第9話 ふたりの距離

「たあっ!」

「まだまだ!踏み込んで来ないと当たるものも当たらないぞ」

 それはまだ太陽が昇りはじめて間もない時間。なぎ天音あまねは、旅館から少し離れた場所にある小さな稽古場にいた。

 その稽古場は、随分と老朽化が進んでいるようで、床を歩くたびに小さくきしむ音が聞こえてくるが、そのような見た目とは裏腹に設備は充実していて、トレーニングをするには申し分ない場所だった。

 そこで薙と天音のふたりは、お互いに竹刀しないを手に持って剣の稽古にはげんでいた。

 天音は以前、薙の実家の帰省に同行した際に剣の稽古を受けていて、それからは定期的に薙に稽古をつけてもらっていたのだ。

「やあっ!」

「踏ん張りがたりない!相手が俺だからって躊躇ためらう必要はないから、斬りかかるのをイメージして」

 薙は、向かってくる天音の攻撃を正確に竹刀で受けとめながら欠点を瞬時に見つけ出して説明をする。

 天音の剣戟けんげきは、両手構えの力のこもった鋭い攻撃だが、薙はその攻撃に対して力を受け流しているため片手でなす。

「それなら、これはどうかしら!」

「−−−!!」

 体力の限界が迫って来た天音は最後の力を振り絞るように、薙の受ける竹刀に対して負荷をかけ体勢を崩させる戦法にでた。そして天音は、その隙に薙の横っ腹を目がけて斬り込む。

