第12話 九尾の化身

 時刻は18時を過ぎ、太陽が沈むにつれて、次第に辺りは段々と暗くなろうとしていた。

 薙たちは、今回の目的地である村から少しばかり離れた場所にある廃校舎までやって来た。そこは、聖域を抜けてほんのすぐの場所にあり、聖域を抜けた途端に空気がどんよりと重くなったのを感じる。

 今までの平和な集落から一変し、奥に見える白い廃校舎は老朽化やシミなどで薄黒い汚れが目立ち、側のフェンスは赤黒く錆びていて人を寄せ付けない雰囲気を全力で醸し出していた。

 そんな旧校舎の手前に乗って来た軍用車両を停めて、各自戦いの準備をする。

「まるで逃げも隠れもしない、と言った様子ですわね」

「アヤカシの癖して気品があるっていうか、あの余裕のある表情。どうも気に食わないわね」

「珍しい習性ですよね。目の前に外敵がいると分かっていても縄張りに入って来るまでは何もしてこないのも」

 軍用車を停めた場所から見える廃校になった校舎を眺めると、屋上には今回のターゲットである九尾の化身が堂々とした風貌ふうぼうで赤く焼けた空を望む。その姿は、例えアヤカシであっても美しさを感じてしまうほどだ。

 アヤカシとは攻撃的な個体が大半であるが、九尾の化身は基本的に大人しく、自分から攻撃を仕掛けてくることはない。だが、一歩でも縄張りに入ろうものなら、相手が何であれ容赦なく襲ってくる習性がある。そのため、この廃校舎に入らなければ無害なのだが、アヤカシであるのには違いなく、不気味に感じる住民が後を絶たないことから討伐の依頼がきているのだ。

「まぁそう思わせるのも今のうちだけだ。さっさと準備してしまおう」

「そうだな。そのイカした表情、すぐにでもぶっ潰してやるぜ!」

 九尾の化身の凛々しい姿に、左近はまるで嫉妬のような目で見つめて吐き捨てる。


「みんな、準備はいいな?」

 薙は皆の準備が整ったのを確認すると、九尾の化身が鎮座ちんざしている表面側から校庭に堂々と侵入する。

 九尾の化身に、こちらの場所が把握されている時点で身を隠す意味がないため、真っ正面から立ち向かった方が効率がいいと判断しての行動だ。

『キエエエエ!!』

 薙たちがテリトリーである校庭の中に入ってきたのを確認すると、九尾の化身は甲高い金切り声のような叫び声を上げると、素早く頂上から校庭に降りてきた。先ほどの叫び声は警告とみて間違いないだろう。

「相手さんも随分とやる気みたいだぜ」

「よし、各員戦闘準備!来るぞ!」

「「了解っ!!」」

 薙の号令で他のメンバーは各々の配置について、九尾の化身に立ち向かう。

『キエエエエ!!』

 美しさすら漂わせていた九尾の化身も、外敵を目の前にした途端、再び威嚇いかくのような声を上げると、三つに分かれた大きな尻尾を上げて戦闘状態に入る。

「先手必勝ですわ!行きますわよカイム!」

「承知!」

 初めに攻撃を仕掛けたのは天音だった。天音はカイムに攻撃の合図を送ると、瞬時に雷を発生させ九尾の化身に向けて攻撃を放つ。

『———!!』

 だが、九尾の化身は咄嗟に攻撃を予測すると横にステップするように軽い身のこなしで雷撃をかわしていく。

 初撃をかわされたのを確認すると、天音は即座に二撃三撃目を繰り出して相手を翻弄する。

「俺たちも続くぜ、天真!」

「はいっ!影狐えいこ、出番だよ」

 天音の攻撃が避けられると同時に、後方で構えていた左近は両手持ちのアサルトライフルで。天真は陰陽術師のみが扱える特殊なお札、神符しんふで式神・影狐を呼び出すと、狐の形をした黒い影が地面を高速で駆け抜け、九尾の化身に向けて牙を剥く。

 左近と天真の連続的な波状攻撃により、相手に攻撃の隙を作らない戦法だ。

『グルルルル』

 九尾の化身は第4小隊の一斉攻撃に対応しきれないと感じたのか、攻撃の届かないであろう距離まで下がると、まるで踊っているかのように三つに分かれた尻尾を大きく左右に振る動きを見せる。

