第6話 風の乙女亭

 紳士服の店は北側エリアの大通り沿いにあったので、今度は王城の堀を見つつ南へ向かう。


 その時、カーンカーンと大きな鐘の音が12回響き渡った。


 どこから鐘が鳴っているのだろうと見渡すと、大きな時計台が西の方角にあった。


 ふと時計台の西に影が過ぎった様な気がしたが、瞬きしているとそこには既に何も無かった。


 あの高さは鳥か何かなのだろう。


 遠近感がおかしくなる感覚に違和感を覚えながら、更に歩き出した。


 

 丁度、王城の門に差し掛かった時、跳ね橋が降りてきた。


 どうかしたのかな? と疑問に思いつつ橋が地面に着くと、城内から馬に乗った兵士が出てきた。


 先頭は白馬に乗った赤い髪をしたショートボブの女性だ。


 腰には短剣を2振り刺している。


 目はパッチリと大きく、整った鼻筋、薄い唇は淡いピンクだ。


 正直今まで見たことの無いくらいの美人さんだ。


 そう可愛い系美人さんだ。大切な事なので2回言った。


 鎧は軽装で動き重視の物のようで、この人のスタイルがよくわかる。


 後ろには男性2人が栗毛の馬でついて来ていた。


「ピリス団長、もう少しゆっくりと……」


 男性兵士の1人が焦りながら追いかけている。


「ヴァレオ団長、ヨーゼルム団長。先程の緊急会議の内容を聞いてました? ゆっくりなんてできるはずないでしょう?」


 ピリスと呼ばれた女性はかなり急いでいるようだ。


 それに対して男性2人は平常運転みたいだ。


「見回りなど、我々、騎士団長の仕事ではないでしょうに。少しくらい遅れても……」


「はは、ピリス団長、ヴァレオ団長は最近儲けていて、少し業務が怠慢なんですよ」

 

 ヴァレオと呼ばれた男が先に、ヨーゼルムと呼ばれた男が後に答える。


 それを聞いたピリスと呼ばれた女性は2人をキッと睨んでいる。


 騎士団長らしき人達が剣呑な雰囲気になっているのを周りの人達は怪しげに見ている。


 周囲の目に気がついた女性の騎士は、ニッコリと何事もなかったように微笑むと、北の方に向かっていった。

 

 それに続くように男性騎士団長も同じ方向に馬で駆けていく。


 何かあったのだろうか? 周りの人達も不思議そうな顔をしていた。


        ☆


 王城の門から少し南へ行き、路地を入った所にアンナさんのオススメ宿はあった。


 目立たない所に立っているので見逃しがちになりそうなのだが、中々オシャレな宿屋もといホテルだ。


 3階建てで建物自体は高くはないが、エントランスを大きくとっていて入りやすい。


 オールレンガのオシャレな造りで、ここが日本だとファッションなホテルと勘違いしてしまいそうだ。


 外観に大変満足して中に入ると、これまた広いホールが出迎えてくれた。


 よく分からない石が壁に等間隔で埋め込まれて、オレンジの光を演出している。


 それが幻想的な効果を醸し出している。


 奥に進むと、アラサーの女性がカウンターにいた。


 女性は俺に気がつくと声をかけてくれる。


「いらっしゃい。風の乙女亭へようこそ。あたしは女将をしているティアンネ。お客さんこの店は初めてだよね?」


 珍しいねというニュアンスで聞いてくる。


 少し中に入った路地に建っていて目立たないからだろう。


「ギルドでアンナさんから教えてもらったんですよ。オススメって」


 俺もこの宿を選んだ理由を伝える。


 答えを聞いた女性は納得して俺をジロジロと見ている。


 まるでチェックされている様な目をしている。


「ふ~ん、アンナちゃんがねえ。でお兄さんはアンナちゃんのこれかい?」


 といいつつ親指を立ててくる。


 なんなんだこの女将っ?!


「違います! 俺の記憶が無いからアンナさんは良くしてくれているだけです!」


 アンナさんにも失礼な話なので、俺としても語尾が荒くなってしまう。


 女将は記憶がないという部分だけ少しの眉を動かしたが、後はニヤニヤしていた。


 そして若いっていいねぇとか言ってる。


 意味わかんねぇ。

 

「アンナちゃんの紹介だったら目一杯サービスするよ。どういうのをさがしてるのさ?」


「手持ちが少ないのでできるだけ安く、できれば食事は朝と夜の2食付きでお願いしたいです」


「よし、分かった。最高のプランを用意してあげようじゃないか。3階角部屋、トイレバス付き朝夕付きで1泊3000マルクだよ!」


 1泊朝夕付きで今着ている上着と同じ値段だと!? 安すぎる! 有り得ない!


「ただし、じこぶっけんだけどね、よるにでちゃうけどね」


 こっそり付け加える女将。


 いやいやそこ大事でしょうよ! よるになにがでるんだ!?


「ちょっ! こっそり重要事項の説明をしないでください!」


「んー。細かいこと言ってると嫌われるよ! よし! 決まりだね! さすが男の子だよ!」


 うぅ、この女将さん強引過ぎるよぉ。


 こうして俺の宿泊先は半ば強制的に決まった。


 女将さんは男前に笑って、ランチをサービスしてくれた。


「……アンナちゃん、ようやく吹っ切れたのね」


 女将は独り言の様に呟きながら、厨房のシェフにオーダーを出すのだった。


 風の乙女亭の昼食はかなりの物だった。


 きのこパスタだったのだが、パスタは太麺のアルデンテ。


 素材のきのこは新鮮な物を使用したとの事で、きのこ特有の風味を活かした仕上がりだった。


 味は薄かったが非常に美味だ。


 この宿を紹介してくれたアンナさんに大感謝である。

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