第11話 おとうとくん

 研修で普段使わない身体を酷使して、ふらふらになりつつギルドのホールに戻ってきた。


 既に俺の噂話はギルド内に知れ渡っているのだろう。


 所謂、カースト最底辺という奴だ。


 俺はあからさまな嘲笑や侮蔑の視線を感じていた。


 俺は重い気持ちになりつつ、約束していたアンナさんが受付をしているの長蛇の列に並んだ。


「ご苦労さまでした。怪我はしなかったですか?」


 俺の順番が来た時、アンナさんが最初に言ってくれた言葉だ。


 やはり天使である。


「ありがとうございます。研修をして自分の非力さを実感しました」


 俺は研修をして思った事を答えた。


 アンナさんは考えるようなそぶりで、少し待っていてと言った。


 そして、同僚の受付嬢に何かを話しかけた後にカウンターから出てきた。


 同僚の受付嬢は驚いた顔をしていた。


 カウンターを閉めて、出てきたアンナさんを見た男冒険者は何事かと慌てている。


 アンナさんは、ブラウスにパンツルックでサラリとした銀色の髪をなびかせながら俺の横で止まる。


 カツカツと歩く姿は非常に美しい。


 男冒険者の視線はアンナさんと俺の間を行き来している。


 研修で噂になり、アンナさんで注目され、俺の豆腐なメンタルはブレークしそうだ。


 アンナさんはそっと俺に2枚の羊皮紙を渡してくれた。


 俺はその羊皮紙の内容を確認した。


 どちらもクエストだった。


 しかも報酬が少し高く、難易度が低いものが選ばれている。


 俺がクエストの確認を終えたのを見てアンナさんは微笑みながら言った。


「ヤクモ君、ランチに行きましょうか。お願いね?」


 アンナさんは軽く片目を瞑りながら、俺に言った。


 アンナさんからのクエストの紹介手数料はランチということだった。



 ランチに行くと言っても、まだこの街に来て2日目の俺に死角はなかった。


 風の乙女亭しか知らない俺は風の乙女亭にしか行けないのだ。


 フハハハァ! ……ショボンヌ。


 俺達が風の乙女亭に向かおうとしてギルドを出たとき、大通りを北から南へ急ぐ集団があった。


 馬に乗り、腰に剣を携え、胸にはシュタイン王国のエンブレム。


 あれは昨日見た騎士団長と同じ鎧だ。


 結構な大声を出しながら馬を走らせていた。


「今日は南門辺りらしい」


「神出鬼没だ。一体どんな奴が……」


 すれちがいざまにそんな会話が聞こえてきた。


 兵士達の表情は昨日見た団長の様な余裕はなかった。


「やっぱりあの噂は本当なのかしら」


「酷すぎて直視できないらしいな」 


 兵士達の様子を見ていた人々はヒソヒソと噂話をしていた。


 その噂は皆が知っているようで会話は広がりをみせている。


 アンナさんを見ると、少し険しい表情をしている。


 しかし、俺の視線に気が付くと表情を崩して風の乙女亭に向かって歩き出した。



 風の乙女亭は冒険者ギルドから近いのですぐに到着した。


 俺達がエントランスホールに行くと、ティアンネさんが俺達に気がついた。


 それと同時に、あらまあという表情をしている。


 アンナさんは、お久しぶりですといいながら挨拶していた。


 場所は近いが風の乙女亭にはあまり来ないのだろうか。


 ティアンネさんの案内で席に座るとランチが運ばれて来る。


 今日のシェフのお任せはシーフードリゾットだった。


 麦をベースに魚介類を贅沢に使用したシェフの特製ランチだ。


 相変わらず素材の良さを活かしている。


 味は調味料の関係で素朴さは否めないが、非常に美味しい。


 アンナさんは、ランチを食べながら一般常識を教えてくれた。


        ☆


 この世界はテラマーテルと呼ばれている。


 テラマーテルには5つの国が存在しているということ。


 一番西に位置する、今俺達がいる国。


 シュタイン王国。


