第3話 新たな手がかり

「左近…!あれは一体…!何の真似…!だよ!」

 ミーティングから数日が経ったある日。

 第4小隊のなぎ左近さこん天真てんまの3人は、支部に隣接するトレーニンジムで自主トレに励んでいた。

「ああ、天音あまねちゃんのことか?」

「そうだよ…!何、考えてるんだよ、お前…!」

 薙は200㎏もの錘(おもり)を付けた両手持ちのバーベルを力一杯持ちながら腕の力だけで肩の辺りまで持ち上げる。

 アヤカシと対等に戦える神威かむいは、特別な肉体改造と神威のみに習得することが許されている呼吸法により、普通の人とは比べ物にならないほどの身体能力を身につけることができるため、無茶と言えるだけの錘ですら軽々と持っていられる。

「別にいいだろ?天音ちゃんが行きたいって言ってんだからさ。それくらい付き合ってやれって」

 薙の横で左近はトレーニングマシンに座って適当にトレーニングをしている。薙の付き添いで来ただけであって、本格的にトレーニングをするつもりはないようだ。

「何とぼけてんだよ…!なら…どうして、天真は引き離したんだよ…!」

「ありゃ、完全にバレてたか」

 見え見えの嘘がバレた左近だったが、びるような素振りもなくトレーニングを続けていた。

「ごめんなさい、薙センパイ。僕が余計な事を言ってしまったばかりに…」

 薙の後ろ隣にあるランニングマシンで、せっせと走っている天真が、薙の顔を向いて謝る。

 天真も薙や左近と同様、身体能力は人並みはずれているように肉体強化を施してあるが、元々の運動音痴がかせになっているようで、普段のトレーニングでも息を切らすように走っている。

 あの後、左近に連れられた天真は小一時間、食堂で軽い説教を受けていたようだった。

 左近に何を言われたのか、天真は決して口を割らない辺り、左近からは意地の悪い難癖を言われたのだろうと想像がつく。

「いや、天真が謝ることじゃないって。左近の奴。くだらないことばっか考えやがって」

「くだらなくはないだろうよ薙助なぎすけぇ。なんだかんだで、天音ちゃんも、第4小隊ここに馴染めてる訳だしよ」

「ったく、都合のいいことばかり言いやがって」

 だが、左近の言っていることは実際に的を得ていた。余計なお世話だと思っていた左近の助言も、結局は天音の小隊復帰に繋がっていることが多かった。そのため、薙も心では思っていることも、言葉に出すことはできなかった。

「おっ、月影!ここにいたのか!」

朝陽あさひ…?何だよ唐突に」

 第7小隊隊長の茂庭朝陽は、トレーニングをしている薙を見るや否やこちらに近づき大きな声で話をかけられら。

「何ってつづるセンパイのことだよ!」

「綴さんが?何があったんだよ?」

 朝陽は興奮のあまり、薙が重たいバーベルを持ち上げている途中だというのに、なりふり構わず話し出す。

「綴センパイが赤紋種せきもんしゅをぶっ倒したって話だよ!」

「なんだって!?って、うわ!」

 朝陽の話している内容に驚いた薙は、両手に持っていたバーベルを地面に落としてしまい、がしゃんっ!!と大きな音とともにバーベルが床にめり込む。

「あっ…って朝陽!さっき何て言って!?」

 薙はバーベルが床にめり込んだことよりも、朝陽の話していた内容が気になって仕方がなかった。

「それがだな月影。支部から大々的に発表があった前に、綴センパイのところにも突如現れたらしいんだがよ…」

「おい、大馬鹿野郎がっ!ここにいたのか!!」

 朝陽が説明をしようとしていたところに、後ろから大きな怒鳴り声を上げた第7小隊副長の銀次が早歩きでこちらに向かって来た。どうやら隊長の朝陽を探していたようだった。

「なに他の連中にべらべら喋ってんだ!」

「何って、別に構わないだろ?こいつだって一緒にアレをぶっ倒した仲間だろ」

「お前は本当に考えなしだな…。こういうのは上層部うえからの発表があるまでは他言無用にしているのが通りなんだよ」

 どうやら銀次は、第7小隊の前隊長である一文字綴からの報告を他言しようとしていた朝陽を止めようとしに来たようだ。

 一般にこのような不確定な内容は、他の部隊への混乱をまねく恐れがあることから、上層部から直々に発表があるまでは禁句である。もちろん、以前に戦った赤紋種の蒼鬼そうきの件も、関わった者全員は他には話を漏らしてはいなかった。

