音楽家は【演奏効果】で仲間を限界突破させる最強職だった!

ねこぱんだ

第1話 始まりのピアノコンクール

 音楽。


 あらゆる嗜好が存在する現在においても、その意義は大きい。


 古来から脈々と受け継がれる、心のコントロール。


 楽しいときは気分が高揚する曲、悲しいときには気分が落ち着く曲または死にたくなるような曲。


 音楽が生まれた当初は、歌声のみだった。


 そこにリズムが付き、楽器ーー最初は打ち鳴らすためのものだったがーーが付き、そして曲が生まれた


 気分に合わせて奏でていたものが、TPOに合わせて曲を選ぶようになっていった。


 そして現在、音楽というカテゴリーは沢山の選択肢(ジャンル)がある。


 その中で、過去の偉人が作った曲を演奏家が楽譜を読み解き、披露するというジャンルがある。


 クラシック音楽。


 交響曲、協奏曲、独奏曲、声楽等など……。


 その中で自身の培ってきた技術を競う舞台がある。

 

 国際ピアノコンクールというのは、その最たるものの一つだろう。


 クラシックピアノ演奏界のホープが集う登竜門。


 過去の偉人が遺した楽曲を若い感性で解釈し披露する。


 そして今まさに、日本から参加した黒髪の男性が、その大舞台に立っている。


 自身のこれまで培ってきた音楽を聴衆に問う為に。


『NO.8 Yakumo Natume』


 そうアナウンスされると、男性は中央にある漆黒のピアノに向かって歩き出した。


        ☆


 遡ること一時間。


 俺は自身の控え室でリラックスしていた。

 この段階では慌てても仕方がないし、やれるだけの事はしてきた。


 今、舞台で演奏をしているのは、本日6番目の演奏家であるロシアの代表だ。

 彼は、このコンクールの優勝候補の一人でもある。


 俺が今、参加しているのは、ある作曲家の名前を冠しているコンクールだ。


 そして、その作曲家が作ったピアノ協奏曲が本日の課題曲となっている。

 課題曲というのは、そのコンクールで弾かなければならない曲である。


 今日の本戦での課題曲はニ曲。

 ピアノ協奏曲で一番とニ番があるうちのどちらかになる。


 俺が選んだのはピアノ協奏曲一番だ。



 課題曲であるニ曲は難易度や演奏時間に大差はない。


 それにより、あと、どれくらいの時間で俺の順番になるのかが逆算できる。


「もうすぐだな……」


 俺は一息をついた後、テーブルの上に置いてある、あったか~いコーンポタージュを手に取る。


 缶から伝わる温度が心地良い。

 俺は缶を空けて仰ぐように喉を潤した。


 コーンポタージュの温かみが体中を駆け巡る。


 この季節、このコンクールの開催国は気温が十度前後というかなり寒い気温になっている。

 今日は本戦という晴れ舞台にも関わらず、天候は豪雨。


 少し肌寒い時のコーンポタージュは至高の一品といえる。

 俺は空になった缶をテーブルに置いた。


 そして、椅子から立ち上がり窓から外を見る。

 叩きつける雨、遠くでは雷の音も聞こえる。


 そんな悪天候にも関わらず、道行く人々は談笑をしながら、この建物に入ってくるのが見える。

 このコンクールはこの国ではかけがえのない行事なのだ。


 悪天候くらいでは、彼らの気持ちを萎えさせることはできないだろう。


 

 視線を室内の時計に向ける。

 時を刻み続ける時計も、悪天候くらいでは足を休めたりしないようだ。


 俺は時間が迫っているのを感じ、壁に掛かっている姿映しの鏡の前まで移動する。


 黒髪に黒い瞳。

 柔和な顔立ちはまさに日本人のそれだ。

 ノーと言えないとは、上手く言ったものだ。


 髪は後ろに流され清潔感がある。

 これで今日の観客は、ノーとは言えないだろう。


 服装は見た目が重いタキシードではなく、軽快な黒いカジュアルスーツを選んでいる。


 コンクールという大舞台に立つ上での身嗜みはできている。

 見た目は問題ない、次は心の整理だ。


 気持ちの再確認をする為、昔の事を思い出す。


 ようやくここまで来れた。

 小学校の頃、皆がユーチューバーとかアイドルになりたいとか言ってた中、ピアニストって言ったら変な顔をされたなあ。

 でもコンサートに連れて行ってもらった時に聞いた、あのピアノの音色は忘れない。音の一つ一つで感情を突き動かされたあの感動を! 

 俺は音楽で感情を動かせるようになる為にここにいるんだ!


