第21話 ジュリアスの記憶

 俺は騎士の家系に生まれた。兄が2人いる、3男坊だった。

 小さい頃から、厳格な父親に王への忠誠であるとか、守るべき者を守護する事を教え込まれた。

 

 そんな父親が、ある戦いで戦死する。ある程度、物心がついていた俺はショックを受けた。


 しかし、家は騎士の家系。当然、母も思想が父と同じだ。

 お父さんみたいな立派な騎士になりなさい。と父が存命の時よりも厳しく説く。


 父が騎士の信条をまもって命を落としたというのに、母はそのようになれという。


 いつのころからか、俺の中で騎士という職業は最もなりたくないものになっていった。

 そして、母を避けるように、隠れるように日々過ごすことになる。


 

 それから月日が経ち、2人の兄は成人して家を出た。王城の騎士団の所属になったらしい。

 優秀な2人の兄は父の遺志を守り、日々、騎士になるための努力を怠らなかったのだから至極当然の帰結なのだろう。


 俺も一応は鍛練をしていたが、2人の兄ほど真剣ではなかったし、騎士になるための決意は既になかった為、騎士団への配属は考えていなかった。


 そして17才になって、母の薦めで騎士団の試験を受けてみたが、やはり見事に落ちてしまった。

 俺自身、落ちたことには何も感じなかったが、母はかなり落胆していた。


 この時は申し訳ない気持ちが沸き起こった。俺を立派な騎士にというのが父の遺志だったから。それを引き継いだ母にこの結果は残酷だろう。


 騎士になれなかった俺は、手に職も無いため、冒険者になろうとギルドも門を叩く。

 ギルド内に入ったとき、俺を見て小声での話が耳に入ってきた。どうやら名門の騎士家である俺がここにいる理由を噂しているようだ。それは自業自得なのでスルーだ。

 

 まずは登録だ。1番混んでいる列は避けて、空いている列に並ぶ。


 受付に並びながら見回すと、受付嬢の容姿のレベルの高さに驚く。街を普段歩いていても滅多にお目にかかれないレベルの人ばかりだ。特に1番混んでいる列の女性はありえないレベルだった。


 しばらくして、俺の順番に回ってきたので、ギルドの登録をお願いした。

 受付嬢はニコリと笑いながら、手渡してきたプレートでの登録方法を教えてくれる。淀みのない説明は数えられないくらい反復作業での賜物なのだろう。

 俺は説明された通り、血をプレートに落として結果を見る。

 その結果に愕然とした。


 職業は騎士。それは今まで本気ではなかったが、その勉強をしてきたので納得する。

 しかし問題はスキルだった。

 一般に騎士は片手剣であるとか、盾の扱いに特化するのが理想とされる。


 俺のスキルは「隠密」だった。

 騎士の精神の真逆のスキル。隠れたり、気配を消したりするスキル。諜報員や暗殺者などが持つスキル。母から逃げるようにしていた経験が活きた(・・・)のかもしれない。


 呆然としていると、ギルド職員が心配そうな表情で、大丈夫ですかと尋ねてくれる。よく出来た気配りである。冒険者が受付嬢に惚れてしまうという噂も、あながち有り得ない話ではないのかもしれない。

 俺は大丈夫というジェスチャーで答えた。

 受付嬢はよかったという表示で、ギルドのルールや明日からの研修の事を教えてくれた。

 しかし、俺は頷きながらほとんど内容を聞いていなかった。


 全ての説明が終わり、明日からの事を考えながらギルドを出ようとしたとき、隅の方で何やら騒然としていた。

 しかし、俺は自分の今後の事が心配で他のことなど些細なことだった。


 溜息をつきながら、ギルドの重厚なドアを開けて外に出ようとしたとき、「オッサン」という苛立ちを乗せた声が聞こえてきた。何となく自分も今、叫んだとしたらこんな声になるだろうなと失笑しながら、表に出た。


 家に帰ると、母から呼びだされた。

 ギルドの件もあり、あまり気分が乗らなかったが部屋に向かった。


 部屋に入ると、母から言われたのは絶縁だった。

 騎士の家に、騎士ではない者を置くことは出来ない。俺はそれに反論する。職業は騎士だったと。


 しかし、母の言う騎士とは、騎士道に則った精神を持つ人間であるという事だった。つまりは王城の騎士団以外は認めないという事だった。

 ギルドの門をくぐった時点で、俺にその資格は無いと判断したのだろう。


 俺は反論できず、なけなしの貯金と練習で使っていた装備一式だけを持つことが許され、家を追い出された。


 宿泊費が安い、馬小屋を生活の拠点として、俺の冒険者生活がスタートした。

 いつか母を見返してやるという意思を新たに掲げて。


 

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