第7話 訓練開始!

 時刻は午後の1時を回った昼下がりのこと。

 各員は朝のトレーニングを終え、軽い昼食を済ませたメンバーたちは、教官の指示に従って指定された場所に散り散りに移動を行うことになった。

「やっほー!紗月さつきセンパイに月影たいちょー!」

「なんだ、可凛も同じメンバーだったんだ」

 指示された場所に向かっていた薙と紗月の後ろから、第7小隊の久保可凛くぼかりんが、こちらに気づくと大きく手を振って走って来た。

 今朝の教官が言っていたグループ分けとは、どうやらこのことであったようで、今までの小隊での括りを取っ払い、教官の判断で大まかなグループに分かれることになったのだ。

「まさか、紗月センパイと月影たいちょーと同じチームになるなんて!かったるい訓練もおふたりとなら乗り切れそうですよ〜♪」

「そんな大袈裟な。まだ他のメンバーも分からないんだぞ」

 薙は、同じチームになった紗月と第7小隊の可凛の3人で指定された場所に向かう。

「それはそうですけど、顔見知りが多ければ多いほどやりやすいじゃないですかぁ」

「まぁ、可凛の言うことも一理あるわね。そう思えばあたしたちって結構恵まれてるのかな?」

 可凛はふたりの顔を見ながらウキウキした様子で前を歩く。何気ない可凛の話だが、以外にも彼女の言っていることは理にかなっていた。況してや第4小隊と第7小隊は同じ火天かてん支部であり、他の隊よりも親睦が深い。

 いきなり知らない者同士で協力と言われても難しいが、顔見知りが一人でもいるだけでもあり難いことだった。

「しかもチームのリーダーが月影さんなら、安心して背中を任せれますし。…誰かさんと違って無計画に突き進むようなことはないですし」

「ははは…」

 薙は可凛の最後の一言で、すべてを察した。小隊としては上手くやっているように感じていたが、やはり苦労はしていたのだろう。

「よぉ!第4小隊の隊長さん」

 集合場所に近づくと、そこには先に到着していた大柄の男と、大人しそうに立つ女性の姿があった。

「それと、たしか…」

水天すいてん支部11小隊の等々力剛とどろきつよしだ。改めてよろしくな」

「あぁ、よろしく頼む」

 筋骨隆々の大柄の男、剛が軽い挨拶にきた。

 昨日の自己紹介でも姿は確認できたが改めてその屈強な身体を見つめると迫力があった。180センチを大いに越えている長身に、服の上からでも分かる鍛え抜かれた全身の筋肉。

