第10話 伝わらない想い
教官の合図とともに3日目の訓練が終わりを告げると、一同は早々に旅館に戻ると、温泉と豪華な食事で疲れを癒した。
訓練後の余暇は、先日までは何をやるにしても個々の小隊同士でまとまっていることが多かったが、これまでの交流と訓練を通じて、別の小隊同士でも話がはずむことが増えていた。
その中には、お互いの共通の話題でグループを作って
「あ〜っ♪今宵も贅沢な時間を過ごせて満足♪これもあと2日で終わると思うと少し残念だわぁ」
「まったく、調子のいいやつだな。訓練が終わった後に満身創痍になったお前をロビーまで運んだの誰だと思ってるんだよ」
「でも、毎晩こんな美味しいご飯にありつけるのも久しぶりな気がしますね。これ以上贅沢しているもいつもの食事に戻れなくなりそうですよ」
賑やかな宴会が一区切り着いた頃。天音を除いた第4小隊の4人は、特に宛てもなく宴会場を後に旅館の廊下を歩いていた。
あれだけ訓練で体力を搾り取られた紗月も、食事を終えた頃にはいつものような愉快な表情に戻っていた。
「ホント、訓練は死ぬほどツラかったけど、他のメンバーも良い人ばかりで優しいし、案外こういうのも悪くないって思って来ちゃったなぁ」
今回の訓練の中で紗月は色々と大変な目に合って来たが、中隊という大きな支えがあったこともあり、文句を言いながらも何とかめげないでついて来れていた。
「たしかにこんな楽しい時間が終わってしまうのは少し残念ではありますね…。やっと皆さんと打ち解けることが出来たのに」
「まぁこれが最後って訳でもないんだし。むしろ本番はこれからなんだから、最後まで気を抜いてはいれないな」
「そうですよね。明日も合同演習が残ってますし、気合い入れていかないと!」
天真は薙の言葉に励まされて、一段とやる気に満ちた表情に変わる。
翌日の合同演習では、本番を想定した戦闘訓練として実際にアヤカシと戦うことになる。そしてこれが終わることで今回の合同訓練の全行程が終わることになる。
「そういえば、天音のやつどこにいったんだ?食事を済ませたきり姿が見えないけど」
「天音ならさっさと夕飯済ませて、ひとりで温泉に入りに行ったわよ。あの子ったら、どれだけ温泉が好きなのよ。昨日の夜も付き合わされたけど、危うく
「まぁ仕方がないだろうな。普段から俺ら以外の人と接することも少ないし、その上、絶縁した姉がまさか同じ屋根の下で一緒にいるとなると居心地は悪かっただろうな」
天音は小隊に入ってからというもの、口数も増えて第4小隊の仲間とは話す機会は増えたものの、それ以外の人との交流はそこまで聞かない。
今回の合同訓練の場でも明らかに天音だけは他の小隊との接触が少なく、無意識に接触を拒むようなオーラを放っているようにも見える。
「僕たちに何かできることはないのでしょうか…」
「これに関しては、あたしたちでどうにかできるとは到底考えれないわね。今はあのふたりの行く末を見守るくらいしかできそうにないかも」
天音の一件に周囲は思い悩むも、特にこれといった解決策もなく時だけが過ぎていく。
「あっ!紗月センパ〜イ!それと第4小隊の皆さ〜ん」
すると、薙たちが歩いている逆方向から紗月たちを呼ぶ明るい声がするのに気づいて目線をむける。
「あら、可凛じゃない。どうしたのよ?それと後ろにも誰かいるようだけど…なんだか珍しい組み合わせじゃない」
元気にはしゃくその声は第7小隊の
「いや、特にこれといった集まりではないのだが、酔い冷ましに歩いていたのだが行き当たりばったりでいつの間にか同行者が増えていただけだ」
可凛の後ろには
「そうなんですね。まぁこっちも同じで特にやることがなくて、ただ時間を持て余していたって感じですし」
先ほどの宴会場での夕飯を済ませた後、多くの者は小さなグループにまとまるようにその場を後にして散らばった。
ある者たちは食後の運動と称して小さな庭でトレーニングに励み、またある者たちはトレーニングに励む者たちの姿を酒の
「お疲れ様、紫音さん。夕飯はしっかり食べれた?」
そんな雑談をしている中で紗月は紫音に挨拶代わりの軽い話題を振る。
「はい。どれも絶品で、むしろいつもより食べ過ぎちゃったくらいです」
