第6話 家族の日常

 あれから時は過ぎ、太陽は完全に沈み外は闇夜に包まれる。

 天音が風呂から帰ってきた時には夕飯の準備を終え、豪勢な料理がテーブルに並べられていた。

「さぁ、お夕飯にしましょう。天音さんも、お座りになってください」

「恐れ入りますわ」

 天音は百花に案内され、先に席でくつろいでいる薙の右隣の座布団に腰を下ろす。

「ささ、遠慮なく召し上がってください」

 全員が席に座ったことを確認すると、刀華の合図で夕飯をいただく。

「いただきます。ん~!とても美味しいですわ!」

 天音はテーブルに並ぶ料理を口にした途端、目を輝かせながらその料理を絶賛した。

「ありがとうございます。折角のお客様ですから、粗末な料理は作れません」

「山の幸をふんだんに使った料理…このような美味しいもの、久しぶりですわ!」

 表情を表に出さない百花だったが、美味しそうに食べる天音の表情を見て、微かながらもうれしそうに微笑む。

「ふふ…そうやって喜んでもらえて何よりだわ」

 刀華も天音の素直な感想に、心底嬉しそうだった。

「いつも食べてる食堂のメニューは味が濃いものばかりだしな。子供の頃に飽きるほど食べてきた料理も改めて食べると美味うまいな」

 久しぶりに食べる家庭の味に、薙も頬が笑うように美味しそうに食べる。アマテラスの食堂は、肉体労働のアマテラスの為に作られたような高カロリーの料理が大半のため、山菜や川魚といった食材はまず出てこない。

「お兄さま!このお漬物は鋭羅えいらと百花が漬けたです。よろしかったら食べてくれませんか?」

 すると鋭羅は、薙に自分の作ったものを食べてもらおうと、きゅうりの漬物を差し出した。久しぶりに帰ってきた兄に、どれだけ成長したかを見せたいようだ。

「へぇ、鋭羅が作ったのか?どれどれ…」

 薙は、きゅうりの漬物を箸で掴み口に入れ、じっくりと味を確かめる。

「うん、美味しい!しっかり味が染みてて上手にできているよ」

「実に美味しいですわ!塩加減も申し分ありません」

「ほ、本当ですか!?」

 天音にも試食してもらったが、美味しいと太鼓判を押された。

「やりましたね、鋭羅さん」

「はい!」

 薙と天音に美味しいと絶賛された鋭羅は満面の笑みで百花と喜びを分かち合う。


「そういえば天音さん?薙は隊長としてちゃんとやれているかしら?」

 次に話題が上がったのはアマテラスでのことで、刀華が天音にアマテラスでの薙の様子を聞いていた。

「ちょっと母さん、やめてくれよ!」

「いいじゃない。そもそも、電話でだって適当に『ぼちぼちやってるよ』としか言わないじゃない。あなたが正直に答えないならお母さんは、天音さんから聞きます」

 流石の薙も、その言葉を言われてはぐうの音も出なかった。

 薙は母親の刀華と話をすること自体、嫌とは思っていないのだが、心配性故に何か良からぬことでも起きると、話が長くなる上に説教じみたことまで言われるため、電話での会話は極力端的に済ませたかった。今回はそれが裏目に出てしまったようだ。