「その調子。でももう少し肩の力を抜いて、踏み込みすぎて隙が大きくなってる」

「え?きゃっ!?」

 だが、そんな努力も虚しく、薙は即座に天音の攻撃に対応してみせた。

 天音は、その力んだ攻撃を逆に利用されてしまいバランスを崩して倒れ込む。

「折角良いところまで追い込めましたのに。もう少し手加減してくれてもよろしくて?」

「別に俺はいくらでも手加減してあげられるけど、それじゃ天音のためにならないと思って」

 天音はお手上げと言った様子で、持っていた竹刀を離してその場で座り込むと、乱れた呼吸を整える。

「隊長殿の言う通りだな。どんな稽古でも手加減をするということは逆に失礼にあたるというもの」

「そ、そのようなこと、今更言われなくても重々承知してましてよ」

 特訓が一区切り付いたのを確認したのか、天音の隣から空虚を切り裂くようにしてカイムが現れると、天音に小言を言う。

「まったく最近のあるじと来たら、少々自分に甘くなってきているようにも感じる。以前にも適当な理由をつけては稽古を切り上げたではないか」

「あ、あれは不可抗力ですわ…。あのようなモノを事前に見せられては稽古に集中ができないというもの」

 カイムは大きなため息と同時に、天音に苦言のような言葉を吐きながら、少し前の出来事を薙に話す。

「知っておるか隊長殿?あの後、汐月しおつきとふたりで商業地区まで行ってパンケーキとやらを食べに行っておったのだぞ?」

「お、お黙り、カイムっ!これ以上口を開けるようですと承知しませんわよ!」

 カイムの言葉に核心を突かれた天音は、恥ずかしそうに顔を赤らめながら、カイムを黙らせようとする。

「ははは。でも、それはそれでいいことじゃないか?それだけ天音の心にも余裕が出てきた証拠なんだって」

「うむ。良く言えばそうであるが…」

 苦言を漏らすカイムであったが、薙の目線からの彼女の変化には納得できるものもあったようで、それ以上は口にはしなかった。

「それと、少しずつだけど剣の腕も良くなって来てるよ。あれだけ嫌々言いながらもこれだけ上達できるんだからさ。もうじき実戦でも試しても良いんじゃないかな?」

「そ、そうでしょうか?」

 薙のまっすぐな言葉に、天音はそわそわとした様子で受け答えをする。

「朝から特訓か。なかなか精が出ているようだな」

長尾ながお、さん?」

雪那ゆきなで構わん。盗み見るつもりはなかったのだが、私より先に先客がいたことに驚いてな」

 すると、入り口の前から声が聞こえ、ふたりは声をする方を向く。そこには、焔摩天えんまてん支部第6小隊の隊長・長尾雪那の姿があった。

「剣の稽古とは。神魔じんま使いの名門、北御門きたみかど家の娘であっても苦手なこともあるのだな」

「なんですの、一体。冷やかしにでも来たのかしら?」

「あぁ、すまない。気に障ったようなら謝ろう。北御門天音…。貴殿の名は私たちの支部でもよく耳にするものでな」

「あら、そうでしたのね。もしかしたらあなたの部隊のお仲間にでも何か私の話でも伺ったのかしら?」

紫音しおんのことか?いいや、彼女はあまり昔の話をしたがらないからな。だが君ほどの有名人だ。他所よそからでも噂くらいは流れてくる」

「ふんっ、そうですか」

「まったく、素直じゃないな…」

 雪那は性格上、率直に物事を言ってしまう故に、周囲からは悪態をつかれることが日常茶飯事であるようで、天音の皮肉じみた返答に対しても特に感じるものはないような物腰だった。

「どうしたんですか、こんな所に?」

「君たちと一緒さ。私も朝の訓練を日課にしているのでな。すまないが場所を貸してくれ」

「もちろん」

 何やら不穏な空気が流れたが、特に構うことなく、雪那はふたりの邪魔にならない場所で手に持った木刀を振り下ろす。

「そういえば、北御門よ」

「はぁ、お次は何ですの?」

「先日の顔合わせでも伝えたが、私はキミと紫音との関係について一切詮索はしない。いくら偶然とはいえ、出会うはずもなかったキミたちが同じ隊として組まれたことも理解はしている」

「それで、何が言いたいのです?」

 じれったい雪那の言葉に、天音は少しばかり苛立ちを感じ始め不機嫌な口調になる。

「率直に言う。理由はどうあれ、この場では私情は捨てろ。今回の訓練の目的は大規模作戦のためなのは言うまでもあるまい。私たちはこの作戦が終わるまでの間、共に背中を預ける仲間となったのだ。キミたちの関係がどれだけ複雑なのかは重々承知しているつもりだが、そんなもの戦場では言い訳にしかならない」

