第3話 ギルドカード

 目を覚ますとベッドの上に寝かされていた。


 どれくらいの時間が経ったのだろう。


 天井が目に入るが、見たことのないデザインと素材。


 知っている場所ではなさそうだ。


 どうして知らない場所に寝かされているのだろう?


 そんな事を考えているとカチャリとドアが開いた。


 入ってきたのは、俺より少し上くらいと思われる大人しそうな女性。


 一目見て、その美貌に息を呑む。


 端的に言うと人間離れしている、である。


 銀色の長く美しい髪。


 サラサラのストレートで肩くらいの場所で纏められており、清楚な雰囲気が全面に出ている。


 美しい青い瞳は静謐で、この女性の落ち着いた雰囲気を殊更に強調している。


 服装はシャツにパンツルックというスタイル。


 秘書という言葉がしっくりとくる容姿だ。


 俺はどこかで会ったような気がするが思い出せない。


 直接聞いてみるのもいいかもしれないけど、ナンパっぽいので止めておく。


 彼女は俺の視線を感じたのか声をかけてくれた。


「私はここの受付をしているアンナと申します。どこか不調は無いですか?」


 アンナさんはベッドの横にある椅子に腰をかけつつ、俺の容態を聞いてくれる。


「ありがとうございます。体に痛みは無いです」


 俺は半身を起こしてお辞儀しながら答えた。


「それはよかった。ヒーラーの方があの時ギルドにいてくださってなによりでした」


 アンナさんの答えてくれた内容が頭に入ってこない。


 知らない言葉があるからだ。


 ヒーラー? それって野菜などの皮を剥くアイテムの事でしょ?


 アンナさんは、俺の怪訝な表情に気がついて補足してくれる。


「ヒーラーと言うのは治療を専門とした職業をもつ方のことです」


 そういえばさっき責任者が治癒魔法をどうのとか言っていたような気がする。


 しかし魔法とはどういう事だろう……。


 俺は今の状況を掌握しないと大変なことになりそうな気がした。


 一体どうやって詳しく聞き出せば良いだろう?


 咄嗟に思いついたベタな方法を試してみよう。


「どうやら、俺には記憶が無いみたいで……。このあたりのことを詳しく教えてくれませんか?」


 記憶喪失作戦だ。


 情報収集には最良の作戦だ。


 たまに病院送りになることがあるから良い子のみんなは真似しちゃだめだぞ☆


 アンナさんはそれを聞いた瞬間、驚いた表情を見せて少し俯いた。


 そんな真剣な表情になられると良心が痛むんですけどーっ!


「それは心細かったでしょう。簡単にご案内しますね。ここはヘルベルト・フォン・シュタイン国王が統治するシュタイン王国の城下町であるシュトックです。この建物は冒険者ギルドという組合の拠点になります。冒険者ギルドとは、冒険者の方にお仕事の斡旋を行っている場所になります」


 シュタイン王国にシュトック。


 そしてヘルベルト・フォン・シュタイン国王。


 俺が今までの聞いたことの無い名前ばかりだ。


 国王の名前は某交響楽団の帝王に名前が似ている気がするが……。


 コンクールでピアノを弾いていただけのはずなのに、どうしてこうなってしまったのだろう? 


 考えられるのは、落下してオケツに激痛がはしる前。


 優しい雰囲気が漂う空間が何だったのかという事。


 結局、考えても答えは出てこなかった。


 アンナさんはそんな俺を優しげに見つめてくれている。


 そんな彼女の表情を見ていると心が少し落ち着いている事に気がついた。


 落ち着いてくると、心に余裕が出てくる。


 そして心に余裕がでてくると、今の状況を把握するのに時間はかからなかった。


 原因は分からない、しかし結果的に俺は自分の知らない場所にいて、生きている。


 それならば、ここで生きていくしかない。



「先程、貴方が喧嘩を吹っかけた男性が当ギルドの責任者、つまりここのトップの方です。冒険者の方にはギルドより発行する階位というのがあって、責任者はマスターと呼ばれていて、元冒険者でかつ上位の方にしかなれません」 