「だよねだよね!あれだけの料理だされちゃ食べ過ぎちゃうのも無理ないわよね〜」
紫音はお腹をさするような素振りをしながら小さな笑みを浮かべる。
今まで感情を表に出さない紫音も、紗月との会話ではよく笑顔を出すようになってきた。それほどまでに、紗月の気さくに話しかけるコミュニケーション力と親和性の高さが伺える。
「随分と舌を鳴らしていたようだったな。だが、紫音はむしろ普段からあれくらい食べるべきだ。ただでさえお前は細身なんだからもっと筋力を付けるために脂肪をだな…」
そんな紗月たちの愉快な会話に、雪那が話に加わる。
「雪那さ〜ん。いくら同じ隊だからってそれはデリカシーなさ過ぎですよぉ!」
「そ、そうなのか?私は紫音のためを思って言っていたのだが」
そんな雪那だが、なんともデリカシーのない発言をしてしまい、可凛と紗月にバッシングを受ける。
「まぁいくら同じ隊の
「いやいや、なんで俺っちだけみたいになってんだよぉ!それならなんだ。薙助と天真ならいいのかよ?」
「ふんっ、日頃の言動を自分の胸に聞いてみなさいよ」
紗月のそんな例えに対し、標的となった左近はなんとも複雑な表情をするも、端から見ている薙や紗月には対してなにも考えていないように見えていたため、あえて触れないでおいた。
「それほどなのか…同じ隊の仲とはいえ少しばかり無礼であったな。詫びよう」
「あ、頭を上げてください、雪那さん!むしろ、いつも気にかけてくれてこっちこそ感謝してます」
隊長である雪那に頭を下げられる紫音は慌ててそれを止める。
「まぁ薙助や朝陽と比べちゃ、雪那ちゃんには少しばかり言い返しづらさはあるだろうな。良い意味で生真面目って感じだしさ」
「お前は逆に俺に対してももっと敬ってもいいんじゃないのか?」
左近の余計な言葉に薙は小さく愚痴をこぼすも、左近には大した効果は得られずはぐらかされてしまう。
「いいや、そんな遠慮しなくとも悪いところはもっと指摘してもらっても構わない。どうも紫音は周りに対して遠慮がちに振る舞うところがあるから、ついつい余計なことを口に出してしまうことがあるからな」
「雪那さんは今のままでいてください。今の隊は雪那さんの威厳があってのものですし」
「うむ、紫音がそう言うのであればそのままでいよう」
雪那の言葉に、紫音は自然な笑顔で受け答える。これが普段の紫音の笑顔なのだと、隣で見ていた紗月たちは感じた。
紫音とは2日間、同じチームで行動してきたが、少なからずまだ壁を作っているようにも感じる部分も見られる。それでも、初日のことを考えると大分打ち解けることもできたようで、彼女の人となりも少しずつ知ることができたようにも感じる。
「み、皆さんは…その、これから自室に戻るところ…なんですか…?」
「そうね。私たちはまだ早いし、場所を変えてもう少し話でもしようかと思ってるわ。よかったら、みんなもどうかしら?」
これからのことについて、紫音の後ろでぎこちない表情で立っていた紅葉が問いかける。
「先ほどの宴会の時間では、まだ語り足りないこともあったしな。特に月影殿とは同じ隊長として、もう少し親睦を深めたいと思っていたところだったのだ。もし、時間が許すのであればどうだ?」
「お、俺の話なんて聞いても場が白けるだけだって。もっと別の内容にしたほうが」
「それでも構わない。お主の強さの秘訣、是非ともご教授願いたい」
「まぁそれでもいいって言うなら…」
お世辞には到底聞こえない雪那の言葉に、薙はどうも慣れない様子で言葉を返す。
「そういえばさ、紫音さん。天音とはあれからどうなの?やっぱりまだ大切なことは話せていない感じ…?」
他愛のない会話をしたところで紗月は、話を大きく変えて、天音のことを聞いてみる。
「はい、あれから一度も…。私自身も、どんな顔をしてあの子と向き合えばいいのか正直わからなくて」
紗月の質問に紫音は、あまり乗り気ではない表情を見せつつ返事をする。
「まぁ無理もないわよね。あの子も、一方的に紫音さんのこと避けてるように見えるし、話を聞き入ってもらえるかどうか」
「天音も天音で、まだ気持ちの整理が整ってないようだしな」
「分かっていましたが、私はあの子にそれだけのことをやってきたんですもの。当然の報いです」
