第15話 冒険者ギルドでのお約束

 相変わらず重厚なドアを開けると、沢山の冒険者が広いホールでそれぞれの事をしていた。


 俺がギルドに入るなり、目の前に立ちふさがる人がいた。


 見ると朝の研修所で絡んできた3人だ。


 相変わらずいかつい見た目で威圧してくる。


 俺は非常に疲れているのでそのまま通り過ぎようとする。


 しかし横を通り過ぎようとした時、肩をガッとつかまれた。


 くっ! なんて力だ。振りほどけない。


 男達はニヤニヤしながら言ってくる。


「よぉ、ぼっちゃん。朝も言ったが来るところ間違えてるぜぇ?」


 その言葉に何が面白いのか他の2人ギャハハハと下品に笑う。


 そして別の奴が続ける。


「そうだ! 良いことを思いついたぜ。できの悪いお前を俺達が指導してやるよ。優しいなぁ俺達って」


「いいよ、大体、今日の研修で一緒だったって事はお前達も新人だろ!?」


 俺は、震える足でなんとか勢いをつけて返事をした。


 しかし、俺の答えが気に入らなかったようだ。


 あぁ? という自由業の方みたいなメンチを切られた。


 非常に怖いです!


「だからよぉ、同期の馴染みでっていってんだろ!」


 男達は恩着せがましそうに言いつつ、つかんでいる肩を引き、ボディに一撃をくれる。


 他の2人を壁にして上手いこと見えないようにしながら。


 俺は激痛でうずくまるが周りには見えていないだろう。


「おうおう、ぼくちゃんどうしたよ? 気分が悪いみたいだなぁ。しゃあねえなあ、同期だから表に連れていって介抱してやるからよお」


 俺は人壁に隠されるようにして、引きずられる様にギルドから表に連れ出されてしまう。


 さっきの腹への一撃で全く力が入らなくなっていた。


 そして、建物と建物の間に連れていかれた俺は隔離された空間で、殴る蹴るの暴行を受けていた。


 相変わらず、1人が実行犯、後の2人は監視兼壁役のようだ。


「お前は最初に見たときから気に入らなかったんだ!」


 そんな事を言いながら手をだしてくる。


 既に指導という体裁すら保てていないが、この状態だと余り関係ないのかもしれない。


 後頭部を守りながら、亀のように丸まっているが、こんなことに慣れている訳もなく、非常に痛い。


 5分ほど過ぎた頃から、全身が悲鳴をあげていて意識が朦朧としだす。


 男達は嗜虐的な笑いが顔に張り付いている。


 元々こういう事が大好きなのだろう。


 きつい蹴りが横っ腹入り、胃液が込み上げる。


 しかし、男達はまだまだ止まる気配はない。


 これはもうダメかもしれん、と諦めかけたとき通路に大声が響いた。


「貴方達っ! 私の弟君になにしてるのよーーーっ!」


 お姉ちゃんが発した怒りの声だった。


 その瞬間、男達は○斗水鳥拳を受けたように全身を切り裂かれる。


 そしてパァッと血の華を咲かせた後、地面に倒れたのだった。


 走り寄って来る影を確認して、俺はそのまま気を失った。


        ☆


 気がつくと、俺はベッドの上に寝かされていた。


 この天井は間違いなく初日にもお世話になった、冒険者ギルドの休憩室だ。


 そして、左手に触れる温かい感触は何だろと顔を傾ける。


 お姉ちゃんが心配そうに顔を覗き込んでいた。


 どうもご丁寧に手も握ってくれているみたいだ。


 俺が気がついたと分かったのだろう。


 お姉ちゃんに安堵の表情が浮かんでいる。


 はぁまじ天使だわ。


「アン……お姉ちゃん、ありがとうございました」


「いいのよ、弟君。でも敬語はダメ! それとお姉ちゃん、今後のことがすごく心配になって来たわ。叔母さんにいって、私も風の乙女亭に泊めてもらおうかな?」


 んん? 敬語はダメとかハードルが高い。


 何だか最後の方に聞こえた言葉の意味がよくわからなかった。


 しかしお姉ちゃんが俺の事を心配してくれているのはよく分かった。


「そ、そうだね。改めてありがとうお姉ちゃん。それと今日もヒーラーの方が助けてくれたの?」


「うん、本当に弟君は運が良いよねー。あ、でもどちらかというと悪いのか」


 お姉ちゃんは俺が無事だったので、安心したようだ。


 普段の笑顔が戻っている。


「そういえば、どれくらい寝ていたんだろう?」


「大体、1時間くらいかな。結構大怪我だったのよ? 今日から研修に来ている女の子の治癒士なんだけど、すごく優秀ね。それと弟君は、今後絡まれたら先ずは大声だして助けを呼ぶんだよ!」


