第6話 第3区討伐隊・第5強襲班

 自己紹介が終わったその後は、小さな余韻もあって別の小隊同士が少数で集まり交流はあったものの、それ以上のことはなく時間が経てばそれも自然と解散していき、各々は小隊に設けられた部屋に戻って行った。

「結局、紫音しおんさんは重要なことは何も話さないで終わっちゃったわね。このまま何も知らせないまま終わるのかしら?」

 夕飯を済ませ、外が夜に包まれた頃。第4小隊の全員は自分たちの部屋に戻ると、各々で適当にくつろぎながら先ほどまでの話を振り返る。

「でも、天音あまねには自分から正体を表した訳だし、お姉さんだって天音とまたやり直したいって気持ちはあるんじゃないのか?じゃないと、わざわざ身分を隠した意味もないだろうしさ」

 先ほどから話題に上がっているのは野桜紫音こと、天音の姉・北御門詩音の話題だった。

 開口一番に紗月はそのことが心配で、どうしても話して起きたかったようだった。

 紗月にとって紫音は、この合同訓練で初めて声を掛けてくれた人物であり、これから親しくしたい気持ちが強かった。だが、そんな束の間、紫音の正体が実は天音の姉であり、しかもお互いにぎこちない関係となっては出す言葉もない。

「どうでしょうね。何にしろ、あの方が何も仰らないのであればわたくしには関係のないことですわ」

 当事者である天音は、その話に深く関わりたくないのか、自ら話に加わろうとせず、静かに窓の外を見つめていた。

 天音としても、まさか生き別れの姉とこのような形で再会するとは夢にも思わなかっただろう。正体を知った瞬間は、溢れ出る怒りをそのままぶつけてしまったが、天音としても複雑な事情があるようで、考えがまとまらないようだ。

 天音はそんな想いを隠そうと、皆とは反対の方を見つめているが、彼女の背中からは不思議と辛い雰囲気が垣間見て取れる。

「まぁ、こんなところで話しててもらちがあかないだろ?こう言うのは時間が解決してくれるっての」

「そうだといいけど…」

 周囲が心配ムードを漂わせている一方で、左近だけは唯一、部屋の片隅で話を聞きながら呑気な表情を知っていた。右手には自前で持って来たウィスキーの入った銀色のスキットルを口にしているため、まさに他人事なのだろう。

 結局、その日は特に何かが起きることもなく夜が更けて行った。



「よし、全員集まってるな」

 日が変わり、それは翌日の早朝のことだった。

 今回の合同訓練で集められた4つ小隊のメンバーは、隊長を先頭に隊列を作って整列していた。

「召集命令ってよ。少し急すぎやしないか?」

「ったく、まだ起きたばかりだってのによ」

 きれいに隊列を組んではいるが、周りからは何やら愚痴のような言葉が至る所から聞こえて来ていた。

 それもそのはず。それは今からちょうど10分前のことだった。

 時計の針が5時を回ろうとする少し手前。空はまだ太陽が昇りはじめようとしている時間だった。

 まだ大半の者が熟睡しているであろうそのような時間に、各隊長宛てに召集の連絡が入ったのだった。

 一同は、あまりにも急な連絡に、大急ぎで身支度をした者が大半のようで、服装の乱れや髪が跳ねている者もチラホラ見かける。

「ほら、杏里ちゃん。しっかり自分で立って」

「はっ−−!あれ?いつの間に外にいたんっすか!?」

 まだ日が出始めて間もない時間帯であり、寝ぼけ眼を擦っている者もいる。

「何をぼやけている!既に訓練は始まっているのだぞ!」

「−−−!!」

 昨日集まったメンバーが隊列を組んでいるその前には、一人の女性の姿があった。

 遠くでも充分に通るような高圧的な声は、眠そうにしている者たちを一瞬にして覚醒へと導いた。

「あれ?どこかでお目見えしたと思ったら、何時いつぞやの教官殿ではありませんか?」

 だが、そのような状況の中で唯一いつもと変わらぬ様子でいる左近が思い出したような声を出す。

「ん?貴様は、丸山左近。そうか、ここの部隊には第4小隊おまえたちもいたのだな」

 その女性は、以前、小隊別に行われた定期講習で講師を務めていた目つきの鋭い女性教官だった。

「ああ!思い出した。私のスマホ取り上げたあの教官!」

「紗月、あれはあなたの自業自得ではなくって」

 左近の言葉に、紗月も少し前の記憶を思い出して驚愕していた。

「口を慎め。何故、貴様等きさまらの前に私がいるのか分からないのか?」

 その言葉に、一同は何かを察したかのように静まり返り私語をする者はいなくなった。

「ごほんっ!本日付けより、第3区討伐隊・第5強襲班の軍事顧問として呼ばれた、不動冴子ふどうさえこだ。短い間ではあるがよろしく頼む」

 不動冴子と名乗る女性は、静まり返ったことを確認すると軽く自己紹介をした。肩まで伸びる長い黒髪にスタイルの良い体格は正に日本を誇る大和撫子を思わせる風格なのだが、その鋭い目付きは泣く子も黙るような恐ろしい何かが垣間見える。