 雪那は、天音に対してそのような言葉を投げかける。

「そのようなこと、言われる筋合いなど…。あの方とは当に縁など」

 すると天音は、雪那の忠告に対して素直に受け入れるが、その声はどこか物悲しくも聞こえる。

 雪那の言い分は当然のことであり的を得ているものだった。集団行動において私情を持ち込むというのはチームの統率に関わる重大なことである。

「そうか。なら、私がこれ以上口出しする義理はないな。いや、私の目にはどうもキミから未練のようなものが感じられたのでな」

「そっ、そのようなものは!」

 先ほどの天音の言動から、雪那もそのようなことを感じ取ったようだが、天音は頑にそれを否定してみせた。

 天音ももちろん、紫音のことに関しては重々理解しているようだが、先ほどの反応を見る限りでは、そうもいかないと感じてしまうのは誰の目にも明らかだった。

「ふん、別に気のせいであればよい。時間を取らせてすまなかったな。私も自分の訓練に戻る」

 そう言うと雪那は、言葉どおりに今までの話が無かったかのように自らの稽古に励んだ。



「月影殿!右より更に複数のターゲットを確認。対応できるか?」

「了解っ!任せてくれ」

 合同強化プログラム3日目の朝。

 薙たちが朝の稽古を済ませた後のこと。朝食と身支度を終わらせると、教官の不動冴子ふどうさえこからすぐさま召集が掛かり、本日の訓練メニューが始まる。

 第3区討伐隊・第5強襲班は、旅館からほど近くの森林が生い茂る一帯の演習場にて訓練に励んでいた。

 今回の訓練は、より実戦を想定したものであり、木々が生い茂る自由の利かない場所で、標的を見つけては持ち前の得物で標的を破壊していく。

「よし、そのままの陣形でごう可凛かりんは前線で、紗月さつき紫音しおんさんは索敵と上空からの敵を頼む。後方からの強襲は俺が対応する」

 チーム編成は先日の入山訓練と同様で、薙のチームには紗月・可凛・剛・紫音の4人が行動を共にしている。

「デカいのは俺に任せな。さて、こっからが腕の見せ所だっ!」

「おー!すごい一撃ですね、剛さん!でも、わたしだって負けませんよ〜♪」

 薙からの指示を確認すると、まるで風の如く速さで剛がターゲットに近づき、重たい正拳突きを一撃お見舞いする。

 剛は、隣にいる可凛と同じ肉弾戦を得意とし、金属板が埋め込まれたグローブを両手にはめて強烈な打撃を与える。

 それを見た可凛は何だか楽しげに飛び跳ねると、剛に負けじと子犬のように後を付いて行き加勢する。

 今回、相手にしているターゲットというのは、アヤカシに姿を模した式神のようで、この式神は教官の不動冴子と数人の助手によって操られているようだ。

 式神の形は様々で、小型から中型のアヤカシを模したものが大半だった。

「ちょっと2人とも!張り切るのは構わないけど、置いて行かないでよね!」

「紗月さん、私たちは索敵と上空の相手に専念しましょう。正面はきっとあのふたりなら問題ないかと」

 そんなふたりの後ろを必死に着いて来ようとする紗月と紫音の姿があった。

 昨日の入山訓練とは違い、急勾配な山道でもなければ獣道でもないなだらかな直進ではあるが、足場が悪いのには変わらないため、不慣れな者にはどうしも速度がだせない。

「すまないね、うちの馬鹿が迷惑を掛けているみたいで」

「あ、いえ。大丈夫ですので」

 そんな紗月と紫音を見兼ねて声をかけたのは、剛と同じ水天第11小隊の朽葉くちはクルスだった。

 今回の訓練では、連携を意識した内容であり他のチームと共同で進むことになっていて、近くには長尾雪那がリーダーを務めているチームと一緒に行動して進むことになっている。

「ああ、まったく困った奴だねアイツは。か弱い女性が一緒だというのに身勝手な行動ばかり…。チームで動いている自覚はあるのか…。そうは思わないかい?」

「え、ええ…」

 パーマの掛かった金髪をなびかせながら、エメラルドに輝く瞳がふたりに優しく微笑みかける。

 剛とは同じ小隊の仲間ではあるのだが、どうもお互いに馬が会わないように感じる。

「あいつ、鍛え過ぎで身体ばかり大きくなって邪魔にもほどがある。おいっ!先行し過ぎだぞそこの肉だるま!」

 剛の行動に見兼ねたクルスはインカム越しにキツい怒号を浴びせる。

「肉だるまは余計だっ!まったく…これ以上先行する気はないからゆっくり着いて来な」

 クルスの言葉に、多少苛立ちを覚えながらも、剛はいつものことのように聞き流すと、周囲の様子を伺って速度を落とした。

「前方100メートル先、さらに敵影を察知しました!気をつけてください」

「よし、剛と可凛はそのまま先行。相手の動きに気をつけながら攻撃の隙を突け」

 そんな呑気な話をしながらも、薙の指示のもとで各員は素早く命令通りの動きを見せる。

「丸山殿。お主の言っていた通り、月影殿は中々キレる男であるようだな。あれだけ機敏に動きながらも味方の動きまで完全に把握しているように見える。今朝の剣筋と言い、烙印らくいん付きを倒したという噂、あながち間違いではないようだな」

「言ったとおりだろ?ウチだってそれなりに場数踏んでるんだぜ?」

 そんな最中に、雪那と左近がインカム越しに話し声が聞こえてくる。

「雪那さん。そういうのは全体に繋がってる回線で言わないでくれ。評価されているのは素直にうれしいけど、なんだかこそばゆい」

 雪那と左近の話している内容は全体で共有している回線を使って話しているため、インカムを取り付けている他のメンバーにも筒抜けであり、当の薙にももちろん内容を聴かれていた。

 雪那の素直な評価は真に受け入れたいようだが、他のメンバーにも聴かれていると思うと気が気でなかった。

「謙虚なのも良いが、貴殿にはそれだけの実力があるのだ。もっと堂々としていた方が威厳が出るというものだぞ」

「まったく、左近の奴。余計なことばっかり口が利く」

 そもそも、雪那がこのような話題を持ち上げたのも、元はと言えば左近が吹きかけたものであることは明白であり、薙は呆れるように小さく溜め息を吐くと、気持ちを切り替えて訓練に集中する。

