第7話 事前準備

 食事を終えて、次に向かったのが武器屋だ。


 俺は武器が使えない。


 どんな依頼を受けるにも武器が無いと何も出来ないと、アンナさんがアドバイスをくれていた。


 例えばきのこの収集の依頼を受けたとして、きのこを摘むのにナイフは必要なのだ。


 俺は非力なので大型武器は持てない。


 振れないではなく持てないだ。


 日頃の運動不足を恨むのみだ。


 そこで軽量で扱いやすいナイフか短剣を買おうと武器屋を目指していた。


 街の造りがシンプルなのもあるが、地図が非常に分かりやすい。


 これはもうアンナさんに足を向けて寝られない。


 俺は全く迷う事もなく武器屋にたどり着いた。



 鉄屑武具店と書かれた店は、紳士服と同じでショーウィンドウに色々武器を展示している。


 しかし鉄屑とは……。


 店主はどういうつもりで店の名前を考えたのだろう?


 ショーウィンドウの中には見るからに業物と分かる品が展示されている。


 その店の実力を誇示しているようだ。


 ただ値段のほうも半端なく、今持っている金額の何百倍もするプライスが付いていた。


 その表示している金額が店に入るのを躊躇わせている。


 しかしここはアンナさんのオススメだ。


 間違いがあるはずが無い。


 俺は意を決して、扉をあけた。


「いらっしゃ~い」


 扉に入ると、奥から声がしたと思うと、ちょっと何か分からないものが出てきた。


 鉄を打つための見事な肉体、筋骨隆々とは正にこの事だろう。


 鍛冶用の耐熱つなぎを着て鍛冶用のハンマーを右手に持っている。


 だが顔には化粧を施し、何となく言葉もそれっぽい。


 そうコイツは性別が男のオネエ様だ!


 俺はすぐさまきびすを返し、扉に手をかけた。


 間違えましたをするために。


 しかしオネエ様は腕をグワシと捕み、にっこりしている。


 うん、微動だにしない。


 筋肉マンに掴まれているのだから仕方がない。

 

「あらぁ~、あたしに何か用事じゃなかったのかしらぁ~?」


 俺は首をブンブンと横に何10回も振った。


 発電機があれば恐らくかなりの明るさになったことだろう。


 災害時には重宝するに違いないが、今の状況は災害に近いが別物だ。


 役に立たない。


 ふ~ん、とジト目でこちらを伺うオネエ様。


 俺は汗ダラダラだ。


 やっぱり掴まれている腕は微動だにしない。


「ヴェストフ、もう離してあげたら? その人、干からびてしまいそうよ」


 そう言いながらクスクス笑う人がいた。


 今まで全く気配は感じなかったのに。


「そうねぇ。ピリスがそういうのだったら離してあ・げ・る」


 ヴェストフと呼ばれたオネエ様はそういって離してくれた。


 そして、ピリスと呼ばれた女性に話しかける。


 あれ? さっきの団長さんがどうしてここにいるのだろう?


「そうだ、忘れてた。忙しい貴女の依頼分を仕上げちゃわないとね」


「良いわよ、そんなに忙しくないから。特に今回はエリーの分があるから大変でしょう?」


「そうねぇ、でもほとんど仕上がってるわぁ。それじゃあ仕上げてきちゃいまーす!」


 オネエ様はそんな事を言いながら奥の方に入って行った。


 そして直ぐに金属同士のぶつかる音が聞こえて来る。


 ピリスさんは、ヴェストフさんの出て行った方向から目を離して、俺を見て話しかけてきた。


「ビックリしたでしょう? いつもあの感じでお客さんを驚かせるの。知らない人はもうそれだけで来なくなるみたい。でも、ヴェストフはそんなことで来なくなるお客さんは要らないって言ってるのよね」


 店主の作品も見ずに変な店主だけを見て失望して来なくなる客。


 確かに作品の価値は作者の容姿、性癖は関係ない。


 何だか汚い店舗で無愛想な店主が出すラーメンを想像してしまった。


 しかも俺様ルールが存在するラーメン屋。


 そこの小僧、先にスープだぞ? みたいな。


「くはは! 面倒臭い職人さんですね!」


 俺は思わず声を出して笑いながら、率直な感想を言ってしまっていた。


 しかし、それを聞いたピリスさんも満面の笑みだ。 


 その時、金属音が止み、奥からヴェスタフさんが出てきた。


 そして俺とピリスさんを交互にみて言った。


「あら、知らない間に仲良くなっているじゃな~い」


 ヴェスタフさんは、メンテが完了した3振りの剣をピリスさんに渡す。


 短刀2振りと細身の剣だった。


 ピリスさんは受け取った2振りの短剣を頷きながらチェックしている。


「流石ね。この仕上がりは城内の鍛冶職人では見られないわ」


 2振りの短剣は鞘に納められ、ピリスさんの腰に刺される。


 しかし細身の剣はチェックもせずにそのまま持っていこうとする。


 その行動に俺は少し慌ててしまった。


 余りにも2種類の剣の扱いに差を感じたから。


 それを見据えたかのようにピリスさんは片手をスッと差しだして俺を制する。


「少し勘違いしているようだけど、これはヴェスタフの腕を信じているのでチェックしないだけよ? エリーの剣だから適当でいいとか決して考えている訳じゃないんだからね!」


 ピリスさん、本音がだだ漏れですやん。


 エリーさんというのはライバルなんだろうか?


