第8話 やっぱり音楽はイイ!
風の乙女亭に到着したときには、既に周りは薄暗くなっていた。
風の乙女亭の外観は夜になるとその表情を大きく変えた。
明るい時間に見た時のオールレンガの外観はおとぎ話に出てきそうなメルヘンチックなものだった。
しかし日が落ちてライトアップされた外観からは、そんな雰囲気を微塵にも感じない。
ドラマなどのワンシーンで、窓際の席に佇みながら男女がワインをかたむける。
そして男性が言うのだ。
「今夜は君を帰さない。このホテルの一室を……」
少し照れたように俯く女性。
そして二人は立ち上がって部屋に向かうのだった。
そこで俺は妄想から現実に復帰した。
まずは相手を見つけなければ……。
エントランスからホールに入ると、昼とはうってかわって騒々しい音が聞こえてくる。
なんだろうと騒々しい方向を見ると、ランチを頂いた食堂から喧騒が起こっているようだ。
声が聞こえたので見ると、ティアンネさんがカウンターから手を振っていた。
俺はカウンターに向かってティアンネさんに挨拶する。
「ただいま戻りました、王都は賑やかですね」
「よう! おかえり! そうだね、王国の首都だから大体は揃っているよ」
ティアンネさんは大きな声で返してくれる。
この人と話をしていると元気が出てくる。
「いいタイミングで戻ってくるじゃないか。夕飯を食っていくだろう? 食堂に入って少し待ってな」
「はい。お昼が美味しかったので楽しみですね」
「嬉しいこといってくれるじゃないか!」
ティアンネさんはニッコニコで俺の背中をバンッとはたいた。
俺は食堂の空いているテーブルを探し椅子に座った。
周りの喧騒は酒が入っているからなのだろう、年末の居酒屋より騒がしい。
見れば冒険者風の男女やら、商人風の老人、そしてアダルティなねこみみの女性等。
ん、ね……ねこみみだ、と? 俺は2度見、いや3度見してしまう。
よく見るとピコピコと可愛らしく動いている。
その女性は俺の視線に気がつくと、妖艶に微笑んだ。
俺はすかさず目をそらす。
女性もつまらなさそうに食事に視線を戻していった。
俺は食事をしながら、時間に追われて街を見るということができていなかった、と思い出す。
明日はもう少し余裕を持って行動しよう。
折角、今まで来たことがない、見たことのない場所に来ているのだから。
席ついて待っていると、ウエイトレスさんが食器やナプキンを並べていく。
しばらくして料理も運ばれて来た。
パン、スープ、野菜などの前菜が席に置かれる。
野菜は見たことがない形だったが、少し苦味と甘みがある物だ。
新鮮なのだろうシャキシャキと口の中で音をたてながら咀嚼する。
パンは少し硬かったけど、塩味があり焼きたてで美味しい。
スープは言うなればクラムチャウダーだ。
前菜だけでも満足できる品質だった。
そしてメインディッシュであるローストチキンがテーブルに並ぶ。
クリスマスなどによく見る鳥のももを焼いた物である。
なんだか肉料理を食べるのが久しぶりの様な気がする。
食欲は掻き立てられ、かぶりついた。
口の中で広がる肉汁……、これは至福だ。
味は薄いのだが、素材を生かした料理に俺は感嘆した。
ほとんど料理を平らげ、最後のスープを堪能していた。
その時、喧騒の間を聞き慣れない音が聞こえてきた。
話し声や食器が当たる音ではなく楽器の音だ。
俺は音が聞こえてくる方向を見た。
そこには部屋の端でリュートっぽい楽器を弾きながら、男性が何かを歌っている。
曲を聞きながら、食後の余韻に浸る。
男性が歌っているのは、どうやらこの国に伝わる建国の英雄譚らしい。
しっとりとした曲に合わせて、しっとりと歌う。
これが吟遊詩人という職業なのだろう。
俺は吟遊詩人の演奏を聞き終わり、自分でも曲を弾きたい衝動に駆られた。
すぐさま立ち上がり吟遊詩人に近づいていく。
そして、よかったら1曲弾かせて下さい、とお願いした。
吟遊詩人の男性は快諾してくれてリュートを手渡してくれた。
俺はお礼を言ってリュートを構えて曲を弾きはじめる。
曲は日本のビジュアルロックグループのものだ。
最初はスローテンポ、しかし中間部からの盛り上がりが凄まじい。
俺が弾きはじめるとリュートからメロディーが流れ出す。
聞いたことのないメロディーだったからか、お客さんの視線が俺に向いた。
俺は演奏しながらガッツポーズをした。
つかみは貰った! と。
そして曲は中間部に突入する。
場の喧騒は違う意味で更に激しくなり、咆哮する人も出る始末。
俺はリュートをギターの様な運指法で演奏を続けた。
弾き終えた後、その場にいたお客さんは老若男女に関係なく全員が大歓声をあげた。
あるのは一体感だ。
よく音楽は世界共通語とか言われるが、全くその通りだと思う。
仮に言葉は通じなくても、曲での感情表現が言葉以上に流暢に伝わる事があるのだ。
(楽しかった)
純粋にそんな思いを抱きつつ吟遊詩人にリュートを返し、喧騒の冷めやらない食堂を出る。
その時、吟遊詩人の目は何故か潤んでいた様な気がした。
部屋に戻ろうとカウンターに差し掛かった時、ティアンネさんが声をかけてくる。
「あんた、あの曲はなんなのさ? あんなにハジけたのは初めてみたよ」
「俺の住んでいた所の人気バンドの曲です」
「なんだか聞き慣れない言葉があるようだけど。ところであんたウチで夜に弾かないかい?」
ティアンネさんからの提案は風の乙女亭で演奏をしないか? というものだった。
そんな問に対して、俺の答えはひとつしかない。
「はい! 喜んでっ!」
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