「私たちも負けてはおられんな。各員、彼らに続くぞっ!」

 そんな薙の動きに、雪那は負けじと前線へ身を乗り出し、自分の身の丈はあろう大太刀を構えチームに号令をかける。

「まっ、勝負って訳でもないが、ウチのリーダーがそういうんなら、全力で行くとするか!」

「ホント、血気盛んな隊長なんだから。付き合うこっちの身にもなってほしいくらいだわ」

 雪那の号令に応じるように、同じメンバーの左近と星来てぃあらは一段とやる気を出してみせる。

「こんな訓練に、よくもまぁ真面目に張り切れるものだ。だが、あの脳筋頭にだけは負けたくないし、少しは本気を出すとするか」

 雪那と同じチームのクルスは、そんな熱いノリに付いてくる訳でもなく気怠そうにしていたが、同じ小隊の剛にライバル意識があるようで、目的は違えどやる気を出してみせた。


「午前の部はこれで終了。これより1時間の休憩に入る!」

 午前中の訓練が終わったことを教官の不動冴子が遠くでも届く声で伝えると、各員は今までの緊張感がほぐれたように安心しながら休憩にはいる。

「お疲れ、紫音さん。隣空いてる?」

 紗月は、芝生の木陰で1人座っていた紫音を見かけ、声を掛けた。

「お疲れ様です、汐月しおつきさん、久保さん。杏里ちゃんも一緒だったんだね」

 紗月の声に気がついた紫音は、紗月の方を見ると、そこには可凛と杏里も隣に立っていた。

「えへへ、ご飯、一緒に誘ってもらっちゃいました!」

「お昼、取りに来たんだけど一緒にどうかな?」

 正午の休憩は、旅館には戻らないでその場での休憩となるのだが、昼食は旅館側がこの訓練のためにおにぎりとお茶を用意してくれていた。

 紗月はそれを2人分持って来て、右手に持っていたその半分を紫音に手渡す。

「お手数をおかけします。私の隣でよければ、どうぞ座ってください」

 紫音は丁寧な言葉で、座っている芝生の隣へと案内した。

「ん〜っ!外で食べるおにぎりってピクニックみたいで特別美味しく感じますね〜。今までの疲れもふっ飛んじゃうくらいですよぉ♪」

「ほら、可凛。慌てて食べないの!ほっぺにごはん粒付いてるわよ」

 訓練では剛と共に先陣を切って戦っていた可凛だが、年齢的にはまだ子供であり、姉のように慕う紗月の隣でおにぎりを頬張っていた。

「紫音さん。いつも言ってますが、補給も大事な任務のひとつっすよ。しっかり食べないと、午後まで持ちませんよ!」

「ありがと、杏里ちゃん。そうだね、午後もまだあるもんね」

 杏里は紫音の様子を見て、ご飯を食べるように促す。

 先ほどまで紫音は一人木陰で休息と取っていたが、どうやら疲労が溜まって食欲がわかず昼食を抜くつもりでいたようだったのだが、杏里はそれに気づいていたようだった。

 紫音と杏里は同じ隊の仲間であり、同時期に入隊した仲のようで、隊の中でも一緒にいる時間が多く、些細な変化も気がつくようだ。

 紫音はおにぎりを手に取ると、食欲のわかない胃袋に少しずつ口に含んではお茶で流し込むように食べる。

「昨日の夜はごめんね。せっかくわたしまで誘ってもらってたのに。元はと言えば、あのバカ左近が原因なんだけど」

「その件に関しては存じています。丸山さん、随分と愉快な方ですものね」

「まぁそのことなんだけど、あの後、薙からは事情は聞いたよ。天音からも少しだけ話は聞いていたけど、そんな過去があったんだね」

 紗月は、一応薙から話を聞いたことを本人にも伝えようと思ったのだが、内容が内容だけにその場の空気が少しだけ冷めたような雰囲気になる。

 紫音も、紗月の言葉に対して返すべきだと思ったのか、唇が小さく動くも、言葉は一切出なかった。

「あー、ごめんね。折角のお昼なのにこんな話しちゃってさ。あっ、そういえばさ、紫音さんの使ってるそれって、月機げっきだよね?あたしも以前から使い心地とかどうなのかなって気になってたんだよね」

