……いえ、彼ならば気づいてくれているでしょうね。わたくしにあの場を任せてくれたのですから。


「持っている者と言うなら、既にわたくしは含まれています。何故なら、身も心もヤクモに捧げているのですから」


 そして、わたくしはヤクモを見る為に振り返りました。


 わたくしに気が付いた王子様は満面の笑みで答えてくれるのでした。


 (もう! そんな笑顔をしないでくださいっ!)


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