 俺の思考など無視するように、ヴェスタフさんに向かって続ける。


「請求はいつも通りでお願い」


「ハイハイ、わかったわよ」


 ヴェスタフさんは慣れた感じで対応している。


 そしてピリスさんは、メンテが完了したままの細身の剣を右手に持ちながらお店を出て行った。


 残された俺は、オネエ様と2人きりだ。


 鼓動が激しくビートを刻む。


 頭の中でアラートが鳴り響く。


 体感で5時間、実時間で3分が過ぎた頃、オネエ様に声をかけられた。


「貴方はどんな得物をご所望なの? あたしの見立てではナ・イ・フがオススメよ!」


「あ、ハイ」


 俺はオネエ様に対しての信頼からーー決して逆らったりすると、どうなるか分からないという強迫観念ではなくーーイエスマンで行こうと心に決めた。


 俺が返事をした瞬間、ヴェスタフさんは振り返り、棚に置かれている箱をゴソゴソと探し始めた。


 そして直ぐに声を上げる。


「やっぱり、ここにあったのねぇ。はい、ナイフよぉ。1000マルクでいいわあ。きゃっ! あたしってサービス満点☆」


 いきなり、差し出されるナイフ。


 俺は無条件で思わず受け取ってしまう。


「商談成立ね。支払いはどうするぅ?」


 何故かどうするぅ? だけめちゃくちゃ厳つい声だった。


 取り合えず支払いはギルドカードだ。


 台にカードを乗せて念じる。


 そしてカードを確認すると支払ったことになっていた。


 本当に便利なシステムだ。


「ありがとぉ! あと約束してほしいのだけど、毎日必ず、そのナイフ持って店に来なさいよぉ。あたしがメンテしてア・ゲ・ルから」


「あ、ハイ」


 イエスマンの俺に当然拒否権はない。


「よしっ! それじゃあ今日は解散!」


「はいっ!」


 解散という名の解放に俺の瞳に光が戻った。


 扉を開け、久しぶりに出た娑婆の空気は美味かった。


        ☆


 今日の目的として、もう一箇所必ず行っておきたい場所があった。


 俺の従来の得意武器である楽器の調達だ。


 取り合えず物理的な武器であるナイフを手に入れた。


 心の友である楽器がないと始まらない。


 アンナさんのオススメを見ながら、武器屋から西北西の方向へ進んでいく。


 しばらく進むと、看板が見えてきた。


 木材の加工が得意そうなデザインだった。


 木工ギルド。


 そう表示された建物に俺は入って行った。


 建物に入ると、木で作られたテーブルと椅子が沢山置かれた空間が目に入る。


 そしてドアから入った正面に受付カウンターが配置されてる。


 カウンターで用件を聞いたうえで、テーブルで商談をするスタイルなのだろう。


 俺はカウンターにいる受付嬢に声をかけた。


 受付嬢に伝えた用件は、楽器を造ってほしいということだ。


 受付嬢は少々しお待ちくださいと焦り気味に言って、俺をテーブルに案内した。


 そして奥の方に入って行く。


 余り馴染みにない依頼だったのかも知れない。


 しばらくして受付嬢と一緒にオッサンがでてきた。


 ガッチリとした見た目で40才くらいだ。


 オッサンは俺を挟んだテーブルの前で立ち止まった。


 受付嬢は一礼してカウンターに戻る。


 オッサンは椅子に座ると、両肘を付いて口を開いた。


「俺はルービン。このギルドの責任者だ。楽器ってのを造ってほしいと聞いたんだが、それはどんなモンか教えて貰いたい」


「音楽を弾くための道具です。木の土台で弦を引いて、弓の弦をすり合わせて音を出します。パーツの構成や木の種類はこちらで提示させて頂くので、木の加工のみをお願いしたいのです」

 

「俺達が設計しなくても良いのなら受けてやるよ。木の加工は得意だから大丈夫だ。材料の在庫も沢山あるから、どんな木を使いたいか教えてくれ」


 ルービンさんは興味があるらしく乗り気みたいだ。


 俺は木材の指定をする。


「音を出すのは弦ですが、そこから発した音が面に当たり反射して拡散します。ですので希望としては出来るだけ柔らかく、音を反射する素材が望ましいです。そして裏面には程よい強度のある木を使ってほしいです」


「それなら、丁度良いのがあるぜ」


 ルービンさんはめぼしい素材があるらしい。


 これは幸先が良い。


 その素材で造るのは本体だ。


 パーツを1つ1つ説明して、それをどうやって組み上げていくのかを伝えた。


 ルービンさんは真剣に頷き、時折考えている。


 細かい加工はあるが、そんなに複雑ではないはずだ。

 

 ルービンさんの表情を見ても問題なさそうだ。


 本体の説明を終えて、今度は弓の説明に入る。


 弓は曲げ強度に優れた木材を使う。


 硬く、気孔が少なく、湿気に強い。


 素材の特徴を更に伝える。


 ルービンは指を折りながら、適切な物を選んでくれているようで最終的にはサムズアップしてくれた。


 流石にギルドマスターである。


 深い造詣を持っているのだろう。


 デザイン、細やかな素材等を全て伝えたら4時間ほど過ぎてしまっていた。


 しかしルービンは全く嫌な顔もせず、聞き終わるまで真剣に聞いてくれていた。


 そして費用を最終確認すると、ギルドもこの案件は勉強になると言ってくれて10000マルクで請け負ってくれる。


 納期は1週間。


 最優先で制作にあたってくれるとの事。

 

 最終チェックを簡単に行って、カードで決済を行い店を後にする。


 俺は、もしピアノを造る時がきたら、必ずこのギルドお願いしよう。


 そして全ての用事が終わり、風の乙女亭に足を向けたのだった。



 

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