第10話 薙の過去

 翌日の早朝。

「たあっ!」

「まだっ!もっとふところに踏み込んでくる勢いで!」

「えぇい!」

「次は勢いだけになってる。しっかり最後まで目を離さないで!」

 まだ日が出て間もない時間に、なぎ天音あまねは道場で剣の稽古けいこはげんでいた。

 昨日と同じく、天音は薙よりも先に目を覚まして瞑想めいそうをおこない、薙がその1時間後に目を覚まし現在に至る。

 天音は教わったとおりに竹刀しないを振り下ろし、薙はそれをすべて受け止めては的確に欠点を見つけ出す。

「うん。昨日に比べて大分だいぶん、様にはなってきてるかも」

「ほ、本当ですか…!?」

「ああ。少し休憩しようか」

 薙はそう言って、道場の壁際に座って身体を休ませる。

 天音も薙の右隣に座ると、先ほどまでの光景を近くで見ていたカイムも天音の隣に寄りそう。

「近くで見ておったが、随分ずいぶんと上達したようではないか。あるじよ」

「そうだな。だけど、実戦で使うにはまだ早いかな。剣を振る時に、どうしても一瞬の躊躇ためらいが見える」

「はぁ…まだまだ課題は山積みですわね」

 薙に正論を突きつけられた天音は、返す言葉もないと言った感じに肩を下ろす。

 一応、本人も自覚はあるようだった。

「だが、苦手なことに向き合って課題も見えてきたのだから、そう落ち込むこともなかろう?」

「本当、あなたは他人事のように言ってくれますわね」

「そんなことはない。苦手を克服し挑戦して行く覚悟。従えるものとして誇らしく思っておるぞ!」

 カイムは成長した娘を見るように嬉しそうに鼻を高くして言った。

「天音は、以前にも剣を習っていたのか?」

 薙は少し疑問に思ったことを天音に問いかける。

「ええ、幼少の頃に少しだけ。今では思い出したくもない過去ですか…」

 薙の問いに、天音は重苦しい表情で返した。どうやら思い出したくないような出来事だったようで、その表情から決して楽しい思い出ではなかったのが伝わる。

「悪い。嫌なこと思い出させちゃったかな…?嫌なら無理に答えなくてもいいよ」

「構いませんわ。もう昔のことですので」

 彼女はそうは言うものの、天音の物悲しい表情に、薙はこれ以上の詮索せんさくはしなかった。

 厳しい家庭環境と訓練の日々を送っていたことは以前にも聞いていたが、それは普通の人が思うよりも更に想像をぜっする環境下だったのだと思い知らされた。

「今日は終わりにしよう。今晩は任務なんだし、無理することもない。朝食にして任務までの間は身体を休ませよう」

「そうですわね」

「あっ!そういえば天音。午前中って少し時間があるかな?」

 道場を後にしようとしたその時、薙は突然と天音を呼び戻す。

「特に予定はございませんが。改まってどうなされたのです?」

 突然呼び出された事に天音は何事なのかと疑問に思う。

「いやぁ、その。少し付きあってほしい所があるんだけど…」

「付きあってほしい所、といいますと?」

 何やらはっきりとしない薙の返答に、天音はさらに疑問符を頭に浮かべる?


「まさか、墓参りをご一緒するとは思いもよりませんでしたわ」

「いや、家のことに関して何かと知りたいとは言ってたけど、墓参りになんて誘うべきなのか迷って…」

 あの後、ふたりは刀華とうかたちと揃って朝食を取り、少しの間お互いに腹休めをしていた。

 そして薙が道場を出る前に天音に言っていた「付きあってほしい所」というのが、詰まるところだったのだ。

 同じ部隊の仲間とはいえ、女の子に「墓参りに一緒に来てくれないか?」とはいささか言いづらいものがあったようだ。

 薙と天音は墓参りに使うための仏花や線香などを手に持ちながら晴れた道を歩いて進む。

 天音が薙の実家に付いて来た本来の理由が、邪鬼まがつきの篭手や、薙の父親・月影つるぎの事であるのは承知の上だったが、墓参りにまで興味があるのかまでは分からず言い出しづらかった。