 なんと! 同期の人が助けてくれたんだ。


 お姉ちゃんとその治癒士さんには感謝しきれないな。


 しかし、助けを呼ぶという手段があったんだ。


 完全にビビって忘れていた。


 よいしょと半身を起こし、体に異常がないか確認して起き上がる。


 うん、大丈夫そうだ。


「お姉ちゃん、今日は色々とありがとう。宿屋に戻って、明日の準備をするよ」


「そうね、弟君と一緒にいるのは楽しいけど、そういえば依頼完了してきてたんだね。大丈夫だった? きちんと出来た?」


「大丈夫だったと思うよ。お姉ちゃんは本当に心配性だなあ」


「あ、当たり前じゃない! かわいい弟君の初仕事なんだから! それと、明日からお昼ご飯作ってきてあげるから、一緒に食べようね」


「お、お姉ちゃん、それはやり過ぎ……」


「ん? 弟君はいつから反抗的になっちゃったのかなあ? お姉ちゃん悲しいなあ」


 わざとらしい口調で突っ掛かって来るお姉ちゃん。


 初めから俺に拒否権などなかったのだ。


「お姉ちゃん、お言葉にあまえさせてもらいます」


「うんうん、やっぱり素直な弟君はかわいいね」


 終始ペースの手綱を手放さないお姉ちゃん。


 もはや完敗といわざるを得ない。


 姉弟で立場が逆転することなんて有り得ないのだ。


「それじゃあ、お姉ちゃん。明日もよろしくお願いします」


「うん、弟君。気をつけて帰るんだよ」


 俺はドアを出て、カウンターで依頼の完了報告を行い、ギルドを出る。


 もう外は綺麗な夕陽が落ちかけていた。



 風の乙女亭に帰ろうとした俺は、1つ大切な事を思い出した。


 ヴェスタフにナイフを見せにいかないといけない。


 結構遅い時間になってしまったので、早足で鉄屑武具店に向かう。


 ようやく店の前にたどり着いた時、ヴェスタフは店を閉めようとしていた。


 ギリギリ間に合った。


 俺に気がついたヴェスタフは「あら、遅かったのね」とデートの約束をすっぽかした、彼氏にかけるような言葉を言いやがる。


 俺がいつ来ようと良いでしょうよ?


 イラッとしたが、オカマを怒らせるのは良くないと判断して、すみませんと謝る。


 いいわよぉと言いながら、手を差し出してきたので、昨日のナイフを渡した。


 当然未使用だ。


 しかし、差し出されたナイフを見てヴェスタフは首を傾げている。


 しかしオカマなので可愛くない。


「貴方、面白いわねぇ。何を飼っているのかわからないけど。いいわぁ、これからそのナイフ毎日もってきなさぁい。貴方が来るまで店は閉めないでいてあげるからぁ」


 俺は結構ですといえず、「あ、ハイ」とだけ答えて、帰路についた。



 風の乙女亭に戻り、ホールで女将に夕食の注文をして、カウンターに腰をかける。


 昨日と同じ、ウェイトレスさんが食事を運んでくれる。


 今日はステーキの様なものが出てきた。


 相変わらずの美味さだ。


 こんな低料金で大丈夫なのかと心配してしまう。


 今日は昨日の吟遊詩人が来ていないみたいだ。


 おっと、そうだった! 今日から俺が演奏するように言われていたんだ。


 食事を終えて、ウェイトレスさんにリュートを持ってきてもらう。


 今日は昨日に比べて騒々しくないので、予定通りバラードで攻めてみよう。


 その曲は日本のアイドルグループの曲で、結婚がモチーフになっている。


 リュートでしっとりとうたい上げる計画を立てる。


 俺の演奏が始まった途端、そこにいたカップル達は熱い視線を絡め合わせ、独り者はカップル達に称賛を送り出す。


 オーダーがビール系から高級ワイン系に変化し、恋人達の時間が満たされていった。


 そして曲が終盤にさしかかると、カップルのテーブルから結婚という言葉が聞こえ出す。


 今日この場所で何組の新婚さんが生まれるのだろう。


 そして俺が最後の1音を鳴らすと、凄い歓声に包まれたのだった。



 ティアンネさんにも賞賛され、俺は気を良くして自分の部屋に戻る。


 シャワーを浴びると、どっと疲れ出て体が動かなくなる。


 今日も色々あったと思い出し、ベッドに倒れ込む。


 寝る前に、ギルドカードをかざして残高確認をする。29450マルクとなっていた。



 残高の確認が済むと、強烈な睡魔が襲い掛かってきた。


 俺はそれに全く抵抗できずに一瞬で眠りに落ちてしまっていた。


 体が風のような者に包まれていることも気がつかずに……。

 

 

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