 ただでさえ肉体強化された神威かむいの身体は人並みはずれた力をだせるのだが、剛の肉体から放たれる力となると想像がつかない。

「よろしくお願いしまーす!ってすごく大きな手!」

 薙と紗月と可凛は、剛の手を取り固い握手を交わした。その手は薙の手でも余りあるほどに大きくかつ力強く、それだけで剛という男の強さが伝わってくる。

 可凛に至っては、まるで子供と親の手ほどの大きさの違いがあり、可凛はなんだか妙に楽しそうに手を握っていた。

「それと、紫音しおんさんも同じチームなんだ。よろしくね」

「ど、どうも…」

 紗月は、剛の隣にひっそりと佇む紫音に目を移し握手を交わそうとするも、何やらぎこちない反応で目線を反らしながら小さく返事を返した。

「…ん?」

 そんな紫音の反応に、紗月は違和感を感じていた。実際に紫音と面と向かって話すのは今回で2回目なのだが、初めの印象とは大きくかけ離れているように感じていたのだ。

「もしかしたら、天音のことでちょっと気まずい…とか?」

「−−−!はぁ…汐月しおつきさんって、結構はっきりと言うのですね」

「だって、これから一緒に頑張る仲間なのに気まずいのなんて嫌じゃない?こう言うのは公私混同しちゃいけないのが鉄則よ。あと、私のことは紗月でいいですよ」

 紗月の直球な言葉に、紫音は意表を付かれ一瞬驚くも、諦めたように溜め息をひとつ付いた。

「ごめんなさい。あの時は、何だか格好悪いところを見せられたと思って萎縮していまして」

 紫音は、昨日の天音との一件のことで、いつもの調子ではないようだった。

「そういうことだったんだ。改めてこれからよろしくね!」

「ええ、よろしくお願いします」

 気の利いた紗月の言葉もあって、冷めていた空気が一変して賑やかな様子に変わっていった。

「それにしても、あんたたちみたいな有名人と一緒に組めるなんて思ってもいなかったぜ。支部あっちに戻ったら良い土産話みやげばなしができるってモンだ!」

 剛は薙たちの顔を見るや、誇らしげに笑みを浮かべてそう言った。

「そういえば、何だか昨日から随分と俺たちの噂を耳にするんだけど、どうして俺たちのことをそんなに知ってるんだよ?」

 薙は今まで疑問に感じていたものを剛に質問する。

「なんだ知らねぇのか?あんたたちが烙印らくいん付きを初めて倒したあの日、俺たちの支部でも大々的に取り上げられてたんだぜ。ニュースにも取り上げられていたし、何なら号外まで貼り出されてたような。焔摩天えんまてんの連中も噂していたみたいだし、全国規模で伝わってるんじゃないのか?」

「そうですね。焔摩天こちらでも月影さんたちのことは話題に上がっていましたよ。雪那さんたちも、いつも以上に注目して見ていましたし、やっぱりすごいのですね」

「マジかよ…。そんなの上層部うえからは何も聞いてないぞ?」

 剛の話に、薙は表情が曇り、背中に嫌な汗をかいているのが伝わる。とにかく目立ちなくない薙にしてみればありがた迷惑な話だった。

「確かにニュースには流れてたのはあたしも見てたけど、てっきりローカルニュースに取り上げられた程度だと思ってたわ」

 どうやら赤紋種せきもんしゅを倒したということは、全国的に取り上げられていたようで、紗月は驚いた様子だった。

 アマテラスの報道するニュース内容の大半は、名のある者たちの活躍や新種の出現情報など、特に下級の部隊には特に見る価値の無い情報が多い。そのような内容の一面に薙たちの名が載ったとなれば、今まで興味を感じなかった者たちも目をやるだろう。

 もちろん、報道の内容自体は新種のアヤカシである赤紋種の発見が肝なのだが、それを倒したとなれば、名前が上がるのも必然である。

 当然、薙は英雄の子という肩書きがあり、他の者よりも知名度は高いのは確かだが、実力主義のアマテラスにしてみれば結果がすべてであり、例え英雄の子であってもそれは例外ではない。

「そうなんですか?何だか私たち有名人になった気分ですねぇ〜!」

「つまり俺たちの名前って全国で知られているってことなのか。なんか急に恥ずかしくなってきたな…」

 赤紋種との戦闘には第7小隊とも共同で取り組んだこともあり、全国区に名前が上がったであろう可凛は、まんざらでもなく、うれしそうにぴょんぴょんと小さく跳ねていた。

 だが、そんな真実を聞いた薙と紗月は、可凛とは正反対にそこまでうれしそうでは無いようだった。

「別に恥ずかしがることはないだろ。まだ俺たちも実際に出くわしたことはないけど、烙印付きって言えば相当強いって聞くじゃねぇか?」

「たしかに、あの強さは規格外だけど…あんなのたまたま上手くいっただけに過ぎないって。実際、少し前は相当無茶をした訳だしさ」

「そうなのか?まぁ、そう謙遜けんそんすることはねぇよ。結果的にはあんたらが倒したことに他ならないんだからよ。もっと自信を持って構えときな!」

「ったく、後から大したことないって思ったって知らないぞ?」

「ほう?なおさら今回の合同訓練、楽しいものになりそうだ!」

 まるで朝陽の分身が現れたかのように感じた薙は、苦笑いをしながらその場を誤魔化した。


「そういえば、今回のチームはこれで全員なんでしょうか?」

 ひとしきり話すこともなくなったメンバー内は束の間、静寂ができたのだが、そんな中で可凛が素朴な疑問を投げかける。

「そうだろうな。なんだか随分女っ気が多い気がするがな」

「何よ、その言い方。不満でもある訳?」

「悪い悪い、別にそんなつもりで言った訳じゃねえよ。ただ単にそう思ったってだけで、変な意味は無いっての」

「そう…。ならいいけど」

 紗月は、剛の些細な言葉が嫌みに感じたようだったが、そのような気はことさら無いようだった。

「でもよ。これから始まる訓練、聞くからに相当キツいって言うじゃんか。そういう意味で心配はしてるんだぜ?」

「ふ、ふんっ!当然じゃない。わたしたちだって伊達に大規模作戦に参加するメンバーじゃないのよ。し、心配される筋じゃないわ…」

「センパイってば、そんなこと言って。朝のトレーニングだけで着いて行くのにやっとだったじゃないですかぁ」

「ちょっと!余計なこと言わないでよ、可凛ったら!」

 剛の言葉に揶揄われたと感じた紗月は、負けじと見栄を張ってみせるも、その声は若干引きつっていてぎこちなさも感じられるものだった。

 そして、それを隣で見ていた可凛がニヤニヤとした表情をしながら釘を刺すように今朝の事を挟んで来た。

 それは今朝の出来事まで遡る。

 教官の説明が終わり解散した後、身支度をして、朝のトレーニングが始まったのだが、そのトレーニングの内容が、現役のアスリートが本気で行うような肉体的な訓練内容だった。多くの者は難なくクリアできるものなのだが、紗月を含む後方支援に特化した者には苦痛極まりないものでしかなかったのだ。

