第13話 アンナの記憶 後編
体に揺れるような振動を感じて目が覚める。
私達は馬車の荷台に乗せられて運ばれていた。
周りを見ると、村の子供達と1人の女性がいる。
女性は、私達家族が住んでいた家のはす向かいに住む新婚のお姉さん。
そのお姉さんが馬車を操る御者になり、私達を運んでくれていた。
周りの子供達は、擦り傷や切り傷があるくらいで、大きな外傷はなさそう。
私たち姉弟は細かい傷すらもなかった。
でもみんなの顔色は悪く、ぐったりとしていた。
風で運ばれたときの揺れで酔ってしまったということ。
そして家族の事が一番、気になっているのだと思う。
そんな沈んだ雰囲気の中、1人元気な声を出してみんなを励まそうとしている子供がいた。
「みんな、元気出せよ! お父さんもお母さんも絶対無事だって! 僕が保証するよ!」
村の子供達のリーダー的な存在。
または空気が読めない天才。
ルシフェル君だ。
それを聞いた子供達の多くは泣き出してしまった。
弟も含めて。
私は、この頃からルシフェル君の事が嫌いでした。
そして、自分本位な理想論のみを語るのは今も変わっていない。
私は適当な慰めを言うルシフェル君を睨んだ。
彼は私が睨んだことに驚いたのか、少し怯んで座り込みました。
馬車に乗せられて、4日くらい経った時、城壁が見えてきた。
お姉さんは、それがシュタインの城壁であることを教えてくれる。
しかし、それを喜ぶ子供はいない。
急激な環境の変化、不安、ストレスが小さな体を蝕んでいた。
ルシフェル君を除いて。
私もその時、かなり気持ちが滅入っていた。
城壁が見えた事で、お母さんから言われた目的に近づいている実感が湧いてきた。
少し肩の荷が軽くなったような気がする。
弟を見ると心労と疲れが極限状態なのだろう、全く反応を示さなかった。
シュタットの東門に着いたとき、門番に不審そうに見られたような気がした。
お姉さんが状況を説明すると、全員を簡単に取り調べられただけで、中に入らせてくれた。
門番の人がお大事にと声をかけてくれる。
そのまま馬車で街中を移動する。
通りすぎる人達は憐れむ様な、同情の様な視線を無遠慮に送ってくる。
荷台に乗せられた8人の憔悴した子供達。
通行人は色んな可能性を考えていたんだと思う。
右手に大きなお城を無感動に見つつ、しばらくして馬車が停止した。
お姉さんは、私達に風の乙女亭に着いたことを教えてくれた。
馬車から降りたお姉さんは、宿屋に入っていく。
そしてしばらくすると、お母さんより少し若いくらいのお姉さんと一緒に出てきた。
宿屋のお姉さんは私達を見回すと優しい声音で話しかける。
「頑張ったね。もう安心だよ」
その言葉を聞き、本当にもう大丈夫という気持ちが沸き上がり涙が溢れてくる。
周りからも嗚咽がもれてくる。
しかし隣の弟からは何も聞こえない。
私は不思議に思い隣の弟を見る。
弟はフードを深く被り俯いている。
道中、かなり疲弊しているようだったから眠っているのかもしれない。
私は、お母さんが言っていた目的地に着いたことを教えてあげようと、弟の肩を揺らす。
反応はなかったので、更に力を入れて大きく揺らす。
弟はそのまま傾いて横に倒れる。
それを見た全員が弟に視線を向けた。
横に倒れた弟の瞳孔は開き、唇は乾き、口から漏れるのはひゅーひゅーという音だけだった。
ティアンネさんは私達孤児に部屋を提供してくれた。
話を聞くとお母さんの妹で、私の叔母さんにあたるらしい。
結婚を機に村からでて、宿屋を経営している。
旦那さんはこの宿屋のシェフをしているみたい。
私と弟には3階の角部屋をあてがってくれた。
早速、弟をベッドに休ませ、治癒師の方を呼んでもらう。
直ぐに治癒師の方が来て診察が開始された。
体感でかなりの時間が過ぎたように感じる。
治癒師の方がこちらを向いて私を呼んだ。
