第39話 決戦 猛毒のリンバル 前編
俺達はVTOL機が向かった先を目指して走った。
形状は戦闘機なのだが推力はそんなに出ていない。時速60キロメートルくらいだろうか。
しかし障害物を無視して移動できる機動力は侮れない。
そして、遂に木々の切れ目を抜けると、広大な草原が姿を現す。
なるほど、このスペースなら巨大なVTOL機も着陸が可能だろう。
俺達は木の影に隠れながら辺りを見回した。
すると草原の奥に洞窟があり、二つの人影が動いているのが見えた。
そのうち一人は拘束され引かれている様に見える。遠目なのでいまいちよく見えないが、頭から袋を被せられているようだ。何処に向かうのかを秘匿するのが目的なのだろう。
その時、VTOL機が垂直に降下してくる。着陸するつもりだろう。
この構図は、拘束されている人を、何処かに運ぼうとしているのだと考えられる。
つまりは誘拐の可能性だ。俺は仲間に目配せした。
チャンスは今しかない。機体に乗られてしまえば、俺達に追いつく術はないのだから。
ジュリアス、モーガン、ルクールが駆け出す。続いて俺、お姉ちゃん。
最後にアルティア、クリストフ、リアナだ。
俺達の急襲に気がついた二人のうちの一人は、一瞬驚いていたようだが、すぐに立ち直り引っ張っていたもう一人に蹴りを入れて倒した。
手足を縛られて、顔に袋を被らされていて身動きができない様だ。
連れていた人を動けないようにして俺達に向かってきた人物には見覚えがあった。猛毒のリンバルだ。
リンバルは俺達と接敵する20メートルくらい離れた場所で、急に視界から消えた。
先頭を走っていた前衛3人も動きが止まってしまう。横でお姉ちゃんが風よ、周囲に加護をと呟く。
すると後衛の辺りで空気が揺らぐのがわかる。一瞬で後ろまで抜かれていた。
「ちっ、精霊術士がいやがったのか、しかしこの距離を、ぶべえっ!」
ふっ飛ばさるリンバル。振り抜かれるアルティアの杖(スタッフ)。
「油断しすぎです」
牛乳瓶メガネっ娘は物理攻撃もイケるらしい。
しかし、リンバルは余り攻撃は得意ではないのだろうか? 前の捕まえたときもそうだったが、ジュリアスにあっさりと倒されたりした。今回もメガネっ娘の攻撃はあくまでも後衛の攻撃だ。
不意を付かれたと言っても、鋭さはさほどないはずである。
アルティアの杖によって、木々の間に吹き飛ばされたリンバルの気配は既に消えていた。
本当に面倒な相手だ。どう動いてくるのか全く分からない。
VTOL機は空中で止まったままだ。降下できる状態ではないと思っているのだろう。
何処だ? 次は何処からくる? もし俺がリンバルだったら何から崩す? そうだ一つしかない!
俺はお姉ちゃんから離れないようなポジションを取る。
リンバルにとって感知される危険性は一番怖いはず。
すると、いきなり1メートルくらいの至近距離で空気が揺らぐ。
これを逃せば後がない! 俺は懸命に飛びついた。
リンバルは俺にしがみつかれ、邪魔そうに蹴りをくれる。俺はそれを受けて吹き飛ばされる。
リンバルはまた舌打ちして、気配を消した。目の前で突然姿を消せるって一体どうなのよ?
しかし、楔は打ち込んだ。
俺はお姉ちゃんに近づいて耳打ちをした。お姉ちゃんはうんうんと頷いていた。
「ジュリアス、そこから後ろに5歩くらいの場所を剣で払って」
「モーガン、3歩左で斧を振って」
「ルクール、その場でシャドウよ、シャドウ」
お姉ちゃんが指定するたびに、「うぐぅっ!」「がはっ!」「ぶほぶひぶは!」など悲鳴が上がる。
剣で払われ、斧を振られ、殴られてリンバルは遂に姿を現す。結構傷ついてもいる。
もう気配を消そうとしても血の匂いで隠しきれない。
結構打たれ弱いみたいで、フラフラになっている。
「ど、どうして、俺の場所が……」
「ナイショ」
リンバルはガクリと膝をついた。観念したのだろうか。
「く、くくく、お前たち、俺の名前を言ってみろ」
追い詰められておかしくなったのか、聞いたことのあるセリフ。
なんだ? 北斗の○ごっこか? 乗ってやろうかな?
