第40話 決戦 猛毒のリンバル 後編

 俺がヴァイオリンを構えると、和音を紡ぎ出す。



 弾く曲はバッハのパルティータ2番5楽章シャコンヌ。


 愛妻を亡くし、死に目に会えず、それを思い出しながら作曲したと言われる名曲。


 最初の和音から聞こえるのは、慟哭か憧憬か思い出か。全ての思考が織り交ぜられ曲を構成する。


 しかしかつて過ごした幸せな日々は帰ってこない。しかし思い出は残っている。


 俺は難曲の為、まだ技巧は追いついていないところもあるが、音に意識を乗せ、響きに音楽を乗せる。

 

 範囲など計算する必要はない。思い切り演奏すればそこにいる全員に効果が及ぶのだから。


 15分の曲を演奏し終えた。俺はやりきった気持ちをガッツポーズにあらわした。


 お姉ちゃんは拍手してくれていた。さすが俺のお姉ちゃんだ。


 疲れが見えるのは、耳を抑えていても音が聞こえてくるからだろう。


 しかし従来の音からかなり劣化するので効果も比例して落ちるようだ。


 周りを見ると、パーティーメンバーが嗚咽し慟哭していた。アルティアだけは大丈夫そうだ。


 なかなか俺のことを分かってくれている。目があった時、少し疲れた表情で微笑んでいた。


 リンバルは既に目をグルグル回して気を失っている。顔がぐちゃぐちゃなのでかなり大変だったのだろうと推測できる。ざまぁ!


 アイリーン王女もパーティーメンバーと同じだった。縛られているので横向きになりながら、顔を両手で押さえている。多分、王女としてダメな顔になっているのだろう。


 上空に浮いていた、VTOL機は墜落していた。多分、中の人が大変な事になって、操縦不可になったのだろう。ざまぁ!


 アイリーン王女のロープを外し、代わりにリンバルをそのロープで縛り、ドナドナする。


 アイリーン王女が縛られていたので歩けないと言うと、すぐにアルティアが状態異常回復の魔法を足にかけて動けるようにしていた。なんだか王女の機嫌が少し悪くなった様な気がした。


 アイリーン王女は見ると肌が傷ついていた。リアナに言って回復してもらう。回復魔法をリアナが詠唱すると、傷はみるみる消えていった。


 王女はリアナに「ありがとうございます」と静かに言った。リアナは恐縮していたが。


 みんなが動けそうになったのを確認すると、俺達は帰途についた。


 帰り道、お姉ちゃんが俺に話しかけに来てくれた。


「弟君、カッコ良かったわよ。まさかこれを忍び込ますなんて」 


 そう言って手渡されたナイフ。俺がリンバルに組み付いたとき、ポッケに忍ばせたもの。


「俺は戦闘が全くできないから……。役に立てたのなら良かったよ」


「弟君、よく言うわね。最後なんて弟君しかできないことよ」


「ありがとう、お姉ちゃん。本当に優秀な弟(・・・・)だよね」


 俺は空を見上げて言った。それにつられるようお姉ちゃんも空を見る。


「……」


 嬉しそうな表情でお姉ちゃんは、腕を組んできたのだった。



 30分くらい歩いただろうか、北門の詰め所に到着した。兵士はアイリーン王女の姿を確認すると、早馬を王城に飛ばしたくらいだ。一大事だった事が伺える。


 しばらく待っていると、馬を引き連れた兵士数人が到着した。先頭はピリス団長だった。


 俺達がいることなど、目に入らない様子でアイリーン王女に駆けつける。


「エリー大丈夫!? 怪我はしていない? 体調壊していない?」


「ふふ、ピリスは心配性ですね。わたくしは大丈夫ですよ。傷も癒やしていただきましたし」


「良かった。居なくなった時は本当にどうしようかと思ったわよ」


「その話はまた詳しく話しましょう。それよりこちらのパーティーの方たちがわたくしを命懸けで助けてくださったのです」


「そうね、アイリーン王女を助けてーー」


 話しかけた相手を見たピリス団長は止まった。


「お久しぶりね、ナツメ様」


 リンバルを逃した事が気になっているのだろうか。ピリス団長は少し苦そうな表情だった。



「う、ぐ」


 突然アイリーン王女がうずくまる。顔が真っ青になっている。


 アイリーン王女の異常に周りが騒然となっていた。


 一体何が? いや今まで戦っていた敵は"猛毒"だ。恐らく戦闘前にアイリーン王女に毒性の何かを仕込んでいたのだろう。


 しかも相手はプロの毒使いだ。あえて遅延性の毒を使っているのには理由があるはずだ。


「ヤクモ! 状態異常回復が全く効かない。特殊な毒なのかもしれないわ」


 アルティアが悲痛な声で言った。


 やはり簡単には解毒はできないようなやり方みたいだ。


 少し考えてみよう。


 相手はアイリーン王女を攫おうとしていた。人質は死んでいると都合が悪いはずだ。となると解毒薬があるということになる。


 もし誘拐が失敗しても相手にダメージを与え、成功すると解毒できる絶好の場所。


 絶対にあるはずだ! 何処だろう? リンバル自身が持っている? それはない。


 身柄を隠していた洞窟? これから離れる場所に? それもない。 引き渡しのVTOL機? これから乗り込む場所。そうだここしかない!