「いいえ、誘っていただけて光栄ですわ。アマテラスの創設期に、英雄とうたわれたあなたの御父上、月影剣の墓前に手を合わせることができるのですから」

 天音は、薙が思っていた以上にこの墓参りに誘ってもらえたことをうれしく感じているようだった。

「英雄の墓か。さぞ立派なものが立てられているのだろうな」

「はは…それはどうかな」

 逆に、ただ単に天音の付き添いで来させられたカイムは、なんとも面倒そうな表情で後を着いてくる。

 神魔は神魔使いから常日頃離れることはできないという盟約があり、興味のないことや見たくない物まで常に共有することになる。そのため、興味のないカイムは渋々付いてきているといった感じだ。

「見えてきたよ」

 そんな話をしていると薙が指さす方向には、小さな寺院じいんと、その隣には比較的広めの霊園が広がっていた。

「ここが俺んとこの墓」

「あなたのご実家といい、本当普通ではないのですね」

 薙の指したところにある墓は、想像通り立派な墓石を用いて造られていた墓だった。

 光沢を持った黒々とした墓石に金文字で書かれた墓で、周りの花立や香炉こうろにも多大な資金をかけているのが分かる。

 同じ霊園に建てられている墓と比べても、月影家の墓だけは一線を越えた高級感があった。

「まぁ伊達に国の英雄の入っている墓じゃないからね。真偽はわからないけど国の金で建てられているって噂もあるくらいだから」

「それは納得ですわ」

 天音は想像を遥かに超えた話に、納得してしまった。

「親父、じん兄さん、れん…。ただいま」

 薙は墓前に立つと静かに手を合わせて黙祷もくとうささげる。

「あなた、鋭羅えいらさんの他にもご兄弟が居られたのですか?」

 天音は、薙が口にした名と墓誌ぼしに刻まれた名を見て、ふと疑問に思った。

 先ほど薙が口に出した父親の名の他に、新しく掘られたじんれんという者の名が気になっていた。

「ああ。本当はこのことを天音にも知ってほしくて呼んだのもあるんだけど…。まずは墓をきれいにしようか」

「え、ええ…」

 天音がそのことに触れた途端、薙は静かに立ち上がって、そう天音に指示をする。

 その間、薙と天音の間には一言も会話はなく、黙々もくもくと墓を磨いたり新しい花に取り換えたりして、墓をきれいにしていく。

「大体こんなものか。いつも母さんたちがきれいにしてくれてるから、そこまで手を加える必要はなかったな」

「そうですわね」

 墓の掃除を済ませると薙は、最後に墓前の線香立てに火のついた線香を刺すと、静かにその場に立ち、墓を見つめる。

 いつもとは違う薙の様子に、天音も小さくうなずきながら返事をするだけだった。

「天音は俺の親父が死んだ事件の事。について、天音はどれだけ知ってるんだ?」

「黄昏の悪夢…。そうですね。突如として現れた謎のアヤカシの発生で、大勢の犠牲者が出たという、あのまわしい事件ですわよね。私も報道でしか聞いたことはありませんが、あの事件で、現場に居合わせた近隣住民や救援に駆け付けた神威かむいなど、数名の死傷者が出たと。その中には英雄・月影剣の名もあり、アヤカシとの戦いで命を落としたと聞き及んでいますわ」

 薙の放った言葉に、天音は一瞬、驚きを見せたが、自分の知り得ることを淡々と言葉にした。

「そうだね。大体合ってるよ。当時報道された内容としては」

「それが、どうしたのですか…?」

 話の意図が掴めない薙の言葉に、天音とカイムは固唾を呑んで次の言葉を待つ。

「そう。には、ね…」

「表向き、とは…?それはどういう意味だ、隊長殿っ!」

 どうもじれったい口調に、カイムは感情的に薙に問いただそうとする。

 そして、薙は一呼吸置いて2人の顔を見ながら再び話をする。

「端的に言えば、メディアは…。いや、アマテラスはこの事件を

「なっ!?」

「なんですって…!?」

 薙の言葉に天音とカイムは驚きを隠せないといった表情を見せる。

「あの事件は、英雄・月影剣が死んだという内容を除けば、まるでどこにでもありふれたアヤカシ関連の事件として片付けられている。そう、現実はまるで地獄を体現したようなおぞましいものだった」