「一応、センパイも神威かむいの一人なんですから普段からトレーニングしないと、いざって時に動けませんよ」

「分かってるわよ。そもそも後から知ったんだけど、今朝のトレーニング、途中でリタイアしていいなんて聞いてなかったんだけど!」

「そういえば鈴蘭さん、ものの5分で諦めて休んでましたしね」

 そんな、普段運動を怠っている者に対して、過酷なトレーニングメニューだけあって、鈴蘭や天真、紅葉といった陰陽術師は途中でリタイアしていたようだった。

「ふんっ。でも、どんな理由であれ足を引っ張るのだけはあたしの性分じゃないし、着いて行ってやろうじゃない!」

「そうか。それだけ言えるんなら安心だな」

 紗月は負けじと見栄を張ってしまったのか、自信に満ちた言葉を放つも、その声は若干ぎこちなさが見て取れた。

「あ、あの…先ほどからこちらを見つめているようですが、何か御用でしょうか?」

 そんな和気あいあいとした会話をしている一方で、紫音が自分に向けられた視線が気になって、視線を向ける者に声を掛ける。

「えっ?あ…!ごめんっ!別にそんなつもりはないんだけど!」

「ちょっと、薙っ!何考えてるのよ!あんまり女の子の身体をジロジロ見るもんじゃないわよ」

 どうやら紫音をずっと見ていた視線は、薙だったようであり、当の本人は自覚をしていない様子に指摘をされて初めて気がついた。

「へぇ、月影さんって、あんまり女性には興味がないのかと思っていましたが、意外なもんですねぇ〜」

「皆まで言ってやるな。彼だって男だ。女に興味を持つのは当然のことだろ?」

「なに分かった風に話してるんだよ。誤解だって!俺は決してそんな目で見ていた訳じゃないんだ!」

 それを見ていた可凛と剛は、ニヤニヤした顔で薙の方を見つめていたのだが、それは完全に薙を揶揄からかっている顔だった。

「だ、大丈夫です!月影さんが思っていることは、何となく分かりますので…」

 紫音は、薙の視線で何となくだが思っていることが伝わっていた。

「天音とのこと…ですよね。あの子と同じ隊の隊長さんですもの。気になるのは当然ですよね」

「ち、違うんだ!嫌、違わなくもないんだけど…ごめん。言い訳はよくないよな。詮索しないようにも思っていても、何となく心のどこかで天音とキミのことを気にしていたのかも」

 薙の考えていることは完全に見透かされていた。無意識的とはいえ、天音との関係を気になっていたことに、薙は素直に謝罪する。

 昨日の集まりでは、紫音の隊の隊長である長尾雪那ゆきなに個人の詮索は禁物と釘を刺すように言われていたのだが、薙は考えまいと思うが故に頭の中での整理ができずにいたようだ。

「いいんです。むしろ、私の方こそ考えが甘かったです…。あの子にあんな顔をさせてしまうなんて。本当、姉失格ですね」

 紫音も、昨日の件に関しては後悔の念があったようだった。あのまま素性を隠していれば、争うことなく平和にやり過ごせたことに。

 その言葉に、その場にいる全員の口が閉じる。

「天音とのことはお話をします。元々、隠すつもりもありませんでしたので。月影さん、今日のプログラムが終わった後って、お時間は大丈夫でしょうか?」

「あ、うん。俺は大丈夫だけど。本当にいいのかい?」

「お気遣いありがとうございます。私は大丈夫です。もしよろしければ紗月さんにも聞いていただきたいです」

「え、わたしもその話って聞いてもいいの?」

「もちろんです。お時間が許すのであれば」

「本当?それじゃあ」

「では、よろしくお願いします」

 彼女はそう告げると、小さく微笑んで訓練の準備に戻った。


「はぁ…これから地獄の特訓が始まるのかぁ。もう今からでもこの場から逃げ出したい気分だわ」

「紗月センパイって、どちらかと言えば参謀タイプですからねー。でも、そんな言い訳してトレーニングをサボってるから、こんなぷにぷにな二の腕になるんですよー。お腹だってほらぁ」