殺生塵せっしょうじんを放つ気だわ!注意して」

 すると、後方で様子を見ていた紗月さつきから伝達がはいる。どうやら先ほどの動きは、九尾の化身の最大の武器とされる殺生塵を繰り出す動きの様だ。

『———!』

 次の瞬間。九尾の化身は金色の尻尾を体の前に突き出すように振り出すと尻尾も先から、黒いもやのような物体が現れる。

「へっ!今回のは随分と気が短いんだな。早速奥の手を出してくるのか?」

「みんな、注意しろ!殺生塵には絶対に近づくな!」

 九尾の化身は再度、第4小隊のいる前線に駆け込むと、無作為にその黒い靄を尻尾の先から放つ。解き放たれた靄は、周辺の空間を漂うように残り続ける。

 殺生塵は薙たちが構えていた陣地に敷かれたことで連携が取りづらくなる。

「薙!一度、散開するのはどう?相手は固まったところを一気に仕留めようと思って殺生塵をここに放ったと思うのだけど」

 紗月は薙に作戦変更を提案する。近くで戦闘に参加しながら考えるよりも、遠くから状況を分析している紗月の方が明確に相手の行動を読むことが出来る。

「そうだな。各自、殺生塵に注意しつつ散開!一旦陣形を崩して殺生塵から離れたところで陣形を組み直す」

 薙がインカムで作戦の変更を伝えると、全員が殺生塵から逃げるように構えていた陣形を崩して分断する。

「了解。天真!お前は出来るだけ薙助の方に散らばれ。俺は天音ちゃんの方に付く。前線のふたりが分断されたら、それだけ前線まえの負担が重くなる」

「分かりました!左近さんもお気をつけて」

 左近は天真に指示を出して、薙の方に天真を付かせた。

 九尾の化身の動きに翻弄されながらも、薙たちは機敏に状況を判断して動いて行く。これこそ長年積み上げて来たチームワークがあっての動きだ。

「狙いを俺に定めたか!?」

 だが、陣形を崩したことで孤立した薙が集中して攻撃を受けることになった。一撃一撃の攻撃は力重く、そして素早いため、薙は反撃は愚か防ぐので精一杯だった。

『−−−!?』

「薙先輩!援護します!」

「助かった!」

 先ほど左近が伝えた通りに天真は動き、薙の後方に付くと影鳩えいくで援護をする。

 九尾の化身は顔を動かして、次の標的を天音に移そうとした。だが、天音の後ろには左近が構えていたのを見ると、またも薙の方に向き直した。

「俺って、そんなに弱く思われてるのか…?」

「あら?わたくしの力に怖じ気づいたのではなくて?」

「まぁ、あたしも薙と天音、どっちを相手にするか決めるなら、絶対薙かも。天音とタイマンなんてしたら命が何個あっても足りなそうだし」

「紗月、それは一体どういうことですの!?」

 緊張感の抜けるような会話をしつつも、薙は襲いかかる九尾の化身に果敢に立ち向かう。天真の援護があるお陰で、先ほどまでの一方的な展開ではなく攻撃のチャンスも見えて来た。

「このまま挟み撃ちにしよう!一気に片を付ける」

「待って、薙!この状態で挟撃きょうげきなんてしたら、お互いに誤射が生じるかもしれないわよ!本当に大丈夫なの!?」

 薙の提案に紗月は不安を感じ、咄嗟に確認をする。

 二手に分かれたことで、陣形を組み直す必要があったが、相手を挟んだこの状態であれば挟撃も容易であり、陣形を組み直す必要もなくなる。

 だが逆に紗月が危惧しているのは、挟撃をするとなると、お互いに向き合うことにもなるため、天音の放つ雷撃や左近の銃撃は味方に誤射してしまう可能性も生じてしまうのだ。

「相手は頭も回るようだし、このまま敵の手の内で踊らされている方がよっぽど危険だ。それならいっその事、先手に出た方が合理的だろ?」

「それもひとつの選択かもしれないけど…本当に大丈夫なの?」

「心配するな。今の俺たちなら出来る!」

 この判断はまさに仲間を信じられるかどうかに掛かっている。薙はそう強く思いながら紗月に想いをぶつける。

「そうよね…分かったわ。やられっぱなしなんて性に合わないしね!薙に任せるわ」

 紗月は薙の言葉に少し考えると、即座に決断して薙の命令に従うことにした。

「よし!左近と天真は引き続き援護を。天音は周りの動きに注意しながら攻撃を放ってくれ!」

「かしこまりましたわ!」

「承知っ!」

「了解」

「わかりました!」

 全員が薙の命令を聞き入れ、各自行動に移る。

「お嬢様?よろしければ私めがエスコートいたしましょうか?」

「あら?それは大変ありがたいのですが、私の背中だけは注意してくださいな?背後から狙われるのは嫌ですので」

「勿論ですとも。やるからには全力で付き添って行きますよ、っと!」

 左近と天音はまるで余裕さえ見える素振りで対応して行く。お互いに遠距離攻撃を得意とするだけあって細心の注意が必要となる。

あるじ!出来るだけ着地点を地面に狙うのだ!直線では万が一味方に当たりかねない!」

「言われなくても、分かってますわよ!」

 だが、慣れない挟撃に天音は先ほどまでの余裕はなく、額に汗がにじむ。攻撃は最小限に抑えてはいるが、人体に及ぼす影響は計り知れない。天音は慎重に狙いをさだめながら攻撃をくり出す。