「ジャ○」
「違うだろ! 俺だよ! オレオレ!」
何だか今度は詐欺師になりだした。変なヤツ。
イヤマテ、これは時間稼ぎなのかもしれない。ここは素直に言っといてやろう。
「猛毒のリンバル」
「そうだ、俺は猛毒。小さな傷でも致命傷に変える男!」
自分語りか? どういうつもりなのだろう。
そんな事を考えていたら、リンバルはスッと立ち上がって、ダッシュした!
不意を付かれ、全員が「あっ!」となる。
そしてリンバルは、誘拐しようとしていた倒れている人を立たせて、被らせていた袋を取った。
「お前たち、この人質がどうなってもいいのか?」
袋を取られた人物は見覚えがあった。
鉄屑武具店で会ったエリーさんだった。
両手、両足を縛られどうにか立っている状態のエリーさんの喉元に、ナイフを突きつけるリンバル。
「人質の命が惜しければ、お前たち、仲間同士で殺し合いしてくれよ」
「リンバルさん、それはちょっと無理があるんじゃ?」
どう考えても8人と1人の命が釣り合うわけもない。
何言ってんだこいつと思っていると、アルティアが俺に教えてくれた。
「ヤクモ、あの方はアイリーン王女ですよ?」
「ふぁっ!?」
「むしろ私達の命の方が軽いかも」
「ワロター」
「おい、そこのお前、笑う所じゃないだろう」
8人の命が1人の命に負けてしまう件。
くそっ! 命の価値はみんな一緒じゃなかったのか!?
そして、リンバルは無慈悲にも待ってはくれない。
「そうだな、まずはそこの治癒士とそこの騎士、騎士が治癒士を殺せ」
ビクリとするジュリアスとリアナ。
二人は愕然としている。将来を誓い合うはずだった相手を手にかけるなどできるはずない。
ジュリアスの持つ剣がガタガタと震えている。そんなジュリアスをリアナが心配そうに見ていた。
ジュリアスはフラグが立つ恐怖というのを、これで理解したことだろう。
「リンバルさん、少し相談いいですか?」
俺はちょっと軌道修正を行うようにする。
「そこの二人よりこのパーティーのリーダーである俺と、俺の姉である彼女の戦いの方が燃えません?」
俺はお姉ちゃんを指差した。お姉ちゃんは「えっ!?」っていう表情からジト目に変わった。
弟君、そんなに私の事が憎いの? と言いたそうな雰囲気。
いやだなあ。そんな事ないにきまっているじゃん。
でも今を乗り切るほうが大切だ。
「お前、変わっているな。それならお前がその精霊術士を殺せ!」
そう言われて、俺は得物のヴァイオリンを構えた。見せてやるぜ、俺の本気を!
それを見た、お姉ちゃんはハッっとして耳に手を添えて俯いた。
演技派だな、ちょっと震えも入れてる。
周りから見れば、恐れているように見えることだろう。
その様子にリンバルは嗜虐的な笑みを浮かべていて大変満足そうだ。この変態め!
雰囲気を出す為、少し時間をかける。
「お、おねえちゃ、ごごめんにぇ!」
悲しみを演出するためにどもる、そして"ん"を言い切れずに、最後に噛む。
俺はやりきった感100%でリンバルを見る。ヤツも満足そうだ。
演者と観客が満足いくものでなければ、真のエンターテインメントとは言えないからね。
ナツメヤクモプロデュース、俺の特設ステージにようこそ。
さぁ、始めよう、慟哭と言う名のステージを!!
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