第16話 孤独と弱さと

「お姉さま!お姉さま!天音と一緒に遊んでください!」

「ふふ、天音ったら。甘えん坊さんなのだから。いいですよ。今日は何をして遊びましょうか?」

(これは…昔の記憶?わたくし、夢でも見ているのかしら…?)

 広々とした洋館の一室で、まだ幼い頃の天音と、その隣に居合わせると呼んでいるもう一人の女の子が仲睦まじく本を読んでいる姿があった。

 天音は朦朧もうろうとした意識でその光景を見る。

 少し時間が経つと、ぼんやりとした意識がはっきりとして、その光景を目の当たりにした天音は、昔の夢を見ているのだと実感する。

 夢の中の天音は、まだ10歳にもならない年端の行かぬ少女で、愛らしく笑う姿は人形の様に可憐だった。

 その隣に座るお姉さまと天音が慕う少女も、天音に似てとても愛らしく歳も近いことから、2人の姿はまさに仲の良い姉妹であった。

(……)

 そんな楽しげな光景が映し出される中、夢の中の天音は何故か終始暗い表情で、その夢を見続ける。


「天音よ。お前は北御門きたみかどを支える新たな柱となり得る者だ!」

「お父様!必ずやお父様のご期待に応えれるよう、精進いたします!」

「期待しておるぞ。我が愛娘まなむすめよ」

(これはお父様との謁見えっけんした日の事…お父様の姿を見るのも何年ぶりかしら)

 先ほどのシーンから切り替わり、今度は幼い天音が父親に抱えられていたところだった。

 父親の顔は、もう何年も見てなかったこともあり、記憶がはっきりしないのか、黒く塗りつぶされている。だが、その言葉と口元からは優しい表情が見て取れる。


「何をしているんだ。さっさと剣を取れっ!休んでる暇なんて1秒たりともないぞっ!」

「う…くぅ…」

「この程度の訓練でなに弱音を吐いているんだ!そんなことも出来ないで神魔じんま使いを名乗るつもりか!さぁ立て!」

(血のにじむような訓練の日々…思い出したくもなかったのに…)

 次に映し出された記憶は、木刀を構え、剣の稽古をしている光景だった。

 だが、その稽古の様子は決して楽なものではなく、師範からの高圧的で容赦のない稽古は、天音には厳しくも苦しい記憶であった。


「お姉さま…?お姉さまはどこ行かれたのかご存知なの?」

 場面は更に変わり、広々とした洋館の廊下でたたずむ天音の姿が映し出される。

 そこには、天音の他にひとりの少年が屋敷の使用人に抑えられ、床に伏せられていた。

「知るかよ。まぁ、この屋敷にはいないのは確かだろうな…クソがっ!」

 天音の問いに対し少年は悪態をつきながら苦言を漏らす。

 少年の表情は深い悲しみや恨みなのが入り混じったような絶望した表情を浮かべていた。

「そんな…!でも、どうして」

「これだから神魔使いってのは…!何不自由なく生活しているお前たちに、俺たち日陰者の気持ちが分かるかよ!!」

 少年は、使用人に身柄を抑えられならがも必死に抵抗をしながら、天音を睨むように見つめる。

「お姉さまだぁ?随分とあいつに手なずけられていたようだな。いいように利用されていたと知らないで」

「ど、どういうことですの…?」

 動揺した天音のたどたどしい言葉に、少年は使用人たちに連行されながらも必死にもがきながら天音に向かって蔑むような口調で吐き捨てる。

「知りたきゃあいつから直接聞いてみるんだな。まぁ二度と会う事なんてないだろうがな。お前を愛してくれる奴なんてここにはいない!はははっ!ざまぁねえぜ。滑稽だ!孤独こそがお前に相応しい末路だ!!」

(違うっ!そんなことはない!わたくしはもう、独りなんかじゃ…!)