 紗月は、これから行われる訓練プログラムのことを考えながら大きな溜め息を吐く。可凛はその隣で、紗月の横腹にある贅肉をつまみながら適当にその話題に付きあっているようだった。

「ひゃあっ!!もう可凛ったら、急にお腹をつままないでよ!まったく、余計なお世話よ。私は身体よりも頭を使ってる方が性にあってるの!」

「なら、尚のこと今回の訓練。しっかり頭を働かせてくれよ?」

「どういう意味よそれ?」

 唐突に言われた剛の言葉に、紗月は頭の上に疑問符を浮かべる。

「まさか、馬鹿正直に言われるトレーニングをこなすつもりじゃないだろうな?まぁ俺は別に構わないけど、そんなことしてたら初日から地獄を見るぞ」

「じれったいですね〜。一体どういうことなんですか!」

「お前たち、どうして別々の隊同士でチームを組まれたのか分からないのか?これは俺たちの団結力を試されてるんだよ」

「なるほどな。たしかに普通のトレーニングならチーム分けなんてする必要もないか。中隊としてまとめる以上、お互いに協力させたほうが直感的に味方のことを知ることができそうだしな。おまけに、チームを組ませることで個々の運動能力での不平等さを無くすこともできるか」

 薙は、剛の言葉をまとめ上げる。

「その通りだ。ってもまだ、何も聞かされてないから憶測なんだけどな。けど、こんな短期間で4つの隊をひとつにまとめ上げるとなると、これくらいの事はするだろうよ」

「つまり今日の訓練の目的は、体力トレーニングと合わせてチームの結束力を上げる意味合いもあるってことなんですね。仲間同士の信頼と役割分担が鍵になりそうですね」

「そう言うことだ。おっと、そんな話をしていたら教官様がお出でなさった」 

 そんな話をしていると、教官の不動冴子がこちらに歩み寄って来たことに気づき、これから特訓が始まることを察する。



山中さんちゅうってのは、訓練ではもってこいの場所のひとつだ。昔から人は山の中で力を磨いて来た。修行僧から軍隊まで。過酷な自然を相手にすることでひとつ先の自分に出会えるのさ!」

 薙が率いる5人のメンバーは、木々の生い茂った険しい山道をひたすら登り歩いていた。

 一口に山とは言ったものの、そこは人が歩いた形跡のない自然の真っ只中であり、ひとたび山を歩くものなら方向感覚がなくなっていき、どちらが目的地なのかすら見分けがつかなくなってしまいそうな険しい場所だった。

「その通りかもな。足場の悪い道に生い茂る木々や岩などの障害物、最悪の場合は野生動物という名の外敵までいる。実際のアヤカシ戦でも何かと足場の悪い場所が多いからな。より実戦向けと考えれば適した場所なのかもな」

「そんな感想はいいのよ!こっちはもう、いい加減体力が限界なのよ!」

 まるで悟りを開いたような剛の言葉に、感化されるように薙は今回の訓練を細かく分析していたが、その後ろで紗月が泣き言のような叫び声を上げる。

 訓練が始まって2時間が経過した頃。

 軽快に進む剛と可凛の後ろでは、すっかり息が切れた紗月と紫音がゆっくりとその後を続き、その間に挟むように薙が辺りを見渡しながら道を決めて行く。

「始まる前から何となく分かってたけど、ホント地獄みたいな特訓だわ…」

 訓練が始まる前に、教官から訓練の内容が言い渡された。

 内容は至って簡単。山頂まで登り詰め、そこから下山するだけなのだ。だが、そんな簡単な訓練をさせるはずも無く、内容は考えた者たちの頭を疑いたくなるような驚くような内容だった。

 前提条件として、制限時間は設けないと口にしていたが、そこには日没までに帰還しなければ命の保証が無いという暗黙の了解があった。明かりのない山道を日の落ちた時間に歩くのは自殺行為と言っても過言ではない。教官は何も言わなかったが、各々はそれを頭に入れながら行動をしなければならないと理解した。

 そして、これは不正をしないための措置だと思われるが、山頂に置いてあるを持って帰ることが条件にあった。そのある物というのが何なのかは実際に行って見て確かめるまでは分からない。

