第5話 過去と真実

「ちょっと、一体…どういう事なの?」

北御門きたみかどって…紫音しおんさんが…!?何が何やら状況が掴めないんっすけど」

 頬を叩く乾いた音とともに、天音の口からあばかれる真実に、近くにいた紗月さつきと、紫音と同じ部隊の杏里あんりは驚きの声を上げる。

 天音の激情に、周囲の空気は一変して穏やかではなくなり状況がつかめない者が多く、誰もが口を出せないで時が止まったように静まり返る。

「…」

 今しがた、天音に怒りをぶつけられた紫音は目線を斜め下に向けたまま、叩かれた左頬を手で押さえながら静かに立ちすくむ。

「何かおっしゃってはどうかしら?それともこのままだんまりを続けるおつもりかしら?」

 天音は、無言のままの紫音に対して追い打ちをかけるように高圧的な言葉で追求する。

「何の騒ぎだ!」

「天音?一体何かあったんだ!?」

 穏やかではない空気を察知して、先ほどまで外で話をしていた薙や雪那ゆきならが状況を確認しに来た。

「ふん、何でもございませんわ。この方が口を割らないのであれば、私には関係のないこと。早く部屋に向かいましょ」

「ちょっと待ってよ!天音っ」

 口を閉じ、目線を反らしたままの紫音に、呆れた天音はそっぽを向くとすたすたとその場を後にする。

「大丈夫ですか…?怪我はありませんか?」

 薙は、下を向く紫音の様子を気にする。もちろん、天音のことも気になるのだが、目の前で沈んでいる紫音のことを放っておくことができなかった。

「だ、大丈夫です。気にしないでください。これは、すべて私が悪いのです…。天音は何も」

「天音…は?天音とは一体どういう?」

 彼女の言葉に、薙は天音との間になにかあったのかと問いかける。

「すまない月影殿。聞きたいことがあるのは山々だろうが、ここは一度引いてくれぬか。まずは落ち着いてからでないと状況がつかめないであろう?予定通り、これから1時間後に大広間にて顔合わせをしよう。改めてそこで話をするのでどうだ?」

「そうですね。すみません、こっちが取り乱してしまって」

 雪那の提案で一旦ここでの話し合いは止め、再度落ち着いたところで話をすることとなった。


「うわぁ、すっごい部屋!こんなきれいな和室で泊まるのなんて初めてだわぁ!…なんて感動してる空気じゃないわよね…」

 第4小隊一行が案内された部屋は、掃除が行き通ったきれいな和室で、5人で利用するには充分な広さのある部屋だった。

 以前の所沢のスラムで利用したホテルは、ほこりとカビ臭さがする暗く陰湿な場所だったのに対して、こちらは隅々まで清掃が施されていて清潔感があった。

 紗月は目を輝かせて部屋を見渡しては一人盛り上がっていたが、先ほどの一件を思い出すと、盛り上がって良いべきなのかと戸惑いを見せる。

「まぁ、適当に荷物を降ろしてゆっくりしよう。次の予定もあるし、休める時間もこれからは少なくなりそうだしな」

 薙は部屋の適当な隅に荷物を置くと、座椅子に腰を降ろして疲れを癒す。長時間の移動と運転と今のこの状況で、相当の疲れがあるのは誰の目からも分かる。

「…」

「…」

 薙の提案に、皆も微妙な距離を保ちながら近くに座っては、特にこれといった会話もなく静かに身体を休める。

(そうは言ったものの、気まず過ぎるだろこれ!って言っても、あんなことがあった直後だし話そうにも言葉が出ない…)

 静かに腰を下ろしたのは良かったが、延々に続く静寂に薙はどうするべきか頭で考えるも、思考が回らず一人混乱していた。

 正直なところ聞きたい事は山ほどあるのだが、それを天音に聞いてよいできか分からないのと、どうも会話をする空気ではないことから誰一人として口を開く者はおらず、静寂だけが部屋全体を包み込む。