 そして、次に映し出された光景は、第4小隊の4人が真っ暗闇の中に立ち、何やら物悲しい表情で天音を見つめていた。

(第4小隊の皆さん…わたくしの初めての仲間…初めての居場所…)

 天音は、第4小隊の仲間に手を伸ばし、彼らに付いて行こうとする。だが、その距離は一向に縮まろうとはしなかった。むしろ、天音が近づけば近づく度、彼らとの距離が離れていく。

「天音…」

 薙は、その物悲しそうな表情のまま、一言だけ天音の名を呼ぶと、天音とは逆の方向へ歩いて行き、他の仲間も薙に付いて行くように天音から遠ざかって行く。

(薙っ!皆さん!行かないで…!)

 息を切らすように必死に走っても追いつくことは適わず、影が小さくなって行くのを見て、天音は大粒の涙を流しながらも薙の名を叫び続ける。

わたくしを、ひとりにしないで…!)


「−−−!!?」

「うむ。目を覚ましたか、あるじよ」

 夢から醒めた天音の目の前には、白銀の毛をなびかせ凛々しい瞳をした狼の姿。神魔のカイムだった。

「カイム…?わたくし、一体…?」

「何も覚えておらぬのか?」

「何も、覚えて…」

 天音は自分が意識を失うまでの記憶を静かに巡らせる。

「−−−!!薙っ!いいえ、皆さんは無事なのですか!?」

 天音はすべて思い出した。九尾の化身が放った殺生塵せっしょうじんに触れて動けなくなったこと。そして、薙が篭手の力を発動させ暴走したこと。

 天音は篭手の力で暴走した薙の行方を心配し、飛び出すように布団から上半身を起き上がらせた。

「落ち着かぬか、主よ。隊長殿は無事だ。今は別室で眠っているが命には別条はない。他の者も大した怪我もなく全員生きておる」

「そ、そうなのですね…。ところで、ここは?」

 全員が無事であることを知って、ホッと心を撫で下ろした天音は、今現在の状況を整理しようと、きょろきょろと部屋を見渡す。

「ここは隊長殿の実家だ。主が気を失った後、あそこの廃校舎で一夜を過ごし、早朝にこの屋敷に帰って来たのだ」

 カイムは淡々と、今までの経緯を天音に説明する。ずっと意識のないまま眠っていたこともあり、頭がぼーっとしているものの、カイムの言っている意味は分かった。

「腹は減っておらぬか?今、誰かを呼んで作らせよう」

「ちょっと待って。いいえ…別にお腹が空いていない訳ではないのですが…」

「どうしたのだ、あるじよ?」

「大したことではないのですけど…。先ほど、昔の夢を見ましたもので…」

「そうであったか」

 静かに話す天音の横で、カイムは必要最低限の言葉で受け答える。

わたくし、今まで忘れていましたわ。小隊に入って、皆さんと共に過ごしていると昔のことを考えるいとまもないくらいに楽しくって」

 天音は第4小隊に入ってからの記憶を思い出す。まだ半年にも満たない時間であるが、天音には小隊に入ってからの日々がとても充実しているのが、その言葉から伝わる。

「忘れていました。私はずっと独りだった。今まで御家のためだけに、ひたすらにアヤカシと戦い続けて…それが当たり前なんだと自分に言い聞かせて…」

「…」

 カイムは天音の過去を誰よりも近くで見てきた。それ故、彼女の心境は言葉を交わさずとも伝わるものがある。

 天音の見た夢の内容までは分からずとも、過去に起こった出来事を思い出すだけで容易に考えついていた。そのため、カイムはあえて何も口にせず、主である彼女の近くに寄り添う。

