第35話 続王都での日常生活 事の起こり
風の乙女亭から鉄屑武具店に向かって歩いていると、王城の跳ね橋が降りてきた。
中から兵士が何10人も走りながら出てきた。顔には焦燥が浮かんでいる。
兵士達が「いたか!?」「いやいない!」「何処に行った?」「分からない!」と様々に叫んでいる。
夕暮れの人々の往来が多い時間帯、しかもここは大通りで中央地点。沢山の通行人達は、怪訝な表情を隠そうともしない。
兵士達も体裁を保とうともしておらず、通行人の目など気にもできなさそうな状態だ。
俺は疲れていたし、別に関係ないだろうと鉄屑武具店に向けて歩き出した。
鉄屑武具店に着くと扉を開けて中に入った。
俺が店に入るなり、ヴェスタフは満足そうに挨拶してきた。横には目の下に隈を作り、非常に疲れているのが見た目にも分かる、しかし満足そうな表情のクリストフがいた。
俺は同じ経過時間で、自分より疲れている人間を見つけて安心してしまった。
聞くと、今日起こった出来事の話から始まり、お互いの意見の交換や情報共有、挙句の果には、ありったけの魔力を使って、ヴェスタフの作った武器に魔力付与ができないかを試したみたいだ。
全く見込みは無いということだったのだが、できない事が補完できる知り合いに出会えた事がお互いに大きな進展だったのかもしれない。
俺はナイフを受け取り、少しふらついている足取りのクリストフを連れて、鉄屑武具店を後にした。
風の乙女亭に戻り、食事と演奏を行う。
同じタイミングでお姉ちゃん、アルティアさん、モーガンさん、ルクールさん、クリストフさんが集まった。みんなで今日の事を色々と話し合って、食事が進む。
お姉ちゃんとアルティアさんは、普通に笑い合いながら食べていたので、打ち解けたのかもしれない。
演奏は、できるだけシンプルで差し障りのない曲を選ぶことにした。
バッハのG線上のアリア。美しい旋律をシンプルに奏でる良曲だ。
しかも難易度がそれほど高くないので、状況を見ながら演奏できるのも好ましい。
無事、場が混乱することもなく、拍手喝采で演奏を終える。
やっぱり演奏をするのも聞いてもらうのもいいね。
そう言えば毎日、元々ここで演奏をしていた吟遊詩人が、俺の演奏が終わると、師匠! 演奏を教えてください! と言いよってくる。俺は教えるほどの技量はないので断り続けている。
6人で階段を上がり、廊下でそれぞれの部屋に戻って行く。
シャワーを浴び、疲れた体と心を癒やして、ベッドに飛び込む。
明日からまた頑張ろう。
そう思ったのも一瞬、すぐに眠りに落ちてしまった。
☆
普段と変わらない日常が更に一週間過ぎた。
この一週間でようやく俺は音楽の魔力制御ができるようになった。簡単な曲に限定されるが……。
難易度が上がると暴走してしまうというのが課題だ。
そして練習していて気がついたのは、難易度が上がるほど、また精度が上がるほど、効果も上がるということだ。反比例というのは良くできた物理法則なのだと実感する。
今日は、遂にギルドの新人研修最終日だ。本日のお題はアライアンスでの戦闘。
現在、新人研修で頑張っているのは3パーティーだ。
ルシフェル達、お友達、そして俺達。その3つのパーティーが1つのグループとして合同で戦略を立てる、というのがアライアンスということになる。
より広域を見渡す眼が必要になる為、通常は経験が多い人がリーダーになる。
今回は研修ということもあり、そしてそんなに難易度も高くないという為、ルシフェルがリーダーをする事になっている。
試験はワイルドボアの討伐。シルバーランクのランクアップ対象をターゲットにしている。
俺は顔を冷水で洗い、パシンと頬を叩き気合を入れた。
研修の後のことを考えると不安しかない。俺は自分の戦闘力が皆無であることを理解している。
場合によっては10歳の子供にも負ける自信がある。
そんな俺は、この先生きのこれるのだろうか?
まあ、考えても仕方がないか、今を精一杯生きるしかないのだから。
俺はドアを開け、部屋を出る。
廊下でアルティア一行に出会って、一緒に向かう。今日もよろしくという感じだ。
一週間、パーティーを組んだり、練習に付き合ってもらったりと気心が知れるようになった。
ティアンネさんに挨拶して、冒険者ギルドに向かう。
ギルドの相変わらず重厚な扉を開けて、中に入ると、騒然としていた。
カウンターを見るとマスターが立っている。
あぁ、そういう事かと一人で納得していると周りの噂話が耳に入ってきた。
「1週間前、猛毒が王城から脱走したらしい」「それヤバイんじゃね?」
「アイリーン王女が昨日から行方不明らしい」「それヤバイんじゃね?」
「今日は銀髪の君がいないらしい」「ええええぇええぇぇぇぇぇっっ!!! もう今日は帰るわっ!!」
うん、みんな同じ価値観で安心したよ。
うん? 猛毒って聞こえた様な?
まぁ、底辺には関係……。ええええぇええぇぇぇぇぇっっ!
俺は周りから白い目で見られたが、またあいつかとすぐに視線は霧散してのだった。
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