 紗月は、話題の内容を変えようと考えていると、紫音の座っている右隣に置いてある、あるものに気がついた。

 紗月の見つめる先には、紫音がついさっきまでの訓練で使っていた機械式の大弓だった。

「ええ、その通りですけど」

「また、変わった武器を使ってるんですねー」

 先ほどまで紫音が手に持って戦っていた機械的の大弓は、月機と呼ばれるものだった。

「正式名称は三式機械霊弓れいきゅう・月機。アマテラスの開発部が造り上げた対アヤカシ用の機械弓っすね。鉄丸くろがねまると同様に、本部から支給される武器のひとつで、日々改良が進んでいるハイスペックな武器ではあるんっすけどねぇ。なにぶん、銃器の使用が認められてからは影が薄いと言いますか」

 改良に改良を積み重ねた結果、多くの機能が盛り込まれた最新鋭の機械弓は弓と篭手がセットになっていて、様々な戦況で役に立つ機能が備わっている。

 だが、杏里が話していたように、弓と言う性質上、性能がいくら高くても利便性が少なく、銃器の使用が認められてからは脚光を浴びる機会はめっきり減ってしまっている。

「たしかに、使ってる本人の前で言うのは失礼だと思うんだけどさ、弓矢っていう武器にあまり利便性を感じなくて、そこまで注目してなかったんだけど。でも、さっきの紫音さんの動きを見て、少し興味が沸いちゃった。これってさ、どんな機能が付いてるの?」

「そうですね。たしかに見た目は弓そのものなんですけど、色んな機能がたくさん付いていて使い勝手は良いですよ。例えばここ、レーザーポインターとスコープなんかが付いているので、標準も合わせやすいですし。それと篭手にはタブレット端末を取り付けることもできたり−−−」

 紫音は、紗月の興味津々の表情に釣られるように、今までの物静かな立ち振る舞いから少し離れ、口数も段々と多くなって笑顔も垣間見るようにもなった。

 今まで表情が薄かった紫音も、紗月や薙、他のチームの仲間と接することで徐々に笑みを浮かべることが多くなった気がした。

あるじ…どうしたのだ?」

「いいえ、何でもございませんわ」

 そして、そんな和気あいあいとした様子を、遠くからひとり静かに眺めては寂しそうな表情で立ちすくんでいる天音の姿があった。


 午後の訓練も、先ほどと同様の内容で各チームの組み合わせを変えながら、お互いの相性や癖を見抜いていく。

 中隊規模での行動となると、いつもの小隊編成で行動する機会は少なく、戦況に応じて行動を共にするメンバーが変わることも予想される。

 特に、この隊は討伐隊であることからアヤカシと積極的に交戦することが予測される。そのため、お互いの能力を知っておかなくては連携に支障が起きてしまうため、訓練を通じて多くのメンバーと関係を築き特性を知っておく必要がある。