「悪かったな。さっきの話は聞かなかったことにしてくれ。この話は近いうちに上から発表があるだろうから」

「おい、待ってくれよ」

 話を切り上げようとした銀次だったが、突如、近くで一緒に話を聞いていた左近がおもむろに立ち上がって銀次と朝陽の方を向く。

「その話、詳しく聞かせてくれよ。そこまで聞いたんじゃ気になっちゃうだろ」

「左近…」

「左近さん。あんたもさっきの話を聞いてただろうし、それはご法度だってことくらいわかっているだろ?」

「それなら、お前さんたちにその話をした一文字さんにも非があるんじゃないのか?まさか身内だからって機密事項を話したなんて口が滑っても言えないだろ?」

「ぐっ、確かにそうだが…」

 左近の言い分に言い訳ができないでいた銀次は、苦虫を嚙み潰したような顔をする。

「まぁ、安心しろよ。このことは勿論だが他言無用だし、万が一聞かれたとしても第7小隊おたくらの名前は出さないさ」

「当り前だ。そのようなことがバレたらこっちとしても綴さんに申し分が立たない。そもそも…」

「あ?」

「お前がべらべら話さなきゃよかった話なんだよ、この単細胞が!」

って!!」

 銀次は事の元凶であった朝陽を鉄拳制裁して、話を戻すことにした。

「一先ずは場所を変えよう。いくら何でも目につきすぎた」

「そうだな。まっ、適当に誤魔化して白を切るか」

 そう言って左近は変に怪しい演技で、周りに気づかれないよう話をすり替えようとする。あれだけ大声で話をしていたこともあり、何の話をしているのか定かではなくとも周りの注目を集めていたのは確かだった。

「あの…その話、僕も聞いてもいいんでしょうか?」

「もちろん構わないさ。天真だってもう関わったも同然なんだから」

「ありがとうございます!薙センパイ!」

 天真は前のミーティングで左近に釘を刺されたことを気にしていたようだったが、薙の言葉に元気を取り戻した。


「入ってくれ。とは言っても何もおもてなしはできないがな」

 銀次に案内されて、薙、左近、天真の3人は第7小隊のブリーフィングルームに招かれた。

「ようこそ~♪」

「ん…」

 ブリーフィングルームには第7小隊の可凛かりん鈴蘭すずらんが壁際に設置してある大きめのソファーに隣同士で座ってくつろいでいた。

「他の隊の個室もあんまり変わらないんですね」

 天真は初めて入る他の隊のブリーフィングルームに興味津々の様子で辺りを見渡していた。

「まぁ、名目上は作戦会議をするために設けられた部屋だから規約上は私物の持ち込みは禁止されてるんだけど。監視する人間がいなきゃ、こうなることは必然だろう」

 第4小隊のブリーフィングルーム同様、間取りは変わらずロフト付きの質素なコンクリート壁の部屋になっていて、各々の私物がそこかしこに設置してある。

 第7小隊の部屋は、大雑把おおざっぱな朝陽が隊長とは思えないほどに、きれいに物がまとまっている。これもきっと、生真面目で厳格な銀次あってのものだろう。

「ここに入るのも久しぶりだなぁ」

「薙センパイ、ここには何度か入ったことがあるんですか?」

「ああ、前の隊長がいなくなった時に何度かな。本当あの時は、朝陽と銀次には助けてもらったよ」

「そ、そうだったんですか…」

「そんな顔するなよ。昔の話だ。別に気にしてないって」

 天真は、薙の言葉に一瞬ためらいを見せた。前の隊長と言うのが、以前薙が話していた敷島九郎しきしまくろうのことだろうと察して、天真は無神経なことを聞いてしまったと思って失言だったと気を落としてしまった。

