第2話 母からの依頼

プルルルル♪プルルルル♪

 楽しくメンバーと話していると、なぎのポケットに入っていた携帯端末が鳴りだす。

「母さんから?」

 画面に表示された名前に、薙は予想外な発信者に疑問の声を漏らす。

「もしもし」

『薙、お久しぶりですね。元気にしていますか?』

「ああ、別にいつも通りだよ」

 薙はその着信を取ると、携帯端末から薙の母親と思われる女性の声が聞こえてくる。

「それで、一体どうしたのさ?」

『どうしたのって、あなた全然帰ってこないじゃない?連絡も来ないのだから、お母さん、心配してるのですよ』

「そういうことね…それで、なにかあったの?」

 電話の内容が気になる他のメンバーは、聞き耳を立たせるように電話越しの会話を聞いている。

 声のトーンからして、薙の母親は結構な心配性のようで、音信不通な息子を心配しての電話のようだ。


「薙の母君から、ですか?どのような方なのかご存知でして?」

 薙の隣で電話の内容を聞いていた天音が紗月さつきたちに問いかける。

「どういうって言われても私たちもあまり面識がある訳でもないから詳しくは知らないけど…何ていうか、薙とは似つかない性格よね?おっとりしてる様で意外と底が知れないっていうか」

「心配性ではあるよな。実家に帰ってこない息子に、別の口実を付けてまで帰らせるような人だしよ」

「はぁ…?」

 紗月と左近の返答に天音はさらに薙の母親像がわからなくなる。

「薙の実家は外壁区の外の山奥にある聖域せいいきなんだけど…薙ってば、こうやってあっちから連絡がない限り、かたくなに帰省をしないのよ。場所が場所なだけに気持ちも分からなくはないけど、親の気持ちくらい考えたらもう少し顔を出していいと思うのだけどね」

 紗月は、親不孝な薙を横目に、天音に説明をする。

 薙の実家のある聖域という地は、壁外でありながらアヤカシが侵入することができない領域となっていて、遥か昔から神の加護が宿る地として、そこに住まう者たちが代々護っている神聖な場所になっている。

「まぁ、このタイミングだと、多分アヤカシ討伐の依頼だろうな」

「討伐依頼…ですか?」

「去年もちょうどこの時期にもありましたよね?その内容が先輩の帰省と、ついでのように依頼されたアヤカシの討伐を」

「はぁ…。そのまさかだ」

 電話を終えた薙が、会話に割り込み大きなため息を付きながら皆に伝える。

「どういうことですの?」

「アヤカシ討伐の依頼だ。母さん、俺を帰らせるためにわざわざ俺たちを指名して依頼を申し込んできたんだよ。毎度、家の関係に首を突っ込ませて悪いと思ってるけど、すまないが手伝ってくれないか?」