 今回の訓練でのチーム分けも、その一環であると考えられる。

「まったく、張り合いの無い相手ばかりだぜ!おい、この式神を操ってる女ぁ!こんなモンじゃ物足りねえんだよ。もっと強くできねぇのか!?」

「ひぃ!?もうこれ以上キツいのは勘弁っすよ〜!どうにかできないんすか、麻央まおさん!」

「ごめんね、斉藤さん。漏影ろうえいの動きは多少なりコントロール出来るんだけど、黙らせることに関しては僕にもできないんだ…」

 そんな、連携が最も重要視されている訓練の最中、単身で前線を突撃する巨大な影があった。

「また随分派手に動き回ってんなー。ウチの隊長、あんな冷静な振りしてるけど、戦いになると見境なくなるからよ」

「人って見た目で判断しちゃダメなんですねー」

 そんな風景に、剛は何食わぬ顔で見ながら後を追うように進んでいく。

 猪突猛進する巨大な影の正体は、水天すいてん支部第11小隊の隊長、流鏑馬麻央やぶさめまおだった。

 彼の全身は、先ほどまでの華奢きゃしゃな見た目とは裏腹に、異型なモノへと変化していた。それはまさにと言っても過言ではない。

 その姿は鉛色をした筋骨隆々の熊のような見た目で、アヤカシと間違えてしまいそうな、そんな異型な姿をしている。

「まぁあの見た目こそ、漏影ろうえいの能力なんだけどな。鎧みたいにまとうことで力を発揮するってやつだ」

「パワードスーツってやつっすね。まるでSFの世界から飛び出して来たみたいな能力っすねぇ」

 そんな見た目とは裏腹に、動きは俊敏しゅんびんであり、それでいて強力な一撃を放っていく。

 そして最大の特徴は、何と言っても金属質の外皮であり、突如として液体のように滑らかな物質になった直後、別の形へと変化することができる。

 それを利用して拳をグローブ状に変形させて殴ったり、鋭い爪へと変形させ敵を切断させたりして戦う。

「はぁ…面倒なことだ」

「へっ、そんなこと言いながら、よく呼吸が乱れないでオレ様たちの動きに付いて来れてるようじゃねぇか、銀次!」

「黙れ…まったく、アイツと同じでどうも気が狂う」

 挑発的な言動に悩まさせれているのは、杏里だけではなく、参謀役の銀次もその一人であり、朝陽と行動をしている時と同じ表情を見せていた。

「天真。お前のとこのチームって昨日もあんな調子だったのか?」

「あはは…。正直、今でも上手く行っているのが謎なんですよね」

 そのような調子のまま、特に問題もなく麻央チームとの訓練は終わった。


 その後、休憩を挟んで本日最後の組み合わせとなる朝陽のチームとの共闘訓練が行われる。

(何だろう…この妙に気まずい空気は。とにかくやりづらい!)

 だが、今回の訓練は今までの組み合わせにはない動きづらい空気感が漂っていた。

 先ほどまでの、雪那・麻央チームと組んでいた時は、誰しもが活気づいて連携が取れていたのに対して、今回はどことなく周りの動きもぎこちないと言うべきか、訓練に集中できていないように感じる。

「おい、月影。お前んとこの雷女かみなりおんな、昼の間になにか変なもんでも食ったのか?昨日まで俺に対しての風当たりが酷かったのに今はやけに大人しいんだが」

「知るかよ、そんなこと」

「くっそぅ…周りの奴らも何かいつもと違うしよ。訳分かんねぇよ!」

「お前、まさか本当にこの状況が分かってないのか…?」

「知るかよ!ってか知ってんならさっさと教えろよ!」

 訓練の途中でありながら朝陽はそれが気になって、薙の横に来て問いただしにきた。

 どうやら朝陽は、この状況の原因について何も知らないようだが、直感的にその原因が天音であることは察していたようだった。

 それもそのはずで、今回の組み合わせでは、姉妹である天音と紫音が同じ空間で行動をしているからである。

 先日の一件を知っている者からしてみれば、出会ってほしくない組み合わせであるのは明白であり、接触するものなら何が起こるか分かるはずもない。

「紗月、悪いが紫音さんの補助に回ってくれ。天音は前線で俺たちと動くことにする」

「了解。まったく、こうなることは何となく察してたけど、ここまでやりづらいとはね。こっちまで変に無駄な力が入っちゃうわよ」

 薙は、紗月にインカムで紫音を注目させるように指示を送り、できるだけ2人の距離を遠ざけるように仕向けた。

 何も起こらないのならこちらとしても気が楽なのだが、天音の性格上、何が起こるか分からない上に、最悪の場合、紫音に危害が及ぶ可能性も考えられる。いくら身内のいさかいとはいえ、何もしない訳にはいかなかった。

 結果的にこの訓練の間、天音と紫音が近くに寄ることはなく、お互いがお互いを遠ざけているようにも見れた。

 もちろんふたりの間に会話は一切なく、天音はひたすらに命令どおりに行動をして、紫音も同じように訓練に集中していたようだった。

 だが彼女の目線は時々、天音の方を見つめていることがあり、やはり接することがなくても意識してしまうところがあったようだ。

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