第11話 大きな賭け

「次は外しませんわよ!」

 蒼鬼そうきが痛みにもだえている絶好の隙を狙って天音は再び雷撃を放つ。

「−−−!?」

「直撃はしましたけど、攻撃が浅いですわね…」

 雷撃は蒼鬼そうきの右肩近くに当たる直前に、蒼鬼は瞬時に左腕で右肩を隠すように防いだ。

「おかしい…」

「どうしたんだよ薙助なぎすけ?」

 先ほどの蒼鬼の行動に薙は些細な疑問を感じた。

「どうして右肩を防ぐことがあるんだ?同じ肩への攻撃なら、わざわざ左肩で防ぐ必要はないだろ。アヤカシに利き腕なんてものがあるなんて…!?」

 薙は蒼鬼の身体を観察した途端、何かをひらめいたように見開いた。

「そうか、紋様か!さっきの行動は右肩を守ったんじゃなくて、右肩にあるとすると意味が通じる」

「そういうことか!」

「流石です薙先輩!」

「なるほど。あの紋様はやはりただの飾りではないようだな」

 弱点を見出したことで勝利への道筋が一歩近づいたことに各々が確信した。

「だが、喜んでいる場合でもないようだ。あの化け物、なんて回復能力だ」

 だが、蒼鬼の能力は先を行くものがあった。あれだけのダメージを与えたにも関わらず、足の傷は癒え、すでに歩けるようにまで回復していた。

「何言ってだ、銀次。弱点が分かっただけで上出来だろ。つまりは、またあいつの動きを止めて紋様を狙えばいいだけの話だろ?」

「そうも言ってられないわよ。さっきの攻撃で相手も相当お怒りの様子よ?」

 遠くで蒼鬼を観察していた紗月が各員に注意をうながす。

 先ほどの天音の攻撃で蒼鬼は更なる活性化を続ける。活性化することでアヤカシはより狂暴化し、攻撃もより強力になる。一撃でも喰らえば死に至る危険もある。

「まずは体制を整えるぞ!戦線を後退させ一旦距離を置く。後方部隊は援護して前線部隊を守るんだ!」

 薙は苦肉ではあるが賢明な判断で戦線を下げる。蒼鬼の背後が大型施設だったため、ターゲットを追い込む状態にできたのはよかったが、戦線を下げることで先ほどよりも不利な状況にはなってしまった。