「もう昔には戻りたくない…。苦しい想いも、孤独も…もうこの場所を失いたくない…」

「そうか…」

 天音は先ほど見た夢を思い出すと涙が止まらなく怖かった。

 孤独に震える小さな手でカイムの身体にしがみつき、子どもの様に泣きじゃくる天音をだた黙って見つめ、心が落ち着くのを待った。



一先ひとまずは天音ちゃんが元気そうでよかったよ」

「そうですね。目立った外傷もさほどないようで安心しました」

 正気に戻ったのはそれから30分ほど経ってからで、天音は潤んだ目元と、くしゃくしゃになった髪型を整えた後に、小隊のメンバーと家主である刀華とうか百花ひゃっか、そして鋭羅えいらを呼んで今までの経緯を聞いた。

 どうやら今の時刻は作戦が終わった翌日の夕刻だったらしく、天音は丸一日寝ていたことになる。

「皆さん、ご迷惑をおかけしました。もっと周りに注意をしていれば…」

 布団に入りながら、天音は自分の慢心を深く反省した。

「そ、そんな。天音さんが悪かった訳では…」

「そうよ、あんな予想もつかない状況。生きてるだけでも本当奇跡なくらいよ」

 紗月と天真が、弱った天音に寄り添うように優しく言葉をかける。

「本当…無事でよかったわ…」

 紗月は天音の元気そうな表情をみて、嬉しさのあまり天音の身体を強く抱いた。天音のことを誰よりも心配していた紗月は感極まって涙がこぼれるほどに天音の無事に心から喜んだ。

「ご心配おかけしましたわ」

 お互いに無事であったことと、改めて仲間との絆を思い知らされた。少し前までは想像もしていなかった仲間の存在。

 そして、先ほど見た昔の夢を思い出しながら天音は、この手を離すまいと強く願った。

「まぁ後は薙助なぎすけの回復を待つだけだな」

 そして、邪鬼の篭手を使用した薙は、丸一日経過した今でも目を覚ますことなく布団の中で眠っているとのことだった。

 薙は以前に篭手の力を発動させた時に、2・3日眠りに付くのが当たり前だったと言っていたため、天音もそこまで驚かずに話を聞くことができていた。

「薙の看病は私たちが引き続き行いますので、目が覚めるまでの間、皆様は家の中でお寛ぎください。何かご不満なことがあれば何なりとお申し付けください」

 家主である刀華とうかが、薙の看病を一身に引き受けると申し出た。

「そうですか。そんじゃ、よろしく頼みますわ」

 左近は、特に取り留めることもなく、刀華の言う通りに薙の看病を任せることにした。

 左近はともかく、お人好しの天真と紗月が何も言わないで黙っていたことに天音は疑問を感じたようだが、刀華と、その隣に座る百花の表情を見て、何となくだが意味が伝わった。

 それは、息子の過ちを償うための贖罪しょくざいか、それとも単に息子を敬うためか。

 どちらが本当なのかは知る由もないし、聞き出そうという義理もなかったため、天音は何も言わないで、周りの状況にただ従うだけにした。

「それじゃあ、すまないが俺っちは先においとまませてもらうわ。薙助が起きるまでに傷口を塞いでおきたいしな。天音ちゃんもゆっくり休んでくれよ」

「ええ。痛み入りますわ」

 そう言い残し、左近は天音のいる部屋を後にした。


 それから時は経ち、天音が目を覚ましてから2日が経過していた頃だった。

 天真は、薙が眠っている部屋のふすまの前に立っていた。

(うぅ…来てみたはよかったけど、入ってもいいものなのか…)

 薙が目を覚ますまでの間、家主の刀華からは薙の面倒はすべて月影家の人間が行い、それまでは自由にしてもらっても構わないと言われてはいたが、天真は薙が心配で何も手に付かないのと、稽古以外にやることがなく暇を持て余していたこともあって、部屋の前まで来てしまっていた。

(センパイのお母様は、何もしなくてもいいとは言ってましたけど、入ってはいけないとは言ってなかったし…でも、大きなお世話とか思われたくもないし…どうすれば良いんだ!)