 俺がオッサン呼ばわりしたのは、とんでもない人物だったようだ。


 絶対後で謝りに行こう。


「貴方は記憶が無いということですけど、ギルドカードやライフカードはお持ちではないのですか?」


 新たな単語が出てきた。


 そういう物は持ってないし見たこともない。


 俺は俯きながら、首を横に振って答える。


「気がついたときには何も覚えていませんでした。持ち物も着ている服以外にありません」


 俺が言い終えた瞬間、ガチャとドアが開いた。


 中に入ってきたのは俺をぶっ飛ばしたギルドマスターのオッサンだった。


 アンナさんは振り向いて会釈する。


 それを手で制してギルドマスターは俺が寝ているベッドの隣で立ち止まった。


 俺はまず、お詫びをするために上半身を起こしながら頭を下げた。


「先程は失礼しましたーー」


 そう言いかけたところで、ギルドマスターは片手を出して制止する。


「ずっと得体がしれなかったんで、会話を表の通路で聞かせてもらった。さっきも言ったが諜報員の可能性があったんでな。だが俺に吹っ飛ばされた時、おめえは受け身も取れなかった。そしてこの会話だ。正直、普通の通りがかりの人間だとは思うが念の為、これにおめえの血をおとしてくれや」


 そういって、切符くらいの金属板をギルドマスターは差し出してきた。


 アンナさんが教えてくれる。


「その金属に貴方の血を落とすことで、金属板に流れる魔力と貴方が遺伝子が紐付けされます。それによって貴方の情報がその金属板を介して確認できる様になります」


 アンナさんはそう言うと先端が鋭い針を俺に差し出してくれた。


 俺はそれを受け取り親指の先端にプスリと刺す。


 チクリと痛みが走って、針を刺した場所から赤い血の珠が出来上がった。


 それをそのまま金属板に軽く当てる。


 俺の血が触れた金属板は少し発光した。


 すぐにその光は収束したが、金属板に文字が浮かび上がっていた。


 そして板が銅の色に染まる。


 いったいどうなっているのだろうか? 銅だけに。


 マスターが俺に手を差し出してきたので、金属板をそのまま渡す。


 マスターは金属板を凝視すると、またガハハと声を出して笑い出す。


 俺とアンナさんは不思議そうに見上げると、マスターは理由を教えてくれた。


「音楽家ねえ。どこぞの回し者かと疑ったが、こりゃねーな。」


 マスターは金属板を返してくれた。


 アンナさんは補足を入れてくれる。


「その金属板が先程説明させて頂いたギルドカードです。それがあればギルドにてお仕事を受けていただくことができます、が……」

 

 アンナさんはマスターを見上げた。


 マスターは頷き続ける。


「そんなギルドカードの内容じゃあ、斡旋できねえな」


 マスターは困惑した声音だ。


 俺は余りにも低い評価に疑問を抱きつつギルドカードを見てみる。


 《YAKUMO NATUME》

 年齢:17

 職業:音楽家

 スキル:演奏効果V

     意思疎通

 発行:シュトック

 所持金:0


「ここは冒険者ギルドだ。要は荒くれ物が仕事を求めてくる場所ってことだな。そんな奴らの仕事といえば、肉体労働。まあ中にはお使いもあるが、野獣の討伐やフィールドでの採集そして護衛などだ。音楽を楽器で奏でるだけの奴がやっていけるとは思えねえ」


 俺はそれを聞いて不安になった。


 生活をする手段が無いと言われたような気がしたから。


「例えば曲を弾いて、酒場を盛り上げて稼ぐとかは出来ないんですか?」


「そういうのは職業が吟遊詩人とか踊り子が適任だ。大体音楽家ってのはなんなんだ? ギルドマスターを長くやっているが初めて見たぞ?」


「それは俺にもわかりません」


 その後も少し問答はあったが結局、俺は白という判定に落ち着いた。


 マスターは嫌疑がある程度払拭されたということで部屋から出て行った。


「今日はここに泊まって頂いても大丈夫ですよ。何かあれば受付にいますので……。」


 アンナさんはそう言って部屋から出ていった。



 部屋に一人となった俺はこれからのプランを考える。


 この建物にいつまでも居続ける事はできない。


 そうなってくると必要な物はお金、宿泊場所、お金を稼ぐための道具。


 そして明日すべき事をピックアップしていく。


 間もなく俺は明日しないといけない事の確認を完了する。


 すると安堵からか疲れからかは分からないが急激な睡魔が襲ってきた。


 俺はそれに抵抗できず、そのまま意識を落とした。


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