第43話 舞踏会前哨戦

 謁見の間での出来事は王城では珍しく、噂になるほどだった。


 珍しい理由は対象が王族である、アイリーン王女だからである。


 基本的に王城で働く人達というのは保守的だ。特に上司との関係は絶対である。


 その関係に不具合が起こるということは、王城での生活が出来なくなる。


 場合によっては人としての生活も出来なくなるのだ。


 アイリーン王女は、控えめに言っても見目が非常に麗しい。しかも立場は王女で近衛騎士団長だ。


 シュタイン王国国王の1人娘で、国王に他の子供はいない。所謂、王権の第1継承者になる。


 そんな、アイリーン王女が1人の男性と対峙して、会話の後に涙ぐみ、叫びながら謁見の間を出ていったというのだ。しかもアイリーン王女を振ったと思われる男は、その後、同じパーティーの女性にボッコボコにされたという話だ。


 なんとも作り話ともいえる内容だが、謁見の間は限られた者にしか入れない場所。つまりは信憑性の高いと思われる人物からのリークと言うわけだ。


 高嶺の花である王女のロマンス、相手としてはあり得ないほど頼りない男。そんな喜劇の様な物語が娯楽の少ない世界、しかも王族の事であるという内容が噂を更に加速させたのだ。

 

「聞いたかあの噂。あのアイリーン王女が振られたらしいぜ」


「あぁ、有り得るのかね。俺だったらそのまま行ってしまうぜ」


「お前、どこに行くんだよ? しかし相手は女の子にすぐやられてしまったらしいぜ」


「なんだよそれ。修羅場ってやつか? その野郎最低だな」


 聞いていれば、そんな大したこともないのだが、面子を気にする王族にはあまり良くない事だった。


        ☆


 アイリーン王女の部屋の前で3つの人影があった。


 先頭の人物がドアをコンコンとノックする。


 それに答えるかのように返事が返ってくるが、声に張りがない。


 カチャリとドアノブが金属音だけして開いた。中に入っていくのはピリスだった。


 そして、続く2人。アンナとアルティアだ。


 部屋に入ると、アイリーンが薄いネグリジェに身を包み、ロイヤルベッドの上に横になっている。


 どう見ても元気がない。普段、アイリーンを見ているピリスが不安になるほどに。


 アイリーンはピリス達に顔を合わせず口を開いた。


「わたくしは一体どうしてしまったのでしょう」


 独り言とも取れる声音と言動。彼女の事をよく知らない者が聞けば「知るかい!」と答えるはずだ。


「確かにエリーらしくはなかったわね。男性1人を目の前にして緊張する姿は普段からはかけ離れていて、可愛かったわよ」


「わたくしが? かわいい?」


「そうよ、エリーは王女や騎士団長である前に女の子よ。普段の凛とした姿も良いかもしれないけど、私達の年齢ではおかしい姿よね。いいじゃない慌てたって、冷静沈着なんかよりずっと魅力的よ」


「そう、そうよね。今まで助けて頂いたことなんてなかったから、あの時は、お、王子様を前に緊張して慌てましたけど、あれで良かったんですよね」


「それだと、アイリーン王女は特に弟君が気になるからあの様な反応ではなかったんですか?」


「貴女はアンナ様とおっしゃいましたか。そうです、わたくしは、お、王子様を命の恩人として尊敬していますが、気になるといのは恋愛対象として、ですよね?」


「そうです、アイリーン様」


「アルティア様もいらっしゃいましたか。わたくしは、お、王子様に対してはそういう感情は持っておりません」


 それを聞いた2人は安堵の吐息を洩らす。しかし、王子様というワードはどういう意図なのだろうか?


 しかし、聞き返すのも不自然なのでスルーを決行する。 


 そしてピリスは口を開いた。


「ね! 話をした通りでしょ? エリーは恩を感じているだけだって。だから今日の舞踏会はエリーのことは気にせずーー」


「だめーっ! わたくし、お、王子様に命を救って頂いたこともあるので、今日はお誘いしようと……」


「エ、エリー? ちょっと貴女やっぱり……」


「で、でも謁見の間で緊張して王子様にあたってしまいました……」


 ピリスの言葉を聞かずに、謁見の間であったことを後悔するアイリーン。


 3人は顔を見合わせ、同じ動作で首を横に振った。これは無自覚の恋かもしれないと。


「エリー、ちょっと聞いて」


 そう言ってピリスがアイリーンに耳打ちする。


 アイリーンはその提案を聞き終わると笑顔が溢れる。


 先程までの弱々しい雰囲気は見る影もなくなっていた。

 

(これは絶対落ちちゃってるわね……)


 当然、ピリスは深い溜め息をついていたのだった。


        ☆


 夜の帳が落ち、周りが暗くなった頃、王城の跳ね橋を沢山の馬車が通っていた。


 多くの馬車はーーその所有者の経済力を象徴するかのようなーーきらびやかな物が多かった。


 そこに1人の青年が馬車から降り立つ。その端麗とした容姿。金髪で口端がキラリと光る男。


 ルシフェル・アレクサンドリア、勇者その人だった。


 ルシフェルは先日、お気に入りの服飾店から購入した、世界に1着しか(・・・・・・・)ないという服を着ていた。高い買い物だったが、援助者(パトロン)のお姉さんが買ってくれた。


 そしてかかった経費は今日で取り返せばよいのである。なんて事はない、いつもの事だ。


 しかし、今日の研修は何だったのだろうか。少し森へ入った時にメンバーがパタパタと倒れだして、僕も気が付いたら、治療院に運ばれていた。


 その時の治療院にいた可愛かった治癒士とはもう次に合う約束はしている。


 治療を終え、援助者(パトロン)の家に戻ると、家の中が慌ただしい。どうしたのかを尋ねると急遽、王城で舞踏会が開かれるというのだ。しかも本日はシュタイン王が直々に開催した舞踏会とだという。


 僕は、お姉さんの顎をくぃっと上げ、耳元に「僕もイッてみたいなあ」と囁くと、お姉さんはストンと女の子座りになって、頬を赤らめながら許可を出してくれた。お小遣いの1000万マルクと共に。


 世の中、チョロいなあ。


 お姉さんが、手配してくれた馬車が少しすると到着した。


 それに乗り王城へ。


 この舞踏会はチャンスである。場合によっては、王女を手篭めにして国王になることも可能だ。自然と握る手に力がこもる。


 (この10年で僕はここまで来た。シルフの村では、覚えが悪いと言われたこの僕が、今や勇者だ。そして勇者の僕にできないことはない。アンナ、いつかお前を。そしてこの国を、世界を全て手に入れる)


 ルシフェルは、カツカツと靴音をたてながら、城内に入っていく。


 周りには、貴族の婦女子が黄色い声を上げている。ルシフェルが軽く手を振ると黄色い声が更に増す。


 (君達では役者不足だよ、頑張ってきた僕に相応しいのは……)


 勇者の口が裂けたように見えたのは一瞬だった。

 

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