「…」
「でも、私は…。もう一度天音と分かりあいたい。もう一度あの時のように一緒にいたい」
「紫音さん…」
「もう一生会えないと思っていたし、その覚悟も出来ていた筈だったのに。もしも許されるのであればあの子と…天音ともう一度」
「
「「−−−!!?」」
その時、今までここにいなかった人物の声に一同は騒然とした顔で声のする方を振り向いた。
「あっ、天音!?」
声のする方向を振り向くと、そこには天音の姿があった。
「何やら話声が聞こえると思って来てみれば、皆様お集まりのようで」
突然の天音の来訪に周囲には言葉にできなような緊張感が漂っていた。
「どうしましたの?私に構わずお話を続けてはいかが。それとも私がいると話せないことでもあるのかしら?」
「そ、そんなことは…ないのだけれど」
「はぁ、本当に分かりやすいお方ですこと」
「あの…えっと…」
天音の高圧的な態度に、紫音は表情を歪ませ言葉を出そうも緊張で上手く声が出ないでいた。
「まったく、私の知らないところで随分と親しくなったようですわね。大方、私のことを調べようとでも近づいたのかしら?」
「違うの、別にそんなつもりで近づいた訳じゃ」
天音は、紫音が薙たちと親密に関わっている事に対して厳しい視線を突きつける。
「そうですわよね。これも訓練の一環。小隊同士で関わりを深め、結束力を高めていく。至極全うなことをやっているだけ…。ですが、どうもあなたの行動を伺っていると、私の小隊と関わっている時間が他の小隊よりも長いように感じられるのだけれど?」
「そ、そんなことはない…!
「言い訳など聞きたくありませんわ!あなたは私の心を踏みにじるだけでは飽き足らず、今度は私から大切な居場所までも奪うおつもりなの!?」
「ち、違うの!お願い。私の話を聞いて」
「今更あなたと話すことがありまして?そもそもあなたはすでに北御門の者ではないはず。今更、私に何のようがあるというのですか」
「そ、それは…」
天音の高圧的な言葉に、紫音の言葉がぎこちなくなるも、その内に秘めた感情を表に出すように手のひらにぎゅっと力をいれる。
「私は…あなたに謝りたいの!何も告げないで勝手に家を飛び出したことを…」
紫音のその一言に、天音はきょとんとした表情に変わる。
「…話というのはそれだけですの?」
「…」
紫音は緊張した口元にも力をこめるように噛み締める。
「天音。私はあなたともう一度、昔のような関係に戻りたい!もう一度、あの時のようにふたりで笑っていたいの!」
「ふざけないでっ!!」
「あ、天音−−!?」
今までとは違う紫音の力強い想いも束の間。天音は紫音の言葉に対して怒りをぶつける。
「本当、あなたは何も分かっていないのですわね…!そんな謝罪を、私が望んでいるとでもお思いなの!?あなたが失踪したあの日から、私がどんな気持ちで今までやってきたのかご存知かしら…?」
「天音…?」
「周りに頼れる者も居なければ、隣で支えてくれる人もいない。カイムと契約をしてからは、周囲の人間は私を恐れ、近づく者もいなくなった。屋敷を出てからも私はずっと誰の力も借りず独りで戦ってきた。寂しさすら忘れ、ただ御家の為に強くなろうと尽くす。それだけを思って…。この気持ちがあなたにはお分かりかしら!?」
「天音…違うの、私は…!」
「ここまで私が想っても、貴方はまだ私に本心を出さないおつもりなのですね」
「…」
天音の言葉に、ついに紫音は意気消沈し言葉を失っていた。
「結局のところ、自分が一番大事なのですわね。肝心なことは隠して私の心まで踏みつぶそうと…」
「…」
「北御門、その辺にしてやってくれ。お前のいい分も分かってやれる。一人でさぞ辛かったのだろう。だがな、彼女にだって真実を話せない理由というものもあるのではないのか。それを分かってやるのも姉妹として大事なことではないのか?」
険悪な空気に誰もが静まる中、雪那は冷静な振る舞いで仲裁にはいろうとする。
「口を挟まないでくださるかしら?これは私たちふたりの事。あなたが会話に入る筋合いはございませんわ」
そんな雪那に対して天音は邪魔者を見るような目つきで、彼女を睨みつける。