「とても良くしてもらっていますわ。他の仲間とも良好で、隊長としては申し分ないと思いっています」

「あら、そうなの!」

 あまりにもべた褒めな内容に、社交辞令としか思えなかったが、刀華は自分の息子を高く評価されて嬉しそうだった。

 その後も、このような他愛もない話が続き、賑やかな夕飯は続いた。


「もうこんな時間か…眠たい訳だ」

 夕飯を終え、客間でのんびりとお茶を飲みながら話を続けていると、時刻は22時を過ぎていた。

 普段はこの時間がアマテラスの活動時間なのだが、帰省するに当たって体内時計を戻して生活していたため、睡魔が襲ってきた。

「そうですね。時間も頃合いですし、お開きにいたしましょう…百花」

「天音さま。お部屋を用意しております。こちらへ」

「親切賜りますわ」

「それじゃあ俺も、寝るとするか…」

 薙はそう言うと、以前から使っていた自室に向かおうと、天音とは逆の廊下を行こうとした。

「あっ!ごめんなさん、薙。伝えるのを忘れていましたが、あなたの部屋ですが、数日前に雨漏りがあって修理中なのよ」

 すると百花が、困ったと言った様子で薙に事の次第を伝える。

「まいったな…じゃあ別の部屋でも使うか…」

「その必要はありませんよ」

「え?」

 百花はそういうと、天音のために用意した寝室のふすまを開ける。

「なっ!?」

 なんと、そこにはきれいに並べてある二人分の布団が敷いてあったのだ。

「ちょっと待ってくれ、姉さん!どうして天音と一緒の部屋なんだよ!?」

「なんだかその言い方ですと、私と寝るのがこの上なく嫌と言うように聞こえるのは気のせいかしら…薙?」

「そ、そんなこと全然思ってないって!ってか、天音はこれでいいのか!?」

「わっ、私だって…男女が一緒の部屋で、ましてや2人で寝るというのは…いささか抵抗がありますが…」

 すると、天音は顔を真っ赤にして恥ずかしそうにしていた。

「ほら、天音だってそう言ってるじゃないか!早く部屋を変えてくれよ」

「そうですか…そういうことなら致し方ありませんが…」

「私もお兄さまと一緒に寝たいです!」

 百花が仕方なく、諦めようとしたその瞬間、鋭羅が枕を持って隣に立っていた。

「あら?鋭羅さんもここで一緒に寝るのですか?そうおっしゃってますが、お二人方はどうされます?」

「はぁ…そういうことなら、仕方がないか。それでいいか、天音?」

「そういうことでしたら、構いませんが」

 一時はどうなるかと思ったが、妹の鋭羅に助けられたと思いながら薙は胸をなでおろした。

 動揺していた天音も、鋭羅が一緒だと分かってなんとか納得をしてくれた。


「まぁ、これなら大丈夫か…」

 その後、薙と天音が寝るためのふたつの布団の真ん中にもうひとつ、鋭羅が寝るための布団を割り込ませて距離を置くことができた。

「薙?そういえば明日は何か予定でもあるのかしら?」

 すると、百花が部屋を出ようとする前に薙に問いかける。

「予定か…まぁこれといって何もないけど」

「そうですか…」

「…?」

 薙が予定がないことを話すと、百花は何かを考えるように黙り込む。

「わかりました。でしたら、今日はしっかり休んで英気を養うのですよ」

「分かってる。それと…何から何までありがとう」

「それは直接姉さんに伝えてあげなさい。あなたを一番心配しているのも、姉さんですから」

「うん…そうするよ」

 薙は百花にそう言われると小さくうなずくと、百花は納得した様子で部屋を後にした。

「お兄さま、天音さま!寝るまでの間、あちらでの話が聞きたいのですが、大丈夫ですか?」

「あぁ、構わないよ。こっちにおいで」

 その後は鋭羅が眠りにつくまで、話は続いた。

「なんか悪かったな、天音。随分と騒々しくて…」

 鋭羅が話疲れて眠りについたのを見計らうと、薙は天音に小さく謝る。

「別に構いませんわ。むしろ、家族なのですからこれくらいが普通ではなくて?」

「そんなもんなのかな?」

「そんなものですわ。心を許して話ができる空間…それが家族として当然のこと」

 天音は布団の中で小さく言葉を紡ぐ。だが、その言葉には少し寂しさも感じられるようでもあった。

「天音の家も…そうじゃなかったのか?」

 薙は興味本位で天音に聞いてみる。これまでの家庭環境を聞くに大凡予測はできるが。

「私は…実は父親と一緒に食事をしたり、他愛のない話をしたことがあまりないのです。母親とも、大きくなるに連れて合うことも減っていき、いつも会いうのは数人の侍女と、慕ってくれた一人の姉だけ」

 天音の口から出てきた答えは、まさに薙が想像していたものと同じようで、決して家庭円満というものではなかった。

「だからでしょうか…あなた達家族の話を聞いていると、とても楽しく感じてしまうのは」

「楽しい…か」

 天音の過去は、とても辛く厳しいものだったのに、他人の生活に触れて楽しいと思える天音に、薙は言葉を切らす。普通なら、それを妬み羨ましく感じ、憎まれてもおかしくない。

「な、なんだか余計なことまで話してしまいましたね。もう遅いですし、寝ましょう!」

「そ、そうだな。おやすみ、天音」

「おやすみなさい」

 そう言って、ふたりも静かに夜を過ごした。


 ちょうどその頃、火天支部に残っていた左近、紗月、天真の3人は、明後日の合流のための荷造りをしていた。

 静かな月明かりの下で、軍用車に必要な荷物を運びながら、適当な話題で花を咲かせる。

「そういえば左近。忘れてたけど、どうしてあの子を薙と連れて行かせたのよ?」

「あぁ、天音ちゃんのことか?」

 そんな話の中で紗月は、天音を薙に同行させた理由を左近に問いただす。

「どうしてって…そりゃ、その方が面白くなりそうだからに決まってるじゃんか。年頃の息子が女の子連れて実家に帰って来るんだぜ。あの家族がどんな反応するかなんて面白くなるに決まってるだろ」