 そう言いながら薙は、墓誌に刻まれた名前に手を触れながら切ない様子で話を進める。

「俺には年が近い兄と弟がいた。それと鋭羅を加えて4人兄弟だった。そう、あの忌まわしい事件が起こるまでは…」

 薙は、過去の記憶を探りながら話を進めていく。


「俺は当時15歳で、中学校を卒業後は進学をしないでアマテラスに入隊を希望して、神威になるための研修に参加していた」

 薙はゆっくりと話を続ける。

 そんなある日のことだった。周りに多くの研修生がいる中で、突然、薙だけが試験官に呼び出された。

 その内容というのは、薙の生まれ故郷である鬼隠村おにかくしむらで強力なアヤカシが出現したという情報だった。

 薙は試験官の指示で研修を一時中断し、ヘリコプターに乗せられ空から一直線で村に急行した。

「事件発生から2時間が経過した頃、俺が現地についた時には、既にひどい有様だった」

 そこは村から少し離れた場所にある小さな高校の校舎なのだが、そこはまるで地獄を形容したような場所だったと薙は話す。

「そこで見たのは、校舎の外れで母さんのひざの上で瀕死ひんしの状態だった弟の姿と、おぞましい姿をしたアヤカシに立ち向かう親父と兄の姿だった。他にも救援に駆け付けた神威も数人いたけど、到底力の及ぶ相手じゃなくて、篭手の力を使っていた兄さんでさえも、弟が息を引き取るのを追うように無惨にも殺された」

 真剣な表情で淡々と話す薙を前に、天音もカイムも言葉を発することができず、ただ静かに薙の話を聞くことしか出来なかった。

「その後は、母さんからは逃げるように言われたが、目の前で兄弟を殺された怒りからか、我を忘れて俺も兄の手から篭手を取って戦った」

 薙は、過去の出来事を思い出しながら話しているようだが、その言葉には深い悲しみと憎しみが込められているようにも感じ取れる。

「みんなが命をして戦ったこともあって、そのアヤカシはなんとか討ち取ることができたらしい」

 そこで、薙の言葉が一瞬途切れた。

「まっ、待ってください、薙。アヤカシは倒したのでしょう?では何故、月影剣はこの事件で命を落としたのです!?」

 話の途切れた瞬間、天音はひとつの疑問を感じ、薙にぶつけた。

 それは、英雄・月影剣の死についてだった。

 天音の知っている情報では、アヤカシとの戦いで剣は命を絶ったと聞いていたため、そこで内容が逸脱していることに疑問を抱いていた。

「天音は、俺が篭手の力を使った光景を一度見たことがあるよな?」

「ええ、わたくしとアヤカシ討伐で勝負した時でしたわね。私も動揺していたとはいえ、鮮明に記憶していますわ。まるで、あの時の薙は我を失った獣のようでしたわ」

「厳密に言えば、あの時はかすかながらも自我じがはあった。なんとかアレを使いこなそうと、無茶な特訓もしたからね…。けど、当時はそうも言ってられなかった」

「それって…まさか!?」

 天音は薙の言葉に何か良からぬことを考えて凍り付くような表情で薙を見る。

「ああ、多分天音が思っている通りだ。俺は篭手に自我を奪われてどうしようもできなかった。そこで俺を助けてくれたのが俺の親父だったんだ。親父はアヤカシと戦って死んだんじゃない。俺を篭手の力から解放するために死んでいった。

「なんですって…!?」

「俺が目覚めたのは事件から2日後の事だった。親父と兄弟の葬儀にはなんとか立ち会うことはできたけど、頭が混乱しすぎて現実味がなかったよ」

「な、なんと…!」

「これが実際に起きた真相だ」

 天音とカイムは予想もしなかった真実に背筋が凍るようだった。

「先ほどの内容に疑問がありますわ。あなたの話では、薙のお兄さんは篭手の力を開放してもなお、アヤカシを倒せなかったと言っていましたわね?そのアヤカシは一体何なのですか?」