「だれかられるのですか?」

「−−−!?」

 一人で考え事をしていたら、突然、襖の向こう側から声が聞こえた。どうやら、天真の気配を感じたのだろう。

 可憐な女の子の声から、薙の妹の鋭羅えいらであることに気づくと、天真は驚きつつも、何だか自分の行動が恥ずかしく感じて静かに部屋を後にしようとした。

「あ、あの。どうかなさいましたか?」

 黙って逃げ出そうとした天真だったが、部屋を隔てていたふすまが開くと、そこにはいつもの和服姿の鋭羅が、きょとんとした表情で天真を見つめていた。

「あっ…!い、いえ!特に用と言うほどでもないんですけど…その、何といいますか」

 急な出来事に、天真は慌てて言い訳を考えようとしたが、上手く言葉が出ない上、更に取り乱してしまう。

「うぅ…ごめんなさい。センパイの容態が気になって、居ても立ってもいられず、顔を出してしまいました」

 一回りも年下の女の子に対して、言い訳を持ち出すのが逆に恥ずかしく思った天真は、素直に要件を伝えた。

「ふふ。そうでしたか。どうぞ、遠慮なさらずお入りください」

「あ、はは…では、遠慮なく…」

 すると鋭羅は、天真に笑みを浮かべながら入室の許可を出す。何ともあっけなく入れたことに、天真は深く考えていた自分に情けなさを感じつつも、それを隠すように微笑を浮かべながら奥へ進んだ。

「失礼します」

 部屋に入ると、そこには布団の中で静かに眠っている薙の姿があった。これといって何事の変化もなく、ただ静かに。

「センパイ…」

「さあ、お座りになってください。何もご用意はできませんが」

「い、いえっ!お構いなく!」

 挙動不審な天真に対して、親切すぎる鋭羅の対応に、天真は終始落ち着かない様子だった。

「特に変わった様子はございませんよ。ずっと静かに眠っています」

「そ、そうですか…」

 薙の容態について淡々と話す鋭羅と、薙の様子を見てきたのに緊張でまったく会話が弾まない天真。

「そういえば挨拶が申し遅れました。私は月影鋭羅といいます。天真さま。お兄さまから天真さまのことは色々と伺っております」

「こ、こちらこそ挨拶もロクにしないで、ごめんなさい…何度かお見えすることがありましたが、お話しするのは初めてですね」

「そ、そうですね…昨日はお見苦しいところを見せてしまい申し訳ありませんでした…大勢の方が来られて少し取り乱してしまいました」

 鋭羅は赤くした頬に手を当てて、恥ずかしがるような素振りを見せる。

 鋭羅の言っているのは、昨日、薙の家に到着して早々、メンバー全員で家に入り込んだ時のことだろうと、天真は察した。

 あの時の鋭羅は、天真たちの前をロクな挨拶もなしに無愛想な表情で素通りして行ったが、隣にいる彼女からは昨日の無愛想さはまったくといっていいほどに感じられず、気さくでお淑やかな様子が見て取れる。

「天真さま。お兄さまを連れて帰ってくださいまして本当にありがとうございました。お兄さまの姿を見た時は…正直、驚きを隠せませんでしたが」

「ご、ごめんなさい…!僕がもっと、皆さんのお力になっていれば、このような結果には…。嫌、僕一人が何か出来ることではなかったのかもしれませんが…」

 鋭羅の悲しげな表情を見た天真は、フォローを入れようとするも、自分の無力さを卑下ひげすることしかできず、自分で発した言葉で更に落ち込んでしまっていた。

「センパイが邪鬼まがつきの力に呑まれてとき、僕は一歩も動けませんでした…今まで、僕は出来る限りのことを精一杯頑張ってきたつもりでしたが、あれほど自分が無力で臆病だったことを実感したのは初めてで…正直、情けなかった…。陰陽術師だからとはやし立てられたこともありましたが、僕にはそんな力も…みんなを護れる勇気もなかったんだって…」

