第20話 初めてのパーティー戦 後編

 俺達のパーティーは、依頼書を見ながら目的地に向かう。依頼内容は北の森付近に生息する、野生の豚(ワイルドボア)の討伐だ。


 ワイルドボアはテラマーテル全土に生息、分布しており、一般的な食料として優秀な野生の動物だ。生態は、草食で森林などに自生する植物の新芽を好物としている。好戦的な性格で、自分の縄張りに足を踏み入れた生物には容赦のない攻撃を行う。攻撃方法は主に突進による体当たりである。


 以上が研修で習った、ワイルドボアに関する一般的な情報だ。

 ワイルドボアの特性から、先ずはタンクであるジュリアスさんが攻撃(突進)を止める。もしそれにより負傷したときはリアナさんが治療魔法で補助。ジュリアスさんが食い止めている間に俺とお姉ちゃんが攻撃するといった具合だ。

 2人は「突進か頑張って受け止めてやる! 馬の扱いには慣れてきたからな」とか「ちょっと遅らせても大丈夫よね」とか言っているが、恐らく大丈夫だろう。いや大丈夫だよね?

 お姉ちゃんは、少し後ろからニコニコと俺達を見ている。アドバイスプリーズ。


 30分ほど歩くと北門の詰め所に到着して、門番の兵士さんに依頼書を見せると門を通してくれた。

 門を通り過ぎるとき頑張れよーと声をかけてくれる。兵士さん達が応援してくれているところをみると、もう何度も行っている事なのだろう。しかし最後に通ったお姉ちゃんを見て焦っていた。激レアなのだろうか。


 俺達は森に出て、研修で習った事を思い出しつつ、行動する。

 まず、足跡を探す。足跡を見つけると、今度は対象が生活している裏付けを見つける。そこまで見つかれば、もうそこはワイルドボアの縄張りだ。後はワイルドボアからよって来るということだった。

 

 足跡はびっくりするくらいにすぐに見つかった。5分ほど歩いたところに、3つ爪の深い窪みを見つけた。まぁ、リアナさんが見つけた訳だけど。

 そこから、足跡を追跡して、通ったと思える方向に歩いていく。森の少し奥に入っていく。15分くらい歩いたときだった。遂にお宝(おうんち)を発見した。テレビでよく秘境を探検する番組を放送していて、ドキワクしたものだが実際に自分が体験すると、更にテンションが上がる。

 仲間達も絶対ウキウキになっているだろうと振り返ると、そこには大きなブタさんがいた。そうブタさんだ。


「………………っっ!! ぎにゃあああああぁぁぁああっっ!」


 俺は一目散に逃げ出したっ!

 

 日頃、走ったって何も変わらねーよと思いながら、基礎訓練をしていたが、ここに来て効果を発揮する。あぁ教官様ありがとうと必死に走りながらお礼をいう。奴と俺の距離は徐々に縮んでいるものの、まだ余裕があった。

 そして気付いてしまった。俺が振り向いて、逃げたということは仲間から離れてるということだ。

 見た目によらず、頭脳派らしい。やるじゃないか、ブタやろう!

 俺は、逃げる方向を修正しようと急ブレーキをかける。俺が止まると、ワイルドボアも止まった。

 

 対峙する俺とワイルドボア。ワイルドボアは前脚を蹴り上げるモーションをする。そしてブルンと荒い鼻息をした。

 正に一触即発。そこにヒラリヒラリと木の葉が舞落ちる。そのタイミングを逃しはしなかった。


 ワイルドボアの後ろから、ジュリアスさんがヌルっと近づいての不意打ちのタックル! 