「昔話をしに来たんじゃないだろ?適当に座ってくれ」

 銀次は、早く話を終わらせようと、3人を速やかに席に座らせようとする。

「あれ?紗月さつきセンパイはいないんですかぁ?」

 部屋に入ってきた薙たちを見て、可凛は紗月がいないことを疑問に感じた。

「わざわざ全員呼んで話すことでもない」

「むう~!そうだとしても、折角第4の人たちが来てるなら呼んでもいいじゃないですか〜!」

「すまないな。後で紗月には、可凛が会いたがってたって伝えておくよ」

「さっすが月影たいちょ~♪気が利きますね!」

 紗月がいないことに機嫌を損ねていた可凛だったが、薙が融通を利かせたお陰でなんとか静かになった。

「それじゃあ話を戻そう」

 第4小隊の3人と第7小隊の朝陽、銀次は部屋の中央にある作戦会議用の大きなテーブルを囲む。

「なんで副長のお前が仕切るんだよ」

「お前に任せるといらん事まで喋るからだ」

「はっ、そうかよ…!」

 銀次は隊長の朝陽を差し置いて進行を進める。そしてそれを気に食わないといった顔で朝陽はテーブルにへばりついて眺める。

「先ほども言ったが、ここでの話は他言無用だ。とは言っても数日後には上層部から報告が上がってきそうだがな」

「もちろん。話してもらう分、機密は守るさ」

 銀次は自分たちに責任が降らないよう再度釘を刺すように伝え、薙が代表して了承する。

「よし。まずは事の経緯けいいだが、俺と朝陽は、綴さんが第7小隊ここの隊長を担っていた時代からの付き合いがあるというのは知っているだろうな」

「ああ、もちろんだ」

「話で聞いたことはあります。その当時でも多くの功績を上げていたということは噂でも出てきますし」

「まぁ、そんなよしみもあった訳で、俺たちは以前から綴さんと定期的に電話での交流を行っていたんだ」

「隊から離れても心配してくれているのか。本当、情に厚い人だな」

 多くの功績を積んだ者は、今までいた小隊を離れ、別の場所に異動する者も少なからずいる。一文字綴は、その才能を買われ、今現在はA県Y市に拠点を置く焔摩天えんまてん支部の中でも戦力のかなめとして最前線で活躍をしている。

「そして先日の事だが、一文字さんから赤紋種を討伐したという報告を聞いた」

「何がすげえって、事前に赤紋種の情報を知っていたとはいえ、所見で倒したって言うんだからよ」

「まさに、これが俺たちにはない、皇威おういの実力なんだろうよ」

 皇威とは、薙・朝陽の隊長クラスや左近・銀次のような実力を持っている上威じょういの更に上の位を指す者の総称であり、この皇威になれる者はその上威の中でも一握りの実力者にしか名乗ることができないとされている、アマテラス界の狭き門と言える。