「もう一度奴の動きを止めることができれば!」

「言いたいことは分かるが、簡単に言ってくれる。何か策はあるのかっ!?」

 蒼鬼との距離を置きながら薙は策を巡らす。今まで冷静だった銀次にも少しばかり焦りが見えてきた。

「僕の式神も時間稼ぎが精一杯だ。何かもうひと押しほしいところだね」

 八雲の式神も、今の蒼鬼に対して、それほどの効果は得られないと判断したようだ。

「薙助、少し試したいことがあるんだが」

「左近?」

「実は開発部おとくいさまからを預かっててな。試す機会がなかったから使うのを躊躇ためらっていたが、コイツを試すなら今しかないと思ってな」

「試作品だって!?」

 後方から狙撃にて援護をしていた左近は、ポーチから『試』の文字が刻まれた白い色違いの弾倉を手に取った。それは、密かに開発部から試作品を預かっていたようだった。

 開発部は、主に対アヤカシ戦を想定した装備を開発しているアマテラスの部門のひとつだ。特にアマテラスの隊員にはとても気前がよく、特注品も報酬次第で造ってくれる。

封魔弾ふうまだんっていうモノらしくてよ、殺傷能力は薄いが相手の動きを一時的に止めることができるらしいんだわ」

 試作品であり、万が一効果がない場合は無駄な行動にもなり兼ねないため、左近は今まで使うのを躊躇っていたようだ。

「ぶっつけ本番という訳か…大丈夫なのか?」

 試したこともない試作品に銀次は疑問の顔を浮かべる。緊急事態とはいえ、はっきりと効果があるかも分からない物に頼るのには不安が残る。

「正直、通常のアヤカシですら試していない代物でよ。ましてやこんなバケモンに効くかなんて知らん」

「まさに一か八かの勝負といったところか」

「判断はお前に任せるぜ、相棒」

 左近は、今回の作戦指揮であり最も信頼している薙に判断をゆだねる。わざわざ多大なリスクを払ってまで博打ばくちを打つのが最善なのかを薙は考えをまとめる。

「今はわらにもすがる思いだ。試してみる価値はあるかもしれない。左近、頼めるか?」

「了解!任されたからには外しはしねえ」

 薙の決断に左近は迷いなく返答した。

 左近はからの弾倉を引き抜き、手に取った封魔弾の込められた弾倉を狙撃銃に取り付ける。

「とは言ったものの、ここからじゃ奴の背後にあるビルが死角になって狙えない。どうにかして少し後退させることはできないか?」

 蒼鬼と戦っている場所はT字路の交差点だが、左近はみんなとは逆側の路地にあるビルで構えていた。運よく背後を取れる場所ではあるが、交差点から少しずれた道路で戦っていて、曲がり角のビルが邪魔をしていて狙えない状態だった。

「わかった!天音、少しの力で構わない。あいつの足元を狙って何度も雷撃を放ってくれ。天真は影鳩えいくで前方に圧力をかけるんだ!」

「わかりましてよ。カイム!」

「承知!」

 薙の命令通り、天音は火力を抑えた小さな雷撃を足元に目掛けて無数に打ち付ける。

「僕も負けてられない!行くよ、影鳩!」

 天音に続いて天真も影鳩を上空に飛翔させ、直撃させやすい胸部を狙う。

『ぐるるる!!』

 ダメージは無いに等しいが、無数に迫りくる攻撃に蒼鬼は後ろに後ずさる。

「さぁて、コイツを喰らいなっ!」

 ビルの死角から出てきた蒼鬼を一瞬たりとも見逃さなかった。左近は迷うことなくトリガーを引き弾丸を飛ばす。

『ぐ!?ぎぎ…ぎ…!』

「効いた!?」

 封魔弾が蒼鬼の右脇に直撃した瞬間、活発に動いていた蒼鬼の動きが止まった。

『ぐ、ぐおおおおお!!』

「マズい!早くしないと効果が切れるぞ!」

 蒼鬼の動きを止めることはできたものの、その効果はあまりにも短く、蒼鬼は力を振り絞り動こうとしている。

「やるなら今しかねえ!」

 だがその時だった。蒼鬼の動きが止まっている隙に朝陽が蒼鬼の懐を目掛けて突進する。

鈴蘭すずらん!俺を飛ばせ!」

「ん…影鷲(えいじゅ)」

 鈴蘭は朝陽の命令通り、式神の影鷲を飛ばした。大きな翼を持った式神は朝陽に近づくと、朝陽は大きく手を伸ばして影鷲の足に掴まり蒼鬼の方に向かって飛ぶ。

「これでどうだ!!」

 朝陽は紋様のある右肩に着地し、手に持った槍で力いっぱい一突きした。

『ぎゃあああああああ!!!』

 紋様を攻撃された蒼鬼は、今までにないほど苦痛の表情で暴れまわる。

「って、だああああ!?」

「馬鹿野郎!無理に突っ込むから!」

 蒼鬼の暴れた反動で朝陽は蒼鬼の身体から引きはがされて、遠くへ飛ばされてしまった。

「影鷲…!」

 だが、その瞬間に鈴蘭の咄嗟とっさの判断で影鷲を動かし朝陽を優しく包み込み衝撃を抑えた。

「今だ、月影つきかげ!とどめを刺せ!」

「やってやるっ!」

 薙は蒼鬼に向かって全速力で走る。

「頼むぜ、相棒」

「先輩!」

 助走をつけた勢いで壁を蹴り上げ高く飛び立ち、手に持った黒鉄くろがねまるを蒼鬼の胴体に斬りつける。

「うおおおおお!」

 飛び込んだ反動を利用した重い一撃が右胸に深く突き刺さり、そのまま重力に従いながら更に下へと切り込む。

『ぐおおおおお!!』

 蒼鬼は咆哮を上げ直立したまま動きを止めた。

 緊迫した状態が続いたが、次の瞬間、蒼鬼は灰となって消滅した。

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