第3話 兆し

「くそっ!まだ来やがる!」

「それだけ倒し甲斐があるというものですわ。なぎ、右からも来ますわ!」

 時刻は夜中の1時。

 薙が率いる第4小隊は、外壁区からほど近い荒廃こうはい地帯にてアヤカシの掃討任務を行っている最中だった。

 先の首都奪還作戦に向けたミーティングを終えた後、急ぎで本作戦のミーティングと支度を終わらせ今に至る。

 今回の任務は、外壁付近に群れを形成した小型アヤカシの掃討であり、各員は目の届く範囲内でフォーメーションを組み、近づいてくるアヤカシを各個撃破していく形を取る。

「それにしても外壁区近辺に、こんなに多くのアヤカシが群れを作っていたなんて、少し珍しいですね」

「まったくよ!こうも数が多いと、撃ち落とすだけでも大変だわ!」

 陰陽術師おんみょうじゅつしの天真は式神しきがみを用い、紗月は小型の自動小銃で迫り来る敵を狙い撃つ。

 お互いに緊迫した表情を見せるも無駄話ができる程には余裕があるようだ。

 いつもは、後方での偵察・サポートをしている紗月だが、今回は自動小銃を手に応戦している。今回のような無数の敵を相手にする場合は、支援をするほどのこともなく、むしろ戦力として数にいれた方が効率的なため、作戦内容によって役割を変えて戦っている。

「もっと狙って撃たないと無駄弾だぜ?さっちゃん」

「うっさいわね!そんなこと、言われなくても分かってるわよ。集中してるんだから少しは黙っててよね!」

 左近は、紗月の射撃の腕を見るや否や軽くさげすむような口調で助言をする。

 その言葉に対して、紗月は馬鹿にされた様に感じて反発するも、構ってやる余裕がないようで一言文句を吐くと、すぐさま射撃に集中する。

 肝心の紗月の射撃だが、彼女はそこまで射撃が得意という程でもなく人並み程度の実力であり、襲いかかって来る小型アヤカシを1匹ずつ撃ち落としていくので精一杯だった。

 紗月は、小隊の中では薙のような汎用性のあるタイプで、接近戦闘・遠距離攻撃・後方支援など、作戦によって大まかに役割を切り替えることができるのだが、肝心の腕前はどれも平均的なものであり器用貧乏なところがある。それは本人も自覚しているため余計にコンプレックスを抱いている。

「あっ、悪い!薙助なぎすけ、天音ちゃん!数匹そっちに逃した!」

「承知いたしましたわ!こちらで対処します」

 そんな左近も、口ばかりに気を取られ過ぎてしまい、自身の対応するべきターゲットを逃がしてしまった。

「そう言うアンタも口ばっかり動かしてないで集中したらどうなの?」

「ああ、まったくその通りだ。善処しますよ!」

 先ほど射撃の腕を左近に馬鹿にされた紗月は、さっきのお返しと言わんばかりに蔑んだ表情で左近にぶつける。

 そんな左近も、流石に言い訳する余地もないようで素直に反省はしているようだ。

「薙、右に避けてくださる。こちらで一掃しますわ!」

「わかった!」

「群れて来るなら好都合。まとめて灰にしてくれよう!」

 左近が逃した数匹のアヤカシに向かって、天音はカイムに指示を出し雷撃を放つ。

 放たれた雷撃は的確にアヤカシの身体を貫いて撃滅させる。攻撃の威力も、しっかりセーブできていて、今まで大げさに回避しなければならなかった雷撃も必要最低限に抑えられている。そのため、薙も安心して戦闘に集中できるようになった。

「うわあっ!そっちからも来るなんて!」

 すると、少し離れたところで戦っていた天真が、別方向から来るアヤカシの襲来に苦戦する声が聞こえて来た。

「こちらは任せてもよろしくて?天真の援護に向かいますわ!」

「ああ、こっちは任せろ。天真の方を頼む!」

 天音は、左近の逃した敵を一掃すると、状況を即座に判断し天真の援護に向かう。

(あの時から天音も少し変わったな。しっかり周りの状況が見えてて、仲間意識が一段と芽生えて来てる)