 自分の無力さを改めて感じた天真は、悔しそうに俯き、今にも涙が出てしまいそうだったが、自分より一回りも幼い女の子の前で泣くことを恥ずかしく思った天真は必死に涙を引っ込めようと全身に力を込めて堪える。

「顔を上げてください。天真さま」

 そんな天真の横に座る鋭羅が、小さな声で励ましをいれる。

「天真さまは自分のことを悪く思われていますが、お兄さまは誰よりも天真さまを信頼しています!」

「センパイが…僕を…?」

「そうです。お兄さまは私に皆様の話をよく聞かせてくださいます。その中には勿論、天真さまのことも話してくれました。まだ若く経験の浅い新人が入って来たと言って、無邪気に笑いながら話してくれて、私はその話を聞いて、お兄さまにとってその方はとても信頼されているのだと思いました」

 鋭羅は、薙の話を思い出しながら、天真に向けて話をする。

「それと、やる気だけは一人前だけど、そのやる気が時に空回りしてしまうこともあって心配だと言っている反面、同時にお兄さまはそんな天真さまを、負けず嫌いで諦めの悪いところは、将来を担う大きな存在になると話してくれました」

「ぼ、僕が…みんなを担う存在…?」

「ええ、何度だって言います。お兄さまは誰よりも天真さまを信頼されております。ですから…そんなお兄さまの期待を裏切らないでください。何度でも立ち上がって、お兄さまの、皆様の力になってあげてください!」

「鋭羅、さん…」

「あっ!ごめんなさい!私としたことが、ついでしゃばってしまって…。申し訳ありません!」

 感情的になってつい口が過ぎてしまったと感じた鋭羅は、天真に大きく頭を下げて謝る。

「いいえ、鋭羅さん。ありがとうございます。そう言ってもらえて、なんだか気分が晴れたように感じました」

「そ、そうですか…?」

「はい!」

 今まで俯いた様子の天真だったが、鋭羅の言葉に背中を押され、少しだけ前向きにやっていこうという気持ちにされられた。

「ずっと後悔していたって意味がない。赤紋種せきもんしゅだって、またいつ現れるかも分からないんだし、自分なりに考えて皆さんのお役に立たないと!」

「その調子です、天真さま!」

 天真のやる気になった表情を、鋭羅は横目で見て嬉しそうに微笑んだ。

「あの、天真さま。もし、よろしければ、もう少しだけ私とお話をしてくださりませんか?」

「え?まぁ、僕なんかでよければ」

「よかったぁ。実は、お母さまから少しの間、お兄さまの様子を見ているように言われていまして、その…重要な役割であるのは承知の上なのですが、ずっと座ってお兄さまの様子を見ているのも、お暇になってしまいまして」