「はぁ…先ほどから何も喋らずじっとしているようですが、何も聞かないおつもりなのかしら?」

 そんな空気の中、突如として天音自らが口を開いた。

「アンタね…この空気で聞ける訳ないでしょう!?まったく、聞いていいなら洗いざらい話しなさいよね」

「そうですわね…先ほどは申し訳ございません。私としたことが、少々取り乱してしまいましたわ。皆さんにもご迷惑をお掛けしました」

 天音は感情に任せて行った過ちを反省して、皆に頭を下げる。事情はどうあれ一応は自分が何をしたかは自覚していて、皆に迷惑を掛けた事に反省はしているようだ。

「話してくれるのか、天音?」

「ええ」

 天音はそう言ってゆっくりと口を開く。

「先ほど私に話しかけていた彼女ですが、名は北御門詩音きたみかどしおん。私のに当たる方ですわ」

「天音の、お姉さん?」

 一部始終を見ていた紗月は、今までの話の流れから大体の事情は掴んでいたが、実際に話を聞いても、その事実は意外なものであり驚きを隠せなかった。

「彼女は野桜と名乗っていましたが、あれは偽名でしょうね。ずいぶん昔のことですので、顔を見ただけでは分かりませんでしたが、名前を聞いて思い出しましたわ」

「でも、どうしてあんなことを…久しぶりに再会した姉だったんじゃないのか?」

 その事実を知った上で、薙はさらに事の経緯を聞き出す。

「姉、ですか…。確かに私とあの人は同じ血を分けた姉妹であり、実際に彼女に良くしてもらった記憶もあります。ですが、あの人は北御門の者ではない…。私に何も言わず、屋敷を出て行った上、北御門の名を捨てた者なんて…!」

 天音は、静かに淡々と話をしてくれるも、詩音の記憶を思い出すに連れて、段々と声に力が入っているように聞こえる。

「でも、なんで天音のお姉さんは北御門の家を出たりなんかしたんだ?俺もあまり詳しくはないんだけど、北御門って言えば神魔使いの家系で、それこそ神魔との契約だってしてるんじゃないのか?」

「隊長殿。まさかだと思うが、神魔使いの血を受け継いだ者が総じて神魔使いになれると思っているのではないだろうな?」

「違うのか…?」

 薙の率直な疑問に対して、天音の隣に座るカイムが呆れた顔で言葉を返す。

「はぁ…神魔使いとは、先代の神魔使いの血統を継いだ者のみがなれるものだが、その力を受け継ぐことができるのはその中でも極わずかな者にしか受け継がれないのだ。言うなれば神魔使いとは奇跡の産物と呼ぶに相応しいもの」

「薙センパイ。今、全国にどれだけの神魔使いがいるかはご存知ですか?」

「どれだけって言われても。結構少ないっていうのは聞いた事があるけど」

 カイムの内容に対して、天真は補足を入れるように薙に質問をする。

 薙は、天音が入隊してから神魔使いについては一通り学習し直したのだが、所詮は浅知恵だけの知識であり、天真の質問に対しても適当な回答しかできなかった。

「そうですね。今確認されている時点ではとは言われています」

「そ、そんなに少ないのかよ…」

「それだけではありません。その中でも天音さんのご実家である北御門家は、神魔使いの名門とうたわれている家柄で有名なのですが、そんな北御門家の神魔使いでも、現役を退いた当主の龍信たつのぶさまと、ご隠居さまの龍馬りゅうまさまを除けば、天龍てんりゅうさまと奏音かなでさま、そして天音さんの3名しかいないという点も周知しておいてください」

「そうだったのか…。全然知らなかったよ」

 新たに知らされる真実に、薙は驚きの表情を隠せない状況だった。

「これは北御門家に限らず、神魔使いの家系すべてに言えることなのですが、御家は一人でも多くの神魔使いを輩出させるために子を身籠らせるための側室が大勢、屋敷に住んでいますの。気味の悪い話ですが、私の兄弟姉妹に当たる者が一体どれだけいるかすら私自身、把握ができません」