 天音の動きを見て、薙は感心するような眼差しでそのように感じた。

 入隊した当初は仲間内でも孤立することがあったが、様々な死闘を共にくぐり抜けてきたことで、今まで見えなかったものが見えて来たのだろう。

「これで仕舞ですわ!」

 そうこうしている内に天音が残りの1体を撃退し、辺りは静けさに包まれた。もう、襲って来るアヤカシはいないようだ。

「おつかれ!難なく終わることができたな」

 周りに敵がいないことを確認して、薙は戦闘終了の合図をインカム越しで送る。

「おつかれー。慣れないことしたから、いつもより疲れたかも」

「まったく、このような相手に泣き言を言っていては、大規模作戦の本番が危ぶまれますわ」

「そんなに言うなら天音だって、後方での援護に就いてみなさいよ。きっと同じ言葉がでるだろうからさ!」

 その場に座り込む紗月に、天音は呆れ声を出しながらも紗月に手を差し伸べる。普段とは違うことをやることの気苦労さが言葉で伝わってくる。

「天音さん!先ほどは助かりました!」

 すると、天真が急ぐように天音の元に走ってきた。どうやら、先ほどの礼を一番に伝えたかったのだろう。

「当然のことですわ。お互い、協力していきましょう」

 天真の言葉に、天音は素直に受け答えをする。

「天音からそんな言葉が出てくる日が来るなんてねぇ。数ヶ月前のあんたに聞かせて上げたいわ」

「全く持って同感だ」

 すると、その様子を近くで見ていた紗月とカイムが、天音の言葉に驚いたような表情で見つめる。

「ちょっと、カイムまで!ふたりして意地悪ですわ…」

 本心からの言葉なのに、意外だと思われた天音は不服に思い膨れっ面をする。

「お疲れさん、薙助」

「ああ、おつかれ」

 一方で、それを少し遠くで見つめていた薙に左近が近づいて労いの言葉をかける。

「天音ちゃん、今までと大分だいぶん変わったな。あんな表情、初めて見たかもしれない」

「そうだな。はじめに会った時を思うと想像もできなかった」

 薙と左近は、天音の様子をまじまじと見つめる。少し前までは近づくことすらいとわなかったのに対して、今の表情は今までに見ることができなかった心を許した顔だ。

 その表情を見て薙と左近は、今までの苦労が報われたようにお互いに笑って喜んだ。

(ああ、本当によかった…あの時、彼女を見捨てないで。俺たちは変わっていける。これからも!)

 薙は言葉には出さなかったが、この光景を見て強く決心するように言い聞かせた。



 話は移り、任務から2日後の正午を過ぎた頃。

「なんだか、あちこちで噂になってるわね」

「まぁ数日もあれば噂くらい広まるモンだろ?他にも支部長に呼ばれた部隊も多いって聞くしよ。そりゃ、噂も流れるわな」

 第4小隊の5人は首都奪還作戦に向けて話をするためブリーフィングルームに向かう傍ら、周りの神威かむいたちが話している内容に耳を傾ける。

 つい先日まで、烙印らくいん付きの件を口々にしていた者たちが、今では首都奪還作戦の話題で持ち切りだったのだ。

『首都奪還作戦だってさ。アンタの隊は支部長から呼ばれたの?』

『いいや。だけど、もし参加しろなんて言われたって勘弁だよ!報酬は良いとは聞くけど、あんな魔境で戦うなんて、命がいくらあっても足りないっての!』

『でもさ、なんだか今回は参加するっていう小隊も多いらしいわよ?ほら、あそこの第4なんて、ふたつ返事でOKサイン出したって噂よ!』

 支部の廊下を歩いているだけでも、ヒソヒソと周りからの声が聞こえる。

「ちょっと待て…!なんか話が盛られてないか?たしかに即日で参加表明はしたが、ふたつ返事とまでは言ってないだろ!?」

 薙は噂の内容に疑問を感じる。少なからず事実は混ざっているが、多少なり話が盛られているのだ。

「どうせ、支部長が他の隊を誘い出す為の口実に使ったんでしょ!まったく…良い迷惑だわ!」

 首都奪還作戦に参加をすることに関して、他の誰にも話していないことから、噂の発信源が支部長である千里であることは明確であり、それを知った紗月は頭を抱えて呆れたように呟く。

 第4小隊は、同支部の中では上から数えられる程には実力のある部隊であるが、以前までは特に目立った功績を上げていた訳でもなく、単に任務の達成率が高いということくらいしか話題性がなく、他の凄腕部隊に話題を持っていかれることが多かった。

 薙が入隊当初は、それこそ『邪鬼まがつきの篭手』の所有者という意味で特別扱いを受けていたが、それも時間が経てば話題も別のものに変わっていき、今では話題に上がることもなくなった。

 だが、最近になって神魔じんま使いの天音の入隊や烙印付きとの戦闘といったことが続いたこともあって、話題に上がることが増えてきたのだが、薙はどうもそれが慣れない様子だった。

「ただの噂なのですから、そこまで気にしなくてもよろしいのではなくて。むしろ、首都奪還作戦へ参加は言わば名誉なこと!存分に噂を広めてくれてもよくってよ!」

 そんな薙の隣を歩く天音は、そのような噂に関してむしろ誇らしさすら感じられるようだった。

『なんか、北御門きたみかどさんが他のメンバーの意見を押し切って参加に乗り切ったって聞いたけど。「私に付いてきなさい!」って感じに』

「なんですか、そのようなデマは!即刻、取り消しなさい!」

『ひぃっ!ごめんなさい!!』

 つい先ほどまで名誉だと誇っていた天音だったが、でっち上げたような噂を耳にした途端、近くで話をしていた者たちに声を上げて反論をする。

 流石に自分のことになると話は別であったようだった。

「所詮は噂の範疇はんちゅうよ。これくらいのことなら明日には消滅してるだろうから気にしないの」

 噂をしていた方向を恨めしく睨む天音に、紗月は適当にフォローをいれて落ち着かせていた。

「噂と言ったらなんですけど、第7小隊の皆さんも首都奪還作戦に参加されるって話を昨日さくじつ耳にしたのですが」

 そんな話の中で、天真は偶然聞き入れた噂話を話し始めた。

「あいつ等が?」

「はい。ですが、これも噂の範疇なんで真偽はわかりませんが」

 風の便りのような真偽の分からない話題に盛り上がっていると、背後から近づく者の気配がする。

「噂だぁ?冗談じゃねぇ!」

 すると、背後から突然、威勢のいい男の声が聞こえる。

「あ、朝陽っ!?なんだよ、びっくりしたなぁ…」

 朝陽の威圧的な声に、薙は心底驚いたような表情をみせる。気配自体は気づいていたが、耳に響くような声で話してくるとは思ってもおらず予測できなかった。

「俺らも首都奪還作戦に参加するぜ!」

 背後から聞こえた声は、ちょうど話題に上げていた第7小隊の隊長、茂庭朝陽と3人のメンバーだった。

「って、なに他人にべらべら話してんだ、大馬鹿野郎っ!」

「いいだろうが!こいつならよぉ!」

「お・ま・え・はっ!少し前に話したことを、もう忘れたのか!こう言うのは素直に黙っていればいいんだよ!」

「いててて!!耳が千切れる!!」

 朝陽の発言に対して、後ろで聞いていた同じ隊の銀次が、怒り心頭で朝陽の耳をつまみながら耳元で怒鳴り散らす。

 銀次が言っているのは、以前、一文字つづるから聞かされた烙印付きの話題を勝手に薙たちに漏らしたことを責めているようだった。

「朝陽たちも、首都奪還に参加するのか?」

「おうよ!第4小隊おまえらも参加するって聞いたら、行かない手はないだろ!」

 薙の問いに対して、朝陽は意気揚々に答える。

「本当にそんな理由で参加を申し入れた訳?なんか可凛かりんたちが可哀想に思えてきたわ」

「まったくですよ!こんな隊長の為に命をなげうつなんて御免ですよ〜!」

 第7小隊の首都奪還作戦への参加理由を聞いて、紗月は哀れみの表情で可凛を見つめる。事の被害者である可凛も、嫌そうな顔で隊長である朝陽を睨む。

「うっせえな!ったく、そんなこと言いながらもお前だって最後には了承しただろうが!」

「それは、そうですけど。でも隊長ってば、支部長の話を鵜呑みにて強引に話を進めるからじゃないですか!」

 愚痴のように不満を漏らす可凛に、朝陽は苛立つように言葉を返す。一応、首都奪還作戦の参加は全員の承認を得てのことであり、今更不満を言われることに朝陽は腹を立てている。