 ここは正念場だ、絶対に失敗できない。


「馬に乗れる方いますかっ! できるだけ脚の良い馬でスピード狂の方っ!」


「私の馬が早いわよ。……スピード狂ではないけれど」


 ピリス団長だ。


「ピリス団長、アイリーン王女を助けられるかも知れません! 馬に乗せてもらえませんか?」


「本当っ?! わ、わかったわ! 今すぐいきましょう! 後に乗って!」


 ピリス団長は白馬に跨った。そして俺が後に乗るのを確認すると馬を駆けさせた。



 俺はピリス団長に場所を伝える。しかし揺れるので中々、聞き取ってもらえない。


 白馬はあっという間に北門を超え、森の中に入っていく。めちゃくちゃ速い馬だ。


 さっきまでいた場所をピリス団長に案内する。ピリス団長の駈歩は正確だ。流石は団長!


 徒歩で1時間かかった道のりが、僅か20分くらいの不思議。


 森の拓けた草原にたどり着き、墜ちたVTOL機を探す。


 ピリス団長に馬で駆けてもらうと、少し離れた場所に墜落していた。


 ピリス団長はそんな機体が王都の近くまで侵入できていることが不思議でならないようだ。


 団長、後できちんと調べてください。

 

 扉を探し、中にはいる。


 中で操縦者だろうか、1人亡くなっていた。現代っ子の俺には刺激が強すぎて、表に出て吐いてしまう。


 ピリス団長はそれを見て溜息をついていた。仕方ないでしょうよ。現代っ子は豆腐メンタルなのだ。


 俺がフラフラになっていると、ピリス団長がそれらしい液体の瓶を見つけてくれた。


 時は一刻を争う。俺が液体の瓶を持ち、ピリス団長が白馬を駆ける。


 来た道を戻る。ピリス団長は更にスピードを上げた。


 俺は振り落とされないようにピリス団長の腰にしがみついている。超細いんですけど。


 そうしているうちに北門を抜け、城門の跳ね橋に辿り着く。僅か10分くらいだ。


 誰だ! スピード狂ではないと言った奴は!


 俺は白馬から飛び降りると、片手に液体の瓶を持ち、アイリーン王女の元に走った。


 城門で案内する人がいて先導してくれる。城内は入った場所からまるで巨大迷宮の様相だった。


 案内されて場内に入ってすぐにの部屋に入る。


 王女はまだ大丈夫なのだろうか? 折角誘拐から開放されたと思ったら、今度は死の淵に立たされている。絶対に助けたい。その一心しかなかった。


 室内では、既にアイリーン王女はベッドに寝かされていた。


 出発前の顔色は青白かったのが、今は土色になっている。脈を取るとかなり弱っているが、まだ死神には連れて行かれていないみたいだ。周りの目も心配の一色だ。


 そしてピリス団長が部屋に入ってきた。アイリーン王女を見て、駆け寄ってくる。


 よほど心配なのだろう。


 俺は持っている瓶の蓋を空ける。アイリーン王女の上半身をピリス団長が支える。


 薄いピンク色の唇に瓶を傾ける。流れる液体。


 しかし、死の淵をさまよっている王女は口に入った液体を飲み込むことが出来ず、全て流れ落ちてしまう。涙ぐむ瞳を見ると意識はあるように見えるが、毒が回り身体の自由を奪っているのだろう。


 こうしている間にもアイリーン王女の身体は毒に蝕まれ続けている。


 どうする? どうすればいい? 


 周りを見てみる。みんなが祈るようにしている。


 俺は覚悟を決めた。


 俺は液体を口に含み、アイリーン王女に口付ける。


 そのままだと溢れてしまうので、舌を絡ませ気道を確保する。


「ん、ん……」


 王女は色っぽい声を出す。勘弁してください。


 液体はコクリと喉を通ったようで、アイリーン王女はそれを飲み込んでいく。


 それを確認した俺は口を離した。


「あ、ん……」


 小さく喘ぐ王女。


 アイリーン王女の顔色を確認すると幾分か血の気が戻ってきているように感じた。


 良かったと安堵の溜息をついた時、視線を感じる。


 ピリス団長、お姉ちゃん、アルティア。みんながみんな、ジト目をしている。


「お、弟君のバーカ!!」


 救命措置を行ったら怒られた件について。


 そして、誰にも気付かれないアイリーン王女の囁き。


「お、おうじさ、ま?」

 

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