「まぁ、いつもの事だし気にしないわよ」

「そうそう。返って断りでもして、薙を親不孝者にしたくもないしな」

「僕も異存はありません!」

 このやり取りに慣れているのか、悩むことなく三人の意見は一致した。あとは天音の了解を得るのみだ。

「ここまで来て断る義理もありませんわ」

「ありがとう。助かるよ」

「ですが、元はと言えば、きっちり薙が帰省すればいいだけの話じゃなくて?何か帰りたくないような理由でもあるのでして?」

「まあまあ天音ちゃん。薙助だって帰りたくない事情だってあるもんさ。そんなに責めないでやってくれよ」

「なんだか怪しいですわね。別に詮索するつもりはありませんが」

「悪いな、俺の私情に付き合ってもらって」

 任務の受諾を承認はしたものの、最後まで天音は腑に落ちない様子だった。

「詳しい内容は、ここでは何だし、一旦ミーティングルームに戻ろうか」

 薙はそういって一度、話を仕切りなおすことにした。


 ミーティングルームに入った第4小隊の5人は、先ほど薙の母親から依頼を受けた内容を確認するため、部屋の中央に設置してある大きめの立ち机を囲み、依頼書に目を通す。

「それじゃあ任務の内容の確認だ。今回の依頼主は月影 刀華とうか。俺の母親からだ」

「今更だが、身内の母親からの依頼なら尚のこと断れないわな。まあ、もし断ろうとでもしたら、後々恐ろしいことが起こりそうだけど」

「薙のお母さんって、見た目は優しい感じだけど、怒らせると絶対にヤバそうよね。底が知れないところとかさ」

「しかも見た目以上に若く見えるんだよなぁ。あと、一緒に住んでる薙の義姉ねえさん。クールというか冷酷って言うのか、怒ったときの表情…想像するだけでも興奮する!」

「お前ら。俺の家族のこと、どんな風に見てんだよ…」

 勝手に想像を膨らませる紗月と左近を横目に、薙はため息をついて話を進めようとする。

「少しよろしくて?薙の実家と言いますと…つまり今回の戦いの地はあの鬼隠村おにかくしむらということですの?」

「そういえば天音には伝えてなかったな。その通りだよ。それにしても、よく知ってるな」

「もちろんですわ。アマテラスの創設期から名が残るアヤカシ退治の先人である月影 つるぎの本家。知っていて当然ですわ」

「そこまで知られてたのか」

 薙の父親である月影剣は、アマテラスの中でも特に有名で、創設期を知るものなら誰もが知っている名である。

 そして、薙の実家のある鬼隠村という場所は、外壁区画の外にある小さな集落ではあるが、聖域と呼ばれるアヤカシが侵入することができない場所である。そのため、アヤカシが闊歩する壁の外であっても不自由のない生活が送れているのだ。

「薙?あなたの父上様は、あなたが想像しているよりも遥かに偉大な方ですわよ」

「そんなこと、今更言われなくたってわかってるさ」

 薙は父親の話題になると、ふと機嫌が悪くなる。それだけ、偉大な父と比べられるのが嫌なのだろう。

「話すを進めるぞ」

 そう言って薙は話を戻す。

「今回のターゲットは、廃校舎に巣くうの討伐だ」

「九尾の化身。今回もなんですね」

「そうだな。よくわからないが、あそこはコイツが発生しやすい条件でもあるようだな」

「前回も同じ相手をしていたというの?」

「前回と言うよりは毎回だな。この時期になると廃校になった校舎に、九尾の化身がよく出現して困っているらしいんだ。まぁ九尾の化身っていえば、縄張りに入らなきゃ人に危害を加えない珍しい特性を持ったアヤカシなんだが、不気味なのは間違いないし討伐の依頼は多いな」

 どうやら、薙の母親からくる依頼内容は毎回同じようなものらしく、天音を除く3人は納得したような表情でうなずく。

「そう思って九尾の化身のデータは用意してあるわ」

 紗月は依頼内容を先読みして、事前にアヤカシのデータを準備してきていた。

「九尾の化身。比較的よく目にする相手だし、天音も一度くらい相手にしたことはあるんじゃないの?」

「どうだったかしら?いちいち倒した相手の名前なんて覚えてませんわ」

 天音は髪をクルクルと指で巻き付けながら、興味のないような表情で答える。天音はアヤカシのことには疎いようで、名前だけ言われても大抵はこのような答えが返って来る。

「ここに来る半年ほど前に一度戦った記憶がある。あれはたしか他の隊にいた時で、あるじが作戦を無視して…」

「ちょっとカイム!余計なことは言わないでくださる!」

 白を切ろうとしていた天音だったが、隣のカイムが過去の話を持ち出してきた。天音は顔を真っ赤にして、咄嗟にカイムの言葉を阻止する。

「まったく…折角だから、解説してあげる」

 紗月はそう言って、手元に持っていたタブレット端末でアヤカシのデータを検索する。

「九尾の化身は、その名の通り、伝説の妖怪・を模した姿をしていることから、そう名付けられたしいわ。中型クラスのアヤカシで、全長は5メートル弱。金色と白の毛並みを持ち合わせ、三つに分かれた尻尾が特徴よ。機敏な動きで相手を翻弄して襲い掛かってくるのが特徴で、尻尾から出す殺生塵せっしょうじんは人体に入ると体力を一気に奪い取られてしまうため注意が必要よ」

「流石はさっちゃん。アヤカシ博士!」

「うっさい!あんた達が覚えないから、こうやって情報収集してるんでしょうが!」

 説明を終えると左近はからかうように紗月を賞賛したが、沙月はそれを適当に流した。

「手強い相手でしたがが、昨年までは4人でも勝てる相手でしたから、今回は天音さんもいるんで安心して戦えそうですね」

「まあ、そうだといんだが…」

 天真の言葉に、薙は心配そうに横目で天音を見つめる。

「な、何ですの!そんなに見つめて!?」

「隊長殿が言いたいこともわからんでもない」

「何よ、カイムまで!」

 天音の神魔じんま使いとしての能力は申し分ないということは誰しもがわかっているし、最近の天音の動きは以前とは比べ物にならないくらいに良くなっているのはたしかだ。だが、お調子者であることには変わりなく、彼女の行動一つで良くも悪くも戦況が変わることがある。そのため、薙は毎度天音の配置に迷っていた。

