第12話 アンナの記憶 前編

 今、私の隣には、先日弟になった男の子がいる。


 この辺りでは珍しい黒い瞳に黒い髪、そして華奢な体つき。


 でも、私の記憶の中には、とても似ている男の子がいる。


 容姿は全く違うのだけど、とても似ている。

 

 隣見ると、お昼を食べ終わったばかりで、少し眠くなったのか弟君はうつらうつらと揺れ出した。


 少し俯き気味の弟君を見ると「あの日」を鮮明に思い出す。


 そういえば、「あの日」の事もこれくらいの時間だったかな。


 目を閉じると、あの光景がよみがえる。


       ☆


 今から10年前。


 私はシュタイン王国とティオール帝国の国境付近にあった村に住んでいた。


 特に目立った産業も、特長も無い貧しい村だった。


 周りはみんなが顔なじみで家族みたいな付き合いがあった。


 そんな温かい環境だったことを覚えている。


 お父さんは木こりの職業を持ち、村で1番の木工職人。


 お母さんは精霊術士の職業を持ち、村で勉強を教えていた。


 お父さんは「お母さんは凄いんだよ」とよく言っていた。


 私と弟は、そのお母さんに付き勉強を学んだ。


 近所の友達も一緒に。


 私はその時、ずっとこんな日が続くと思っていた。


 当然の生活と思っていた。



 そして変化は突然に訪れた。


       

 まだ日が昇っていない、早朝よりも早い時間。


 バタバタという普段では聞く事が無い、騒がしい足音で私は目が覚めた。


 眠い目をコシコシと擦りながらベッドからもぞもぞと出て立ち上がる。


 その時、ドアが勢いよく開けられる。


 そして、お母さんが部屋に勢いよく飛び込んできた。


 お母さんの顔は生気がなくなり青白くなっていた。


 そしてお母さんの隣には、まだ眠そうに手をつないでいる弟がいる。


 お母さんは近づいてきて、私を抱き寄せた。


「私に付いて来なさい」


 お母さんはそう言って立ち上がる。


 そして部屋を出て早足で歩き出した。


 私は言われたようにお母さんの後に続く。



 お母さんについて家を出ると、近所の家族も集まっていた。


 村の全家族だ。


 どの家もお父さんの姿が見えなかった。


 一体どうしたのだろう? そう思ったのも束の間だった。



 雷が落ちたような轟音が連続で森に響き渡る。


 続く複数の男性の上げる悲鳴。


 自然の落雷ではない事はすぐに分かった。


 なんだか分からないけど足がガクガクと震えて来る。


 弟を見ると、私と同じで生まれたばかりの小鹿の様に足が震えていた。


 それを見て、私はお姉ちゃんなんだから、しっかりしないといけないと、自分に言い聞かせる。


 そして弟の手を強く握った。


 弟は私を見る目を潤ませながら、頑張ろうとしていた。


 周りにいる他の家族も私達に近い状態だった。


 まだ夜も明けていない薄暗い森に轟音が発する毎に起こる男性の悲鳴。


 混乱しない子供はいなかったと思う。


 お母さんを見上げると、普段は見ないような険しい表情をしている。


 私の視線に気が付くと膝をついて座り私と弟を抱いた。


 そして一言「シルフ、風の精霊よ」と言葉を発すると、私と弟の周りを風が動いているのを感じる。


 お母さんは精霊に私達を守るように指示をしたようだ。


 お母さんは落ち着いた口調で言葉を続ける。


「よく聞きなさい。あなたたちは王都を目指しなさい。そしてティアンネという人にお母さんから聞いてきたと伝えなさい。この村はもう終わりです。アンナ、何があっても諦めないで!」

 

 そんなこと言われても、いけるわけないじゃない。


 弟も同じで全く動こうとしない。


 その時、お母さんの頬に一筋の涙が伝う。


 どうして泣くの? どこか痛いの? 私には分からないことばかり。


 動かない私たちを見て、お母さんがこちらに向かって、何かを喋った気がした。


 お母さんの口の動きが止まると同時に、暴風が巻き起こり、私達の体を吹き飛ばす。


 近所の子供達も同時に暴風に運ばれていた。


 吹き飛ばされた瞬間、元々私達がいた場所に爆炎が立ち上がった。


「お母さあああああああああん!!」


 私は声の限り叫んだ。


 私達の周りを囲んでいる暴風の壁は、表に声を漏らす事を許さない。


 手を伸ばしお母さんに触れたかったけど、それはかなわなかった。


 私達は暴風に翻弄され、西の方角へ飛ばされていくしかなかった。


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