第44話 舞踏会 前編

 王城の離れにある、多目的ホール。


 今、この場所にはこの国の要人が集まっていた。富裕層と言われる貴族達だ。


 しかも、普段の貴族同士が集まって行う規模ではなく


 シュタイン王が幹事として用意した場所である。普段はこういう場に来ないような大物も来ていた。


 貴族としては千載一遇のチャンスである。


 王と直接話をすることはできないがーー


 例えば遠くに見える、宰相兼筆頭宮廷魔術師のコルトー・バズール。


 例えば向こうで談笑している、王女兼近衛騎士団長のアイリーン・フォン・シュタイン。


 例えば王女の隣で談笑している、第1騎士団団長のピリス・ヴァン・シュタイン。


 例えば……、例えば……。


 そして、貴族達の関心は他の事にも向いていた。


 例えばアイリーン王女の隣にいる、銀色の髪の毛をアップに纏めた女性。


 例えばアイリーン王女の隣にいる、ふわふわの金髪を惜しげもなくなびかせている女性。


 例えばアイリーン王女の隣にいる、オカマ。


 普段、見ない美貌の女性がいるのである。既に会場の男性の目は釘付けだ。


 同伴の女性はキーッとなってハンカチの端を噛んでいる。


 来ている貴族にワインを運ぶボーイも見惚れて、事故を起こしていたりする。


 しかし、見惚れている貴族は服がワインで汚れようが気が付かない。


 そこで貴族達は違和感に気付く。目に付く女性は全員、王女の隣にいるのだ。


 しかも、全員が純白のドレスーー見た目の質感でそのお値段が分かってしまうくらいのものーーを着ている。これでは近づくことも出来ない。


 その時、ホール入口から黄色い声が聞こえてくる。


 金髪の超絶イケメン、ルシフェルがホールに入ってきたのだった。


        ☆


ーー ルシフェル視点


 僕がホールに入ると、通路にいた時より遥かに大きな黄色い歓声が上がる。


 いつもの事で、僕は心中でうんざりして、表情はにこやかにホール中央に向かっていく。


 しっかり手を振り、挨拶は忘れない。その都度、歓声が大きくなる。ウザい。


 中央付近でボーイが通りかかったので、アルコールをもらおうと声をかける。


 しかし、ボーイは声に気付かず、しかも僕にぶつかった。僕が呼んでいるのにである。

 

(こいつ、あとで殺す)


 ギリリと奥歯を噛みしめる。しかし、ここは華やかな舞踏会の場である。揉め事は起こせない。


 僕は謝罪もしないボーイが何処を見ているのか気になって、視線を向けた。


 そこには、3人の見たこともない美貌の女性が楽しそうに談笑していた。

 

 僕は生まれて2度目の心臓が激しく鼓動するのを自覚した。


 1度目は遠い昔、シルフの村で一緒だったアンナにこんな可愛い娘はいないと思った時だ。

 

 しかし、僕は少し冷静になる。今まで見た目で騙されたことが何度あったか。


 そして、僕にはそれに対応する術がある。自称、美女発見器(スカウター)だ。


 これまで数え切れない女性と精神的、肉体的に接してきて獲得した目利きの良さだ。


 僕は見ただけで、その女性の外面と内面がある程度分かってしまう。

 

 僕はすかさず、美人発見機(スカウター)を発動させる。これで化けの皮は剥がれることだろう。


 ……あれ? 壊れているのかな? 3人とも計測不能なんですけど?


 周りを見ると、よく見る数値が見れる。なるほど特技を阻害する何かがあるのかもしれないな。


 僕は、役に立たなかった特技の使用を止めた。


 気が付くと、こちらに向かって、3人の内の1人が手を振っていた。


 着飾っていて全く気付けなかったが、それはアンナだった。


 僕の胸は更に高鳴る。先程の高鳴りはかつての胸の高鳴りを起こした張本人だったのだ。


 これは運命なのだと気付くのに、そんなに時間はかからなかった。


 僕に気付いたアンナは、他の2人に話しかける。3人は頷いて、こちらに向かってきた。


 僕が格好良すぎるからって、3人相手は無理。いや僕は勇者だ。今夜は3人同時に! 4Pだ!


 高価な服を買った甲斐があったというものだ。


 純白の美しいドレスが、あくまで装飾品である事を忘れない美貌の3人はもう目前だった。


 僕は手を広げ目を瞑る。


 僕の準備は万端だった。



 ぎゅっと抱きつかれる感覚。そして周囲から上がる悲鳴のような声。


 ……あれ? おかしい? この力強さはなんだろう? しかも3人じゃなくて1人? アンナだけなのか?

  

 僕は目を開ける。


 目の前にいたのは、オカマだった。


「イイ身体してるわねえ。今夜は眠らせないわよお☆」


 僕は早速眠らされた。


        ☆


ーー ヤクモ視点


 俺が舞踏会のホールに向かって歩いていると、周りから黄色い声が聞こえてくる。


 何だろうと思い、周りを見回すと、少し前を金髪のイケメンが歩いていた。


 しかも見たことがある服を着ている。

 

(あの服を買ったのはお前だったのかルシフェル。仕入れ5万の服を500万で買う勇者! ざまぁ!)


