第42話 凄い独楽使い

 謁見終了の宣告と舞踏会開催の号令を受けて、周りは慌ただしさに包まれる。


 文官からは料理人の手配をとか貴族に伝達をという声、武官からは兵士たちへの伝達をとか演習の中止をなどの指示が飛び交っている。王様がもしかしたら突っ走ったのかもしれない。


 そんな慌ただしい謁見の間に、俺達は取り残される形となっていた。


 客人の扱いがなっていない! OMOTENASHIの心を小一時間解いてやろうかと、憤慨だけしていると、俺達に近づいてくる人がいた。


 ピリス団長とアイリーン王女だった。


「今、君はまるで檻に入れられたキャトルみたいだったわよ」


「言ってる意味はよく分からないけど、ディスられてるのはなんとかく分かる。OK、ピリス団長、表にいこうか?」


「何だか分からない言葉がある様な気がするけど……。私は別にいいわよ。君には負ける気はしないわ」


「HAHAHA、ピリス団長。やだなあ、ジョークじゃないですか、じょうだん!」


「分からない言葉使わないでってーー」


「ピリス……」


 ピリス団長の言葉が遮られて、代わりに弱々しい声。


 まだ体調が悪そうなアイリーン王女だった。


「はっ! エ、エリー、ち、違うの」


「ピリス?」


「ちょっと、この男が私が何か言うと絡んできて……」


「ピリス、わたくしは何も言っていませんよ?」


「はっ! こ、こほん! 皆様こちらはシュタイン王国、王女アイリーン殿下です」


 王女がピリス団長の一歩前に出る。優雅な動作である。


 それに合わせピリス団長も一歩下がる。


「アイリーンです。皆様、この度はこの国を、そしてわたくしの命をーー」


 と言ったところで俺と目が合う。


「た、た、た、た」


 王女の目がぐるぐる回りだす。一体どうしたんだろう? 


 顔も赤い。さっきまで少し顔色が悪かった様に思うが、調子が戻ってきたのであれば良いんだけど。

 

「たしゅけていただいて、ありがとうございましゅっ!」


 噛んだ。盛大に。


 周りの文官、武官もギョッとして一瞬見るが、言葉の出所が分かるとスッと顔を反らし、何事もなかったかの様に業務に戻る。流石はこの地位にいる人間だ。分かっている。


 しかし、本人とピリス団長は違った。


 王女は俯いてふるふると肩が震えている。そうだよね毅然とした今までの姿から、俺も想像できないもん。俺みたいなモブキャラだったらあるあるだけど。


 ピリス団長は驚きの表情のままだ。恐らくギャップに萌死しているのだろう。分かるよその気持ち。


 少し様子を見ていると、王女のふるふるは止まった。落ち着いてきたのだろうか、よかった。


 そして俯いた顔を上げると、目に少し涙を溜め、キッとこちらを睨んだ。


 冤罪だ。俺は何もしていない。

 

「べ、別に、あ、あ、貴方の事なんてっ!!」


 王女はそんな事を言って、振り返り走って行った。結構体調は戻ってきているのかも知れない。


「エ、エリーッ! 危なっーー」


 その時、王女がパタリとコケた。やはり体調は悪いのか? よく分からない。


 周りはギョッっとしていたが、見なかったことにしていた。徹底している。


 アイリーン王女は、何事もなかった様にムクリと起き上がり、こちらを向いてキッと睨んだ。

 体調悪いんだったら、こっち見んな。


 そして、ふんっという仕草でパタパタと豪奢な扉から出ていったのだった。


 ピリス団長は「エリーはいつからポンコツに……」とか小声で言っていたが、俺には聞こえなーい。


 何だかよく分からないアイリーン王女だったが、体調の方はまぁ大丈夫なのかもしれない。


 なんだか背後に殺気を感じる。正直、振り返りたくない。


 そっと首を動かし、背後を覗き見る。剣呑な瞳が4つ。


 俺は気が付いてしまった。なるほどそういうことか! 探偵になれるかもしれない。


 俺はすぐさま振り返り、弁明する。


「二人とも申し訳ない! やっぱり王女様と話をしたかったよね! 特にアルティアは、あ、そうだ! 聞いてびっくりしたよ! なんとか教会国家の王女様!?  王女様ならではのーー」


「ヴィト教会国家……」


「弟君……」


 おかしい、俺の推理は完璧だったはずだ。しかし二人は顔を下に向け、表情が分からないが声色が氷点下になっている。3人でガールズトークをしたかったわけではないのか!?


 そして、顔を上げた2人は……


「このっ! スケコマシッ!」と叫んだ。


 瞬間、俺のボディを衝撃が襲う。衝撃で体が浮いて少し足が宙に浮く。お姉ちゃん、風を使ったね。


 俺の身体はくの字に曲がった。その下がった顎に下から衝撃が迸る。これはアルティアの杖ですね。


 美しい連携に、俺はなす術もなく後方に吹き飛ばされる。


 俺の感覚はスローモーションを再生しているみたいだった。そして、着地からのライディング。


 決まった! これは高得点が期待できそうだ。次のオリンピックが楽しみです。


 ほぼワンパンだった俺に、柔らかいオレンジの光が降り注ぐ。


 アルティアの回復魔法だった。俺は恐怖した。まさかこれを繰り返される? どんな拷問ですか?


「戯れてないで、そろそろ移動しましょう」


 ピリス団長の声だ。


 ジュリアス、リアナ、モーガン、ルクール、クリストフはぞろぞろと謁見の間を出ていった。


 お姉ちゃんとアルティアは、こちらを一瞥だけして出ていった。


 ピリス団長は溜息をついて出ていった。


 俺はよいしょっと立ち上がって、謁見の間を後にした。


 しかし、あの時2人が言った「スッゲー独楽師」ってどういう意味だろうか? 


 まさか俺の職業を勘違いしているとしたら、俺って役者に向いているのかもしれない。

 

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