「なんだよ、それ…」

「噂には聞いたことあったが、相当闇が深そうだな。こりゃあ…」

 あまりに突拍子もない内容に、話を聞いていた一同は誰一人として言葉が出なかった。

 神魔使いの能力とは、才能や努力ではどうすることも出来ない、生まれながらの産物なのだ。そのため、神魔使いの家系は、より多くの神魔使いを輩出させようと、多くの側室を招き入れ子供を身籠らせている。

 だが、実際に神魔使いの能力を宿して生まれてくる確率というのはとてつもなく低く、神魔使いの能力を引き継げないでいく者も少なくないようである。

 神魔使いの家系と、そこで産まれ生きる者の運命、そのすべてが常人では考えつかないほどの闇を抱えている事に、話を聞いていた全員の口が少しの間止まった。

「でも、これから首都奪還作戦までの期間は同じ隊として一緒になって行動することになるんだけど…天音はどうなんだよ?」

わたくしは…」

「まぁ、そんなこと考えたってしょうがないだろうよ。天音ちゃんだって、まさか会う事のないと思っていた姉さんと再会することになるなんて思ってもなかっただろうしさ」

 詩音のことを考える天音に、左近が軽く励ましの言葉を交わす。それは、あまり深く考えない左近なりのフォローだった。

「たしかに、こういうのは実際に会ってみて話をしてみるのが一番なのかも知れないな。天音のお姉さんにだって事情はあるのかも知れないし」


 休憩を終えた薙たち第4小隊は、待ち合わせ時間の数分前に旅館のロビーに向かった。そこには同じ制服を着た大勢の神威が集まっていた。

 4つの小隊が一同に会するとなるとそれなりの人数であり、多少狭さを感じる。

 ロビーの中は、多分同じ隊同士のまとまりなのか、何組かのグループでまとまっているところが見られる。

「ここでも視線がキツいな…俺たち、そんなジロジロ見られることやったか?」

「いや、あれだけの騒ぎをしたんだから当然でしょ」

 薙は、周囲からの視線を気にしながら空いてそうな場所を探し出す。

 先ほどの天音と紫音との一件は多くの人の目についてしまったようで、天音の隣を歩いている薙も必然的に他者からの視線が向いてしまう。

「皆さん、こっち空いてますよー」

 すると、少し先から第7小隊の可凛かりんが小さな身体をぴょんぴょんと飛び跳ねてこちらに手を振っているのが見えた。そこには第7小隊の全員も集まっていた。

「ありがとう。もう集まってたんだな」

「ああ。むしろお前たちが最後だったみたいだな」

「そうなのか?」

「ほら、あっち見てみろよ」

 朝陽が指を差した先には、先ほど話をしていた焔摩天第6小隊隊長の長尾雪那ながおゆきなの姿があった。

 彼女はロビーの真ん前で腕を組みながら堂々とした仁王立ちで静かに立っていた。

「うむ、全員揃ったようだな」

 薙たち第4小隊が入って来たところを見ると、雪那は周囲を見渡し、全員が集まったのを確認すると口を開いた。

「どうやら今日、合流予定だった訓練教官の到着が遅くなると連絡が入った。そこで、それまでの指揮をこの私、焔摩天第6小隊隊長である長尾雪那が務めさせてもらうが異存はないか?」

 冷静かつ淡々と話を進める雪那に周囲は、この中で彼女が一番適任だと判断したようで小さく頷いて同意する者が多数いたため、雪那はそれを合意と見てそのまま話を進める。

「早速だが、顔合わせも兼ねて皆に軽い自己紹介をしてもらう。来たる首都奪還作戦はここにいる4つの小隊を一個中隊としてまとめ動く事になる。そのためお互いの顔を覚えておかねばならない。すまないが、小隊長を中心に全員の顔が見える位置に集まってくれ」