 そして教官は自己紹介と同時に、ある重要なことも口にしていた。

「第3区討伐隊!?俺たちが、か?」

 唐突に出たその言葉に、周囲は大きくざわつく。それは、ここに集められた者たちの大規模作戦での部隊の名だったのだ。

 今まで知らされなかった内容だっただけに、静まり返った隊列は一気に盛り上がりをみせた。

「おお!マジかよ。強襲班って言えば、切り込み役じゃねぇか!」

「よっし!遂に俺の時代が到来かっ!く〜ぅ、腕が鳴るぜ!」

「とっ…!ととととっ、討伐部隊って、私たちがですか!?私にそんな大役が務まるのでしょうか!?」

「うわぁ、私は別に後方支援とかでよかったのに、嫌な役回り引いちゃったなぁ」

 部隊名を聞いた後の反応は様々で、朝陽あさひや剛といった好戦的な者は役得と歓喜し、その逆に紅葉もみじや紗月といったあまり戦闘を好まない者は、そのような大役が勤まるのかを心配している様子だった。

「強襲班、か…。随分と大役を任されたものだな。これは一層気を引き締めなくては行かぬな」

「うむっ、ここに集まってる面子を思えば妥当なところか」

 周囲が騒然としている中で、雪那や竜胆は冷静を装いつつもまんざらでもない様子で話を聞く者もいた。

「静かに!話を戻すぞ」

 騒がしくなった所に、教官は再びこちらに注目を集める。

「この3泊4日の合同訓練で、お前たちはこの4つの小隊を一個中隊とし共に活動をしてもらう。事前に知らされていると思うが、後に行われる首都奪還作戦はここにいる者がひとつの隊となる。共に協力し合いながら、より良いチームになるように努めるのだ!」

 教官の言葉で、今まで緩んでいた気持ちがより一層引き締まっていく。

 中隊規模での運用と、その中隊を作り上げるための合同訓練。

 アマテラスが創設されて初めての試みということもあり、今までには無かった緊張感が場を掌握する。これから本格的に訓練が始まるのだと感じると、各々のやる気も少しは上がっているだろう。

「教官、一個だけ質問!」

「お前は第7小隊の茂庭もにわか。何だ?」

 すると、教官の目の前に立っていた朝陽が手を上げて質問をする。

「これから俺たち一個中隊として動いて行くんだろ?それなら隊をまとめ上げる隊長も必要になるんじゃないのか?ここには小隊長が4人もいるんだが、一体誰がその役を請け負うんだ?」

 朝陽の粗暴な口調に、教官の冴子は鋭い目つきで返すも、特に何も考えていないであろう朝陽の顔に、呆れたような表情で言葉を返す。

「中隊長のことか?その質問を答える前に、今回の私の立ち位置を説明しておこう。私は今回の合同訓練の顧問という役回りであり、訓練内容やその他訓練に関わる件には対応する。だが、中隊での部隊配置や決めごとに関しては一切口出しはしない」

 教官とはまさに言葉通りの意味で、訓練の指導者という役回りでしかなく、部隊の決定権は彼女には無いようだ。

「つまり、隊長は自分たちで決めろってことですかぁ?」

 冴子の言葉に、朝陽の後ろでぴょんぴょんと小さく飛び跳ねて顔を出している可凛かりんが興味津々に質問を返す。

「そういうことだ。人数が増え、より軍隊らしくなってきたが、今までの軍隊のやり方ではなく、これまで通り部隊の決定は部隊の中で決めろ。お前たちも子供ではないだろ?それくらい話し合って決めるのだ」

「私はまだ未成年なんですが〜」

「何か文句でもあるのか」

「い、いいえ…何でもございません!う〜っ、隊長、あの人おっかないですよぉ」

「勝手に首を挟むからだっての」

 可凛が冗談半分でそう呟くと、冴子は鋭い口調と眼光で彼女を睨みつける。そんな冴子の顔に可凛は、恐ろしいものを見た瞬間の青白い顔をして小さな身体を前に立っている朝陽の背中に隠れるように身を縮込ませる。

