第10話 初心者研修 挫かれる心
俺が研修室に着いたときには既に結構な人数が集まっていた。
見た感じ30人くらいだろうか。
室内に進んで行くと、全員がこちらを見てくる。
興味深そうに、怪しそうに、馬鹿にするように。
そして誰かが口を開く。
「おい、あいつ、昨日ギルドマスターに喧嘩売った奴だぜ」
一瞬で研修室に嘲笑が沸き上がる。
ティファ○ルでもここまで早く沸かない。
「ぎゃはは、一撃でぶっ飛ばされて気い失ってたヤツか?」
「そうそう、受け身も取れていなかったんだぜ?」
「ぼっちゃんは他にいくとこあるだろー。ママのおっぱいとかなあ」
下品な笑い声が研修室に蔓延する。
女性の中でも釣られて笑っている人もいた。
中には特に興味なさそうに無関心を貫いている人もいるが。
「ぼっちゃんは銀髪の君とも仲が良いらしいなあ? あぁ?」
その言葉と共に嘲笑が殺気に変わった。
本当に忙しい人たちだ。
俺も予定が詰まっていて忙しいからこのままトンズラしたかった。
世紀末的な容姿をした人達が近づいてくる。
地なのか作っているのか凄い形相だ。
人くらい平気で殺ってそうで正直怖い。
そして俺を囲む。
少しでも動けばキスできそうな場所でメンチを切ってくる。
こんな人達に今まで免疫がないからパニック寸前だ。
足が震えてきた。
「君達、これから研修だというのに問題起こして大丈夫かい?」
そんな俺が絶体絶命の危機に声をかけてくれるナイスガイがいた。
イケボでよく通る声だ。
この人が声優になったら大変な事になるだろう。
「おいおい、なんだあ。優等生気取りかーー」
俺を囲んでいた3人は声のした方を振り返った。
そして、お前もやってまうぞという雰囲気が急に弱くなった。
「お、お前は、ル、ルシフェルか!? わ、わかった、お前の言うとおりだ……」
俺を囲んでいた3人はその言葉ともに俺から離れていった。
ルシフェルと呼ばれた男は、俺にニコリと笑い、キラリと口の端が輝いた。
「君も毅然とした対応をしないからつけこまれるんだ。僕みたいにしっかりとしたほうが良いよ」
「あ、ハイ」
見た目は凄いイケメンだが、言動はダメンズの香りがする。
スラリとした長身、細マッチョ体型、8等身のバランス、金髪で優しそうな表情と天使と同じ名を持っている。
持っている人は違うなと感心していたら、周りがざわついていた。
「ルシフェルって、あいつ、確か勇者なんだよな」
「ああ、何でもできるらしいぜ。羨ましいぜ、俺の職業とトレードしてほしいくらいだ」
「あああぁ、ルシフェルさまぁ! こちらを向いてくださいー」
「貴女なにいってるのよ! ルシフェル様は私のものよ!」
本当の意味で持っている人だった。
勇者か、やはり特別なのだろう。
体から特別なオーラを発しているような気がする。
普通、異世界転生ものは俺自身が特別な力を持っているのではないのか。
小1時間問い詰めたくなった。
ふんっ! べ、別に羨ましいなんて思ってないんだからねっ!
☆
しばらくして研修が始まった。
まずは基礎体力の確認と事前運動ということだ。
内容はマラソン・腕立て伏せ・腹筋の定番メニュー。
当然、ここにいる連中は自身の運動能力に自信がある者ばかりだ。
それに対して俺は万年引きこもり、もとい、インドアでひたすらピアノを練習してきた身である。
マラソンでは、一人だけ2週目でダウン。
腕立て伏せでは、一人だけ15回目でダウン。
腹筋では、一人だけ15回目でダウンとそれはもう酷かった。
俺だけ息も切れ切れの状態で、他の人は涼しい顔をしていた。
ローブを着た魔術師の女性でも完遂していたのに。
基礎体力を確認した後は、自分の得意武器による実践形式による訓練だ。
得意な武器の練習用に作られた木製の得物を使い、総当たりをしていく。
ここでも俺は杖を使う牛乳瓶の眼鏡をかけた女性を相手に完全敗北をしてしまう。
ナイフなんか使ったこと無いし、相手に当たれば痛いはずだ。
武器を持って相手を傷つけるなどできるはずも無い。
当然、長剣や細剣を使う相手には近づけもしない。
最後は座学である。
この形の植物は薬なのか毒なのか。
この動物は大人しいのか襲ってくるのか。
逃げるときはその方向に人がいないか。
冒険者が覚えておいて役に立つ色々な知識を教えてくれた。
俺は疲労困憊の身体で、なんとか聞いている状態を保つのが精一杯だった。
こうして初心者研修の1日目が終わった。
俺は一昨日、ギルドマスターに言われた事が頭に過ぎっていた。
音楽を奏でるだけのヤツがやっていけるとは思えねえ、か……。
そして、この1日目で俺への同期からの評価は著しく低いものになり、また馬鹿にされた。
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