 どうして、この場所にいるのかを再確認した時。

 軽くドアをノックする音が聞こえた。


「夏目様、お時間です。そろそろご準備を」


「分かりました」


 俺は返事をして係員が待つ廊下に出る。

 

 今までの人生一番の大舞台に向かうために。

 そして、これからの人生を決めるために。


        ☆


『NO.8 Yakumo Natume』


  アナウンスが流れ、俺は舞台中央にある漆黒のピアノに向かって毅然と歩く。


 本選の課題曲は協奏曲なので、共同で曲を演奏するオーケストラの団員に会釈をしていく。

 協奏曲とはオーケストラとピアノが絡み合いながら曲を紡いでいく楽曲形式だ。


 そしてピアノの隣に立つ指揮者と握手する。


 指揮者は、笑顔を向けてきて緊張を解してくれた。

 それによって俺も笑顔で返すことができた。


 そして向かって左側、第一ヴァイオリンの先頭にいる女性。

 コンサートミストレスと言われる、オーケストラの裏の指揮者。


 その女性とも軽く握手を交わす。その時、自然と目が合った。


 銀色の長いストレートは会場の光で美しく輝いている。

 碧い目は優しさをたたえている。

 モデルでも、こんな人間離れした美貌の女性はいないだろう。


 ヴァイオリンを携え、柔らかく微笑む。

 本戦前でなければ、卒倒してもおかしくはなかっただろう。


 俺は我に返り、漆のピアノに近づいて手を置く。

 そして、観客に向かい深々と礼をする。

 

 最敬礼。


 俺の弾く音楽を聞きに来てくれて感謝でいっぱいだ。

 会場から大きな拍手が起こる。


 その時、観客席にいる日本人の一団が視線をかすめる。

 日本からこのコンクールへ参加する為に一緒に来たメンバー達だった。


 既に彼らは準本戦までに全員が落選していた。

 俺が本選まで残っているのも驚きではあるのだが……。


 メンバー達を観客席に見たことで客観的に現状を再認識する。


 この舞台に残れるのは一握りの選ばれた演奏者だけであるということ。

 それは即ち、この場はターニングポイントであるということだ。


 ここでの勝者のみが、見ることができる世界があるという事。

 それは他人に譲ることができない場所。


 俺は意識が一気に高まったのを感じ、椅子を引いてピアノと向かい合う。


 そして指揮者を見る。

 それが合図となってオーケストラが曲を弾きだした。



 俺の選んだピアノ協奏曲の一番のオーケストラパートが流れだす。


 協奏曲1番となっているが協奏曲ニ番より後に作曲され、先にこちらが出版された。

 後にできた一番で曲の評価を確認しようとしたなど、色々な理由があるみたいなのだがそれは微細なこと。


 この作曲家はオーケストレーションが未熟と言われる。

 しかし作曲家が曲に込めた愛国心や若者が抱える希望が溢れている名曲である。


 出版時のイザコザや未熟な部分など曲の魅力に比べれば、取るに足らないといった所だろう。



 指揮者はリハーサルの打ち合わせ通りの演奏をしてくれている。

 まだ年齢的にも精神的に成熟していない俺をフォローしてくれる。


 俺は指揮者の配慮に感謝しながら、第一音を打った。


 それにより、協奏曲の醍醐味であるピアノとオーケストラの音が絡み合いながら曲が進行していく。


 一楽章からニ楽章へ、そして三楽章へと……。


 俺は打鍵に注意しながら音の出し方を最優先にして、多少のミスタッチは許容した。


 子供のころに感銘を受けた演奏法が深く影響しているは明らかだった。


 音楽とは響きの芸術である……か。


        ☆


 曲が三楽章に入る頃には指揮者の焦りは頂点に達しようとしていた。


 自分はまだ十代の青年の指揮をしていて、それをフォローしているはずだ。


 コンサートミストレスに視線を向けると、彼女もそれに気付いているらしい。


(この演奏は一体なんなのだ?)


 そう愚痴らずにはいられない。


 一楽章の冒頭から色々とおかしい事はあった。


 ピアノが始まった一小節目で会場の観客が郷愁の念にとらわれたりすることが。


 この国は特に自国意識が高い。


 それにより、郷愁の感情が溢れて嗚咽をもらす者までいる。


 そして三楽章までに頭の中を走馬灯のような思い出が浮かび上がる。


 観客は今までの事を思い出しているのだろう。


 観客席からは号泣する者がでてきた。


 そうなった者は席から退出していたが……。


 指揮者とオーケストラは演奏しているので体裁はなんとか保てているが、いつ決壊してもおかしくはない。


 観客席は既に色々な感情が混じり合っている。


 指揮者もオーケストラも、少しでも気を抜くと持っていかれそうになる。


 ピアノに目を向けると黒髪の少年は一心不乱に曲を奏でている。


 指揮者は感情飽和でタクトを落としそうになるのを必死に耐えた。


 もうすぐ終楽章の盛り上がりを迎えようとしていたからだ。


 曲は最終段階に入ろうとしていた。


        ☆


 俺はこの曲が最終段階に来ていることを認識していた。


 そして盛り上がりで感情の爆発を誘導するような演奏を考えていた。


 盛り上がりでのアルペジオ前に指揮者の動向を確認しようと視線を移す。


 俺は指揮者を見て目を疑った。


 何故か指揮者は汗だくでこちらを見ようとしない。


 そして千鳥足のようにフラフラなっているように見える。


 (今まで演奏に集中しすぎて意思疎通をしていなかったが、この指揮者さんは演奏者に合わせてくれる気の利いたお方だ。やんちゃな青二才がはっちゃけてしまってフォローが大変だったのだろう。指揮者さんありがとう! 事前に打ち合わせはしていたから、その通りに演奏しよう! この指揮者さんの胸を借りよう!)