だが、そんな態度に一切動じること無く淡々と言葉を続ける。
「私は彼女の所属する部隊の
相手が隊長であっても決して態度を変えないで反発する天音に対し、雪那は普段どおりに落ち着いた様子で言葉を交わす。
「ふんっ、あなたにこの人のなにが分かるというのですの?この方がどれだけ私の気持ちを踏みにじったかお思いかしら?今は忠実にあなたの下で動いているようですけど、いつか足下を掬われますわよ」
「なんだと…?ふん、その言葉、そっくりそのまま返してやろう。貴様とて彼女の何を知っているというのだ?」
「なっ、何ですって…!?」
気丈に振る舞っていた雪那であったが、天音の挑発的な言葉に、彼女の表情が一変し鋭い視線で天音を見つめる。
「貴様は、一度でも彼女の悩みに向き合ったことがあるのか?自分だけが孤独で苦しいとでも思っている訳ではあるまいな。貴様が神魔使いとしてやってきた裏で、彼女がどんな気持ちで今まで生き抜いて来たかも知らないで。紫音が、私たちの部隊に配属された時、どんな心境で私に忠誠を誓ったのか、貴様は知っているとでも言うのか!」
「そ、そのようなこと…」
雪那の言葉に、天音の表情に曇りが出てきた。
「姉妹だ?肉親だ?ふんっ、笑わせる。所詮は子供の
「ゆ、雪那さん…!」
反論の余地を与えることなく鋭い言葉を投げかける雪那に、紫音が止めるように声を張る。
「ばっ、馬鹿にしないでっ!私だって…!お姉さまのことを…」
反論することができない天音のその瞳には大粒の涙が零れていた。
「あ、天音っ!」
「放っておけ!!」
そして天音は、何も告げぬまま走り去るようにその場を後にする。
心配するように天音に駆け寄ろうとする紫音に対して、雪那は今までにない剣幕で叫んで後を追うことを止めさせた。
「天音…」
「お前は天音ちゃんに付いててやれ。今のあの子にはお前が必要だ」
天音のことを心配するのは紫音だけではなく、近くでずっと話を聞いていた薙も一緒だった。
雪那の一喝でその場にいた全員が凍るように静止する中で、左近は薙の背中を大きく叩いて、天音の後を追うように指示をする。
「雪那さん…あの、私…」
「紫音。先ほど、北御門が話していたこと。それが本当であるなら、私たちにも何か隠しているのではないか?」
「これ以上隠すのは無理ですね…すべてをお話しします」
「天音っ!待ってくれ!」
「ついて来ないで!」
あの場から走り去った天音は、ロビーを抜け出して真っ暗闇の外を逃げるように走る。
涙が零れる瞳を右腕で隠して、目的もなくむやみやたらにその場を離れるように走り抜けていく。
「天音っ!」
「いやぁ、離して…」
薙はその後ろを追いかけると、天音の左腕を少し強引だが掴んだ。
天音は、それを振りほどこうと試してみるも、自分よりも遥かに力強い薙の力に負けると、天音はその場で立ち尽くした。
「天音…」
「どうして…どうして信じてくれないの?私が一番、あの人のことを…お姉さまのことを想っているのに。どうして本当のことを話してくださらないの…?どうして私に正面から向き合ってくれないの…」
泣き崩れる天音に対して、薙はかける言葉が見つからなかった。
今までの強気で高飛車な彼女の姿はそこにはなく。まるで子供のように泣きじゃくる彼女の背中はあまりにも寂しかった。
そんな天音の姿に、薙はただ立ち尽くすしかできないでいて、その自分の無力さに苛立ちを感じていた。
「もう、嫌。私をひとりにしないでぇ…」
弱々しくでてきた天音の言葉に、薙は考えるよりも先に天音を後ろから強く抱きしめていた。
「ひとりになんてさせない!俺が絶対、天音をひとりなんかにしない!だって、俺は…キミのことが好きだから!」
この時、自分自身でもなんでこんなことを言ってしまったのかわからなかった。だが、その言葉には一切の迷いはなく、その言葉と同時に天音を抱きしめる力が強まる。
「な、薙…?うっ、うう…」
あまりにも急な告白に天音は一瞬の動揺が見られハッとした表情になるも、その後も涙が止まることがなく、薙の腕のなかで子どものようにむせび泣いた。
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