 雪那はこれといった整列はさせず、小さな輪を作るような感じで適当にお互いが見える範囲でまとめあげた。

「うむ、では右から第4小隊の月影殿、部隊の紹介を頼む」

「え、俺たちからですか!?」

「何か問題でもあったか?偶然私の右隣に貴殿が居たから呼んだのだが、不服か?」

「はぁ、そうですか…。いいえ、やらせていただきます!」

 薙は、大勢の前で隊員の紹介を軽く行う。

「あれが烙印らくいん付きを倒したっていう噂の小隊か?北御門きたみかどの神魔使いもいるようだし、実力はたしかなようだな」

「そっ、そのようですね!隊長の月影さんって人も、たしか先代がアヤカシ討伐の第一人者である月影つるぎさまの御令息だという噂もありますね」

(やっぱり注目されてるような気がするな…そんなに俺たちの事って他の支部にも話が行ってるのか?)

 軽い自己紹介を行いながら、薙は周囲の目線を見ながらそのようなことを考えていた。他の支部との交流が一切ない状況で、一方的に知られているということが薙にとってはどうも歯痒い状態だった。

 特に周囲の話を聴く限りでは、神魔使いである天音の話題が上がるのは当然として、自身のことまで話題に持ち出されていることに気づくと、余計にむず痒い気持ちになる。

 実の父親であり、英雄と謳われた月影剣が死んで10年近くが経ち、月影家の威光を語るものも以前より少なくなった。とはいえ、薙がその息子である以上、この話題が付きまとってくるのは必然だった。

「では、次に隣の第7小隊の茂庭もにわ殿、よろしく頼む」

「おうよ!」

 薙たちの番が終わると、次に右隣にいた朝陽たち第7小隊の紹介が始まると、薙は一息付きながら横で話を聞く。

 横目で朝陽の紹介を聴いていると、何故だか朝陽は自己紹介なのに妙に強気に話を進める。

 だが、朝陽の猛烈なアピールは虚しく、そこまで話題に上がるようなこともなく、淡々と紹介が終わって行った。むしろ、これが普通であって騒ぎ立てられることに慣れていない薙は朝陽の立場が逆に羨ましく思ってしまうようだった。

「うむ、では次に流鏑馬やぶさめ殿」

「あっ!はいっ!」

 次に呼ばれたのは、水天支部に所属する11小隊であり、小柄な褐色肌の少年だった。

「水天支部所属の第11小隊隊長・流鏑馬麻央やぶさめまおと申します!この度の合同強化プログラム及び首都奪還作戦で皆様と共に戦えることを光栄に思います!」

「流鏑馬って、まさか…あの!?」

「何だよ、天真。知ってるのか?」

 流鏑馬という名を聞いた途端、天真は目を見開くように驚いていた。

「薙センパイ。知ってるも何も、流鏑馬家は正統なる神魔使いの家系です。そして、そこに居られる流鏑馬麻央さんも、天音さんと同じ、神魔使いのひとりですよ!」

 流鏑馬麻央と名乗る少年とは、1時間ほど前に隊長同士の顔合わせで一度話をしていて、その時点で麻央のことを、隊長にしては幼さすら感じさせるほどに若いことを疑問に思っていた。

