第24話 棚からぶたもち

「この男は帝国の将校である、猛毒のアネッサ・リンバルだ」


 男の仮面を外し、素顔を確認した兵士の言葉だ。

 ティオール帝国の兵士は全員効率化の為、バトルスーツを着用している。指揮官クラスは仮面を纏っている。一般クラスは頭から被るマスクらしい。イメージではスパイダー男みたいな物か。


 そのリンバルを王城へ運ぶように依頼され、その道で今シュタイン王国で起こっている事件を兵士さんは教えてくれた。

 

 事の詳細はーー

 

 最近、王都で貴族の変死事件が相次いで起こっていた。住民にもかなり影響を与えており、1週間前には王城で緊急会議が行われた。しかし、事件は進展を見せなかった。そんなとき城門付近で怪しげな帝国の将校が目撃される。猛毒ことリンバルだった。


 リンバルが猛毒と呼ばれるのは、彼の手腕によるものだ。

 例えば少しの傷であっても、猛毒が付与されていれば致命傷に陥ることがある。リンバルは隠密行動で敵国に小さな火種を植付け、それを扇動して国を陥落させる。

 そんなリンバルが現れたのだから調査を指示された我々は躍起なった。


 しかし、リンバルは我々を嘲笑うかのように、各門付近でそれらしい目撃情報だけを残して忽然と姿を消してしまう。まるで王国を挑発しているかのようだった。時には騎士団長も動いていたが全く尻尾をつかむ事が出来なかったらしい。


 変死事件は悪質で、強力な麻薬を使ったものだった。

 麻薬は快楽から一気に苦痛を与える類のもので、被害者は顔に狂喜の表情を貼付けて、体は苦痛が酷いのか自傷行為の跡が酷くて見れたものではなかったらしい。

 しかも貴族という国の主要な人材が違法な行為を行っているということで、大々的な調査を行えなかった。


 ーーということだった。


 お姉ちゃんへ振り返ると、困ったような顔をしている。恐らくギルド職員として情報は持っていたのだろう。お昼に兵士とすれ違った時に住民の井戸端会議が耳に入ってくることがよくあった。その時は決まって表情が曇っていたことを思い出す。


 非常に重い荷物なので歩くスピードも遅くなる。北門から王城の跳ね橋の中間地点まで歩いたとき、聞き慣れた音が響いてきた。12時を知らせる鐘の音だ。あれ? これって時既に時間切れじゃね?

 そんな事を思っているのが顔に出たのか、兵士さんは教えてくれた。


「君達が今日、ギルドのクエストをしていたのは番兵から聞いている。既にギルドには遅れる事を報告している。安心すると良い」


 既に先手は取ってくれていた。流石兵士さんだ。


 そんな話をしていたら、城門にたどり着いた。

 先に兵士を向かわせていたのだろう、既に城門前の跳ね橋には数人の兵士が待機している。先頭の偉そうに立っている男はなんだか見たことがあった。確か何日か前にピリス団長に睨まれながら着いていった人だ。ヴァレオと呼ばれていた様に思う。あの時の頼りない雰囲気はなく、俺様って感じだ。


「よし! そこの冒険者! ご苦労だった。後は我々、第4騎士団にて承る。追って褒美はギルドを介して授与されることになるだろう」


 ヴァレオ? がそう言うと、待機していた騎士団員は、俺達がドナドナしているリンバルを受け取り、降ろすと更にロープで巻きだした。連れていかれるリンバルはロープで巻かれたミイラの様相だった。あれじゃ誰なのか分からないんじゃない?

 ヴァレオ? は真っ先に城の中に入っていったが、俺達と一緒に歩いてここまで来た兵士さんは、一礼して城内に入っていった。

 足元を見るとリンバルが着けていた仮面が落ちている。俺はその仮面を確認すると、橋から投げ捨てた。何となく気持ちが悪いデザインだったから。


 リンバルを引き渡した俺達は、相変わらず重いワイルドボアをドナドナしながら、ギルドに到着した。

 重厚な扉を開けて中にはいると、最初に目に入ったのが、受付カウンターで受付しているギルドマスターだった。俺は目を合わさないように、違うカウンターに向かう。

 しかしギルドマスターはバッとカウンターを飛び越え、別のカウンターに向かう俺の進路を阻む。やっぱり無駄に身体能力が高い。オッサンなのに。


「おいおい、ヤクモナツメ。おめえ、どうして待ち時間がゼロのカウンターに並ばないか聞いてもいいか?」


 お姉ちゃんのかわりにカウンターに立っていたが、恐らく誰も並ばなかったのだろう。結構フラストレーションをためているみたいだ。しかしそんなこと知ったことではない。


「そんなの決まっているじゃないですか、俺は男でマスターも男だからです」


 俺はマスターの問いに答えてやった。マスターがガハッっと胸を押さえてうずくまっている。最初の対決の時は手も足も出なかった相手だったが、今回は楽勝だった。

 

 その時、後ろからスタターと軽やかな足取りで駆け出す音が聞こえた。そして足跡の主は、今までマスターに占拠されていた不人気のカウンターに入ると、声を張り上げた。


「お待たせしました、みなさーん。こちらも空いてますのでおならびくださーい」


 ギルドのホールに響き渡る凛としたソプラノ。その声はカウンターの主、お姉ちゃんだった。

 今まで閉店終了のお知らせ中だった場所は、一瞬で発売日前日のアイポンを待つ様な行列を成すまでに成長したのだった。

 マスターは、真っ青な顔で「ちょっと、走って来る」といって、重厚な扉に頭をぶつけながら出て行った。直後、外から「ふべらっ」とか「あべしっ」とか言う声が表から聞こえてきた。

 恐る恐る扉を開けて確認すると、世紀末風冒険者の何人かが意識を刈り取られて倒れている。俺はそっと扉を閉じた。



 お姉ちゃんのカウンターはとても並べる様な状態ではなかったーーまるでアイドルの握手会の様相だったーーので別のカウンターで報告をすることにする。


 ジュリアスさん達は、既にワイルドボアを査定所に提出してくれているので、俺は報告をするだけになっている。お姉ちゃんの列を見ると、物凄い勢いで消化されている。

 男冒険者達は、受付時間を使ってなんとかお姉ちゃんと話をしようと試みているみたいだが、時間が短すぎて難しいみたいだ。

 恐らくお姉ちゃんは今、防御力極振の騎士より鉄壁なのだろう。どんな攻撃も効く気がしない。


 そんな様子を見ていると、俺の順番が回ってきたので、クエストの報告を行う。

 

「ナツメ様、クエストの完了を確認しました。また第4騎士団様より、特別手当が支給されております。今回、ナツメ様とパーティーを組まれた皆さんに、自動的に配分されるようになっております。お疲れ様でした」


 報告はこれで完了らしい。普段、お姉ちゃんに対応してもらっているので少し勝手が違い戸惑ってしまった。俺は待っているジュリアスさんとリアナさんの元に向かった。


 ジュリアスさんとリアナさんは、ホールに設置されている椅子に座っていた。俺は2人に完了報告が済んだこと、それにより特別手当が出たことを伝える。2人は驚いてギルドカードを確認した。俺もまだ確認していなかったので、カードに手を添えてみる。

 そこには所持金:130000マルクという表示。俺は2人の顔を見る。2人も信じられないという表情だった。猛毒の報酬はある意味、目の毒だった。


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