 そして、この特訓には先ほど剛が言っていたことが見事に的中する内容があった。

 その条件さえ守ればらしい。そのため、各々が知恵を絞りあらゆる道具を駆使してこの山を走破すればよいのである。

「はぁ、はぁ…慣れない場所を歩くだけあって、いつもにも増してツラいですねぇ。あるものは何でも使えと教官は言っていましたが、そんなもの一体どこに…」

「あの鬼教官。組分けは各組均等の力になるようにとか言ってたけど、どこが均等なのよ。せめて術師のひとりでも仲間に入れてくれてもよかったじゃない」

 紗月は、教官がいないことをいいことに文句を吐き出す。

 今回の組分けは、教官が能力が均等になるようにと言って、各隊長をリーダーとして4つの組に分けられたのだが、薙のチームには神魔使いはおろか術師すらメンバーにいないのだ。特に術師に関してはこの中隊の中に4人いるため、1チームに1人の配分で良いはずが組によって偏りができている。

 しかも人数配分にも偏りが見られ、4人組と5人組が各2チームができるのだが、よりにも寄ってこのチームは5人組であるため余計に負担が大きい。

「そうですね〜。鈴蘭すずらんさんがメンバーにいてくれたら、影鷲えいじゅでひとっ飛びですもんねぇ」

 可凛の言う影鷲とは、鈴蘭が得意とする式神のひとつで、大鷲のように大きな翼を持って飛ぶことができる式神であり、大人一人分なら充分に大空まで運んで行ける力がある。実際に赤紋種の蒼鬼そうきとの戦いでは、朝陽の肩を掴んで空を飛ばせている。

「まぁ、文句なんて言ってもキリがないだろ。しかも今回に関しては術師が多くいればいいって話でもない」

 文句の止まらない紗月に、薙は紗月の機嫌をなだめながらもペースを緩めることなく正論を言いながらひたすら歩く。

 薙の言う通り、今回の特訓内容に関していえば術師と神魔使いの数が状況を変えるものではないこともある。

 術師である雪那と紅葉の能力は詳しくは分からないにしても、例えば天真の式神である影鳩えいく影狐えいこがこの状況でどう役に立つかと言えば状況を一変するほどのものではなく、むしろ体力の劣る天真が逆に足を引っ張る形になっているかもしれない。

 そんな正論を並べられた紗月は、文句を言う体力も無くなったのか静かに後を追うように険しい道を歩く。

「もうダメ…。お願いだからもう少しペースを落として歩いてよ。これじゃあ日没どころか山頂に登るまで体力が持たないわよ…」

 前方に付いて行くのがやっとな紗月の言葉にもはや余裕は感じられず、まっすぐ歩くのも精一杯のようだった。

「何を言ってるんだ。こんなペースじゃ、いつか日が暮れるぞ。それとも山中で夜を明かすつもりじゃないだろうな」

「だれがそんなことするもんですか!絶対に戻って、美味しいご飯と温泉を満喫するんだからーっ!」

「だが、そうも言ってられないのも事実だな…」

 紗月は絞り尽くした力を更に気合いで乗り越えようとするも、体力がそれに着いて行っていなかった。

「だから協力をするんじゃないか、−−−よっと!」

「わっ!ちょっと一体なにすんのよ!」

「こ、これは…?」

 すると剛は、今にも地面にへばりつきそうな紗月を背中に担ぎ、紫音を両腕で抱えお姫様抱っこのように担ぎ上げたのだ。

「どうだ?これなら当分は休めるだろ?」

「おい、そんな無茶して平気なのかよ」

「安心しろ。こんなのいつものベンチプレスに比べりゃ軽いもんだ。すまないが隊長さん、荷物を任せても良いか?」

「わかった。って、そういう問題じゃないと思うけど」

 剛は、自慢の巨躯で紗月と紫音を抱えながらも先へ進む。そんな状態でありながらも、さっきまでの速度を維持するどころか、さらに速度を増して道を突き進む。

「でも、こんなことでいいのかしら。これじゃあ、私たち、本当に足手まといなだけじゃない…」

「何言ってるんだ?身体は休めるが頭は使うんだよ。悪いが、今の状態で俺は頭を働かせるほどの余裕はない。そこでお前たちが知恵を絞って効率の良い方法を導くんだよ」

「そういうことね…。よし、やってやろうじゃない!」

 紗月は切らした息を整えて、自分の頬を両手で挟むように叩いて緩んだ気持ちを切り替える。

「私だって、足手まといは御免です。絶対に皆さんをゴールまで導いてみせます!」

 紫音も、紗月に負けじと今ある知識をフル回転させながら、目的地までの道を模索していく。

 それから薙チームの5人はお互いに知恵を出し合いながら、頂上を目指した。


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