 だが、そんな彼が神魔使いだと言われると、そんな疑問も一気に説得力のあるものに変わっていった。それは、今まで神魔使いの力を目の当たりにしていれば当然だった。

「そうだったのか…。何かさっきから天真と話してると自分の無知さが露見してるように感じてきた」

「あっ!ごめんなさい。そのようなつもりは!」

 薙は、疑問を率直に聞いてみたものの、天真からは常識と言わんばかりの言われように、自身の無知さを嘆いていた。

「お久しぶりです、北御門さん。まさか、あなたと同じ組になるとは思いませんでした」

 すると、麻央は天音の方に気づくと、微笑みながら軽く言葉を交わす。どうやら、同じ神魔使い同士、面識があるようだった。

「そうですわね。あなたも見ないうちに随分と出世なされたのですのね」

「ありがとうございます。北御門さんの活躍も随分耳にしましたよ。あの烙印付きを2度も倒したというのですから驚きですよ」

「わざとらしいお世辞など結構ですわ。あなたもその歳で隊長を勤めているということは、上威じょういに昇格されたのですのね」

「はい。とは言ってもまだ昇格したばかりで、皆さんの足を引っ張ってばかりですが」

 麻央は少し笑いを交えながらも謙虚な態度で天音の言葉を返す。

 一方の天音は、麻央に対して対抗心を持っているようで、先に上威に昇格していたことを妬んでいるようにも聞こえる。

 上威とはアマテラス内での階級であり、最も低い階級である下威かいの次の階級に当たる。上威に昇格することで部隊長として部隊の運用ができたり、隊を抜けて独立することもできる。

 兄姉の天龍てんりゅう奏音かなでのように、独立をしたいと思っている天音に対して上威とは突破しなければならないハードルのひとつであり、それをライバルである麻央に先を越されたことが何よりも屈辱のようだ。

「無駄話が過ぎましたね。それでは改めて僕たち第11小隊の仲間を紹介します」

 麻央がそう言うと、その対面の先頭に立っていた金髪の男が一歩前に出てきて自己紹介を行う。

「お初にお目にかかります。第11小隊副長の朽葉くちはクルスと申します。得物はレイピアと投げナイフを得意としています。以後お見知り置きを」

 クルスと名乗る男は、整えられたきれいな金髪を手でなびかせながら一歩前に出て、爽やかな口調で簡潔に紹介を済ませる。

 髪の色や顔立ち、名前から察するに日本人ではないように感じる。

 クルスの自己紹介が終わると、彼の横にいた大男が一歩前に出る。

「第11小隊の等々力剛とどろきごうだ!力が足りない時は任せな!」

 クルスの隣に立っていた筋骨隆々の大男は、大きな声で簡単な自己紹介をする。

 彼の図体はかなりのもので、身長は190センチ以上はあるようにも見え、その引き締まった筋肉も相まって、まるで熊と見違えてしまうほどだ。

「まったく、狭いんだからもっと静かに喋ることはできないのか、この脳筋頭が。お前の声で鼓膜が破れてしまいそうだ」

 剛の自己紹介に、隣にいたクルスが、耳を塞ぎながら不機嫌そうな顔で剛に文句を言う。

「なんか言ったかぁ、クルス坊ちゃん?お前は逆に声が小さくて何言ってるんのか聴こえねぇな?」

 その言葉を耳にした剛も、クルスに対して喧嘩腰の態度で反論をする。

「なんだ、遂に耳まで遠くなってしまったか?筋肉で耳の穴でも塞がったのか?」

「んな訳あるか!」

「ちょっと2人とも、まだ自己紹介終わってないから」

 クルスと剛は同じ隊でありながら犬猿の仲のようで、お互いが常にいがみ合っていて、隊長の麻央が仲裁に入る構図が出来上がっている。だが、麻央の頼りない軟弱な身体では彼らを鎮めるにはまだほど遠いものだった。