「まぁ、気になるよな…ついて来てくれ」

 薙はそう言うと、すぐ近くにあるひとつの墓前に立った。

「ハル…久しぶり」

 薙が体を低くして手を合わせている墓にはと彫ってあった。

「この村には代々から、護り続けている悪しき力が宿った道具がある。それは月影家が守ってきた邪鬼まがつきの篭手。そしてもうひとつは、白夜びゃくや家が守ってきた玉藻たまもの剣だ」

「白夜家…?玉藻の剣…?」

 あまりにも飛躍しすぎた内容に天音とカイムも付いて行くのが精一杯といった様子で話の続きを聞く。

「玉藻の剣は邪鬼の篭手と同様、人の目に出ていい代物ではなく、先祖代々で護り抜かれた邪悪な力が宿った道具のひとつだ。だがあの日、突如として白夜家で眠っていた玉藻の剣が使われて、力が解放された」

 薙は、さらに話を進める。

「玉藻の剣の開放によって剣に封印されていた、最悪の妖怪・が目を覚ました。それが引き金となってあの忌まわしい事件が起こったんだ」

「九尾の狐ですって!?ですが、玉藻の剣とやらは白夜家で護られていたのではなくって?それがどうして」

 突拍子もない内容に、天音の頭の中は、多くの疑問が頭をよぎって整理が整わない状態だったが、まずは目先の疑問を率直に投げかける。

「白夜家と月影家はお互いに悪しきものを守っているっていう関係から、代々に渡ってえんがあったらしいんだ。もちろん俺も白夜家とは親密な縁があって、そこに住む一人息子の景玄かげはるとは幼馴染で、子供の頃からよく一緒に遊ぶ仲だった」

 薙は墓誌に刻まれた景玄の名を横目で見ながら、さらに話を続ける。

「景玄は温厚な性格で誰にでも優しいようなやつだった。中学を卒業後は家の方針で俺と同じくアマテラスに入る予定だったんだけど、生まれつき身体が弱かった景玄は中学を卒業すると町外れの高校に進学した」

 昔話を語る薙の表情は、少し物悲しい表情になるも、さらに話を続ける。

「だが、その半年後。あの事件が起きた。俺がアマテラスの研修を受けている間に、景玄は家から玉藻の剣を持ち出して、力を発動させたらしいんだ」

「解せぬな。なぜ、そのような優しき者がそのような行為に?それなりの理由がなければあり得ぬだろう?」

「これに関しては真相は分かっちゃいないけど、事件が起きる数週間前に俺たちの昔からの親友で景玄と一緒に高校に入った子が首を吊って自殺していたって事件があったんだよ。多分景玄はいじめを受けてた親友の敵討ちをしたかったんだろう」

「なんとも悲しい世ですわね…。外壁区内ではいじめや暴力は御法度とされていますが、壁の外では今でもそのようなことが起きているのですのね」

「そこからは、さっき話した通りだ。覚醒した九尾の狐によって多くの人が殺された。死傷者は数名と報道では伝わってるけど、現実はもっと多かったように見えた」

「そ、そんな…」

「結局、あの事件で俺は兄弟を殺されたあげく、親友と親父をこの手で…」

 天音とカイムは言葉を失った。あまりにも悲惨で、報われない真実にどのような言葉を掛けていいのかわからなかった。

「薙は、どうしてこの話をわたくしたちにしてくれたのですか?」

 天音はどうしてそのような真実を話してくれたのかが気になって、薙に問いかける。

「別に天音だけに教えてる訳じゃない。同じ隊の左近や紗月、天真にも教えている。何て言うか、背中を預ける以上、これだけは秘密にしたくはなかったんだ」

「だが、そのような話。我らに話してもよかったのか?アマテラスがわざわざ情報を隠蔽いんぺいまでして隠したかった真実だ。もしも表沙汰になってしまうようなことがあっては」

「まぁ、その時は真っ先に俺は大変な目に合いそうだけど。でも、これが俺の信頼の証かもしれない」

「ふん。隊長殿は随分とお人よしなのだな。だが、そこまで言われてしまっては我らもそれに応じなくてはならぬな」

「そうですわね」

「よし、墓もきれいにしたし帰ろうか。もうじきみんなも来ることだろうし」

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