 工業と商業の発展が優れているこの王国は、全ての国の中で最も裕福であるということだ。


 王族が国家の柱で国王が統治している。


 シュタイン王国の南にはチェスター連邦がある。


 自由な国風で多民族が共存する国。


 議会制民主主義を国家の柱に掲げ、議会により大統領が選出される。


 多民族国家であるが故の種族間抗争により、国家の成長は思わしくないみたいだ。


 シュタイン王国の東にはティオール帝国がある。


 皇帝が国家を束ねるのだが、皇帝家が代々続いているのではなく、成り上がった者が皇帝を名乗る。


 ようこそ実力至上主義の国家へということだ。


 そういう経緯がある為、血の気が多い皇帝が多く、国策は軍事に傾倒している。


 その為、国は経済的には貧しいらしい。


 ティオール帝国の東にはサンブリア公国がある。


 代々公国の貴族が運営をする国家だ。


 現在は国内で経済力がある大公家が国を治めている。


 大公が貴族という事もあり、国の方針は芸術である。


 それにより嗜好に重きを置かれ、国民の生活は厳しいらしい。


 ティオール帝国とサンブリア公国にはさまれるようにしてヴィド教会国会がある。


 国教であるマーテル教を掲げ各国とつながりを持つ。


 ただ内部の構成や国の運営など詳細が不明な国ということである。


 国境には真っ白な壁を造り、外部からの干渉を受け付けない。


 教皇が治めており、世襲制を敷いているということだ。


        ☆


 アンナさんが話の合間に、俺の様子を伺いながら説明していることに気付いていた。


 各国の説明することで、俺が何かを思い出すかも知れないと気にしてくれているのだ。


 本当に出来ている女性である。


 そう思うと俺の良心はチクチクと痛んだ。


 記憶喪失を装っていることに。


 しかし、それを説明するには、ここでは無い世界から来たと話すしかない。


 そんな話を誰が信じてくれるのだろうか? 頭がおかしい男と思われてしまうだろう。


 悶々しているときにアンナさんから助け舟が出される。


「ヤクモ君って本当は記憶喪失とかではないでしょ? 何か理由があって言えないとかではないかな?」


 俺は焦った。


 その通りなんだけど、どうして分かるのか? 


 俺の表情に良心の呵責が出ていたのかもしれない。


「実は私、弟が1人いて記憶喪失だったんだ。だから一昨日、君と弟が重なって見えたんだけど、今お話していて全く様子が違うんだよね。弟は……」


 そう言いかけて、アンナさんは視線を落とす。


 弟さんが関わる事で何かあったような雰囲気だ。


 しかし、アンナさんはすぐにいつものにこやかな表情に戻っていた。


「ごめんなさい。少し暗い話になっちゃったね。それにね、ヤクモ君。言えない理由があるなら、無理に話すことはないよ」


「ありがとうございます。アンナさん。俺、貴女の言う通り記憶はなくしていないんです。ただ俺の今の状態を説明するのが難しくて……。騙すつもりはなかったんですが、本当にすみません」


 俺は精一杯謝った。


 本当に申し訳なく思った。


 アンナさんはそんな俺にうんうんと頷いていた。


「気にしないで、ヤクモ君。それにね君と弟がやっぱり重なってしまうのね」


 アンナさんは俺と弟を重ねている、か。


 アンナさんの弟さんはどんな人だったのだろう? 俺は少し気になっていた。


 そして、その後に続いたアンナさんの言葉は俺の想像の遥か斜め上だった。


「そうだ! ヤクモ君。今日から君を弟君って呼んでいいかな? 当然、私の事はお姉ちゃんって呼ぶんだよ! うんうん、なんだか、私すごくやる気が出てきたよ!」 


 俺にお姉ちゃんができた。


 綺麗なお姉ちゃんは好きですか?

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る