「まぁ2人は放っといて。ほら、紅葉もみじも自己紹介を」

「は、はい!」

 クルスと剛のいがみ合いを横目に、麻央は同じ隊の女の子に自己紹介を促す。

「は、初めまして!第11小隊の雪乃紅葉ゆきのもみじです!皆様の足を引っ張らないよう頑張りますので、何卒よろしくお願いします!」

 紅葉と名乗る彼女は、精一杯の声を出しながら深々と頭を下げて自己紹介をする。緊張しているのか、声が少し震えているようにも感じ取れる。

「そして最後に、この隊をまとめる小隊長の流鏑馬麻央です。先ほど話にも出ましたが、僕も天音さんと同じ神魔使いです」

 最後に、小隊長の麻央が軽い自己紹介を行う。年齢的には天真とさほど変わらない容姿ではあるものの、神魔使いというだけでただならぬ気迫が感じられる。

「そして彼は僕の使役する神魔、漏影ろうえんです」

 麻央が神魔の名を呼ぶと、彼の足下から突如、這い上がるように黒い影が実体となって現れる。

「けっけっけ…まぁよろしくな!麻央こいつは協力なんて言うけど、俺様にはそんなモンはどうでもいいんでな。くれぐれも俺たちの邪魔だけはしてくれるなよ?」

 大型の黒いトカゲの容姿をした神魔は、現れるや否や、辺りを見渡して一言だけそう吐き捨て、麻央の影から姿を消した。

「ごめんなさい。どうも口が悪い神魔なもので、不快な思いをさせるかと思いますが、よろしくお願いします」

 麻央は、悪態をついた漏影の変わりに大きく頭を下げて謝罪をしながら、そのまま後ろに下がっていった。


「最後は私たち焔摩天えんまてん第6小隊だな」

 麻央たちの自己紹介が終わったのを確認した雪那は、自己紹介を進める。

「私がここ隊長の長尾雪那ながおゆきなだ。陰陽術師おんみょうじゅつしではあるが、近接戦闘も得意としている。此度こたびの合同訓練、お互いに良いものにしていき、首都奪還作戦でも我々の力を存分に見せつけれるようにしよう」

 雪那ははっきりとした通る声で簡潔に自己紹介を済ませる。

「副長の宇佐美竜胆うさみりんどうだ」

 次に名乗った、竜胆という初老の男は、雪那以上に簡単な自己紹介で終わった。

 特に紹介があった訳ではないが、彼はどことなく外見だけで判断してもその実力が垣間見ることができる。

 顔つきを見るに彼の年齢は60を過ぎていてもおかしくはなく、全体が真っ白な頭髪は地毛なのだろう。そして、何よりも歳を感じさせない図体と、鋭い目つきは敵に回したくない相手であると即座に分かる。

「初めまして!焔摩天第6小隊の斉藤杏里さいとうあんりっす!銃器が使えるって聞いてアマテラスに入隊しました!銃器のことならお任せくださいっす!もしよかったら皆さんの使っている銃も見せて欲しいな〜って思ってますので、是非ともよろしくです!」

 次に名乗ったのは、少し前に荷物運びの手伝いを申し出てくれた杏里という少女だった。

 パーマのかかった茶髪に、まん丸のメガネ。制服の上に羽織っている迷彩柄のジャケットは、とてつもなく印象に残る格好だ。その上、自己紹介の内容を聞くからに彼女は銃器の類いが好きな、俗に言うミリタリーオタクなのだろう。

 性格も前の2人とは正反対に明るく、賑やかな印象が伺える。

「次、紫音さんっすよ…?でも、大丈夫っすか?無理しなくても雪那さんなら−−」

 杏里は隣に立つ紫音を心配そうに見つめながら声を掛ける。

 紫音は、至って普通そうにはしているようだが、

「ありがとう杏里ちゃん。でも大丈夫よ。自己紹介くらいひとりでできるわ」

「初めまして。焔摩天第6小隊の野桜紫音のざくらしおんと申します。まだ未熟故、至らぬところもあるかもしれませんが、よろしくお願いいたします」

 紫音の紹介は丁寧な口調ではあったものの、あまりにも普通過ぎる紹介に、先ほどの騒動を目にしていた者たちからはざわめきの声が聞こえ始める。

 あの時、天音が言っていた「北御門詩音」という名に関して、彼女は何も触れないで通すつもりのようだった。

「ごほんっ!」

 すると雪那は突然、わざとらしい大きな咳払いをして、注目をこちらに向けようとした。

 雪那は鋭い目つきで周囲を見渡すと、辺りは一同に静まり返る。同じ隊のメンバーが良からぬことで目の敵にされているのがこの上なく不快なようだった。

「まぁ、お前たちの言いたいことも勿論把握している。これから、当分の間は共に背中を預ける仲間になるのだからな。そのような場所に明らかに隠し事をしている者がいるとなれば不信感を抱くのも確かだろう。だが、その真相を探る行為を今ここでする意味は果たして必要なのか?」

