第32話 続王都での日常生活 上手くいかない魔法制御
全員が満足そうな表情で風の乙女亭を出て、お姉ちゃんは職場に戻った。
少し時間が過ぎているような気がしたが、恐らくマスターは黙認しているのだろう。
俺達はいつもの様に、南門付近の人があまり通らない草原に向かう。
移動中、アルティアさんが不穏な事を言い出した。
「私達も先程の宿屋に移動しません?」
「アルティアさ……、あ、いや、アルティア、お前は何言ってるんだ?」
「モーガン。食事が美味しいし、すごくお洒落な建物でした。良い物件では?」
「ちょっとルクール! 黙ってないでフォローしろ」
「……肉美味かった」
「お前! そっちをフォローしてどうする!? この脳筋!」
「……フフフ」
「褒めてねえから!」
「どうやら決まりのようですね、モーガン」
「アルティア、確信犯だろ!」
この会話を聞いて、先日のジュリアスが言っていた言葉を思い出した。
「そういえば、ジュリアス、宿屋を風の乙女亭にするって言ってなかったか?」
「ああ、あの翌日に行ったんだが満室で借りることができなかった。だからむしゃくしゃして装備を一新してやったのさ。後悔はしていない」
「だそうだよ、アルティアさん。無理なんじゃないかな?」
「そうでしたか、残念ですね」
アルティアさんからは余り残念という気持ちを感じなかった。
いつもの草原に着き、アルティアさんと対峙するように立つ。
いつも教えてくれるリアナは、座れるくらいの大きな石に座っている。ジュリアスもその隣だ。
「まず、ナツメ様。1週間、魔力制御の練習をしていたけど進歩がないと聞きました」
「その通りで全く変わっていないと思う」
「恐らく、マナを流れをイメージしようとしてるのではないかと思います。魔素の結合がマナなのですが、そのマナの流れは、例えるなら人の血液の流れと同じようなものです。それをイメージして制御をする事など、出来るはずもありません」
「確かに、血液の流れなんて理解できない」
「そこで、まず行おうとしていることを理解したいので、すごく簡単な事をやってみてください。例えば水魔法を使うなら、水滴を出すような感じです」
「了解、アルティアさん」
俺はそう言って、背中に背負っているヴァイオリンを構える。
3人はそれを珍しそうに見た。
「朝から気になっていたんですが、それは一体?」
「これはヴァイオリンという楽器です」
言葉が終わると同時に曲を弾き出す。選曲はシンプなエルガーの愛の挨拶。
先日、風の乙女亭で演奏した曲で、作曲者のエルガーが年上のアリスに結婚記念に贈った曲である。
優雅な曲の中に、作曲者が妻へ贈った優しい愛の気持ちが込められている名曲だ。
曲が流れ出すと、明らかに場の空気に異変が起こる。
モーガンさんとルクールさんは、アルティアさんへの視線が怪しい。アルティアさんは余り変化がないようだが……。しかし、ジュリアスとリアナがなんだかいい感じなんですが。そんな気配、今まで見せなかったでしょうよ。
演奏を終えて、アルティアさんを見る。かなり険しい顔をしてらっしゃる。
何か悪いことをしてしまったのだろうか?
向こうの大きな石に座っているジュリアスとリアナが、つないでいた手を恥ずかしそうに外していた。はい、そこっ! 名残惜しそうにしてるんじゃない!
モーガンさんとルクールさんは、何だか畏れている。
状況を一通り確認したとき、アルティアさんが口を開いた。
「あ、貴方は一体……。いえ、それは置いておいて。ナツメ様が弾いた曲には、一般的な吟遊詩人が曲を弾いたときに出る効果を持つ魔力がありました。弾いた曲に応じた効果を及ぼす魔力です。それを制御できれば、例えばナツメ様は弾く曲に見合った効果を制御する範囲で発現できるはずです。」
「それはどうすればいいのかな?」
「先程も言いましたマナを制御する際にイメージは大切なんですけど、中々それが出来ない。それなら、その範囲をイメージするのです。例えばパーティーだけという感じです」
「範囲をイメージ……」
「そうです、そこで大切なのがヤクモ様が意識できること。難易度が高くなると、魔法でもそうですが技術に意識の大半を割かないといけなくなります。それではイメージができないので簡単な曲でまずは慣れていきましょう。そのうち難易度が上がっても、自然にイメージできるようになるかもしれません」
「そうなると確認が必要になるので、絶対に一人では練習できないという事だよね」
「ご安心ください、私としても乗りかかった船ですし、微力ですがヤクモ様のお力にーー」
「まてまて、アルティア。そこまでする事はないだろう?」
「モーガン。大丈夫です、貴方達は自分の事に時間を使って下さい」
「アルティア、そんな事できる訳がーー」
その時、アルティアさんがモーガンさんの肘をガッと掴んで、5メートルくらい引っ張っていった。モーガンさんは何故かなされるがままだ。そしてすぐに戻ってきた。
「俺はアルティアの意見が最良だと思う」
何故かイエスマンになっていた。
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