第34話 続王都での日常生活 修羅場

 一時間くらいかかって、俺達は風の乙女亭に到着した。


 エントランスからロビーに入ると、モーガンさんとルクールさんが待っていた。


 俺が背負っているアルティアさんを見て、普通の表情から、一気にムンクの叫びの様な表情になった。


 劇的ビフォーアフターだ。ここまで変わるのならリフォームもありかも知れない。


 アルティアさんが大丈夫だからと言うと、安心したように普通の表情に戻った。


 そんなやり取りをしているとティアンネさんが来た。珍しく深刻な表情だ。


「それじゃあ、段取りはできたよ。三階の部屋を四つ用意した。あと食事は朝夕の二食付き。こんなもんだろう?」


「女将、それで大丈夫だ。適切な配慮に感謝する」


 ティアンネさんはそう言って、カウンターの奥に入っていった。しかしジュリアスは満室といていたのに、どうやって確保したのだろう? 


 色々と考えていると、モーガンさんから声をかけられた。


「アルティアをそろそろ降ろしてもらっても良いだろうか?」


 おっと、すっかり忘れていた。モーガンさんはめちゃくちゃ恐ろしい表情だ。怖いからやめて!


 俺は、しゃがみ込んでアルティアさんが足をつけるようにする。


 しかし、彼女は降りようとしない。モーガンさんの表情は更に険しくなる。


「ま、まだ、足腰がガクガクしているから……」


 アルティアさんは、恥ずかしそうに小さな声でそういった。


「お、お前! アルティアに一体ナニをしたんだっ!?」


 モーガンさんとルクールさんは今にも飛びかかってきそうな勢いだ。


「俺は何もーー」


「ナツメ様はとても優しかった、です」


 アルティアさんは頬を赤らめて、更に声を小さくして言った。俺に被せ気味に。


 ビキビキという音が、コメカミから聞こえてきそうなモーガンさん。顔が笑顔で怖いんですけど!


 その時、バァーンと扉が開く音が響く。


「弟君! 背中で抱きついている人はお昼一緒だった人だよねっ!? 一体どういうことなのっ!?」


 お姉ちゃんだった。もう私、怒ってますという口調が怖い。しかし何というタイミング。


 ドッキリカメラなのか? いや間違いなく仕込みだよねコレは!?


「今日、魔法の制御方法を一緒にーー」


「ナツメ様に何度も、何度も、数え切れないくらい愛の告白をされました! それで私、足にきちゃって……」


 どうして被せてくるんだよう。真実を話せないじゃないか! というか何言ってんだ、この人?


「お、弟君! 今の話は本当なのっ!? 私にも愛の告白をしておいてーっ!」


「ナ、ナンダッテーッッッ!!?」


 俺とモーガンさんとルクールさんが叫んだ。告白したはずの俺が疑問を叫ぶ不思議。


「おいおい、ヤクモさんよう。どういうつもりなんや? 場合によっちゃ沈めてまうぞ?」


 モーガンさん、なんで関西弁になってるんや? おかしいやろ、ほんま。


「……野獣死すべし」


 ルクールさんも何だか本気になっている気がする。今朝のワイルドボア戦で見た連撃なんて食らったら間違いなく沈められる。


 その時、俺の明晰な頭脳は、この危機を乗り越える為の四択を導き出した。流石俺!


 ①平謝り ②全力逃走 ③他人のフリ ④記憶喪失 


 あああああああぁぁぁぁぁぁ、このポンコツめえええええぇぇぇ! 流石俺(泣)!


「ちょ、ちょっともちつこう。まず愛の告白なんて俺は断じてしらなひ!」

 

 むしろ俺が落ち着けと言いたい。


「ど、どういうこと? あんなに激しく、何度も何度も私を弄んだのはーー」


「ちょっとー!? 弟君。そ、そんな獣みたいな事をしたの?」


 なんで二人とも恥ずかしそうなん? 俺のほうが恥ずかしい。


 外野(ギャラリー)から浴びせられる俺への視線は氷点下だ。無実の罪なんですけど……。

 

 これが噂のジャパニーズSHURABAなんですかね?


「ち、違うし! 俺は曲を弾いてただけだし!」


 緊張でカラカラに干からびた俺の喉から出た言葉は、幼稚園児がイタズラしたときの言い訳みたいに稚拙だった。恥ずかしい。


 しかし、背中と正面の女性はハッとした表情になった。


「そうだった、ナツメ様は確かに曲を弾いていただけだった」


「弟君、あなたは曲を弾いていただけだった」


 なぁ〜んだ、と納得する二人、そして清々しい表情。


 よかった。冤罪で本当に良かった。しかしそのままで終わるはずもなく……。


「そうと分かれば、あなたいつまで弟君の背中に貼り付いているのよっ!?」


「さっき言いましたよね? 足がフラついて立てないんです!」


「ふ〜ん? あなた治癒師よね? しかもかなり能力高いわよね?」

「!?」


「あなた、自分で治せるでしょって言ってるのよ!!」


 俺はその言葉にハッとして、首を回して後ろを向こうとする。


 アルティアさんは、口笛を吹こうとしていた。全然音がでていませんよっと。


「もうっ! 許さないんだからっ!」


 お姉ちゃんは、実力行使に出るというのか、何かを詠唱している。


 こんな室内で何をするつもりなのか? あのワイルドボアを吹き飛ばした光景が脳裏をかすめる。


 すると危険を察したのか、アルティアさんは「不浄なる邪を清め給え」と詠唱し、俺の背中からシュタッと降りる。状態異常回復の魔法だろうか? もう普通に動けている。


 それを確認したお姉ちゃんは詠唱を止めて、「なによ、やればできるじゃない」と言って頷いた。


 その言葉を聞いたアルティアさんは、しまった! という表情になっている。


 勝ち誇った様に、カツカツと靴音を鳴らして近づいてくるお姉ちゃん。普段、足音してましたっけ?


 アルティアさんは、その雰囲気に気圧されているようにも見える。


 対峙する二人。不可視の火花が散っているようにも見える光景は、ある種の戦場の様だ。


 親指を立て、階段の方をクイっとするお姉ちゃん。それに頷くアルティアさん。


 クルリとこちらを向いた二人は最高の笑顔で「お話ししてきまーす」と階段を上がっていった。


 何故かその場にいた全員がブルリと震えたのだった。

 

 今日は何だか疲れたと脱力していると、預けたままのもの(・・)があった事を思い出した。


 ナイフとクリストフだ。


 俺は疲れた体と心に鞭打って立ち上がった。

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