治癒師の方からの話では、極度のストレスによる記憶喪失ということ。
それにより言葉も忘れ、自分も忘れ、生きることも忘れてしまっている。
体は健康なので生命維持はしているということみたいだけど。
治癒師の方は立ち上がり、お大事にと言って部屋から出て行った。
その夜、私は弟の手を握りながら、声を殺して泣いた。
翌日、ティアンネさんに弟の状態を説明した。
合わせて食事とかを都合つけてもらい、良い治療方法がないか聞いてみた。
食事は流動食をすぐ用意してくれる事になり、治療法は冒険者ギルドに相談してみてはという答えを教えてくれた。
冒険者ギルドという組合があり、冒険者に依頼をすることができる。
記憶喪失を直してほしいと依頼してみてはということだ。
私は早速、冒険者ギルドの行き方を聞いて向かうことにした。
たどり着いた場所は、私みたいな子供が訪れるような場所ではなかった。
しかし、今はそんな事を言っている猶予はない。
意を決して重厚な扉を必死で開けて中にはいる。
中にはいると、怖そうな人が一杯いて、直ぐに引き返したくなった。
お父さんは木こりだったので体はガッチリとしていたけど、怖くはなかった。
今まで感じたこともない威圧感で、私は怖くてしゃがみ込んでしまう。
そんな私に声をかけてくれる女性がいた。
品の良いブラウスとパンツルック。
私が感じた最初の印象は格好良いというものだった。
その人が、しゃがみながら私に目線を合わせどうしたのと聞いてくれる。
そして、私はまた泣いてしまうのだった。
私は別室に連れていってもらって内容を話した。
お姉さんは話を聞いてくれながら難しい顔をしている。
私は話を終えるとお姉さんを見た。
お姉さんは私の目をしっかり見て聞いてきた。
「あなたはこの依頼に報酬を用意できる?」
私は気がつくと風の乙女亭へ帰ってきていた。
ギルドでの事は覚えていない。
頭の中が真っ白になって、飛び出して来てしまった。
そういえば、まだ朝食も食べていなかったと思い出して、ティアンネさんに声をかける。
弟と一緒に食べようと、部屋まで2人分の食事を運ぶ。
私が先に食べて、その後弟に食べさせようとする。
しかし弟は流動食を飲み込んでくれない。
口が閉じないのだ。
この時、初めて私の中で、現状の重大さが理解できた。
必死になって階段を下り、ティアンネさんを探して相談する。
弟をなんとかして助けたかった。
私の最後の肉親なのだから。
しかし、ティアンネさんは首を横に振るだけだった。
本人に生きる意思がない以上どうすることもできない。
記憶が無いとはそういうことなのだ。
私はふらふらと覚束ない足で、部屋に戻る。
弟は変わらず目は虚ろで、口は開いたままだ。
それから5日が過ぎた「あの日」、弟は帰らぬ人となる。
私は涙が枯れるまで泣いた。
弟が亡くなったとき、お母さんが弟へ契約した風の精霊が解放された。
しかし風の精霊は主人の死を悲しむように、その部屋に留まった。
弟が出棺された後も。
ティアンネさんは、私が宿を出て行った後、この部屋を封印すると言っていた。
しかし、もし私からの紹介があったときは、安価で解放するとも言っていた。
そして私は冒険者ギルドで働くことになる。
本当に困った人が来たときに手助けができればと考えて。
☆
私は閉じた目を開く。
目の前の黒髪の少年は、少し俯き気持ち良さそうに、変わらずうつらうつらしている。
突然、ギルドに現れた少年。
見た目も華奢で、何か出来そうな訳でもない。
弟に似て頼りない。
そして、弟と同じ記憶喪失と言った。
あの時、私の中で弟と少年が重なった。
「もう私の前からいなくならないでね。弟君」
私はそういって、弟君が目が覚めるまで見守っていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます