第2話 教えて!天真先生

「首都奪還作戦への参加を決めた訳だし、まずはひとつずつ作戦について確認していくとするか。とは言っても、今日は任務も控えてるし時間はあまり取れないけど」

 支部長の千里せんりからの話が終わってすぐ、第4小隊の5人は早速ブリーフィングルームにて首都奪還作戦の概要を確認することにした。

 参加にともない、千里からは首都奪還作戦と、今回から初めて導入された合同強化プログラムの概要が載った冊子を渡されていた。

「そういえば、なぎ左近さこんは以前に大規模作戦に参加したことがあったんでしょ?そんな重要なこと、何で教えてくれなかったのよ?」

 紗月さつきは、先ほどの千里との話で話題に上がった、過去に薙と左近が首都奪還作戦に参加経験があることに触れる。最近になってふたりが、何かを隠していることに紗月は不信感を抱く目で見つめる。

「いや、だって誰も聞かなかったじゃんか?そりゃ別に隠すようなことでもないし聞かれたら話してたさ。何でもかんでも疑うのはよくないぜ?さっちゃん」

 疑いの目を向ける紗月に、左近は冷静に言葉を返す。

 無論、仲間に隠し事が一切無く、嘘偽りがないとは左近も決して言えないのだが、何もかもを否定されるのも釈然としなかったため、あえて左近は冷たく言葉を述べてみた。

「本当かしら?烙印付きの件でもそうだったけど、まだあたしたちに何か重要なことを隠してることがあるんじゃないかって疑っちゃうくらいよ」

 だが、そんな抵抗も紗月の前では特に意味はなく、容赦なく薙と左近を疑いの目で見続ける。

「俺たちってそんなに信用ないのか…」

「さっちゃん。男ってのは誰でも何かしらの秘密は持ってるもんだぜ?」

 この件について薙は本当に隠し事をしている訳ではないようで、紗月の不信感に少しに落ちない様子だった。

 そんな薙の横で、左近は反省するどころか訳の分からない言葉を無駄に渋い口調で言って誤魔化す。

「そのような話、後にいたしません?今はこちらに話を戻しましょう」

「そ、そうだな!まずは、首都奪還作戦についてだな」

「薙ったら。また話を誤魔化そうと…」

 天音の言葉に、薙は話を本題に戻す。実際に隠し事が無いと言えば嘘になるし、少しでも話題をずらそうという意図はあった。

「隊長殿。時間が惜しいのを承知の上で申すのだが。先ほどの話で大体の内容は理解できたが、もう少し詳しく作戦の概要を伝えてくれぬか?」

 狼のような見た目をした天音あまね神魔じんま・カイムが銀の毛並をなびかせながら薙に詳しい話を持ちかける。

 先ほどの千里との会合では、カイムは大規模作戦および、首都奪還作戦のことをあまり詳しく知らないようだった。

「構わないさ。それじゃあまずは大規模作戦についてから、か?」

「そうじゃな」

「説明でしたら僕にお任せください!」

 説明と聞いて、天真てんまは勢いよく手を上げて自ら説明役を買って出た。

「それじゃあ、任せるよ」

 やる気に満ちた天真に、薙は説明役を任せることにした。

「よっ!頼むぜ、天真先生!」

揶揄からかわないでくださいよ、左近さん!」

 すると、説明をしようとする天真に、左近は合いの手をいれて変に盛り上げようとする。

 天真は、運動能力こそ他に劣っているが、知識に関しては誰にも負けないと自負するほど博識であり、このような状況こそ、彼の知識が光る場所なのだ。

 そのため支部内で付いたあだ名が「先生」であり、左近は冗談半分でそのように呼ぶ。

「まったく…。では話を進めますが、大規模作戦とは先ほども話したとおり、従来の任務とは違い、大勢の小隊が集まって行う任務のひとつです。普段の任務と違うのは、小隊規模で行うものではなく、複数の小隊が集まり、作戦を指揮する司令官の命令のもと行動を行います。大規模作戦と一括りで言っても、その作戦の規模や内容によって大きく異なります」

 天真は得意気にすらすらと言葉を連ねて説明を行う。

「これは補足だけど、大規模作戦の発令は原則、個人や団体が行えるものではなくて、すべてがアマテラスの最高機関から発令されている。いわば国を上げた作戦ってことなんだ」

「あたしたちが普段こなしてる通常の任務は個人や団体が委託したもので、大規模作戦みたいな大きな任務はお国が関わってるって考えでいいかも」

 天真の説明に、薙と紗月が細かく補足を加える。

「そうなんです。なので国家レベルでの作戦ということもあって大規模作戦自体、行われることが本当にまれなんですよ。しかも、僕らのような中堅の小隊でも参加できる機会は滅多になく、長年活躍している小隊でも、大規模作戦に参加をしたことがないっていうところも少なくはないんです」

 天真は更に説明を続ける。

「それと、先ほど千里さんもおっしゃってましたが、報酬額が通常の任務よりも高額であるため、金銭目当てで参加される部隊も少なくありません。そして大規模作戦への参加というのは、その小隊の実力を計る判断材料にもなり、依頼主への信頼にも繋がることにもなるんです」

「なるほどな」

 天真の説明に対して、カイムは首を縦に降って納得したような顔をする。

「次に首都奪還作戦についてですね。首都奪還作戦は大規模作戦の中でも特に規模の大きなもので、その名の通り、今現在アヤカシの住処すみかと化している首都東京を、アヤカシの手から取り戻そうとするのが作戦の大筋です。カイムさんは今の首都の現状は知っていますか?」

「うむ。それなら把握しておる。魔素まその発生源となっておって、アヤカシが昼夜問わずひしめき合っておるのだろ?」

 カイムは天真の質問に、簡潔に答える。この時代において首都の現状など、誰でも知っている一般常識であり、カイムも詳しく説明することもできたが、天真が説明するだろうと思って、あえて簡潔に済ませた。

「そのとおりです!もっと詳しく話しますと、今現状、東京はアヤカシの大量発生が原因で立ち入り禁止区域及び帰還困難区域となっていて、誰一人として立ち入ることができない場所になっているんです」

 案の定、天真は親切丁寧に細かく説明を続ける。

「そして、東京には魔素を生み出している言われている怨妖ノ門おんようのもんと呼ばれているものがあり、首都奪還作戦の最終目的がこれの破壊または封印なんです。とは言っても、未だに怨妖ノ門に辿り着いたものはおらず、それどころか、怨妖ノ門それを目撃した者すらいないのが現状なのですが…」

「つまるとこ、はじめから結果の見えた作戦って訳よ。国はこの作戦に多大な資金を投入しているようだけど、始める前から結果の見える作戦ってこともあって民衆の中には不満を持つ者も少なくない」

 話の内容に、左近が補足を付け加える。

「天音、カイム。少し前のことだけど、覚えてるか?俺の実家に帰る時に乗った鉄道内で、ひとりだけ悪態をついた男がいたこと?」

「ええ、よく覚えていましてよ。まったくもって無礼極まりなく感じましたが…、つまり、そういう事なのですね」

「そうだな。民衆の大半は俺たちを英雄視してくれているようだけど、中には俺たちを良く思っていない連中もいるにはいるんだ」

 アマテラスの仕事は、どのようなものでも最終的にはアヤカシの討伐に行き着く。

 人類の敵に果敢かかんに挑むことから、壁内・壁外を問わず国民からの支持も高いが、一方で運営に必要となる膨大な税金や、討伐依頼を出す時に発生する依頼料も決して安いものではなく、問題視されることもしばしばである。

「話を戻しますね。そんな首都奪還作戦ですが、実はこの作戦にはもうひとつ大事な役割があるのはご存知でしたか?」

「もうひとつの役割?そのようなものがあるのですか?」

 天真の質問に、天音は疑問の表情を浮かべる。

「はい。首都奪還というのは、この作戦における言わば大義名分みたいなものなのですが、他の役割もあります。それは、首都にいるアヤカシを出来る限り排除することなんです」

「へぇ。それ、あたしも知らなかったかも」

 部隊の中でも知識人である紗月ですら初耳だったようで、天真の説明に驚きをみせる。

「首都から溢れ出る魔素によって、日本各地でもアヤカシの発生は確認されますが、やはり発生源ということもあって東京近辺は特にアヤカシの発生率が高いんです。関東を拠点に置いている、火天支部ここが激戦地なのもそれが理由で、東京から流れて来るアヤカシが多いんですよ」

「つまり、溢れ出るアヤカシを少しでも減らしていくのが、お主の言うもうひとつの役割なのだな」

 天真の説明に、カイムは納得した表情でうなずく。

「そのとおりです!この作戦においてアヤカシの排除が最も大きな役割を成していて、先ほどの溢れ出るアヤカシを減らすという目的の他に、怨妖ノ門を探る調査部隊を効率よく動かせることにも繋がるんです」

「よく勉強しているな、天真!」

「そ、それほどでもありませんよぉ〜!」

 憧れの先輩に褒められた天真は、まるで頭を撫でられた子犬の様に嬉しさが顔に出ていた。

「首都奪還作戦では大まかに3つの部隊に分けられ、それぞれ役割が異なる。まずひとつに怨妖ノ門おんようのもんの発見と調査、封印を行う『調査部隊』。さっき天真が話してくれたアヤカシの排除を行う『討伐部隊』。そして、後方でふたつの部隊の援護を行う『援護部隊』に分けられる」

「なるほど。して、我らはどの部隊に所属されるかは分からぬのか?」

「そうだな…一概には言えないけど、調査部隊はこの作戦の根幹を担う部隊であることもあって大抵は名のあるエリートが選ばれることがあるから多分これには選ばれないと思うんだ。つまり、選ばれる可能性があるのは討伐部隊か支援部隊のどちらかだろうな」

「ちなみに前に俺と薙助が参加した時は支援部隊だったな。まぁ当時は俺らが新米だったのもあったけど、今の実力なら討伐部隊に選ばれる可能性も無くはないだろうな」

「そうであるか」

 薙と左近は、昔のことを思い出しながら答えを導きだす。

「首都奪還作戦は、先ほど話したとおり作戦自体の規模が非常に大きいだけあって、この作戦の為だけに全国の支部から選りすぐりの部隊が一同に集まって行われます。天音さんが仰っていたとおり、天音さんのご兄姉きょうだいであられる北御門の仁王門、天龍てんりゅうさまと奏音かなでさまも例年参加されていますし、今回も出られる可能性は大きいかと思われますよ」

 天真の説明に出てきた兄姉の名前に、天音はぴくりと反射的に反応をしてしまうも、静かに話を聞く。

「うむ。大方、理解はできた」

 すべての疑問が晴れて、カイムは満足そうに返事を返した。


「むしろ、本題はここからだな」

「合同強化プログラムか…。作戦本部も変化球を加えて来たもんだなぁ」

 左近は、千里から受け取った概要の載った紙面をまじまじと見つめながら考え込む。

「事前に決められた複数の小隊とチームを組んで訓練を行って、首都奪還では、その小隊同士で連携を組んで任務に当たる、って言った感じかしら?」

 紗月が分かりやすく内容を要約する。

「ざっくりとした内容としてはそんか感じだな。これに関しては何分なにぶん、俺も初めてだから、分からないことだらけだな…」

 だが、実際は今回が初めての試みであり、誰もが初めての事である為、薙も頭を悩ます。

「今現在では、どこの小隊と組むということも分からないんですよね?」

「そうだな。千里さんの話では、他の支部とも組むことがあるとは言っていたな」

「長年やってきたつもりだけどよぉ、今まで他支部たしぶとの関係ってのが全くといって無かったからな」

 アマテラスという組織上、入隊と同時に各支部の小隊に所属をして、そこでの活動が主な活動場所になってしまうため、意外にも閉鎖的な面が強かった。そのため、他の小隊や遠方の支部との連携などは無いに等しかった。

 そこで今回の合同強化プログラムというものは、まさに今までに無かったという位置づけもあるのだろうと考える。

「まぁ、合宿気分で楽しくできるだけなら良いんだけど、作戦当日にこの集められた者同士で連携を取るっていうのがネックよねぇ…。どこの馬の骨とも知らない人たちと組むんだからさ」

「確かに不安は多いだろうな。だけど、これは俺たちに限った話でもないし、きっとこれは誰もが思っていることだ。そう思えば必然的に協力意識も芽生えるんじゃないのか?」

「そう願いたいですわね…」

 先の見えない話に不安は募る一方だが、薙たちは気を取り直して話を進めることにした。

「それで、その合同強化プログラムの内容とかって書いてないの?」

「ああ、そうだな。プログラムの内容は、大まかに分けて3つ。まずは作戦に向けての訓練と連携。それと他支部・小隊同士の交流。最後に集団戦を想定した実戦があるらしい」

 薙は、配布された紙面を確認して、重要そうな部分を読み上げる。

「ひとつずつ確認してみるか。首都奪還作戦に向けての訓練と連携ってのは、大方想像が付きそうだな」

「まだ、訓練内容とかも一切不明なんでしょ?一体どんな訓練をさせられるのかしら。はぁ…新人研修での訓練を思い出すと、嫌なことしか思い出さないんだけど」

「あれは…正直、つらかったですね。生きた心地がしませんでしたよ…」

 というワードに、紗月と天真の顔色が一気に悪くなる。

 天真は特に運動音痴であるが、紗月もアマテラスの中ではそこまで運動神経が良いという訳ではなく、出来れば後方で皆の様子を見て援護をする方が性に合っている。

「あの程度の訓練で根を上げていて、よく今まで無事に生きてこれましたわね」

「まぁ、いつもの任務だって常に死と隣り合わせみたいなもんだしよ、訓練くらい死に物狂いなのは当然だろ」

「あたしたちを、アンタらと一緒にしないでよね!こっちは神威かむいになる前だって大した運動なんてやってなかったのよ!研修2日目でフルマラソン級の距離を走らされた時は地獄を見たわよ!」

「まぁまぁ、落ち着けって。次行くぞ」

 天音と左近に反論できず、激情する紗月を抑えながら薙は話を進める。

「他の小隊との交流ですか。他の支部の人たちとの交流なんて滅多にできる機会もありませんし、これは楽しそうですね!」

「そうだな。それこそ、名のある実力者もいるかもしれないし、腕を上げるいい機会にもなりそうだ!」

 他の支部との交流に関しては、支部の壁を変えた交流が出来ることや、実力の見せあいと言ったことができる点では、先ほどとは打って変わって好印象だった。

「気の合う仲間もいれば、今後の似たような作戦とかでも情報交換にもつながりそうだな。あわよくば、可愛い子ちゃんとも仲良くなって夜にしっぽりと、なんてイベントが〜、ぐふふ」

下賎げせん極まりないですわ…」

「アンタねぇ…もし、そんな真似、他の隊の子にやってごらん。その場で即刻地獄に叩き込んであげるから!」

 そんな中、左近は下心を丸出しで、理解し難い妄想にふけていた。勿論、それを横で聞いていた天音と紗月には、まるでゴミを見るような目で左近を見ていた。

「ったく、頼むぜ…」

 左近の気の抜けた発言に、薙も頭を抱えるが、長い付き合いでもあるため、いつものことかと聞かなかったようにした。

「最後は、実戦か…。小隊規模の実戦なら問題ないが、これが集団戦になるとどう転ぶかだな」

 薙は、最後の項目を見つめながら率直な意見を出す。

「特に今回は4つの小隊と連携を取りながらの実戦になるし、タイミングや意思の疎通がいつも以上に重要になりそうな気がするわね」

「集団戦と言うのは、ひとつの乱れが時に大きな波紋になる。ひとつの失敗が大きな損失に繋がることもあるからのぉ」

 集団戦という言葉に、誰もが難しく考えてしまい、嫌な空気が立ちこめる。

 意味合いは少し違うが、以前に第7小隊と共闘した際のことを思い出すと、たかが2つの小隊をまとめ上げるだけでも大いに苦労した経験があり、薙は再び頭を抱えたくなるような気持ちになる。

「ですが、逆に考えれば、連携さえ取ることができれば戦況を有利に進めることもできる訳ですし。しかも、僕たちは一度、第7小隊の皆さんと共闘をしてそれを実証しています。不可能な話ではないと思うんですよ!」

 そんな中、天真だけは皆とは違う考えを持っていた。集団戦は特に人数が多くなればなるほどリスクを背負うことになるが、その反対に、今までには考えられないような行動も不可能ではなくなり、作戦の幅も大きく広げることができる。

 天真は、失敗のリスクよりも作戦の効率化を見ていた。

「そうだな…。なに始まる前から悪いことばかり考えてるんだか。ありがとうな、天真」

「いえ、僕は自分が思ったことを言っただけですので…。ですが、薙センパイのお役に立てたのなら何よりです!」

 隊長であることから、リスクばかりに目が行ってしまっていたが、天真の言葉に薙の悩みは晴れたように解消された。

「今分かる情報はこんなところか。後は上からの情報待ちって感じだな。場所も分からなければどこの隊と組むのかも分からない」

「まっ、そんなこと今考えても意味ないんだし、こんなところでいいんじゃない?」

「合同プログラムまで、まだ時間もある訳だしよ。一気に話す必要もないだろ?もうおっちゃんも疲れたし、この辺で終わりにしようぜ〜」

 大まかな内容を話しきったところで、左近は集中が切れたようにミーティングを終わりたいムードに入っていた。

「もうこんな時間か。任務も控えてるし、今日はこの辺で切り上げるか」

 薙は時計を見ると既に夕刻を過ぎ、外はすっかり暗くなっている時間帯だった。今夜の任務は近場でかつ難しい内容ではないにしろ、準備をしない訳にはいかない。

「それじゃ、1時間後にもう一度ここに集まって任務の打ち合わせとしよう。それじゃあ解散!」

 時間を逆算しながら、薙は今後の予定を頭で組み立て一時解散する。

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