「今回の戦闘で、新たに確認されたことが見つかったらしい」

 すると、銀次はテーブルの上に、ある一枚の拡大写真を置く。それは、以前共闘して倒した蒼鬼そうきの右肩に浮かび上がる赤紋種の紋様もんようだった。

「これは先日、俺たちが倒した蒼鬼の紋様だ。映像を記録してくれた汐月しおつきには悪いが、距離が遠過ぎる上にブレも酷く、紋様を識別するので精一杯だ」

 銀次の言う通り、写真に映し出されている紋様は、決してくっきり撮れたものとは言い難いものであり、ブレが酷く明確に紋様の形を映し出せていなかった。

 無論、これは激しい戦闘の最中さなかに撮影したものであり、蒼鬼の機敏な動きと撮影に適さない闇夜も相まっていたことから仕方ないことでもある。

「それと、もう一枚」

 そう言うと銀次は先ほどの写真の隣にもう一枚、別の拡大写真を隣に置く。それは一文字綴が倒したとされる赤紋種の紋様の写真だった。

「一文字さんはこの時、敵の動きを封じて、より明確な証拠を残していたんだ」

 アヤカシは絶命すると、瞬間に身体は灰のように粉々になる。そのため、証拠を撮ろうものならアヤカシを生きたまま動きを封じる以外に術はない。

 綴はそれを赤紋種との戦いで、しかも初戦でそれをやってのけたのだった。

「こいつをよく見てみろ」

「これは…!」

「まるでのようにも見えますね…」

「赤く見える紋様は烙印を押されたあとって訳か」

 拡大した写真の紋様は、まるで烙印のように熱い火で熱した鉄を押し込んだかのように、周りがただれているようにも見える。

「でも朝陽は近くで紋様を見ていたんだろ?なんで分からなかったんだ?」

「この馬鹿がそんなこと覚えている訳がないだろ」

 薙は、あの時の記憶を思い出す。

 蒼鬼との戦闘時、朝陽は鈴蘭が召喚した式神しきがみに掴まり、紋様の近くに飛び降りていたはずだった。

「あんな切羽せっぱ詰まってる状態で、そんな悠長に紋様の形なんて見れるかってんだ!」

 決死の覚悟で挑んだ行動に対して辛辣しんらつな言葉が返ってきたことに朝陽は怒りを見せる。

 だが、朝陽の言い分ももちろんである。一歩間違えれば死んでいてもおかしくはない作戦をやってのけて、紋様を見ている余裕など一瞬たりともなかったに違いない。

「まあ、そんな事はどうでもいいんだ」

「どうでもよくは無いだろ、おいっ!」

 朝陽のツッコミを後に銀次は話を進める。

「他にも一文字さんは、他から仕入れた赤紋種の紋様を何枚か集めてくれていた」

 銀次はそういうと、更に二枚の写真をテーブルに並べる。これも同じく赤紋種の紋様が写っている写真だった。

「そしてこれは、俺がこの写真を元に解析したデータだ」

 銀次はテーブルの隅に置いていたノートパソコンを広げて、一つのデータを見せた。

「どちらも同じ形の紋様をしているってことか…」

 アヤカシは、その地の環境や、身体を形成する元となった血肉などの影響を大きく受けて、その形を成している。名称の付いている同じ個体のアヤカシでも必ず何かしらの違いがあるのだ。

「ましてやこんな複雑な紋様が別の複数の個体で、こんなにくっきりと同じモノが付いているなんてあり得ると思うか?」

「偶然にしては無理があるな…っとすると?」

「断言はできない。だが、考えられるとすれば、元から付いて生まれたモノではなく、と考えるのが妥当だろう」

「何者が、か…」

 あまりにも信じがたい内容に薙は言葉を失う。

 アヤカシの中には、音や振動などで別の個体への信号や伝達、能力を一時的に上げる能力を持っているモノもいるにはいるが、烙印を押して能力を上げるといったアヤカシは前例にない。

「だとすると今回の場合は、新種のアヤカシの仕業って考えるのが普通か」

 話を聞いた左近は、これに当てはまる適切な答えを出した。

「俺もそうではないかと今のところ思っている。だが、もしそれが本当だとして、何故その烙印を押した張本人が見つからないかだ」

「ただ単に臆病なアヤカシで人前に出ない…とかですかね?」

「あれだけ強力な能力を持っているのなら、可能性はなきにしもあらずだな」

 新たに出て来る情報に一同は首を傾げ、口数も減って来た。おそらく、この場でどれだけ考えたところで答えはでないだろう。

「話は以上だ。後は上層部からの報告を待つんだな」

「ありがとう銀次、朝陽」

「まったく。こいつが余計なことを言っただけに」

「いちいち文句ばっかり言いやがって!別にこいつらならいいだろって思っただけだっての」

「いい訳あるかボケっ!」

 本当に同じ小隊でやって行けているのが不思議なほどに朝陽と銀次はお互いにいがみ合う。

「時間取らせて悪かったな。ありがとう」

「おう!また遊びに来なよ」

 出口まで朝陽に送られて、3人は第7小隊のミーティングルームを後にした。


「ったく、話を聞いたはよかったけど、どんどん意味が分からなくなってくぜ」

「赤紋種…本当になんなんでしょうか…」

 外に出ると3人は、あまりにも突拍子もない内容に言葉を失い、立ち尽くした。

「こんなの俺たちがどれだけ考えたって結論が出る訳でもない。銀次の言っていた通り、頭の片隅にでも残して、上層部からの報告を待とう」

「同感だ」

「そうですね。僕らだけで何かできるとも思えませんし」

 そう言って、3人は赤紋種の件に関して考えることを一旦休むことにした。

「あれ?どうしたのよ、こんなところで」

 すると、廊下の奥から聞きなれた声が聞こえてきた。声の方を向くと、どうやら紗月と天音だった。

「なにやら思いつめたような顔をしてましたけど、何かあったのです?」

「え…あ!いや、何でもないんだ!別に…」

「そ、そうですよ!別に僕たちもたまたまここにいただけで!はは…」

「怪しい…何か隠してんじゃないの?」

 いつもと反応がおかしいと感じた紗月は3人を怪しむように睨む。

「そ、そんなことある訳ないだろ…あ!そうだ。今日の食堂のメニュー、特製のトンカツ定食って噂だぜ!」

「そうなんですか!?僕、あれ大好きなんですよ~!うわあ、夕飯が楽しみだな~」

「ふ~ん、まぁいいや。行きましょ天音」

 左近の考えた適当な芝居で紗月の気をそらすことに何とか成功した。

「はあ…なんとか誤魔化せた」

「そもそも隠す必要あったんですか?」

「たしかに、同じ小隊同士なら隠す必要もなかったような…まあ銀次からは他言無用って固く言われてたし、後にわかることなら黙っていても問題ないか」

 なんとか誤魔化すことができたことに3人は安堵して、その場をやり過ごした。

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