「雪那さん…」

 同じ小隊の仲間である紫音に向けられた疑念に、雪那は全力で擁護をする。

「人は誰にでも言えない秘密だってある。それはお前たちだって一緒ではないのか?ただ噂を聞いただの、目撃しただの、それを知ってどうなると言うのだ。これ以上の詮索は隊長である私が許さん」

 雪那の言葉にざわついた空気が一気に覚めて、場は静まり返る。

「ふんっ、まぁ良い。では続きを」

「最後は私ね!」

 場が静まり返ったところで、紫音の隣に立っていた女性が一歩前に出る。

 堂々とした様子で前に出て来た彼女は、茶色の長髪を後ろでひとつにまとめた髪が印象で、ハキハキとした声が良く通るのだが、最も特質すべきは、その小さな身体だった。

「見ろよ可凛、お前と同い年くらいの子じゃないか、あれ?」

 朝陽は、彼女の容姿を見て可凛と同い年、またはそれよりも年下なのではと感じて指差した。

「ちょっと、さっきから失礼ね!身長だけで判断しないでくれる!こう見えても私は28なのよ」

「はぁ…?マジかよ」

「たいちょー、普通に考えて失礼ですよ、それ」

 その言葉を聞いて、今まで静かだった空気が一変するようにざわついた。それは冗談半分で言った朝陽だけではなく、きっとこの場にいる誰もが、彼女のことを子供だと思っていたのだ。

 そのため、彼女から発せられた意外な数字に誰もが驚きを隠せなかった。

「こほんっ、それでは改めて。焔摩天第6小隊の樋口ひぐちせいらと言いま−−−」

「彼女の名は、樋口星来てぃあらだ。よろしく頼む」

 自己紹介の途中で、隊長の雪那が横から声を挟む。

「ぎゃあああああ!!ちょっと雪那ちゃん!その名前で呼ばないでって!」

星来てぃあら…。身内だけならそれは通用するが、ここには周りに別の小隊の者もいるのだぞ。偽名なんてもってのほかではないか?そうだろう、星来てぃあら?」

 どうやら彼女は自分の名前を隠そうとしていたそうなのだが、雪那がそれを許そうとしなかった。

「だあああ!何度もその名前を連呼しないでって!そもそも何で紫音ちゃんはあんなに過保護なのに、私だけそんな適当なのよ!?」

 何度もその名で呼ぶ雪那に、星来てぃあらは逆上するように声を上げる。

 彼女の名前は、俗に言うところのキラキラネームだった。彼女の世代的に振り仮名がないと読めないような当て字だらけの難解な名前を付けられることが多かったと聞く。

 しかも不思議なことに、彼女の容姿も相まって、そっちの名前の方がどうもしっくりくる。

「何を言う。お前のは単なる偽名ではないか?紫音とは立場が違うだろう。さあ、しっかり自己紹介をするんだ」

「何でいっつも私の扱いってこうなのよー!」

 星来てぃあらと雪那のお陰もあって、そこには小さな笑いも起こり注目がそっちに移ったことで、紫音の一件をひとまず誤魔化すことができた。

 だが、そんな中、天音だけは唯一別のところに目線を置いていた。その視線の先は、姉である紫音であった。

 先ほどまではあれだけ紫音のことを憎く思っていた天音だったが、そんな彼女の瞳は、怒りに満ちたものではなく、むしろ不安を感じるような寂しげな眼差しに感じた。

「天音…?」

 そんな天音の表情に気づいた薙は、天音に声をかけようとしたが、その瞬間、天音は興味が無くなったかというように紫音から目線を反らし、いつもの顔に戻った。

「これで全員の紹介が終わったな。ではこれからの動きだが−−−」

 全員の自己紹介が終わると、まとめ役の雪那から今後の動きを言い渡されると、この場は一先ず解散となった。

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