「これじゃ消耗戦だ…こっちも大分キツくなって来たな」

 一方の薙と天真は、薙が九尾の化身と攻防を繰り広げていて、薙の体力が次第に奪われて行く。

 味方の援護射撃のお陰で、ヒットアンドアウェイのように攻撃をしては引いてを繰り返しているが、徐々に薙の体力も限界に達して来ていた。

「天真、援護を頼む!少しで良い。相手の隙を作ってくれ!」

「やってみます!」

 薙は体力が切れてしまう前に勝負に出ようと、天真に協力を仰ぐ。

「俺と天真で奴の動きを止める!天音は攻撃の準備を頼む!俺の合図でデカいの一発お見舞いしてやれ!」

「ええ、わかりましたわ!カイム!」

「承知!」

 天音は薙の声に応答すると、その場で静かに呼吸を整えて神経を研ぎすませる。

「影狐!一斉攻撃、行くよ!」

 天真は右手に持った5枚の神符を手から放った途端、神符は瞬く間に狐の形をした黒い影になり、九尾の化身に高速で襲いかかる。

 前と横の3方向から襲いかかってくる影狐に、九尾の化身は咄嗟に対処しようとするも、対応に追いつかず前足を大きく上げて懐をあらわにした。

「そこだっ!」

 薙は一瞬の隙を見逃さなかった。姿勢を低くして九尾の化身の懐に飛び込むと下から一閃、鉄丸くろがねまるで斬り込む。

 首元まで狙おうと斬り込んだものの、そこまで刃が通らなかったが、当初の狙い通り前足への攻撃は見事に通った。

 前足に傷を負った九尾の化身は、バランスを崩して動きが鈍くなった。

「今だ、天音!」

「行きますわよっ!」

「吠えよ!」

 薙はすぐさま敵との距離を取ると、天音に攻撃の合図を送る。その合図と同時に、天音は九尾の化身を目がけて雷撃を放つ。

 放たれた雷は、眩しい光と轟音を発しながら目に追えぬ速さで九尾の化身に襲いかかる。

『キエエエエエ!!!』

 天音の放った雷撃により、九尾の化身は一瞬にして塵と化した。

「敵の消滅を確認。お疲れ様、みんな!」

 紗月が手にしたレーダーに反応が消えたのを確認すると、ホッとした様子で各員に報告が届く。

「よし!みんな、お疲れ!」

「お疲れ様です、薙先輩!」

 薙はインカムで全員に賛辞さんじを送ると、その場で一息付くように立ち尽くす。近くで戦ってくれていた天真は、薙の方を向いてうれしそうに労いの言葉で励ましあう。

「お疲れ、天音ちゃん」

「ええ、お疲れ様です。後方での援護、助かりましたわ」

 同じく近いもの同士であった天音と左近も、お互いを励ましあう。左近も口だけは達者であるが実力もそれ以上のものがあり、前線で戦っていた天音も戦いやすかったようだ。

「それにしても挟撃なんて思い切ったな、薙助。いつもはもっと慎重なのによぉ」

「そうかな…?まぁ、何だ。終わってみてから言うのもなんだけど、今の俺たちの実力を実戦で試してみたかったってのもあったかもな。チームとしても良い感じに仕上がって来てると思うんだ」

「…!」

「ん?どうしたんだい、天音ちゃん?何だか、顔が少し赤いぜ」

「い、いいえ!何でもございませんわ!」

 薙のその一言に、天音は決して口には出さなかったが、何だか自分が認められたと思われた風にも感じてしまって、心の中でうれしい気持ちが込み上がった。まさか表情に出ていたとは知らず、左近に言われて咄嗟に表情を元に戻そうとした。

「本当かしら?戦闘が終わった後なのに変に心拍数が上がってるわよ」

「こ、こらぁ!紗月まで!勝手に詮索しないでくださる!」

 いつもと様子が変だった天音に、紗月が調子良くからかう。

 だが、実際に薙がそう思っていないかもしれないが、天音にはそう聞こえてしまって仕方がなかった。正式に仲間として迎え入れてもらえたことに。

「でも実際に、成功したようで何よりですね!」

「ああ。これもみんなのお陰だ!ありがとう」

「へっ、何だよ唐突によぉ。当たり前だろ?」

「そうよ。まぁ少し危なっかしいところもあるけど、薙が隊長なんだから従うのは当然でしょ?」

 改めて薙から感謝の言葉を言われて、左近と紗月はこそばゆい気持ちだった。

「話は変わりますけど、アヤカシは倒してもこれは当分は残るものなのかしら?近づきはしませんけど、物騒で堪りませんわ」

 天音が指差した先は、先ほど倒した九尾の化身が作り出した殺生塵だった。九尾の化身を倒してもなお残り続けるそれに天音は疑問に感じていた。

「たしかにおかしいわね。普通なら九尾の化身が倒されると一緒に消えるものなのに…」

「怪しいですね…何か嫌な予感がします」

「おいおい、冗談止せよ…」

 残り続ける殺生塵に全員が嫌な違和感を覚えていた。

 徐々に太陽も沈み、少しずつ闇夜に覆われる中、天気予報に出ていた雨雲で更に薄暗くなり、じめじめとした空気も相まって、ここから早く逃げ出したいといった雰囲気が漂う。

「とりあえず任務は完了だ。一応警戒しながら家に戻ろう」

 薙が帰還の指示をしようとしたその時だった。

「みんな待って!アヤカシの反応、こっちに来るわ!」

 無線から聞こえる紗月の声に、一同に緊張が走る。

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