 それを見て「ジュリアスさん、なぜにタックル?! 剣はどうした?!」と思ってしまった俺はダメな奴なのかもしれない。

 その後ろから、リアナさんが「あら無傷じゃないの。遅らせがいのない……」とか言っちゃってる。

 更に、その後ろのお姉ちゃんは「弟君、足早いのね、流石だわ」と嬉しそうだ。


 お姉ちゃん、リアナさん、ジュリアスさん、ワイルドボア、俺というポジションで、当初の予定からかなり違った状態で戦いは始まった。


 不意打ちをされたワイルドボアの目は、ジュリアスさんを睨んでいるようにも見える。上手い引き付け方法だ。タンクはこれをヘイトと言うらしい。そして、タックルをオケツに喰らって後ろ足を少し引きずっている。これでは満足な突進は出来ないだろう。

 ジュリアスさんは銅の長剣を鞘から抜き、木の盾を構えている。体は全身銅の鎧だ。改めてみるとタンクは装備にお金がかかってると思う。



「ブフォオオオオオン!」


 大地を揺らすような咆哮が開戦の合図となる。

 ジュリアスさんは突進を受け止めるべく、重心を低くして、木の盾を構えている。そんな物、障害にもならないとも取れるような、雰囲気を醸し出しているワイルドボア。

 初手はワイルドボアだった。少し痛めた後ろ足をかばうように、力を溜めたあとブルンと鼻を鳴らして、突進してきた。

 ジュリアスさんは、突進してきたワイルドボアに盾を押し付けて推力を削ごうとする。ゴンと衝突する鈍い音。それを押さえ込もうと更にジュリアスさんは力を入れた。しかし、後ろ足をかばっているといっても、その力は侮れない。ジュリアスさんがその時叫ぶ。


「今だ! ナツメ! 後ろから攻撃を!」


 おっと、すっかり見入ってしまっていた。確かに今、ワイルドボアはジュリアスさんが引き付けてくれている。なるほどこれが役割分担というやつか。


 俺は、後ろからワイルドボアに近づいてナイフを全力で突き出す。


 ナイフが肉をえぐる感触がする。何だろうこの気持ちの悪い違和感は。

 そういえば、日本で誰かを傷つけたことなんてなかった。それが動物であっても。

 そう思うと全身が震えてくるのが分かった。しかし相手を倒さなければ自分が倒されてしまう。

 見ると、ワイルドボアのオケツに深々とナイフ刺さっている。


 ワイルドボアは痛みで叫ぶような声を上げ、更に前に進もうとする。痛みで力が増幅されたかたちだ。

 その時、ジュリアスさんは木の盾がバキリと音を立てて割れてしまう。そして、そのままの勢いで体当たりを喰らって吹き飛んだ。ワイルドボアは勢い落とすことなく走り抜け、後衛の方に向かっていた。

 俺は焦る。タンクが足止めしている間に倒してしまう、というのが作戦だった。しかし出来たことは、オケツにナイフを突き立てただけだ。全くの攻撃力不足。ディーラー失格である。

 結果として、ワイルドボアは後衛に向かっている。典型的なパーティー壊滅のシナリオを思い浮かべる。研修中、これだけはやったらあかんと言われてたヤツだ。

 このまま後衛が攻撃され戦闘不能、そして回復を見込めなくなって前衛が戦闘不能というシナリオ。

 そうならないようにしっかりと攻撃して、後衛に届く前に戦闘を終わらせる。もしタンクを抜かれた場合はディーラーも守りに入って、ヒーラーを守る。そうすればリカバリーできる時間が稼げるということだった。


 しかし、現実は残酷だった。仕事をしたタンクは起き上がろうとしているが、吹き飛ばされた時に怪我をしたのか、まだ立てなさそうだ。

 それをヒールしようとしているリアナさんにワイルドボアは向かっていた。万事休すだ。リアナさんもヒールしようと詠唱しながら、高速で向かって来るブタやろうに目を見開いている。詠唱を中断しないのは、魔素の暴発を回避しようとしているのだろう。


「やめろおおおおぉぉぉぉっ!」


 俺は届かない距離と分かりつつ、右手を突き出しながら、大声をだした。

 しかし、ワイルドボアは獲物を定めているようで、一直線にリアナさんに向かっている。

 俺は目を伏せる。そして、衝突音。続けてドサリという落下音。


 目を開けたくない。怖い。しかし、現実からは逃げられない。

 俺は恐る恐る目を開ける。


「弟君、お姉ちゃんを忘れてない?」


 そういいながら、腰に両手を当てて、私ちょっと怒ってますという顔のお姉ちゃんが立っていた。

 ワイルドボアは10メートルくらい離れたところで絶命していた。


 何があったんや?

 

 

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