 鋭羅は恥ずかしそうに、その理由を天真に伝える。

「いいですよ。あまり話せることもありませんが」

「ありがとうございます!あの、私、外壁区のことをお兄さまからもっと詳しくお聞きしたいと思っていたんですけど、聞いてもよろしいですか?」

 天真が話し相手になってくれると分かった途端、今までおしとやかだった鋭羅は、身を乗り出す勢いで天真に質問をする。

 そこからは、まるで時間を忘れたように天真と鋭羅は色んな話をした。

 鋭羅も今までの緊張がほぐれ、天真も鋭羅と話していることで不安を忘れることができた。

「ふふふ。交代の時間で来てみれば、お邪魔だったかしら?」

「こらこら、姉さん。そのような言い方、おふたりに悪いですよ」

「ったく、天真も隅に置けねぇな〜。用があるとか言って帰って来ないと思ったらこんなとこで仲良くよ〜」

 静かに襖が開くと、そこには薙の母の刀華と義姉の百花、それと左近が顔を出して、こそこそと話をしていた。

「お、お母さまに百花も!?そ、そのようなことは…これは、天真さまがお兄さまのご様子を伺いたいと言われましたので、その」

「さ、左近さん!?これは違うんです!本当はただ立ち寄るつもりだっただけで、決してそのようなことはー!!」

 ニヤニヤとした表情で見つめる左近に、天真は慌てながら言い訳を考えて弁明しようとしていた。

「別に構いませんよ、鋭羅。誰も近づけないようには言っていませんから。古賀さまも、時間を取らせてしまい申し訳ありません」

「いいえ。むしろ、僕の方が無理を言ってここに通してもらったので、鋭羅さんは何も悪くありません!それと、僕も好きでここに居ただけなので」

「本当かぁ?さっきまで見てたけど、随分と仲良さげに話をしていたみたいじゃんか?本当に目的は薙助だったのかぁ?」

「左近さん!これ以上変なこと言うようなら知りませんよ!」

 自分のことならまだしも、関係のない鋭羅を巻き込んでしまうと思った天真は、冗談を言う左近に、珍しく反抗を見せる。

「お〜怖っ!冗談が通じないなんて、これだからチェリーボーイはよぉ」

「ち、ちぇ、チェリーボーイなんて…!人様の前でなんて事言うんですか!」

 薙の親族が居る中で、恥ずかしめを受けた天真は、顔を真っ赤にして左近に怒鳴りつける。

「百花?チェリーボーイ?とは、どのようなもの何ですか?チェリーと付いてますし、きっと天真さまは甘いものが好きということでしょうか?」

「今はまだ、そう言うことだと思っていてください。鋭羅さまにはまだ分からなくてもよいことです」

 反対に鋭羅は、左近の言っている内容をまったく分かっておらず、独自の解釈でまとめてしまった。

「ったく、うるさいな…!静かに眠ることすらできないのか…」

 今までずっと静かな空間が続いていたが、刀華たちが入って来たことで束の間の活気が部屋の中に広がったが、その賑やかさが耳障りに感じたかのように今まで眠っていた薙が目を覚ます。

「お、お兄さま!?皆さん、お兄さまが目を覚まされました!」

 賑やかな喧騒に、薙が頭を抱えながら体を起こす。

「な、薙センパイ!よかったぁ!ご無事で何よりでした〜!」

 急な目覚めに天真は一瞬驚きを隠せなかったが、いつもの様子の薙を見て心の底から嬉しさがこみ上げて来た。

「あら?騒がしさで目が覚めるなんて、今後は目覚まし時計でも枕元に置いた方がいいかしら?」

「止めてくれよ。ここまで最悪な目覚めは久しぶりだ…」

「ふふ、冗談よ。無事でいて何よりだわ」

 義姉の百花は冗談まじりに薙の目覚めを喜ぶも、いつも通りの表情の薄い、強弱のない口調であり、本音なのか冗談なのかは掴めない。

「よぉ、良く眠れたかよ?」

 すると左近は、布団から上半身を起こした状態の薙を下から見下すように、様子を伺う。

「まぁ、なんとかな…」

 薙は、表面上は笑って心配させまいとするも、意識が途切れる寸前のあの光景を、左近に敵意を向けてしまったことへの罪悪感が頭をよぎって、素直に喜べなかった。

「何しょげたツラしてんだよ。みんな、お前が起きるのを待っていたんだ」

 そんな薙の表情を見た左近は、あたかも何も起きなかったと言わんばかりに、いつも通りの調子で薙と接する。

「そうだったのか…心配をかけたな、みんな…」

 周りに心配をかけてしまった事に薙は頭を下げて詫びをいれる。

「顔を上げてください、薙センパイ。僕たちは、薙センパイが無事でいてくれたならいいんです」

 天真のその言葉に、薙は顔を上げ、皆の顔色を伺うように眺める。周りの表情を見るに、天真の言っていることは正にその通りだったのだろう。

「皆さん、積もる話もあるかもしれませんが、薙はまだ目が覚めたばかりですし、体調が回復し次第、話をいたしましょう」

 今までまったく会話に入らなかった刀華が、その場を一旦締めることにした。

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