第38話 アイリーンの記憶

 わたくしはシュタイン王国第1王女アイリーンです。


 わたくしは今でも、幼い頃の夢をよく見ます。


 よくお母様が、わたくしを抱きながら、物語の読み聞かせをして下さりました。


 その大好きな物語は、今でもわたくしの心の奥にいます。


 大切な、大切なお母様との思い出です。


 元々、病弱だったお母様が亡くなったのは、わたくしが8歳の時です。


 わたくしも少し分別がつくようになってきた頃でした。


 絶対に人前では感情を表すことのないお父様ですが、この時ばかりは目から光を落としました。


 わたくしは、夜が明けても悲しみのあまり、泣き続けたのを覚えています。

 

 一週間ほど経過し、わたくしはようやく気持ちを切り替えることができました。


 そして、お母様がいなくなった今、肉親はお父様だけになりました。


 わたくしは決心しました。わたくしがお父様を守ろうと!


 わたくしは、お父様に面会を求め、騎士になるために剣を習いたいとお願いしました。


 それならば、とお父様は何か心当たりがあるのか許可を下さいました。


 翌日、わたくしの部屋に訪れたのは、赤い髪の少女でした。


 ピリスとの初めて会った日。わたくしたちは好敵手(おともだち)となりました。


 ピリスが習う先生に付き、当日から懸命に練習をしました。


 ピリスには簡単にできる事が、わたくしには全くできない事が悔しくて、出来るようになるまで練習しました。午前は座学、午後からは剣術というような生活で2年が過ぎます。


 この頃から、ピリスと直接、剣を交えての練習を行うようになりました。


 そうは言っても、真剣ではなく木剣でですけれども。


 ピリスは、短剣を2振り同時に使用する形式を取り入れました。二刀流というらしいです。


 わたくしは、細い剣を素早く繰り出す形式を選択しました。


 幅広の剣や両手で扱う剣は、重すぎてわたくしの筋力では最適化出来なかったのです。


 それから5年程が過ぎて、剣の先生から、1度身分を隠した上で、王都での剣舞祭にでてみないかと言われました。


 普段の練習相手がピリスしか居らず、また先生の剣しか知らなかった為、わたくしは即、参加する事を決めたのです。ピリスも嬉しそうに私も参加すると言っていました。


 わたくしたちは、剣舞祭を順調に勝ち進みました。


 今まで、先生やピリス以外の相手と戦った事がなかったのですが、わたくしたちの立ち回りは、充分に現役の剣士に通用するものだったのです。


 そして、あれよあれよと勝ち進み、決勝戦に駒を進めます。


 ですが、決勝戦の対戦相手を見て、恥ずかしいことに嬉しくなってしまいました。


 あの、好敵手(ピリス)だったのですから……。


 決勝戦は、普段の練習と変わるものではありませんでした。


 二刀流のピリスは連撃で攻めてくるのですが、大体途中で二刀の切り返しが上手くいかずに少し手間取るのです。そこを細剣の突きで押していくと、防御が間に合わなくなるのです。


 今回も同じ結果になって、わたくしが優勝を頂戴しました。


 わたくし達は深々と布のバンダナを巻き付けた格好だったのですが、来賓席のお父様が呆気に取られた表情をしていたのを見ると、気付かれていたのでしょうね。


 翌年の剣舞祭にも参加して、優勝をいただきました。


 わたくし気付いたのですが、ピリスはもしかすると、余り考えずに剣を扱っているのかも知れません。去年と同じパターンでしたよ?


 そして、1年が経ち、わたくしたちは騎士団に入りました。シュタイン王はすぐに騎士団の再編を行われました。そして設けられた近衛騎士団と12の騎士団。わたくしは初代近衛騎士団長に就任しました。


 シュタイン王はわたくしの意向を汲んでくださったのでしょう。


 そして、第1騎士団兼総騎士団長にはピリスが任命されました。


 こちらもシュタイン王がわたくしへの配慮をしてくださったのでしょう。


 そして、成人したわたくし達にライフカードが発行されました。一般的にギルドカードと言われているものですね。


 手続きを済ませ、職業とスキルを確認します。この時はとても緊張しました。


 確認しますと、職業は騎士。そしてスキルは片手剣Ⅳとカリスマを使えることになっていました。


 ピリスは、「エリーに勝てないはずね」と言って、カードを見せてくれたのが片手剣Ⅲと二刀流のスキル表示。


 ピリスは二刀流だから片手剣はⅥ相当ねって言ってましたが、ちょっと意味がわかりませんでした。


 成人したと言えば、わたくしへ縁談の話が沢山来ました。


 そんな気になれなくて全て断っていました。


 皆様はわたくしの立場と容姿に興味があるだけで、わたくし自身には興味がないのです。


 そんな縁談にわたくしが興味を持つことなどありません。


 わたくしはシュタイン王国の女王となる身。後継者を残すという事が、いかに大切な使命なのかは理解しているのですが……。


 ですが、今はシュタイン王をお守りするという職務を遂行することが、非常に大切なことなのです。


 わたくしの目標でもあり、決意でもあるのですから。


 慌ただしい日々が過ぎ、貴族を脅かしていたリンバルが確保されたという知らせが届きました。 


 ピリスは何故か納得できなさそうに、「どうしてあんなに頼りなさそうな人が、あのリンバルを捕まえられたの? でもヴァレオを追い詰めた時は少し格好よかったわ」と言っていました。


 その2週間後、リンバル脱走の知らせが王城を駆け巡りました。


 リンバルが腕と足に違和感があると訴えて、兵士が拘束を外してしまったみたいです。


 その瞬間、リンバルは気配を消して逃走してしまったと聞きました。


 沢山の兵士が動員され城内、城外をくまなく探しましたが、結局見つけることができないまま、1週間が過ぎました。


 その日、わたくしはお母様が読んでくださった物語の夢を見ていました。


 その時、警笛がけたたましく鳴り響きました。


 この1週間の決定事項。リンバルを発見した際の連絡方法です。


 すぐにわたくしは戦いの準備を終え、兵士にリンバルの逃走先を確認しました。


 馬に乗り、北の門を目指します。


 この件を早急に済ませ、王城に戻り、先程の夢の続きを見たかった。


 わたくしは起こり得る事の無い物語を思い出しながら、ふふと微笑んでしまいました。


 ーー眠り続けた王女は、王子様の口づけで目を覚ますのでした。


 それはある国の王女と王子様のロマンス。


 王子様なんているはずもないですけどね。


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