 先日は落ち込んでしまったが、勇者を見て溜飲が下がった。


 しかし、あの紳士服店にはいつか必ず仕返しをしてやる、と新たな決意を抱いた。

 

 ホール向かう通路は黄色い声が止むことはなかった。


 俺もこんな容姿に生まれていれば、人生が違った色に見えたのかもしれない。


 やっぱり勇者はウザい奴だ。


 ホールに到着して、ルシフェルへの声援は更に大きくなった。俺は少し離れて、後ろを歩いていた。


 入口付近でジュリアスとリアナが楽しそうに話をしていた。


 本当に仲が良いと思う。そう言えば、結婚するとか言っていたな。


 中央付近でルシフェルがボーイとぶつかっていた。その飲み物を服にこぼしても良かったのに。


 一瞬、ルシフェルに殺気が宿ったが、すぐに霧散した。こいつホンマにアブナイ刑事やな。

 

 どうやら、ルシフェルはボーイがぶつかってきたのは、よそ見をしていたと判断したようだ。


 ボーイと同じ方向を見るルシフェル。周りを見ると男貴族が、同じ方向を見ていることが分かる。


 同伴の女性達はハンカチでキーッ! というベタな事をしている訳だが……。


 俺も気になって同じ方向を確認する。


 お姉ちゃんにアイリーン王女とアルティアだった。全員が同じ純白のドレスだった。


 うんうん、全員とてもとても似合っている。

 

 俺が頷いていると、お姉ちゃんが気付き手を振ってくれる。当然、俺も手を振り返した。


 3人は頷きあって、こちらに走ってくる。危ないから走らないでほしい。


 特に王女、さっきすっ転んだばかりでしょうよ。


 しかし、俺の心配などは届くはずもなかった。


 すると突然、前にいるルシフェルが両手を広げた。変な動きの人がいる事に俺は戦慄した。


 ルシフェルの横を通り過ぎる3人も、少し大回りをしている。


 気持ち悪いので近付きたくないのだろう。


 しかし、そのルシフェルに抱きつく人間がいた。あぁオカマか。存分に堪能してくれ。


 その時、貴族の女性から悲鳴が上がったのだった。


 俺の周りにたどり着いた3人は、少し顔を赤くさせていた。


 運動したら血行が良くなるからね。俺なんか息切れしてしまうのにね。体力があるってイイね!


 しかし、どうにも違う様な気がしてきた。なんだか恥ずかしそうにモジモジしている。


 お手洗いだろうか? そんなドレスだと大変ですよね。


 ふと、視線を感じその方向を見ると、ピリス団長が何だか険しい表情をなさっている。


 どうしたというのか?


 そんな微妙な空気に、しびれを切らしたのはお姉ちゃんだった。


「お、弟君。このドレス似合うかな?」


「凄く似合っているよ、お姉ちゃん! 俺が弟じゃなかったら、絶対誘っているよ!!」


 俺は目一杯の褒め言葉を使った。俺の語彙力ぇ……。


「にゃうっ!!」


 しかし、何故かダメージを受けているお姉ちゃん。ちょっと心配になってくる。


 そして、顔に黒い縦線をいっぱいいれて「こ、こんなところで弟君設定が……」とか聞こえてくる。


「ヤクモ、わたくしも似合ってーー」


「アルティアはやっぱり牛乳瓶だよね!」


「はぐぅっ!!」

 

 しまった! 話の途中で牛乳瓶ネタを間違って入れてしまった。アルティアに間違いと言おうとしたが、「め、眼鏡がわたくしの本体だなんて、ふふ……」とか言っている。


 これはフォローを入れておいた方が良いかもしれない。


「ヤクモ様……」


 アイリーン王女は、ちょっと不安気味に声をかけてきた。


 俺のヘタレぶりに呆れているかもしれない。ここは奮起して逆転を狙わなければいけない。


 勝負は諦めたら時点で負けなのだ。


「アイリーン王女、そのドレス凄くお似合いですね。見惚れてしまいそうですよ」


 俺はちょっと自分で言っているのか分からなった。まぁ自分でも思うよ、似合ってない言葉だなって。


 しかし、何故かアイリーン王女はハッと口を両手で塞ぎ、嬉しそうな表情だ。


 そして、お姉ちゃんとアルティアは、なんだとっ!? という表情をしている。


 それを無視するかの様に、最上級の微笑みをたたえたアイリーン王女が、片手を差し出し


「ヤクモ様、一緒に踊っていただけますか?」


「あ、ハイ」


 俺は本当に見惚れて、頷くしかできなかった。


「えぇーーーっっっ! 負けたーーーっっっ!」


 聞こえてきたのはお姉ちゃんとアルティアの絶叫だった。


 

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