 俺はクライマックスに向かい演奏に集中した。


 指揮者さんの胸を借りて最良の結果をだすために!


        ☆ 


 指揮者は背後からの気配に変化があったことを察知して驚愕した。


 感情が崩壊する危機に鞭打ってチラリと青年ピアニスト見ると、鬼気迫る表情がこれから向かうコーダに臨む姿勢を物語っている。


 指揮者はそれを確認すると指揮棒を大振りに構えた。


 オーケストラは感情飽和になりつつも指揮棒の動きに反応する。


 これは普段からの練習の賜物だろう。


 指揮者が指揮棒を大きく振り出したのは合図だった。


 内々に決められた【作戦名:全力で戦え!】を実行するために。


 オーケストラ全員がピアニストに対して、全体の音量を上げることでピアノの音が聞こえなくなる。


 ピアノの音が聞こえない演奏は協奏曲ではなくなる。


 要は潰すということである。



 今、オーケストラとピアノの最終決戦が始まろうとしていた。

  

        ☆


 俺はピアノの丁寧な音出しを前提とした演奏を構築していた。


 するとオーケストラ音が急に大きくなり、テンポも速くなっていることに気が付いた。


 そこで鈍感な俺も気付く。


 気の利く指揮者さんがクライマックスでの効果を高めようと即興的な演出をしてくれていることに!


 指揮者さんはどこまでも男前すぎた!


 俺はその案に乗ることにした。


        ☆


 指揮者は自身の失策を呪わずにはいられなかった。


 青年ピアニストはこのまま音に飲まれてしまうと思っていた。


 しかし【全力で戦え】に相乗して曲のクライマックスを迎えようとしているではないか!


 観客もオーケストラの団員達も精神の状態が限界だろう。


 そして指揮者も限界だった。


 そういうときに決まって起こることがある。


 イレギュラーだ。


        ☆


 曲がラスト十小節のところで、突然、ホールが真っ暗になる。


 そして轟く雷の音。


 観客は雷が建物に落ちて停電が発生したことすぐに理解した。


 しかし、ピアノとオーケストラの音楽はそんな妨害では全く揺らぐことはなかった。


 時々、雷がホールを照らす。


 その一瞬だけ舞台の状況が見えるのだが、ピアニストもオーケストラも真っ暗である事を意に介していない様に見える。


 むしろ見えないことで集中力が高まっているようにも感じられた。


 そして残り一小節というところで本日で最大級の落雷が起こる。


 一瞬、ガキンという音がなり、その直後に轟音と閃光がホール全体を支配した。


 轟音で何も聞こえない、閃光で目が見えない不安な時間が刹那発生した。


 感覚を奪われたのはほんの一瞬だけだったようだ。


 すぐにオーケストラの音が聞こえてくる。


 それを聞いた観客は安堵した。


 無事に曲が終わる。


 それを待ちわびたような拍手の音が、雷に負けないくらいに轟いた。


 所々からブラヴォーという声。


 観客の反応をみれば、どれだけの演奏だったのかが分かるというものだ。


 しかし、ホールの明かりは復旧までもうしばらく時間が要るようだった。


 およそ、三十分くらいが経過した頃、ホールの明かりが復旧した。


 そして舞台の上を見て騒然とする。


 ピアニストのいた場所にシャンデリアが落ちていたのだ。


 響く悲鳴、怒声、叫び声。


 誰がこの結末を予想できただろう?


        ☆


 観客が全て帰宅し、阿鼻叫喚な状況のホールに静寂が戻った頃。


 シャンデリアによって破壊されたピアノの残骸に近づく足音があった。

 

 既にシャンデリアは撤去され、現場検証は完了していた。


 この場所に入ってこれる一般人もいないはずなのだが……。


「私が落とした罠を上手く躱したものね。マーテル」


 少し自嘲気味に話す声は独り言なのだろう。


 周りには人がいないのだから。


「貴女のマナの波動を追ってここまで来たのだけど、彼は中々面白そうね。演奏中に何度も感情の抑制ができなくなったわ。私とて神の名を冠するというのに……」


 演奏中のことを思い出しているのだろう。


 恍惚とした表情だ。


「封印が進む貴女の切り札という訳ね。マナを遠隔で操作して、彼を貴女の意識空間に転移、そして私達の世界(テラ・マーテル)へ顕現させる」


 ふむ、と頷く仕草。


「そうなると、この場所の位置関係だとシュタイン王国かしら。奇遇ね、娘たちが住む街……。少し彼で遊ばせてもらうわねマーテル」


 身体が闇に消えながらーー


「猛毒あたりが適任かしらね」


 そんな言葉だけが残ったのだった。

 


 

 

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