第2話 親父にも殴られた事ないのに!
俺は気がつくと、包み込まれるような優しい空間に漂っていた。
感覚が浮かされるような不思議な場所。
「わ……たすけ…………おねが…………」
頭の中に女性の声が響く。
しかし、途切れていて意味がよく分からない。
女性の言葉が終わった途端、夢から急に目が覚めたような感覚になる。
包まれるような優しい空間から一転して急降下していく体。
真っ暗なプールのトンネルを滑っていく感覚に近いのかもしれない。
目の前に近づいてくる光。
そして……。
俺は超インドアのピアノマンだ。
突然、地上30センチメートルから出現したが受け身など取れるはずもない。
ドスンという鈍い音をたてながらオケツから地面に落下してしまった。
これは絶対に衝撃で俺のオケツは2つに割れてしまっているに違いない。
そんな激痛が走る。
(さっきまで座っていた椅子は何処に行っちゃったんだ?)
俺は苦痛に顔を歪めながら涙を堪えていると、視線を感じ始めていた。
それはそうだろう、ピアノコンクール本戦でいきなりオケツから落ちたのだ。
観客は不思議に思うだろう。
場合によってはブーイングを頂いたり、退場になってしまうかも知れない。
殆ど曲は弾き終わっていたのだから、なんとか審査はしてほしい。
そう思い、痛いオケツを庇いつつ周りを見て驚愕した。
そこにいたのは……。
世紀末救世主的ガチムチのアニキ多数。
世紀末救世主的ガチムチのオネエサン少々。
フードを被り、ローブを着た人多数。
そこで俺は気が付いた。
これは国際コンクールという名のドッキリだ。
しかし手の込んだ事をする。
直前までしっかりしたドレスコードがあるような場所だったはずだ。
そして、この少しの時間で正反対の状態である。
(はっはーん、なるほど。主催者が舞台の裏でこれを用意していて、俺の目を見えなくするような装置を用意したんだな。そして舞台を回転させる。すると観客席は早変わりというわけか。よし、ここはシナリオ通りではないパターンで攻めて困らせてやる!)
俺は意趣返し(オケツの仇)として、謎は全て解けたとばかりに言い放った。
「俺はこんなドッキリでは騙せませんよ! さぁ、責任者(プロデューサー)さん、どうぞでてきてください!」
その言葉を聞いた周りの世紀末軍団はヒソヒソと相談しだした。
奥にいる銀髪の女性が部屋から出て行くのが見えた。
こんなアッサリと見破られると思っていなかったのだろう。
ここにいる全員が俺に怪訝な目を向けているのだった。
人垣(エキストラ)を割って、白髪のオールバックでキメた男性が近づいて来たのは直ぐだった。
オールバックの男性はグググと顔を近づけて俺の前で止まる。
ちょっと近すぎやしませんかね。
「プロデューサーさん、ちょっと近すぎです。あと、このビックリも変化しすぎで不自然ですよ?」
俺は苦笑いしながら、ちょっとダメだししてやる。
オケツの恨みを思い知るがいい。
プロデューサーさんは何も言わず俺を厳しい目でみている。
いやむしろ睨んでいるようにも見える。
しかし、この容貌はちょっと普通の人では無いような気がする。
そう一般的にヤから始まる自由な職業の方だ。
周りのエキストラも固唾を呑んで事の成り行きを注視している。
やはり君らもプロデューサーが怖いみたいだね。
どれくらいの時間が経ったのだろう。
俺を睨むプロデューサーさんは、ガハハと笑い出した。
ひょっとしたら即興でシナリオを再構築できたのか?
そうだとすれば、やはりこのプロデューサーさんは大物なのだろう。
そして俺は、このプロデューサーさんに指名されて、芸能界入りを果たせるのかもしれない。
いや、ピアノで夢を叶える方が先だ。
俺が色々と妄想していると、プロデューサーさんがようやく口を開いた。
「プロデューサーってのが何かわからねえが。坊主、おめえが突然、現れやがったから気配を殺した諜報員じゃねえかと観察させてもらった。だが……」
そういいかけて一拍置くオッサン。
諜報員? 何を言っているんですかプロデューサーさん?
「ありえねぇわな。見たことがねぇ服装だがそれだけだ。あと俺はそのプロなんとかなんかじゃねえ、ここのギルドの責任者だ」
そういうと責任者と名乗ったオッサンは、きびすを返し奥に戻ろうとしていた。
俺は面食らって何も反応ができなかったが、ようやく声だけは出せた。
「ちょ、ちょっと待ってくれ、プロ……、いや、オッサン! 一方的に喋って帰っていくなよ! オッサンがプロデューサーじゃないって、じゃあここは何処なんだっ! 俺はコンクールでピアノをひいていたのにっ!」
俺は必死に、そして大声叫んだ。
何が何だか分からなかったから。
オッサンは俺の呼びかけに応える様に足を止める。
殺気を放ちながら……。
「ぼうず。おめえどういうつもりで俺をオッサン呼ばわりしたのかしらねえけどよ……」
俺は混乱していたが、今、目の前にいるオッサンが非常に危険な存在であることは直感で分かった。
あ、これ、アカンやつや。
しかし俺の後悔より、オッサンの動きの方が速かった。
一瞬で約3メートルの距離を詰めていた。
現在の日本において、特別な事情でもないかぎり訓練などしない。
ましては一般生活において、一瞬で3メートルの距離を詰める動きのものなどいない。
そして、俺は気がつけば後ろの壁際までぶっ飛ばされていた。
腹部に激痛を感じながら。
辺りにあった机やら椅子やらをぶちまけながら。
「ここはおめえが自分の言葉一つで後悔できる場所だ。全ては自己責任だ。おい! 誰でも良いから回復魔法をかけておいてやれ」
それだけ言ってオッサ……いや、責任者の靴の音は遠ざかっていく。
それに反比例して近づく靴の音も聞こえた。
そして打たれた激痛が少し和らいだ気がした。
俺はそのまま意識を手放した。
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