「あんたってホント悪趣味よね…まっ、あながち間違えではなさそうだけど。今頃、あの母親と義姉あねに散々問いただされてるのかしらね!」

 左近の冗談めいた言葉に沙月は呆れるも、左近の言いたい事に少し共感するようにポロリと笑みを浮かべる。

「もう。左近さんも紗月さんも、口ばかり動かさないで手伝ってくださいよぉ」

 隊長の薙がいないことを良い事に話ばかりしている左近と紗月に、隣で一生懸命重い荷物を運んでいた天真が珍しく声を上げていた。

「なんだぁ、天真ぁ?一緒に付いて行けなくて怒ってんのか?」

「ち、違います!もう、本人がいないからって先輩を笑い者にして!あと、いい加減子ども扱いは止めてください!」

 左近は、まるで子どもをなすかのように天真を揶揄からかう。

 一方の天真は、子供扱いされた事と、尊敬する薙のことを笑い者にしようとしたとこに対して左近に腹を立てる。

「いいじゃねえか。まだまだ時間はあるんだしよ。天真も少しは休んで話でもしようぜ」

 休まずに荷物を運んでいた天真に、左近は自分たちが休むために天真も共犯にしようとサボる事を強要させる。

「って、あんたもあんたで何、話をすり替えようとしてるのよ!そんなの冗談ってことくらい丸分かりなのよ!ホントのこと話なさいよ」

 紗月は冗談を通そうとする左近に、更に追及する。

「流石にさっちゃんには通じないか。まぁ、なんだ…天音ちゃんの手助けって感じか?最近の天音ちゃん、少し薙の事を意識してるっていうか」

「アンタねぇ…」

 左近の言葉に沙月はため息に似た言葉を漏らす。

「それ、よく私の目の前で言えるわね…。アンタだって私の気持ちくらい分かってたんでしょ?」

「え?何の事だよ?」

「そんなとぼけ方で私に通じると思ってるの?これで引っかかるの何て天真くらいよ」

「僕、何故か悪口を言われたような気がしたんですけど…」

 紗月の容赦ない言葉に天真は大きなダメージを受けた。

「私だって薙のこと…少しは特別に感じることもあったのよ?」

「へぇ、そうだったのか?さっちゃんも隅に置けないな~」

「アンタね…!これ以上とぼけるようならどうなっても知らないわよ!」

「待て待て!俺っちが悪かったから、手に持っているそれを置いてくれっ!それは冗談で済まないから!」

 紗月は、ちょうど手に持っていた対アヤカシ用の手榴弾を拳で握りしめ、それを投げるようなに振りかぶる素振りで左近に威嚇する。安全装置を抜くつもりはないにしても、鉄の塊を当てられたらそれなりに痛いのは確かだろう。

「まぁ、さっちゃんが入隊したての頃は何となくは察してたけどさ…から、どうも薙への興味が前よりも薄くなったって感じがしてよ」

 左近の口にしたあの時という言葉に、紗月も思い当たる節があったようでハッとした表情をする。

「何だろうね…まだ薙の事、何も知らなかった頃は、優しい先輩って感じで好意を持ってたんだけど。薙のこと、知れば知るほど私は薙には届かない存在だって思い知らされたんだ」

 何かを悟った表情のまま、紗月は日が昇り始めた空を眺めながら話を続ける。

「私たちよりも長い付き合いのあるアンタならわかるでしょ?薙が心の底から笑ったところを見たことがある?いつもは周りに合わせて愛想笑いしてるけど、心の中が見えないのよ…」

「紗月さん…」

「私はアイツを…薙を笑顔にしてあげれる自信がない…。薙の隣に立つ資格がないって思い知らされたから。ただ、それだけのこと。今でも好きなのは変わらないけど、私は蚊帳の外から眺めるだけにしたの」

「なんだよ、いつものさっちゃんらしくねぇな」

「ちょっと!軽々しく頭を触るなって言ってるでしょ!」

「ハハっ!やっといつもの調子にもどったか。やっぱり、さっちゃんはこうでなくっちゃな!」

「褒めてるつもりかもしれないけど、アンタだとどうもかんさわるわね!」

「失礼だなぁ。おっちゃんだってかわいい仲間のためを思ってるんだぜ?」

「ふんっ!それで話の続きだけど、アンタは天音を…薙の支えにでもさせたいって言うの?」

「どうかな。それに…それを決めるのは天音ちゃんだ。俺たちが決めることじゃない」

「また曖昧な返事ばかり。まぁ恋愛沙汰で揉め事にだけはしないでよね。折角いい調子にチームの統率も取れてるんだし」

「分かってるって、そのくらい」

「ならいいけど…」

 左近は軽く言葉を返すと、そのまま作業に戻ろうと紗月から離れ、紗月も無駄話が過ぎたと思って作業に戻る。

「アイツには…なってほしくはないからな…」

「何か言ったかしら?」

 すると左近は、周りに聞こえないくらいの声で、独り言のように何かを呟いた。それを近くにいた紗月は聞き返す。

「ん?あ、あぁ。さっちゃんがそんなに寂しいんなら俺っちが今晩の相手をしてやろうって言って…って!だから手榴弾それはマジで死んでしまうから止めてくれ!」

 結局、左近の冗談で先ほどの言葉はあやふやになっていった。そして、いつものような日常に戻っていく。

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