 だが、可凛の話も聞く限りでは朝陽と千里に強引に話を進められたようにも聞こえるため、ある意味では可凛は被害者なのかもしれないと感じる。

「しかも、最後には鈴蘭すずらんさんにまで説得するなんてズルいですよー!鈴蘭さんもすんなり受け入れちゃったのも驚きましたけど…」

 朝陽の隣で静かに立っている鈴蘭だが、話を聞く限りでは首都奪還作戦への参加には前向きな風にも聞こえる。

「だって…あなたの、《命令》だから…。私は、それに従うだけ…」

 その話を聞いた鈴蘭が小さな声で朝陽の顔を見つめながら、何やら聞き捨てならないような言葉を口にすると周りが唖然とした。

「命令…?お前たち、一体どういう関係してんだよ」

「ば、馬鹿!それとこれとは違うだろ!って、お前ら!そんな目で俺を見るな!ご、誤解なんだ!話せば分かる!」

 あまりにも不適切な言葉に、朝陽を見つめる目線が怪しいものになる。

 朝陽は動揺を見せながら誤解を解こうと必死になる。対する鈴蘭は、何が起こっているのか未だに分かっていない様子で首を傾げる。

「まさか、仲間に自分の意見を強要させているなんて…人間性を疑いますわ!」

 鈴蘭の言葉を聞いていた天音は、朝陽へ向ける目線が更に険しいものになる。その目は、まるでゴミを見るようなものといって差し支えなかった。

「誤解だっての!お前たちからも何とか言ってくれよ!」

「いや、長年こいつと組んで来たけど、ここまで最低な奴だとは思わなかったわ…」

「鈴蘭さん!なにか悩みがあるなら相談乗りますよ?」

「悩み…?特にないけど…?」

 同じ隊の銀次と可凛の言葉は、更に油を注ぐことになり、周りは朝陽を不信な目で見つめる。

 周囲が騒然としている中でも、鈴蘭は表情ひとつ変えないで、あたかも他人事の様に話を聞いていた。

「なんでそうなるんだーっ!!お前ら鬼かぁ!?悪魔かぁ!?」

 あえて事情を知っておきながらあえて知らない振りをするふたりに、朝陽は顔を赤くして猛反発する。

「まぁ、それはまた今度じっくり話してやる…。それと、今回の大規模作戦への参加に関しては、つづる隊長も一枚噛んでるらしくてよ。俺たちが参加する本当の理由はそっちなんだよ」

「綴さんが?今回の作戦に何か関係があるのか?」

 今回の作戦に、一文字綴が関与していることに薙は疑問を感じた。

 一文字綴は、朝陽と銀次のいる第7小隊の元隊長であり、薙と左近も少なからず面識のあった。その実力は相当なものであり、アマテラス全体でも名の通った実力者である。

「少し前にまた綴先輩と電話で話す機会があってな、大規模作戦のことを聞いたんだけどよ。どうやら綴先輩も首都奪還作戦に参加するってんだよ。しかも結構や役回りらしいんだわ」

「結構な役回り?一体何なんだよ」

 朝陽の遠回しな説明に、薙は興味があるように詳しく聞こうとする。

「聞きてぇか?それは、な−−」

 朝陽が真相を話そうとした途端、朝陽の背後にいる銀次から、良からぬ気配を感じ取ると言葉を詰まらせる。

「っと、言いたいところだが、これ以上話すと俺の命が無くなってしまいそうだし止めとくわ…。まぁ、自ずと分かることだし、当日まで楽しみにしてな!」

 冷や汗をかきながら朝陽は誤魔化すように話を止める。朝陽は一度、の情報を薙たちに漏らしたという前科があり、銀次は注意深く朝陽の言動を見ている。

「まっ、綴隊長から頼まれた訳じゃないし、参加するかは仲間同士で決めろとは言われたんだが、元隊長が戦うのに俺たちが何もしない訳には行かないだろってことで参加に踏み込んだんだよ」

 朝陽たち第7小隊は、恩師ともいえる綴の参戦がきっかけになっているようだった。

 大規模作戦の参加理由など、小隊によって様々であり、ましてや金銭目的で参戦するところもあるため、まだ理由としては正当な方と言える。

「ですが、第4の方たちもこの作戦に参加するって、こんな言い方失礼かもしれませんけど意外ですねぇ。今まではリスクは極力避けてるってイメージでしたので。皆さんが参加をするって聞いた時は驚きましたよ」

 可凛は、失礼を承知で第4小隊の参加理由に驚いているようだった。

「まぁ、こっちはこっちでそれなりの理由ができてな。正直、みんなの意見を聞くまでは俺も参加することは考えてなかった」

 可凛の疑問に、薙はあえて濁すように答える。

 今回の参加理由は特に天音の意見が強く、どちらかといえば可凛の言っていたとおり、リスクを払ってまで参加をしたいという考えは薄かった。そのようなことは可凛に限らず、面識の多い第7小隊のメンバー全員にも周知されている。それでいて天音の名前を出して本当のことを言ってしまうのは天音に対して酷だと思い、あえて内容を濁した。

「そうなんですね。でも、皆さんと一緒にまた戦えるのは嬉しいです!」

 薙の返答に、可凛も特に何も触れないで話を切り上げた。可凛は、見た目と年齢で幼く見られるが、意外にもしっかりとした面を持ち合わせている。

「首都奪還の前に、まずは合同訓練よね。あたしはそっちが不安だわぁ…」

「紗月センパイ、訓練って言葉に弱いですもんね。まぁ私も好きか嫌いかと言われたら、後者ですけど。先輩方も頑張ってくださいね♪」

 今後行われる合同強化プログラムのことを考えて落ち込む紗月に、可凛が励ますように声をかける。

「首都奪還作戦は大規模作戦の中でも特に大きな作戦だし、一緒になることはないと思うが、お互い無事に終わるといいな」

「おうよ!なんか、俄然やる気が出来て来たぜ!」

 薙と朝陽は、お互いに無事を祈ってその場を後にする。

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