「でも、天音だって最初に比べれば連携も意識してくれてるし、心配する必要もないんじゃないの?」

 意外なことに、紗月は天音への評価は思いの外いいようだ。天音の加入してきた時には犬猿の仲と言っても差し支えないものだったというのに。

「紗月…って、痛っ!」

「な~んてね。あんまり甘えさせると調子に乗るんだから」

「む〜っ!何なのですか、一体!」

「頼りにしてるってことよ。まったく」

 本音では言えない紗月は、冗談交じりで天音をフォローする。紗月と天音の仲も、以前と比べて良好なものになったと言える。


「ところでよ薙助。今回も前日に現地に向かうんだよな?」

 左近は、確認のついでに薙に問いだす。

「そうさせてもらうよ。ある意味、母さんはそれが目的だと思ってるだろうから」

「じゃあ私たちは任務の当日に薙の実家に合流すればいいのね?」

「よろしく頼む。任務が終わった後は家でくつろげるように母さんには伝えておくよ」

 今回の任務の別の目的に薙の帰省も入っている。そのため薙は皆よりも先に実家に帰って一家団欒の生活を楽しむことになる。

「その話。もしもお邪魔ではなければ、わたくしも薙と先に向かうことはできないかしら?」

「え?」

「はあっ!?ちょっと天音。何言ってるのよ!?」

 天音の急な提案に、全員が驚いて天音の方を向く。紗月に関してはあまりの驚き様に大きな声が漏れていた。

「な、何を勘違いしているんですの!?私はただ…邪鬼まがつきの篭手に関して知りたくて一緒に行きたいと言っているのですわ!」

 紗月の反応に、天音は顔を真っ赤にして反論した。

「以前から気になっていたのです。あの篭手のこと…。薙に聞いても大したことは教えてくれませんし、独自で調べてはいるのですけど篭手に関しての資料が残っていないのですから。なら、いっそのこと薙の実家に行けば何か手がかりが見つかるのではないかと思っているのです!」

「そ、そういうことか…急にそんなこと言いだすんだから驚いたよ」

 顔には出さなかったものの、薙も天音の発言には驚いたようだったが、内容を聞いて少しは落ち着いたようだ。

「どうかなぁ。母さんに聞いてみないと、俺の独断じゃ…」

「いいんじゃないか?」

「…はっ?」

 薙は天音の同行を考えていたが、その矢先に、左近が勝手に決めようとしてきた。

「別にいいんじゃないのか?天音ちゃん一人くらいなら」

「ちょっと左近!何勝手に決めようとしてるのよ!」

 薙が反論する前に、紗月が薙の代弁をするように反論する。

「元はと言えば、俺たちだって薙助の実家に前乗りしてもいいんだが、親子水入らずで過ごしてほしいと思って、こっちが遠慮して当日に合流してるんだぜ。何なら、薙助んとこのお母さんだって、前乗りしていっても構わないって言ってただろ?」

「そりゃそうだが」

「なら、なんの問題もないだろ」

「大問題よ!!二十を過ぎた息子が、女の子一人連れて帰ってみなさいよ。誤解されてもおかしくないじゃない!」

「それはそれで面白いかもな!俺は賛成だ」

 左近はむしろ面白がっているように事を進めようとしている。自分のことでないと、左近はいつもこのような調子だ。

「はぁ…」

 強引に見える左近の口車にまんまと乗せられた薙は、ため息をついて天音の同行を許可した。

「そういうことでしたら僕も付いて行きたいです!」

 するともう一人、薙と篭手の正体に興味を抱く者がいた。それは目をきらきらさせて話を聞いていた術師の少年、天真だった。

「薙先輩の家に伝わる篭手の歴史。是非とも僕も聞きた…」

「あーっ!いっけね!そういえば煙草たばこ切らしてたんだわ!」

 目を輝かせながら興味津々に話をしていた天真だったが、話の途中で左近がわざとらしく入り込んできた。

「天真、お前も何か買ってやるから一緒に来い!あっ、今回のミーティングはおしまいだろ。それじゃあ行こうか天真!」

「ちょっと左近さん!まだ話の続きが~!」

 左近は感情の篭っていない棒読みで嘘を吐き、強引に天真の腕をつかんで外に出て行った。

「左近ったら…何考えてんのよ!」

「まったくだ。余計なことばかり」

 一連の流れを見ていた薙と紗月は、左近の行動に呆れて怒りすらどこかに行ってしまった。

「あのふたり、一体なんだったのです?」

 一方の天音は、何が起こているのかまるで分っていないといった顔で首を横に傾ける。

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