 アマテラスの小隊制は、今までの軍隊とは全くかけ離れた形態をしているのがひとつの特徴だ。

 司令塔が存在して命令を下し、その命令の下で上官が指揮を取り、部隊を動かすといった方式が今までの軍隊の流れだった。

 だが、アマテラスという組織はその体系とは一線異なる。それは絶対的な上下関係は存在しておらず、各小隊がひとつのグループとして確立しているため、小隊は上からの命令で任務をこなすのではなく、小隊というひとつのグループとして自由に任務を受け自由に行動をすることが出来る。そのため上からの命令というしがらみはほとんど無いに等しい。

 だがこれは裏を返せば、それは成功も失敗もすべてが自分たちに返ってくるということであり、万が一にも部隊に不利益・不祥事があった場合は誰も助けてはくれないという落とし穴がある。その為、部隊内での物事の決定には細心の注意を払わなければならない。

 無論、今回のような中隊のグループ分けには上層部の意図があり、こちらの意思とは関係なく決められるのだが、方針自体は変わっていないということは、つまり大体の動きには融通が効くようだ。そして今まで同様、部隊長を決めることに関してもしがらみは一切無く上層部などからとやかく言われることもない。

「昨日までの様子ですと、雪那さん一択じゃないっすか?まぁ一緒に行動している身としても雪那さんの指揮は動きやすいですし」

 その話を聞いた杏里は、昨日までの状況を踏まえ同じ隊の隊長である雪那を隊長に推した。

「おいおい、待てよ!それは安直過ぎじゃねえか!?俺たちの実力も知らずに決めるって言うのかよ!」

「俺はお前でなければ誰でもいい。だからお前は少し黙ってろ」

 朝陽は、杏里の言葉に不満のある声で反論をする。そんな朝陽と可凛の後ろに立っていた副長の銀次はややこしくなりそうな話に頭を痛めていた。

「実力か…。確かに君たち火天かてん支部所属のふたりは、あの烙印らくいん付きを倒したという実力があるな。そして神魔使いである流鏑馬やぶさめ殿も若年ながらも相当の経験を積んでいるとは聞いている。私が隊長を務めても一向に構わないが、他の者の実力とやらも是非拝見してみたいものだな」

 杏里の同じ隊の隊長である雪那は、中隊長という役回りに対してまんざらでもない様子だが、朝陽の口にしたという言葉に、興味深そうな笑みを浮かべる。

 雪那という女性は、性格や言動からしてとことん実力主義であるように感じるところがある。その上、自身の実力にも相当な自信を持っているのも見て取れる。

「へっ、いいじゃねえか!この合同訓練で俺たちの力を存分に見せつけてやろうじゃねえかよ!」

「俺は余計だ。くだらん戯事ざれごとに俺まで巻き込むな…」

 挑発にも聞こえる雪那の言葉に、朝陽のやる気は更に込み上がって行くのだが、後ろの銀次は頭を抱えていて今にも逃げたいと言いたそうな顔をしていた。

「なんだか話がややこしいことになっているような…」

「愉快なことですわね。本当に大丈夫なのかしら?」

 中隊長の一件に対して、一体誰がその役を務めるかで小さな論争が繰り広げられる。

「薙センパイは中隊長という立場には興味はないんですか?」

 天真は話の流れで薙の本心を聞く。

「何言ってるんだよ。俺なんて今の小隊でもまとめるのがやっとなのに、中隊長なんてもってのほかだ。他の隊長の3人で決めてくれればいいよ」

「そうなんですか…。僕としてはセンパイに中隊長になって欲しいと思っているんですが」

「天真だって分かってるだろ?俺がそんな柄じゃないってことくらい」

 薙の答えはあまりにもあっさりとしたもので、中隊長という地位に対して興味すら感じていなかった。

 薙の統率者としての能力は、極めて高く、上層部からも一目置かれているくらいには能力はある。だが、薙は性格上、積極性に欠けるところがあるため、その能力を充分に活かすことができない。

 同じ小隊の天音、左近、紗月もきっと天真と同じ気持ちではあるのだが、強制させることでもないため、それ以上は誰も何も言わなかった。

「今回の訓練プログラムだが、午前と午後の2部構成が1日の訓練の流れとなる。午前は基礎体力の強化と中隊運用などに関する座学。そして午後はチームに分かれての実戦向けの訓練という流れだ。その中で多くの者と関わりを持ちチームの結束を高めよ。では今から1時間後に本日の訓練プログラムをチーム分けを発表する。それまでに準備を整えて整列して待つように。解散!」

 その後、教官の話は簡潔に内容だけを伝え終わり、また1時間後には本格的に合同訓練が始まることになる。



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